第165話

「すまないね神耶さん。わかっているんです……例え怪異だろうが人間が仕出かした犯行であろうが、勇利が無事に帰って来れる保証なんて誰もしてくれないと言うのはね。ただそれでも、君の言葉に甘えさせてもらえませんか……協会の人間が失敗したその時はどうか力を貸していただきたい」

「聞こえてましたか……ええ、もちろん。その時は全力を尽くすことを約束しましょう」


 尚斗と帆乃香のやり取りは廊下まで聞こえていたのだろう。

 帆乃香も父親の言に一応の納得はみたのか口を挟むことはなかった。


「ありがとう、それと二人を連れてきたのだがどうすればいいのですか?」

「あ、そちらのソファにお二人とも座っていただけますか?軽い診断を行わせていただきます」


 尚斗が促すままに被害にあった二人は素直に応じソファへと身を降ろした。

 診断と聞き今から何をされるんだという不安を滲みだしているが、そんな二人を他所に席を立った尚斗が二人の前にやってき、まずは護衛の男性の顔に向け手をかざした。

 じっとそのままなにかを探るように目を瞑り集中する尚斗。


「すみません、少し手をお借りします」


 そしてそれが終わったと思えば次に護衛の手を取り、また目を瞑りなにかを探りだしたが今度は男がぎょっとした。

 尚斗の手が淡く光り、触れている箇所が温かくなっていくではないか。

 超常現象とは無縁の一般人であれば驚くのは当然、隣にいる使用人も帆乃香も、そして惣二郎でさえも初めて見る光景に驚きを隠せない様子であった。


「ありがとうございます、次は貴女の番です」


 使用人にも同じ行為を行った尚斗がゆっくり目を開き、軽く一息つくと協力してもらった二人に礼を告げ惣二郎と向き直った。


「今のでなにかわかったのかい?」

「ええ、一言で言いますと超常的な力により眠らされたようです。二人の中に力の残滓が確認できましたが力の性質までは読み取れませんでした。人が術を行使した霊力によるものなのか、もしくは怪異が起こした霊障によるものなのか……適度に厄が含まれているためどちらか判断がつきづらい。すみません、探知診断は専門ではないのでこれぐらいが限界ですね」

「逆に言うと専門家ならわかるのですか?今から手配してもらうことは……」

「時間的な意味で難しいでしょう……残滓がほとんど薄れてしまってますので、今から手配したところで到着するころには残っていないかと」


 犯人の手がかりがあまり掴めないことにがくりと肩を落としてしまう惣二郎、そんな彼を他所に一縷の望みにかけ八津波をみやる尚斗。


「八津波、わかるかい?」


 名を呼ばれた八津波が二人の下まで歩み寄ってくると、くんくんと鼻を動かす。


「『うむ、これは霊力に近いな……主が言うように穢れた気配も感じる。ここまで薄れた残り滓なのだ、さすがにこれ以上は判断がつかぬ』


 いきなり目の前の犬が喋りだしたことで「うわっ!」とお決まりの反応を見せる男女に「この反応が普通であろうに……」と先ほどの件をまだ引きずっている八津波。


「うーん……性質からしてもたぶん人だと思うのですが……妖や怪異がこのレベルの力を行使できない訳ではないですからねぇ。あ、残滓と言ってもなにか体に影響があるわけではないので安心してください」


 先ほどから目まぐるしい展開についていけてない護衛と使用人の顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、安心させるため無害であることをアピールする。


「それでも気になるようでありましたら……【オン】!」


 刀印を結んだ尚斗が一閃すると二人から湯気のようなものが少しだけ立ち昇り消えた。

 体から何かが出て行った感触があったのだろう、「体が軽くなった気が……」とやっと安心できたようだ。

 その光景を見ていた帆乃香がぽつりと漏らす。


「なに今の、漫画で見た陰陽師みたい」

「あはは……これでも一応陰陽師の家系ですので。纐纈さん、息子さんの件協会の方には連絡されてますか?」

「しまった!除霊を早めてもらったほうがいいでしょうか?」

「理想を言えばそうですね。しかし果たして手配が間に合うか……今回来るであろう退魔師達は小回りの利かない大きな一族の者達でしょうから。しかし最低でも現状を伝えておく必要はあります、息子さんの救出ミッションが増えますので」

「わかりました、すぐに連絡してみます」



 結果から言うと明日中の手配は叶わなかった。

 これに関してはダメ元、正直そう簡単に予定を前倒しに出来るとは思っていない。

 尚斗のように個人事業として一人でやっている分には動きやすいだろうが、今回手配されてくる人員達は最低でも上位古式派クラス、方位家の線も高い。

 一族を率いてくることが想定されているため鈍重となるのは仕方がなかった。


「犯人も明後日を指定してきています、ここは大人しく明後日まで待つしかないでしょうか。纐纈さん、もしよろしければ明日御社の社屋を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「なにか考えがおありで?」

「いえ……大した理由ではないのです。ただ事前に調べられる事がないかと思いまして。どうせ明日は一日フリーの身、できることはやっておきたいという思惑です」

「ありがとうございます……わかりました、明日ご案内させていただきます。本日はもう夜も遅い、ぜひ泊まっていかれてください」


 元々護衛任務のため纐纈邸に泊まる予定だったのだ、一日それが早まったところで準備はしてきているため問題ないと思い素直に甘えることにした。

 使用人が客間の準備等をしてくれるとのことで、それまでリビングでお茶を頂き待つことに。

 退室するタイミングを逃したのか帆乃香が少し居心地が悪そうにそわそわしている。

 先ほどまでは弟の事で頭がいっぱいだったのだろう、尚斗らを槍で追い立てるような勢いで突いていたため冷静になってきた今では理性による気まずさの方がむくむくと湧き出てきていた。

 そんな様子を察知したのか年の近い美詞がうまいこと場を和まそうと話題を振ることにしたようだ。


「帆乃香ちゃんって年はいくつ?私よりちょっと下ぐらいに見えるけど」

「……あー、私は今年で15。今は中学三年だよ。そういうあん……桜井さんは?」


 先ほどまで「あんた」などと呼んでいた自分にもようやく思い至ったようで呼称を改める帆乃香。


「わっ、なら来年から高校生だね。私は17、高校二年なんだよ。受験勉強大変なんじゃない?今日帰りが遅かったのもお勉強?」


 そう、帆乃香が帰ってきたのはもうどっぷりと夜が更けた時間帯、日付が変わる時間まではまだ少し先とは言え普通の学生がこの時間まで外にいるにはかなり遅い時間だ。


「そうよ。別に高校は大した難関校に行く予定もないから塾なんて面倒なだけなんだけどね。パパとママが知識はしっかりつけなさいって言うもんだから仕方なくよ」


 聞けば彼女、現在地元の公立中学に通っているらしい。

 大企業の社長令嬢がお嬢様校に通うなんてものは物語の中だけだというのは理解できているが、それでも私立ではなく地元の「だれでも入れる」中学に通うあたり庶民的思考と言えるのかもしれない。

 別に彼女の頭の出来が悪いわけでもない、むしろ学年トップクラスどころか高校への進学候補がより取り見取りで、担任が必死に難関校を進めてくるレベルだ。

 しかしそれらを無視して希望を出した先はまたもや地元の「誰でも入学できる」高校。

 

「パパは私立のお嬢様校を勧めてきたのよ。そりゃ上流階級の子ばかりが通うようなとんでもなくお金のかかる学校。でもね、私って自分で言うのもなんだけどこんな感じじゃない?たぶんそんなとこに行っても価値観合わないわよ。『ごきげんよう、おほほ』なんて聞いた日にゃ鳥肌が止まんなくなりそう。地元の仲のいい友達とつるんでたほうが楽しいからさ」


 親もあまりそのあたりをうるさく言わないようで娘の意思を尊重してくれているみたいだ。

 大企業の娘だからといっていい意味で「お高くとまっていない」帆乃香のこの在り方は好感がもてる。

 親から大量のお小遣いをせびるわけでもなく生活水準も実に庶民的、高校に行けば友達との付き合いも増えるだろうからバイトもやりたいと、聞けば聞くほど「らしくない」子だ。


「そんな桜井さんはどこの高校なの?はっきり言ってすんごいお嬢様オーラ出てるんだけど」

「ふふ、猫さんを被ってるだけなの。宝条学園ってところだけどわかる?」

「うっわ……マジもんじゃない。あそこも御坊ちゃまお嬢様の学校なんでしょ?制服がかわいいってみんな羨ましがってたけど」

「宝条学園はね、退魔師の養成学校なの。通っている人のほとんどが霊能力者の卵なんだよ。有力氏族が多いからそういう学校に見えちゃうのかもしれないけど私なんて孤児だからね」


 退魔師の学校?美詞が孤児?なかなかなパワーワードの連続に帆乃香がフリーズするが、なんとか頭に落としこむことはできたようだ。


「彼女は秋田の桜井大社という神社の巫女さんなんですよ。そこが身寄りのない子達を広く受け入れていましてね、今は桜井の後継者の一人として修行中の身です」

「うん、それで神耶さんに弟子入りしたの」


「ごめん、そう頭が追いつかない情報を強制おかわりしないで……。あれ……てことは桜井さんは巫女さんなんでしょ?神耶さんって陰陽師?陰陽師に巫女が弟子入り?」

「神耶さんは神父さんだよ?陰陽師だしお坊さんでもあるけど神主さんの資格もあるから問題はナインダヨ?」

「こら、無理やり押しかけてきておいて強引な理論で固めようとしないの」


「まってまって……もうだめ、そんな怒涛の勢いで情報出されてもわかんない!キャパオーバーだから!」


 どうやら帆乃香にとっては情報過多のようでパニック寸前になっている。

 ちょっとした世間話のはずが、掘り深めれば深めるほど自分の首を絞めることになると感じてしまったようだ。

 

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