第164話

 尚斗は犯人がかけてきた電話の内容を精査しながら顎に手を置き考えを巡らせていた。

 

「確かに聞こえてきた声はボイスチェンジャーで変換されていますね。手際があまりにも慣れすぎてる……それと猶予は二日?そんなに猶予を与えるのはおかしい……協会が社屋に入る日と被せてきている……まさか退魔師を誘っているのか?」


 思考に耽る尚斗とは別に通話の切れたスマホをぎゅっと握りしめる惣二郎。

 先ほどよりも幾許か顔色が戻って来たように見える、誘拐はされたもののまだ息子は無事と安否の確認が取れたことで精神が落ち着いたのかもしれない。

 しかしそれはあくまで犯人の言、どこまで信用できるかわからない焦燥感は残っているようだ。


「すみません神耶さん、碌に話ができませんでした……」

「いえ、あれでは仕方がないでしょう。息子さんが無事だと言う奴の言葉を信用するしか。纐纈さん、息子さんが攫われた時の状況等はわかりますか?」


 惣二郎の説明によると夕方あたり、まだ惣二郎自身は家に帰っていない状態で家にいたのは息子と母親、それと息子の護衛二人に使用人が一人。

 母親は夕飯の準備中で息子はリビングで大画面のテレビに向かいゲームをしていたそうだ。

 もちろんその息子に付き従うように傍に護衛が一人ピッタリ張り付いていた。

 もう一人の護衛は屋敷の周囲を巡回警備中であったとのこと。

 息子の傍にいた護衛がふと襲ってきた眠気に違和感を感じているとキッチンから人が倒れる音が、そして傍にいた息子がソファにぽすんと倒れる音、何らかの攻撃を受けていることを察知し、巡回中の護衛に連絡をつけようとしたところで本人も意識が遠のいてしまう。

 巡回から帰って来た護衛が玄関のドアを開け目にした光景は廊下で倒れる使用人の姿、急いで駆け付けたリビングにも護衛と母親の倒れた姿があった……そう……二人の姿しかなかったのだ。

 幸いにも倒れていた者達はただ眠らされていただけで覚醒を促すとすぐに目を覚ました。

 息子がいない事からすぐに誘拐されたことに気付いたという経緯になる。

 母親は息子が攫われたショックから気を失ってしまい今はベッドで休んでいるらしい。


「……鮮やかですね。一番被害の少ない方法を選択している時点で怪異にしては理性的すぎます。一連の手口から見ても知性が十分生者のそれと同じ。……これはやはり人間の仕業と見た方がいいのか?」


 怨霊や悪霊等の憑依によるものだとすれば、本来怨みや怒り等によりここまで「平和的」な行動にならないだろう。

 以前天邪鬼が無理やり適合率の高い体に霊魂を憑依させることがあったが、ああいったのはレアケース、第二第三の天邪鬼が出てきてないことを祈るばかりだが……。

 むしろ変な能力か霊具を使った人間が起こした事件と考えた方がまだ可能性は高い。

 尚斗が更に思考を深く沈ませているとバタンと玄関のドアが勢いよく開かれる。


「勇利(ゆうり)!!パパ、勇利は!?」


 学校の制服姿のまま息を切らせて屋敷に突入してきた女性、パパと呼んでいたことから恐らく惣二郎が言っていた娘だろうと当たりをつける。


「……ってアンタ達だれよ!」


 なかなかに気が強い子のようだ。


「帆乃香(ほのか)、落ち着きなさい。この方々は私が頼んできてもらった人だ、失礼だぞ……すみません神耶さん」

「いえ、大丈夫ですよ。このような時です、少々気が立ってしまうのも理解ができますので。纐纈さんの娘さんですね?初めまして、私は神耶尚斗と申します。今回の事件の協力者として纐纈さんに依頼された者になります。隣にいるのが助手の桜井美詞君。で、このワンコが八津波と言います」

「……は?わんこ?……え、ナニその綺麗な人……ってそんな場合じゃないの、パパ勇利は無事なの!?」


 いきなり連れてきた犬なんて紹介されたら理解が追いつかなくなるのも……まぁ、あるだろう。

 それよりも帆乃香と呼ばれた子が美詞に対して一瞬見惚れて時間が停止した事の方が気になるが、そのような状況ではない事を思い出し惣二郎に詰め寄っていた。


「……勇利は……誘拐されてしまった。犯人から連絡があり今のところ無事だとのことは聞けたのだが……どこにいるのかわからない状況だ」


「そ、そんな……そ、そうだ!警察!警察には!?」

「いや、警察には知らせていない……言っただろう?相手は普通の人間じゃないんだ。超常現象を扱うような、人ではない存在なんだよ?警察ではどうにもできない」

「パパまだそんなこと言ってるの!?なにが怪奇現象よ、そんなのナニカのトリックを使ったに決まってるじゃない!もしかしてそんな変な事吹き込まれたのはこいつらが原因!?」


 まぁある意味間違ってはいない。

 宗近からの紹介だったとは言え、その宗近の件も元は尚斗なのだ。

 原因が尚斗によるもの……と言うのならそう捉えることもできないこともないようなそうでないような。


「……八津波」

「『我を都合よく使いおって……こら娘子よ。ちっとは落ち着いたらどうだ?周りを見てみぃ、呆れかえっておるぞ?』」


「………へ?」


 聞こえてきたのはとても不思議な声色。

 人間が発する声とは明らかに違うのがわかるが、その発生源はどうやらこのワンコからのようだ。


「……い、い、い、」

「『なんじゃ?』」

「犬がしゃべったあああああああああ!」


 ご近所さんに迷惑となる大声量で叫ぶ声は至近距離にいる尚斗や美詞、それ以上に耳のいい八津波に大ダメージを与える。


「纐纈さん、なかなか愉快な子ですね」

「……恥ずかしい限りで……」


 惣二郎も娘の気質には少々手を焼いているようで溜息を吐いている。


「って!犬が喋る訳ないじゃないの!どうせどこかにスピーカーでも仕込んでいるんでしょ!?」


 おっとそうきたか、なかなか猜疑心の強い子だと思う尚斗。 

 喋りだすお犬様に畏れる事なく距離を詰め、ボディチェックよろしく八津波を撫で繰り回す帆乃香。


「『こ、これ。やめんか!』」


 このパターンは初めてなのか八津波ですらその勢いにタジタジになっている様子で、前足でテシテシと帆乃香を叩いている。

 一通りのボディチェックが終わったのだろうが、何も証拠が出てこなかったことで八津波から距離をとりワナワナと体を震わせる。


「そ、そんな。なにもついてない……ロボットじゃない……あたたかいし、やわらかいし……わんこだし………ほ、ほんもの?」

「『ええぃ不埒な小娘め、こうも乱暴に扱いおってからに……』」

「すみませんね、この子は私の“使い魔”なんです。優しく扱ってくださいね?」


 今度こそ帆乃香の時がとまった。


「え……ええぇぇええっぇぇ!!!」


 音響兵器がまた一同の耳を襲ったがなんとか理解はしてもらえたようで安心した。




 ダイニングのテーブルに座り改めて自己紹介を行うことに。

 先ほどまでなかなかな「はっちゃけぶり」を見せていた帆乃香も今は幾分落ち着いた様子を見せていた。


「ご、ごめんなさい。纐纈帆乃香(はなぶさ ほのか)と言います。さっきはいっぱい失礼な事言っちゃいました」

「いえ、お気になさらず。いきなり心霊とか怪奇現象とか出てきたら胡散臭いですよね?そういった方は一定数いらっしゃいますので慣れているんですよ。改めまして、私神耶総合調査事務所の神耶尚斗と申します。一言で言えば霊能探偵です。で、こっちが」

「神耶さんの弟子をしています桜井美詞と言います、よろしくね?帆乃香ちゃん」

「『……八津波じゃ』」


 どうも八津波は帆乃香に苦手意識を持ってしまったようだ、ぶすっとした態度でそっぽを向いている。

 

「うわ……超絶美人で声まで綺麗とか……神様不公平すぎる」


 謝ったばかりなのにすぐまた失礼な物言いをはじめる帆乃香に隣で座っていた惣二郎がまた溜息を吐いていた。


「……一応あなた方の事は信じることにします……一応!一応ですからね!」

「ははは、それでいいですよ。すぐに価値観を変えるのは難しいでしょうから」

「で、パパ……勇利はどうなったの?」


 真剣な顔つきに戻った惣二郎が事の経緯を娘に説明しだした。

 やはり自分の弟が事件に巻き込まれたのはショックなのだろう、悲痛な表情を浮かべだしている。


「どうするのよパパ……勇利が戻ってこなかったら……犯人の事はなにもわからないの?」

「あぁ、検討もつかない。だが明らかに人間が出来るような事ではない……正直私も気が狂いそうだ」

「ねぇ、あなた達はどうなの?勇利を助けてもらうためにパパが呼んだんですよね?専門家なんですよね?なにかわからないんですか?」


 事態を打開できそうな相手がいるとなると縋りたくなる気持ちはよくわかる、しかしより良い返事を出せるだけの情報をなにも持ち合わせていないのだ。


「すみません、正直なところ何もわかっていません。私達も連絡をいただき今先ほど到着したばかりなのです。纐纈さん、今から事件当時眠りについてしまったという護衛の方と使用人の方を少々『診せて』いただいてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ大丈夫ですが……何をされるのでしょう?」

「眠りについた原因を調べてみようかと。もし何かしらの怪異や術により眠らされたというのでしたら、まだ痕跡が本人達に残っている可能性があります」

「わかりました、すぐ連れて来ましょう」


 二人を呼びに行こうと惣二郎が席を離れるとその場に残されたのは帆乃香だけ。

 間を繋げなくてはと気を使ったのか帆乃香が尚斗に話しかけた。


「神耶さん……勇利、ちゃんと戻ってこれるかな……犯人はわけのわからない存在なんでしょ?いわばお化けみたいなのかもしれないんですよね?勇利怖がりだから泣いてるかもしれない……」

「君は……帆乃香さんは勇利君と仲がいいんだね。君の先ほどまでの剣幕からよくわかるよ。で、質問の答えですが……正直に言います、あまり楽観視はできません。一応犯人は知性があり目的があり、理性的な犯人像をなぞっているように思えます。が、常識外の存在でもあります。普通の人間と比べ何を仕出かすか想像がつかない。しかしそれでも二日後まで返事を待つと言っていますので、今はそれを信じるしかないかと」


 少々冷たい言い方になってしまうが怪異が絡む事件は希望を持たせるだけ残酷な結果を迎えるケースの方が多い、現に尚斗は怪異により生まれた悲劇をいくつも見てきた。

 それこそ自分の手の届く範囲で散って行く命に何度口惜しい思いを重ねてきただろうか、下手に「大丈夫」等と言えるだけの余裕すらないのだ。

 故に準備を怠らない、故に最悪を想定し動く……そしてなにより対抗できるだけの手段を身に着けてきた。


「そんな……神耶さんが事件を解決してくれるんでしょ?お願い、勇利を助けてよ……」

「ええ、もちろん私で協力できることはさせていただきます。しかし今回事件解決のために動くのは私ではなく別の人間になる予定なんです。纐纈さんは退魔師協会に依頼をかけていますのでそちらから人員が手配されることになっています。私は纐纈さんの護衛として雇われました。送られてきた退魔師が失敗したその時は私が勇利君を助けるために手を尽くします」

「その人達が助けてくれるの?神耶さんよりもすごい人達?」


 そう言われてしまうと弱い所だ、実際に送られてくるのは方位家レベルの人間であるのは確実だろう。

 しかし方位家も千差万別であり実力もピンキリ、もちろん尚斗より力のある人間もいる。

果たして今回のメンバーに含まれていればいいのだがと困った顔を見せてしまった。

 どう答えるべきかと言葉を選んでいるとガチャリとリビングの扉が開く。


「こら帆乃香、あまり神耶さんを困らせないで。ただでさえ彼には無理を言っているんだから」

「……パパ」


 惣二郎が護衛と使用人と思われる男女を連れてきてくれたようだ。

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