第166話
惣二郎からの歓待を受け、屋敷で不便なく過ごさせてもらうことになった尚斗ら。
いかにも高級と主張するような寝具に身を沈ませあっという間に眠りに落ちてしまった翌日、一同は惣二郎が自ら運転する車に乗り本社の社屋に向かっていた。
なんと帆乃香付きで。
「学校があるでしょうに、ここにいて大丈夫なんですか?」
「家族に起こった一大事なのよ?ダメな理由なんてないじゃない」
「危険があることを理解してほしいのですがねぇ……」
「守ってくれてもいいのよ?」
とのこと。
なかなかに頑固な性格のようで尚斗の説得も暖簾に腕押し、惣二郎にいたっては最初から諦めていた。
目の前に広がる広大な敷地、社屋や研究棟と思われる建物が見えるのはかなり先、出勤する社員達の大変さが窺える。
いくら都内の郊外とは言え、この敷地を維持するだけでも大変なのは誰が見ても明らかだろう。
ゲートに常駐する警備員が開いたゲートバーを潜り、自然公園かと思うような導線を抜けると異様な雰囲気を醸し出す立派な社屋の前に停車する。
異様な雰囲気というのは、もちろん一般人である惣二郎や帆乃香が感じられるようなものではない。
この世の者ではないものと対峙してきた退魔の実戦経験者だからこそわかる独特の威圧感。
「着きました。今は社屋及び研究棟の改築中という事にして誰も近寄らせないようにしています」
いきなり各支社にまわされた者達にとっては意味がわからないだろう、それを強引な「改築のための工事」として押し通せただけまだ平和的に対処できている。
車を降りた尚斗と美詞が少し強張った表情になっていることに気づいた惣二郎が、やはりなにかあるのかと尋ねてみた。
「どうでしょうか神耶さん。その様子ですとやはり怪異とやらが関係してるように見えますが?」
「ええ、異常は確実にありますね。空気が澱んでいます」
「社屋の方から穢れの気配もしますよ?神耶さん、やっぱり霊障のように感じるんですが」
「そうですね……ますます分からなくなってきました。社屋を襲っているのは霊障……しかし脅迫文や電話、誘拐に関してはどうみても人間の仕業にしか見えません。悪意のある人間が怪異を従えているのか……」
惣二郎と帆乃香をその場に待たせ、二人と一匹は問題のあった社屋の大きな入口の前まで歩み寄って行く。
入口に近づけば近づくほど暗鬱とした気配が濃厚になってくる。
まだ日が天辺にも昇っていない「陽」に傾く時間にも関わらず、その気配はまるで「陰」の刻の如し。
だれもが知るようにおばけや幽霊は夜活発になる、陰の力が強まりその存在感を露にしてくるのだ。
この社屋が発する気配は既に「世間で話題となっている心霊スポット」の夜の姿を超えている。
「神耶さん、周りがこんなにも明るいのにこれだけの陰気を発してるってことはやはり今も誰かが?」
「ええ、霊障を無理やり発生させたと言うよりは、今もずっと誰かが術を行使し続けていると考えた方がいいかもしれません。こんな怪異を昼間でも問題なく操れるのはすごいですね」
惣二郎や社員が事件当時触っても問題がなかったことから恐らく問題はないだろうと予想し軽く入口のドアに触れてみる。
弾かれるような拒絶反応は見せない……しかしなるほど、やはり開きはしない。
「壁があるようなこの感覚はやはり霊障ですね……」
「はい。あの廃墟で感じたような嫌な気配がします。神耶さん、祓ってみますか?」
「いえ、今は刺激するのをやめておきましょう。どうせ明日になれば協会の『精鋭』が来ます。私達が手を出せば重箱の隅を楊枝でほじくるような難癖をつけてくるのは目に見えてますので……八津波は何か感じますか?」
視線が隣にいる御犬様に落ちる。
「『そなたらはこれを悪霊の類が起こす現象と捉えておったな。確かにそれらしき忌々しい気配は感じるが、我は今までこのような力を見たことがない』」
「それほどに強力……ということですか?」
「『いや、そうではない。言葉の通り初めて感じた力よ。我が知る理の外にある力であるのやもしれんな……』」
「八津波でも知らない力と……それはそれで問題がありますが、普通の妖や怪異の力ではないと知れただけでも良しとしましょうか」
惣二郎がこの場所に来たことにより犯人からのアクションがあるかもとみていたが、そちらはまったく反応無し、明日になるまで動くつもりはないのであろうか……この術を維持しているだけでも相当な労力だと思うのだが。
下手にちょかいを出すことも出来ない、力の正体は原因不明、相手の反応もないとなるともうやることもなくなり、せっかく連れてきてもらったはいいもののあっけなく撤退となった。
「ねぇ、結局収獲はあったの?」
車の中でそう尋ねてくる帆乃香の言いたいことも分かる。
到着して数分もしない内に撤退となれば「本当に仕事してんの?」と思われても仕方ないことだろう。
「一応収獲はありましたよ?現在社屋のビルに発生しているのは霊障と見て間違いないでしょう。しかしだからこそ腑に落ちない点も出てきましましたが」
「なによ?その腑に落ちないのって」
「こんな長時間継続して維持できるようなものではないはずなんです。例えば心霊スポット等で発生する不可解な現象って一時的、一瞬なものが多いでしょう?閉じ込めるだけなら一晩ぐらいはあるでしょう、美詞君も先日経験したばかりですしね。しかし今回のような心霊現象って聞いた事あります?」
「まぁ私はあまり詳しくないけど聞いたことはないかも?」
尚斗も例えとして出してみたが、興味のある人間ぐらいしかそんなこと気にもしたことはないかもしれない。
「それもこんな昼夜問わず24時間ぶっ続けでですよ?いくら怪異と言えどもさすがに過労死してしまいますって」
「幽霊の世界に過労死があるか疑問だけど……神耶さんの経験からしたらありえない現象ってことね?」
「ええ、なので今回の件は複数犯、しかもどちらかが怪異を従えて無理やり霊障を引き出している可能性もあるのでは?とも考えています。まぁあんな脅迫文や脅迫電話をかけてきている時点で作為的なものが介入しているのは間違いないでしょう」
「うーん……私にはやっぱりそっちの世界はわからないかな……単純に犯人が色々不思議な事を起こせるだけの、すごい力があるってだけじゃないんだ……」
「おや、いい推察をされますね。実際その線もまだ捨てきれないのですよ。なんだかんだで私達はまだ超常現象をすべて解き明かせてないのが現状ですからね。私が言ったのはあくまで今までの経験則からの予想であって正解とは限らない。怪異なんていつも人間が考える事を軽く飛び越えてくるものです」
「結局はなにもわからないってことじゃない」
帆乃香の言葉がすべてであった。
「ま、明日になれば分かりますよ……嫌でもね……」
その後、纐纈家の屋敷まで戻って来た尚斗は客間に籠もり作業を行っていた。
「神耶さん、また何か作っているのですか?」
尚斗はデスクに向かい、まるで時計職人の作業風景のように色々な細かい道具を広げ、精密作業用のルーペを目につけなにかを作っているようであった。
作業台となってしまったデスクの真ん中に鎮座するのは小さな紙きれ……しかしそこには複雑を極める細かな幾何学模様が描かれている。
「ええ、明日は纐纈さん達の護衛をしなければいけませんからね。私が傍を離れなければいけない事態になっても問題がないようにと思いまして。美詞君にも今回持っていてほしい物があります」
また尚斗の“ワルイクセ”が出てきた。
カバンから取り出したのは短剣と小さな金具。
「こちらに来る前にちらっとお話したと思いますが、私は当初犯人が悪魔の可能性もあると見ていました。そうであった場合……美詞君、君はある程度戦えるだけの力をつけたとは言え今一つ心配でね。そこでこれだ。このナイフは悪魔に効果を持つ武器です、私が持つナイフを参考に作りました。護身用で持っていてください……そして」
造り自体は簡素なナイフ、美詞でも持てる小振りなソレには聖言がびっしり刻まれていた。
そしてもうひとつの小さな金具を手に持ち美詞の耳に取り付けはじめる。
「このイヤーカフは聖言を刻んだ対悪魔防御兵装、こんな小ささではあるが私が籠められるだけの防御術式を詰め込んでいる。御守り代わりに身に着けていてほしい」
美詞の耳に着け終わった尚斗の手の上から美詞の手が重なり頬に寄せる。
「いつもありがとうお兄ちゃん……ほんと心配性なんだから」
尚斗の過保護ここに極まれり、どんどん美詞を武装まみれにしていく。
「これぐらいはね……まぁ今回は使わないでしょうが今後の事を考えてもいいタイミングでしたので」
「神耶さん、知ってます?それってフラグらしいですよ?」
「はは、それならそれで望むところなんですがネ。アイツラには聞きたい事が山ほどアルので」
尚斗の瞳に暗い光が灯る、尚斗からしてみれば悪魔の方から来てくれるのなら大歓迎、むしろ最近は海外まで悪魔らを屠りに行くことが出来ずに鬱憤が溜まっているのだ。
美詞も尚斗が悪魔に恋焦がれるような情熱を燃やしていることを理解しているが感情は別。
「神耶さんちょっと目がギラついてますよ?悪魔に嫉妬しちゃいそうです、そんなに神耶さんに想ってもらえるなんて」
「おや、まだ甘え足りませんか?十分甘やかしてるはずなんですけどねぇ」
「あ、自覚はあったんですね」
二人がいい雰囲気になるにはまだ少々時間が必要なようだ。
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