第163話

 桐生が悪だくみしていた内容は協会への意趣返し。

 といってもなんともかわいいものだ。

 排除した人間が目の前に現れた際の反応を楽しみたいと言うだけだから。

 しかしそこから読み取れる真意を知ればかわいい等とはとても言えない。

 簡単に言ってしまえば「除霊よろしくね?でもあんたら嘘ついたんだからこの先の付き合いは分かってるね?」と言う内容を突き付けるようなものなのだから。

 鈍感で厚顔無恥な協会上層部がその真意を正しく読み取れるかは未知数なのがなんとも心配であるが……。


「そんな分かりづらい表現が協会に通用しますかね?」

「それならばそれでいいんですよ。今後の対応が変わらない事は既に決まってますし態度でダメなら直接言葉にするまで。それに実際神耶さんに護衛していただきたい理由もあるんです」


 そうして惣二郎が取り出したのはもう三度目になる紙。

 同じような内容が書かれていた一枚目と二枚目とは違い三枚目はまた少し変わっていた。


「息子さんを誘拐……ですか?」

「ええ、社屋の件に続き次は息子を誘拐すると脅してきたんです、警察に知らせるなとの警告付きで。これが届いたのが昨晩でした。すぐにボディーガードを手配し現在は24時間体制で傍についてもらっています。しかし私が手配した人員は腕っぷしはあっても一般人、相手が超常的な存在ならぜひそのプロにお願いしたいと思いまして。ああ、もちろん調査や除霊当日は私共と一緒に行動させますので纏めて護衛についていただけたらと……」


 息子はまだ齢12歳、上に美詞と近い年の姉がいるとのことだが、そちらではなく息子の方を指名してきたようだ。

 纐纈家の跡取りを狙っての事か、それともより弱い存在をターゲットにしてきたか……やはりどこか人間臭い動きを見せる犯人。


「……わかりました。ならばこちらからもお願いがあるのですが、私の弟子である美詞君が一緒でもよろしいでしょうか?あと、常にこの使い魔も一緒ですがそちらもご理解いただいても?」

「ええ、桜井さんの為人ひととなりは桐生さんからも聞き及んでいます。大歓迎ですよ。……使い魔ですか。私はあまりそういった存在に詳しくないのですが見た目通りの犬ではないと思っても?」

「私も気になっていたよ、少し見ぬ間にそのような存在が君の傍についたのだね」


 惣二郎に続き宗近もどうやら八津波のことが気になる様子、確かに宗近には事の経緯を説明していなかったと思い至る。


「ああ、桐生さんにも紹介がまだでしたね。あの事件の後で縁を結ぶ事になりました力ある存在です。八津波」


 隣に寝そべるお犬様に挨拶をするよう促す尚斗、お座りの態勢をとると徐に口を開いた。


「『八津波と申す。尚斗の使い魔たる存在ではあるが人語を解する故、手を欲するならばいつでも申しつけよ』」


 口は動いていないのに確かに目の前の存在から聞こえてくる不思議な声、犬が喋った!と言葉にはしないが一目でそれとわかる驚きを露にする二人に、どうやらサプライズをプレゼントできたようだとしてやったり顔の尚斗。


「こ、これは驚いた。はは、君といるといつも驚かされてばかりだ。斯様な存在がいるとはなんとも不思議な世界だ……」

「えぇ……怪異……目に見えない恐怖とは別の、目に見える不思議な存在もまた実在するのですね。まるで漫画の世界に入り込んだ気分ですよ」


「見た目はちょっと大きなワンコですが、動物ではないので色々な事ができます。護衛には最適な存在なのでうってつけでしょう。護衛任務はいつから開始しましょうか?早いほうがよさそうですが」


「え?あぁ、そうですね。都合がよろしいのでしたら明日からでもさっそくお願いしたい。先の予定は明後日、本社前で協会側の人員と顔合わせと調査のため会う手筈となってます。なぜか受付担当者が調査は必要ないと息巻いているので、もしかしたらその場で即除霊に取り掛かる可能性もありますね。それまで護衛の間は私の家に部屋を準備いたしますので詰めていただけますと幸いです」


 またもや旧家の悪いクセに「頭痛が痛い」どころか気が遠くなりそうになる。

 わざわざ調査日程も提示してもらっているのに即突撃除霊とは……しかもどうやら担当員まで上層部の息のかかった暴走機関車のようだ、できれば当日来る実働隊が常識ある人間ならばいいのだが……恐らく望みは薄いだろうと悪い意味で信頼している尚斗。


 その後細かい取り決めや惣二郎の家の所在、連絡先等を交換して依頼者との会合は幕を下ろした。


 そして一旦準備のため事務所と自宅に戻った尚斗、美詞も着替え等の準備のため寮に戻っている。


 そんな時に鳴り出した尚斗のスマホ。


 相手は登録したばかりの惣二郎から。


 飛び込んできた内容は。


 ― 息子が誘拐された ―



 連絡を受けた尚斗は即座に準備していた荷物を慌ただしく纏め、車に乗り込むと美詞に連絡を取っていた。


「美詞君、緊急事態です。纐纈さんの息子さんが誘拐されてしまいました。今からすぐ都内に向かうので準備してください」


 まだ時間は夜になったばかり、さすがにこの時間から就寝しているといった事はなかったが既に明日への準備を終えリラックスモードに入っていた美詞のスイッチが強制的に切り替えさせられた。


「わ、わかりました!すぐに準備します!」


 短く了解の返事を済ませた美詞はすぐに着替えを始める。

 最近時間をかけるようになってきた身だしなみも今ばかりは以前の自分に逆戻りしなければいけないだろう。


(あぁ!もうっなんてタイミング!あと一晩待ってくれれば対処できたかもしれないのに!申請の出し直しをしなきゃ……それにしても本当に誘拐なんて)


 美詞も尚斗と同じく疑問に感じていた。

 脅迫文に怪電話、社屋の乗っ取りに誘拐まで……なんて節操のない怪異。

 本当に人間が起こしているのではと何度も過った考え。

 ぐるぐるする思考のまま軽く戸締りを済ました美詞がタタタと廊下を走る音が寮に響いた。


 ― キュッ ―


 急いでここまで来た事がわかる停車音に引っ張られ、すぐに車のドアを開けた美詞がその身を車内に滑らす。

 ドアを閉めるやすぐに発進した尚斗の運転に少し珍しさを感じていた美詞であるが、今が緊急時だというのをそれが如実に語っているようでもあった。


「いきなりですみません美詞君。準備は済んでいましたか?」

「はい、済ませていてよかったです。不測の事態に備えてって言葉が身に染みました」

「それはよかった。私もまさか本当に想定していた最悪がくるとは思ってなかったですよ。この意識の隙間を縫ってくるような嫌らしいやり方は馴染み深くて涙が出てきそうです」

「その言い方ですと……もしかして今回の犯人は悪魔を想定していますか?」

「一概には言えません、ただその可能性もある程度です。なんだかんだで悪辣なところは人間も悪魔も一緒と言えますので」


 尚斗らが都内の纐纈邸にたどり着いたころにはすっかり夜も更け、あたりはとっくに静寂へと舞台を変えているが目の前の豪邸だけはまだ落ち着かない様子を見せていた。


「神耶さん!!」


 屋敷に招かれるままドアを開けた先から惣二郎が血相を変えたように速足で尚斗に詰め寄って来る。


「すみません、こんな夜分に来ていただいて……私の見通しが甘かった!すぐに神耶さんに来てもらっていればこうはならなかったかもしれないのにっ……あぁぁっ……」


「纐纈さん、落ち着いて下さい。どちらにしろ護衛のための準備があったため提案されても難しかったでしょう。あまりご自分を責めないでください。それよりも犯人からのアクションはありましたか?」


 やはり息子が誘拐されたことで相当に参っているようだ、落ち着きがなく焦燥しきり疲れを見せる惣二郎の顔は見ていて痛々しい。

 尚斗からの質問にもどことなく焦点が合ってない目を向けながら、なんとか答えを返そうと焦りを抑え込んでいるように見える。


「あ、えぇ……まだなにもありません。確かに目的があるならば人質をとった後で要求を突き付けてきてもおかしくないのに……」

 

 そこまで言ったところで惣二郎のポケットからバイブ音がかすかに聞こえ、惣二郎は肩をビクリと跳ね上げ慌ててポケットを漁り出した。


「まるで見ているかのようなタイミング……犯人はまだ近くに……?それとも複数犯か?……纐纈さん、犯人からですか?」


 あまりにもタイミングが良すぎる。

 それこそだれかが監視でもしていなければこのタイミングでの連絡は偶然とは言えないだろう。


「は、はい。受けてもいいでしょうか?」

「えぇ、落ち着いて。情報を引き出せそうならお願いします」


 コクリと頷いた惣二郎が今も等間隔で震え続ける電話を受け恐る恐る耳にあてた。


「私だ……息子は無事なんだろうな……」

「『無事だ。猶予を二日やろう、社屋で待っている、いい返事を期待している』」

「まっ、まて!せめて息子の声を聞かせてくれ!……くそっ!!」


 どうやら先方は言うことだけ言ってすぐに通話を切ってしまったようだ。

 惣二郎が話を長引かせ情報を得ようとするのを分かっていたのだろうか、それとも怪異ゆえにそう長く喋れないのか……。

 一つ言えるのはあまりにも慣れているやり方から本当に怪異の仕業か?と疑念が募るばかりの状況であることが問題であった。 

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