第145話

 拵えを担当した職人達のびっくりするような突貫作業により完成した尚斗の刀。

 まさかこんなに早く完成するとは思っていなかったが実に都合がよかった、黄泉の国の軍勢が相手となればとても心強い武器であるからだ。

 刀身を鞘に納め打刀と脇差を手に取る。


「白露、朧、これからよろしく頼むよ」


 地面に向けそっと落とした二振りが尚斗の影へととぷんっと沈んでいった。


「うわ、マジで収納されるんっすね……もうあれじゃないですかほら、ラノベとかでよくあるストレージとかアイテムボックスとか」

「いや、召喚契約だからね……これ……ほんとその手の話好きですね。君自身の存在もファンタジー担当なくせに」

「別腹っすよ」


 さて目的は達成したのでお暇しようかと言うところで、丁度お声がかかったようだ。


「室長、第一ブリーフィング室で羽佐間副室長がお待ちです」

「お、タイミングよかったですね。わかりました伺います。徳井君ありがとう、時間をとらせたね」


 徳井に別れを告げた尚斗と美詞が女性研究員が告げにきた要件に従い羽佐間の下へ向かう。


 目的の部屋のドアを開けた先には、立ったまま自ら集めてきたであろう書類を手に眉間に皺を寄せている羽佐間の姿が。


「おや、もう終わりましたか?どうでした室長?刀の出来は」

「ええそりゃもう……いい―「かわいかったです!」」

「くっくくく……そうですか、かわいかったですか……ぷふぅっ!」

「はぁ……」


 なぜか尚斗の感想を遮った美詞が答えた内容がツボに入ったのか羽佐間は笑いを堪え……きれていないようである。


「くく……さぁどうぞ。室長のほど上等な豆ではないですが」


 テーブルにはコーヒーが既に並べられていたが、紙コップに入っているところは相変わらず残念であった。


「ええ、いただきます。で、どうでしょうか?実戦に出せそうですかね?」

「うーん……一応理論上では可能だと思うのですがやはりどうしても聖秘力とやらのアルゴリズムが……」

「あ、伝えていませんでしたね。今回実戦投入する相手は魔界門ではありません」

「おや……?」


 羽佐間はてっきり魔界門に投入するという流れかと思っていたのだ、そのための研究であったから。


「では何を相手に?……というよりも何をなされたいのですか?」

「羽佐間さんは『黄泉比良坂』というものをご存じですか?」

「ええ……まぁ名前程度は。古事記に載っている……たしか伊邪那岐様と伊邪那美様が夫婦喧嘩した場所でしたっけ?で、大岩で塞いだとかなんとか」

「ふふ……まぁその程度の認識で問題ありません。いわゆる黄泉の国と人間界を繋ぐ場所だと思ってください。それを塞ぐのが今回のミッションです」


 羽佐間は根っからの学者、退魔師ならば当たり前のように知っている逸話であってもさすがに細かくは知らないようで。


「ということはなんです?日本に魔界門のような別の世界と繋がるゲートが見つかったというのですか?」

「厳密には『昔から在った』ですね。私もつい先ほど知ったばかりの国家機密でして。あ、もちろん羽佐間さんと情報共有することは許可いただいてますので安心してください」

「なんてことだ……日本はどこまで危険に溢れてるんだ……」


 この羽佐間という男、プロジェクトに招集されるまでは怪異の事などまったく知らなかった一般人である。

 羽佐間も時任から直々にスカウトされた人物であり、その際に日本に……いや世界に蔓延る怪異というものを知る事になった。

 そしてこの国家の存続を脅かす魔界門という存在を目の当たりにし、自分の知識を未来へ繋げるために使って欲しいと時任と握手を交わす。


「現在黄泉比良坂はそれぞれの世界を隔てる結界を維持し守られているのですが、一言で言うとそれが限界に達しようとしています。代々結界を管理してきた巫女が途絶えそうなのです」

「……で、私に……技術研に求められている事は?」

「現在開発中の規格は対魔界門用の聖秘術をプロトコルに組み込んだ装置ですが、その聖秘力を神力に置き換えます」

「ということは室長の御父君が使用された封印術を、あえて変換せずに使用するということで?」

「ええ、聖秘力用のアルゴリズムを組みなおす必要はあると思いますが元は神力で安定していた術です、現在の装置に組み込むのもすんなり行くのではと……素人考えですが」

「ええ、大丈夫だと思いますよ。そもそも科学と神秘の融合なんてだれもが素人じゃないですか。それぞれのプロが集まったところで手探りの試行錯誤は止むを得ません。何もかもが初めてのプロセスですからね」


 科学と魔法は相容れない―とは言うが羽佐間も実のところ神秘というものが苦手であった。

 特に物理学者である彼からしてみればワンアクションで物理法則をぶち壊す神秘というものは、どうしても彼の頭の中の常識が拒絶をしてしまう。

 しかしそこでめげずに神秘は神秘として受け入れ、科学技術に落としこんでみせたのだからその執念や感服するばかりである。

 自分の理論を振りかざすことをせず、理解のできない神秘を尚斗から習いながら新しい理論を確立していく姿を見た尚斗は、将来羽佐間が神秘を一つの学問として後世に残す姿を思い描いたほどだ。


「時間はかかると思いますが切羽が詰まっている状態みたいでして、実行に移すのに一日も早いことが望まれている状況です。私も一度現地を見てどんなものか確認をしてきますが、羽佐間さんもご一緒されますか?」

「そうですね……いえ、そのような状況でしたら私はこちらで装置の完成に全力を注いだほうがいいでしょう。観測機器をお預けしますのでデータを取ってきてもらえますか?」

「なるほど、了解です」

「室長、使用されるのは“三式”で?」

「ええ、魔界門用に実証実験データを蓄積したい思惑もありますので」


 羽佐間が言う三式と言うのは装置の仮称である。

 名前から分かる通り一式と二式が存在したのだが……。


 ・一式単起動型境界封印装置


 これが一番最初に開発された物だ。

 隆輝の封印術式を解析し、それを装置に落としこむことによって人を媒介としない「封印術を起動させる道具」としてのコンセプトで作られた。

 起動と結果は問題がなかった、しかし恒常的な運転を目指す永久機関の搭載が出来ない限り、魔界門の脅威を排除しきれないとして断念。

 要は魔界側に装置を設置して封印をしても、だれかが燃料なり霊力なり電池なりを定期的に補充もしくは交換しなければいけないのだが、一度封印を開始すれば理論上魔界側にはもういけないので補充ができないというなんともジレンマを抱える装置となってしまった。

 しかし魔界門には使用できなくとも別の怪異の封印には効果があるとして、一つの完成形としては認められたのだ。


 ・二式双起動型境界乖離装置


 次に考えられたのは二つの繋がってしまった世界を切り離そうというコンセプト。

 隆輝の封印術から使える物をピックアップしていき、そこに尚斗が改良を加え互いの世界の座標をリセットさせる術式を完成させた。

 二つの装置をそれぞれの世界で起動することで、まずは両世界の境界を結界で保護した後封印し、最後に繋がっている座標をバッサリ切断するというもの。

 しっかり起動はしたし理論上は問題がないはずだが如何せん試せる場所がないため、尚斗が魔界門のゲートキーを確保してくるのを待っている状態と言えよう。

 しかしひとつ懸念事項もある、もし座標をリセットしても魔界側に魔界門の存在が残っている限り悪魔達は何らかの方法で門を再利用するのではないか?

 そしてその不安から生み出されたのが……


 ・三式双起動型境界破壊乖離装置


 門が残ってしまうといのならばそのものを壊してしまおう。

 言うは易く、行うは難し。

 過去のアメリカでの魔界門事件では、バチカンの枢機卿が己の命と引き換えに行使した「神の奇跡」を以て破壊せしめたほど。

 当時のアメリカは戦間期、上等な爆弾があったわけでもミサイルがあったわけでもない。しかしありったけの爆薬を用いて行われた攻撃は相当な破壊力であったにも関わらずまったく通用しなかった。

 日本で開いたゲートも戦闘ヘリにより、現代兵器である小型のミサイルやロケットの攻撃も加えられたがまったくの無傷、そうなると必然的に候補として挙がってくる核兵器という使うのが憚れる最終手段があるが、神秘の力が籠っていない攻撃では恐らくまったくの無傷に終わるのではないかと予想している。

 魔界側から門に向け、門を維持するための力が絶えず送り続けられていると言う事は悪魔の言から判明しているので、この供給をどうにかしなければほぼ無敵なのかもしれない。

 ならばその力の流入をシャットダウンした後に魔界側と人間界側、両方から破壊すれば?

 それも門自体を破壊するものではなく一帯の空間を丸ごと切り取る形で消滅させれば、いくら破壊困難なオブジェクトとは言え存在を維持できないのではと考えた。

 それを科学技術単体でやろうとすれば、とてもではないが人が持ち運びできるほどの装置に収めることなどできはしない。

 そこで乖離装置に組み込まれた結界で空間を切り離した後に、その保護された空間を反転すればと神秘の力に頼ることにした。

 実験は途中まで順調であった、なんとか術の反転にも成功しそこから生じるエネルギーは確かに空間消滅を生み出すに足る武器ともなった……が、威力が足りない。

 実験では1立方メートル程度の呪物を消滅させた程度。

 これでは到底あのデカ物を破壊するには足りない、と悩んでいた研究チームを救ったのは思いがけないものであった。

 尚斗が刀を強化するために持ち込んだ、八津波の御神体の削り粉、刀がこんな不思議パワーで強化するなら装置に組み込んでしまえと、ヤケクソ気味な研究者達のご乱心はいい方向に転がる結果となる。

 今までどう術式を改良しても変化が見られなかったのが、一つの触媒を介するだけで劇的に向上したのだ。

 なぜ?と考えた時に思い至ったのが「神の奇跡」すなわち祈りの力。

 ああ、なんて科学を殴りつけるような強引なロジック……そしてなぜこんな単純なことに気付かなかったんだろうと肩を落とす研究者達。

 とりあえず装置の中に組み込んだ術式の触媒として「神の力が込められた遺物」が有効と判明し、バチカンへキリストに所縁のある「聖遺物」を依頼した。

 届いた金属製の十字架を触媒とし、実験対象を悪魔が残した呪物で検証した実験も無事成功したことで、やっと敵の心臓に突き立てる刃が完成したのだ。


「たしか現在は装置二基間でのリンクを最終調整しているところでしたよね?」

「ええ、消滅プログラムは既にセットされていますし並行起動するための調整に入っているところです」

「触媒を『い号』から『あ号』に変更して運用試験をお願いします」

「そうですね……たしかに日本固有のものがターゲットとなりますと、日本の神由来の物が適当でしょう」


 その後も黄泉比良坂破壊ミッションの準備が着々と進んでいくことになる。


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