第144話
「大まかな協議はこれでいいだろう、尚斗君はこれからどうするのかね?」
「このまま地下へと。さっそく準備のため技術研に顔を出してきますよ」
「わかった、生田家には私から連絡を入れておこう。現地の調査も必要だろう?」
「ありがとうございます。他にも必要な手配がありましたら連絡させていただきますので」
「ああ、よろしく頼むよ」
その後黄泉比良坂の封印へ向けさっそく必要な手配等を詰めていった二人は会合を終える。
部屋を出た尚斗と美詞は八津波を伴い庁舎の地下へと赴くことに。
― 超常現象特別対策技術研究室、通称「技術研」―
尚斗が防衛省を我が物顔で闊歩できるのはここの「室長」という肩書があってのことだ。
技術研は怪異対策のための装備や道具、怪異に関わる呪物や術具等を研究開発するために設立された機関である。
公務員扱いである基晴麾下の退魔師達の装備はもちろんの事、まだ訓練中である自衛隊の対怪異部隊やスペシャルフォースと呼ばれる特殊部隊用の対怪異装備も開発されている。
尚斗が度々軍事装備品や数々の怪しい発明品を美詞に持ってくるのは、すべてここで研究開発された品々であるのだ。
― ピピッ ―
IDカードをかざしたカードリーダーから機械音が鳴ると、重厚な扉がエアー音を吐き出しながら開く。
様々な機械が並び、同じ作業着に身を包んだ技術者や科学者達が作業に従事する中で、一人白衣を着た男がこちらに気付き近寄って来た。
「室長、ようこそいらっしゃいました。刀の引き取りですか?今日はお嬢もご一緒なんですね」
「こんにちわ、羽佐間さん!」
羽佐間と呼ばれた白衣の男に笑顔で挨拶する美詞、何度かここにお邪魔している内にこの男とは既に顔見知りとなっているため慣れたものだ。
「ええ、修理に出していたアレを渡したくて連れてきました。それと刀の拵えも完成したとのことだったので引き取りに。羽佐間さん、後程お話がありますのでお時間をいただけますか?」
「ええ、大丈夫です。また何か厄介事の匂いがしますねぇ」
「いいえ、厄介と言えば厄介ですが私達にとっては朗報でもあります。遂に私達の研究のお披露目ですよ」
「……え?それって……例のあの装置ですか?」
「はい、この研究室の最大の目的である“あれ”です」
「こ、こりゃいかん!こうしておれん!すぐに資料を準備してきます!徳井君!!室長を案内してぇぇ!」
慌ただしく奥へと引っ込んでいった彼の名は羽佐間宗助(はざま そうすけ)、今は落ち着きない様子を見せていたが普段は研究熱心な頼れる好青年である。
彼は量子力学に明るい物理学者であり、普段いない尚斗に変わりここの研究室を任せられている立場ある技官でもある。
魔界門をどうにかするための“例の装置”を開発するため、中心的な役割を担い大いに助けとなってくれた設立当初からの仲間であった。
「あー……羽佐間さんなんかあったんっすか?」
「ふふふ、いい事でもあったのかもしれないね。徳井君忙しい中すまないね」
「いえいえ、ではこちらへどうぞ。お嬢もわんちゃんもどうぞっす」
徳井と呼ばれたこの青年は装備品等の開発と研究を進める年若い青年である。
案内された部屋に陳列されていた中から目的のものを取り出してきた徳井が、部屋の中心にある大きなテーブルの上にゴトリと置いた。
「まずはお嬢の神楽鈴からっす。やっぱ可変式の構造は壊れやすいっすね……ぶっこわれていたシャフトも含めて枝部分も全部新しいものに変えました。タングステンを既存合金に含め強度が20%ほど高まっています。鈴も全部新調しておきましたんで新品同様っすよ」
「わぁ、ありがとうございます!とっても楽しみにしてたんですよ」
荒ぶる八津波との闘いで破損してしまった神楽鈴がやっと手元に戻って来た喜びに、美詞が満面の笑みを浮かべながら動作チェックを始めていた。
「はは、お嬢の喜びようはほんと技術者冥利に尽きるっすね。で、こちらが室長の刀っす。いきなり保管室から姿を消した時はマジ焦りましたよ」
コトリバコの事件の際、技術研のメンバーに連絡もせずいきなり召喚したものだから、当時尚斗から連絡があるまで研究室内が騒然となったのは記憶に新しい出来事だった。
「いや……ほんとすみませんでした……あの時は迷惑をかけましたね……」
「いやぁ、物質の転送召喚なんて室長マジでどんどんファンタジー色強くなってません?」
この徳井という男、実は元陰陽師であり付与術や刻印等の適正が高かったため、尚斗の指導もありメキメキと実力を伸ばし装備開発のスペシャリストとしての道を邁進していた。
「認めたくないですが最近自覚してきているので困ってます……さて、出来はどうかな……」
二つの刀袋を開き姿を現わした打刀と脇差。
それを見た瞬間に尚斗は気が遠くなるのを感じた、一瞬で目からハイライトが引越しを開始する。
一言で言うなら「あ、これめちゃ高いやつやん」である。
「ほんと……なんていうか、俺って刀そこまで詳しくないっすけどこんな装飾華美でしたっけ?打刀って」
「いや……異常だよ……まぁないことはないんだが……力入れすぎだろ……」
まず一目で目立つのは「鞘」。
尚斗は拵えを作ってもらうに際して細かい注文はつけていない、せいぜい「鞘は朱鞘、柄巻の柄糸は革製、できれば実用重視で」ぐらい。
朱色というのも特にこだわりがあったわけではない、神に所縁のある刀なので神社色の強い朱色がいいかなぁって思ったぐらいだったのだ。
たしかに完成した鞘は綺麗な朱色をしていた……しかし。
「えぇっと、なになに。鞘は『
徳井が仕様書と思える紙に書かれた物を読み上げる。
「あぁ……こんな綺麗な
梅花皮(かいらぎ)とは鮫類の背中の一部分の皮である。
粒状の独特な突起物が数多くあり、それを研ぎだすと白い梅の花が見事に咲いたような模様になるのだ。
拵えに使われる鮫皮は鮫と呼ばれているが鮫ではなくアカエイ等のものが多いのだが、これはイバラエイのものだろうか……一言で言うとザ・高級品である。
更に尚斗が言うように生物の皮なので突起物の並び等は不規則であり、物によっては鞘に使えないようなものや研ぎ出してもあまり綺麗な出来にならないものもあるのだが、この綺麗な朱色の鞘に咲いた細かい多数の小さい花はとてもバランスよく並び、しかも一目で梅の花だと思えるような綺麗な花達を浮かび上がらせていた。
「鞘師のじいさんの秘蔵の梅花皮だそうですよ」
「秘蔵なんていう恐ろしい言葉出してこないでほしいですね……」
「まぁ拵え制作の爺さん達みんなはっちゃけてましたからねぇ……刀に拝みだしてたっすよ」
拵えは本来一人で作る物ではない、各部位をそれぞれのプロフェッショナル達が担当して制作するのだが、その依頼を受けた爺さん達は刀に宿った力を感じることのできる能力者家系でもあり、刀の刀身を見た瞬間に跪き刀を拝みだしたのだ。
「この御刀様にそんじょそこらの拵えを身に纏ってもらうわけにはいかん!」などと言い出しそれはもうはっちゃけてしまったようだ。
「なんか鞘自体にも所々装飾がされてますし……
「あぁ……確かに言いたいことはわかります。太刀によく見られる造りっぽいですよね」
梅花皮の鞘には金色に輝く細工が施されたた金物が随所に巻かれており、鐺もよく見るようなこじんまりしたものではなく細工の施された仰々しい物になっている。よく見れば金物はけっこうな箇所に使われているようで他にも
「鞘はともかく柄は……まぁ注文通りでしょうか。それでも縁と柄頭にこんな立派な装具を拵えなくても…」
「ええと、柄は室長の注文通り柄糸に皮を使用してます。素材は
鹿革は黒色、正絹ではなく皮にしてもらったのは、普段のナイフがすべて革巻きのものを使っていたのでそちらの方が手に馴染む尚斗に合わせたもの。
ひし形に巻かれた隙間からは親粒が目立つ朱色に染められた鮫皮が見える、尚斗が見ても綺麗だと思えるコントラストだった。
徳井が言った金具類はすべて意匠が統一されているようで、植物をモチーフにした細工が施されており金色に輝く黄銅……いわゆる真鍮製のようだ。
「小柄も笄も邪魔なだけなんですけどね……これだと『
目貫、小柄、笄までの統一品で「
目貫には神耶家の家紋である桔梗をモチーフにした装飾が、と言うことは他の金物の植物もすべて桔梗の葉や花等で統一したのだろうか。
チッと鯉口を切り少し刃を出してみると
立派な二重鎺となっておりそこには神耶家の家紋「
「おいおい、どこの将軍様だよ……げっ……!」
「あー……気づいちゃいましたか」
鎺に家紋を掘り込むという大げささにぼやいていたら、そこでやっと気づいたように尚斗の目に留まったのは刀の
「私でもこの意匠には見覚えがありますよ……これ『
鍔の形は「
黒地の中に浮かぶ金色の装飾、垂直に深く掘り出された立体感ある細工であることから初期の品であることが尚斗にもわかった。
美術品としての価値が高いと言われるほどに豪奢で上品な美観。
「だめだろこれ、しっかり桐箱に保管しとかないとダメなやつじゃないか!」
「さすがお目が高い。この鍔、脇差分と合わせて鑑定額がうん十万もしますね……鍔師の秘蔵の一品だそうっす」
「また出たよ秘蔵品!こんな美術品買うつもりねーぞ!」
「そこでお客様に朗報っす、今回はこの鍔がなんと!セットで脅威のゼロ円!……御刀様への奉納品だそうっすよ……」
「はっちゃけすぎだろ爺さん共!戦闘に使わせる気ねーな!」
徳井から仕様書をひったくると血走った目で読み進める尚斗。
そこに書かれていた今回の請求額は……予想に反して少なかった。
項目毎に書かれた金額欄は確かに鍔の金額が0になっているし、梅花皮も素材代は入っておらず加工代のみである。
「ちなみに拵えの素材はすべて神社で祈祷され儀式禊を行ったらしいっす。もう無茶苦茶っすよね」
「くそ……現実的な値段設定ってところがまた腹が立つ……ふっかけてきてりゃ文句でも言えたのに……」
仕様書を徳井に返し鞘から刀身を抜き放った尚斗が刀を手に構えをとる。
……しっくりくる。強く握ってもいないのに手に吸い付くようなフィット感、刀の重心も考慮されているのか違和感がまったくない、刀も心なしか喜んでいるようにさえ思えてくる。
「悔しいが完璧だ……最高の出来だよ……この短期間で仕上げてきたから、ごく一般的な物を想像していたのにいい意味で裏切られた」
「きっとハッスルしすぎたんでしょうね。完徹してなきゃいいっすけど……」
「わぁぁ!神耶さんすごい綺麗な拵えですね。この色、私の緋袴とお揃いじゃないですか、お花の模様がかわいいです!」
美詞が嬉しそうに鞘を掲げながら拵えの出来を褒めたたえる様子に、尚斗と徳井がぷっと吹き出した。
「美詞君らしいよ……。まぁ、最高の仕事をしてくれたのには間違いはないですね、しっかり感謝しなければ」
「ほんっとお嬢にはかなわないっすね」
「なんで笑ってるんですかっ!?」
尚斗の頭の中では爺さん達が目に隈を浮かべ、涙を流しながら万歳三唱をしている姿が見えたような気がした。
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