第143話

「……あぁ……そうだね。すまない、取り乱したようだ」


 少し熱くなった基晴が尚斗に窘められ冷静になると話の続きを語り始めた。


「生田家の先代もかなり若かったのだ……まだ20歳になったばかりの頃に鎮守巫女に就いた。案の定5年という短さで体が瘴気に耐えられなくなったのだ。そして残された候補の中から一番年が上だったのが千歳君だ。彼女の次となるとまだ齢12歳の親戚筋となる」

「先細りどころかもう先がないじゃないですか……他の家はどんな状況なのですか?」

「他の家も似たり寄ったりだ……だがまだ生田家ほど切羽は詰まっていない」

「なんとかならないのですか?他家から養子をもらうか別の神職家を巻き込むなどして繋ぐことは……」

「あぁ、過去にはあった。それが君の言っていた過去にあった事件に繋がる」


 尚斗は先日秀樹との話で違和感を覚えていた。

 家の「仕来り」というのがあまりにも急造感があり不自然さが目立ってしまったのだ。


「時は明治だ。戦は減り国という体裁が整いだすと人の生活にも少しずつ余裕が生まれてくる。人と言うのは余裕が生まれると余計な事を企む癖があるのか、黄泉の国を信奉する所謂新興宗教団体が出てきたんだよ。彼らは破滅願望があった……黄泉の国がすべての人間に死を齎し人の世を清めると信じていたんだ」

「とんだ迷惑集団ですね。私には理解できない……」

「あぁ、私もだ。まぁそう信じているだけならまだかわいいものだったのだが、彼らは過激派集団だった。彼らは鎮守の巫女一族の傍系を唆し、彼らの息のかかった巫女候補が養子として迎えられたのだ。何も知らない守役はその養子の子を次期鎮守巫女として育て上げた……その後はどうなったかわかるね?」

「結界が……解かれたのですか?」

「あぁ、たちまち黄泉の軍勢が押し寄せることになったのだが、残りの六家の力も借り総出で事を収束してからは黄泉比良坂の事、鎮守の巫女の事を世から隠し、一族の間でも成人を迎えるまでは例え実子であっても内情を伝える事を禁止した。そして当時破滅を導こうとしたその新興宗教に関わる者もすべて捕らえられ、国家転覆を謀った罪で処刑されたのだ。そこからだ、黄泉比良坂の件が極少数のみが受け継いでいく国家機密となったのは」

「……よく私にこの国家機密の情報開示許可が降りましたね」


 正直尚斗はここまでの事とは思っていなかった。

 聞けば聞くほどスケールが大きくなってくる。

 確かに国の存続に関わる案件だ、秀樹が漏らせないことも分かるし尚斗に迷惑がかかると気遣っていたことも理解できた。

 なんとも悪い事をしたものだと反省する。


「陛下の裁可があってのことだよ。政に携われることはなくとも常に国のことを憂いておられる。君がいい意味でこの国を守るための劇薬となることを期待されておられるのだろう。そしてその期待は八津波殿にもだ」

「『ん?我がか?』」

「八津波殿のその知識、力、機転、そして日ノ本の民を想う心が尚斗君のこれからの助けとなってくれる事ぐらい期待してもいいだろう?」

「『ふんっ、押し付けぬのならばよい。我は我の好きなようにするでな』」

「ははっ、八津波殿が間違った選択をするとは思わないからね。それでいいさ」


 気分屋を装っているがこのお犬様、きっとかなりのお人好しだ……と、基晴にもその程度はすぐにわかった。

 今回の件……いや、これからも何も言わずとも尚斗を助け寄り沿い、日本の未来を担う尚斗と共に歩いていくことだろう。

 そんな彼らに国家機密の一つや二つ気前よく開示するほどには信用も信頼もしている。


「ならその信頼に応えるのも務めでしょうか。黄泉比良坂……どうにかしたいとは思いませんか?」

「そのままにしたい訳がないだろう。どうにかできるのならば全力を尽くす所存だ」

「言いましたね?ならば最大限のバックアップをお願いします」

「何?……まさか本当になんとかできる……と言うのかね?」


 何かの言葉遊びかと思った。

 ただの意思を確認するための言葉だと思った。

 しかし尚斗は話を進めようとする。

 基晴にはどう捉えればいいのかわからなくなってしまった。


「昔父が言っていたんです。『この国には古来より人知れず脅威から日本を守り続ける人達がいる』と。当初は退魔師の事を指していると思いましたが今繋がりました。私は不思議に思っていたんです、神耶家の口伝にも伝えられてこなかった封印術をなぜ父が研究していたのか。あの魔界門事件の際、まるでおあつらえ向きのように魔界と現世を隔離する封印術を行使できたのか。きっと父は誰が守っているかまでは知らなくても、きっとその術が必要となる時が来るであろうことを予期していたのではないかと……それが突発的に発生した魔界門のせいで、父の術が日の目を見ることになるとはなんとも皮肉ですが」

「ならば何かね、隆輝殿は黄泉比良坂の事を確信とまではいかずとも想定はしていたと?」

「身贔屓な目線になりますが父ならばそれぐらい考えていても不思議ではないですね」

「なんてことだ……なぜ気付かなかった……はは、裏の事情に疎い私のせいだな……ままならんものだ、私ではなく裏に明るい者が上に立つべきであったか―」

「それは違います。あなたが居てくれたからこそ退魔師協会一強の壁を崩すことができたのです。まだ発足して日は浅くありますが、今まで協会の老害達にいい様にされていたあの頃とは違います。あなたに救われた、あなたを慕う退魔師が大勢います。ご自分の価値を自ら乏しめないでください」


 今まで政府は怪異に対し、すべてを退魔師協会に頼らざるを得ない状況だった。

 政府に対する傲慢で高圧的な態度、自分達が“守ってやっているんだぞ”と言わんばかりの姿勢は国を守る守護者とは名ばかりの、みかじめ料をせびる破落戸ごろつきのようであった。

 その協会内ですら自称「名家」と呼ぶ力の衰えた旧家達が幅を利かせ、実際に怪異事件の半数以上を解決しているその他一般的な野良退魔師が迫害されている現状。

 しかしそんな無能共であっても、協会を牛耳っている限りは怪異が発生すれば協会を頼らざるを得ないし、排斥されていたとしても協会に従わなければ仕事を回してもらえない。

 そんな腐ったサイクルから脱却すべく立ち上がったのが基晴であった。

 協会の老害共からの圧力にも屈さず、協力者も少ない中で政府内に対怪異部門を設立したばかりか、ノウハウのない中でもなんとかシステムを築き上げ、迫害を受ける退魔師達を拾い上げ形にしたのだ。

 そんな傑物が「上に就くべきではなかった」?冗談じゃない、一体誰がここまでの事を出来ようか。

 基晴自身には退魔師たる力はない、しかしそれを補って余りある「人を纏め上げる力」が備わっている。


「そう……だな。私が腐っていては着いてきてくれた者達に示しがつかない。よし、気を引き締めよう!それで尚斗君、この問題をどうやって解決しようと言うのだね?」

「お忘れですか?私達が研究している最大の目的を」

「“あの”装置か……あれは魔界門用のものであっただろう?転用できるのかね?」

「むしろ魔界門用に調整するのを苦労しているのですよ。あの装置には私の父の封印術式が参考に使われております。まぁ効果は封印とは程遠い結果を齎すモノとなってしまいましたが。私の父はあの封印術の術式のほとんどを道具で代用できるよう組んでおりました。一番重要な核となるべき部分は『神力を扱える術者』です。いわゆる神職者や神力を扱える陰陽師等が使うための術式として開発していたのでしょう。ならばその封印するターゲットとなるのは、むしろ黄泉比良坂のような日本古来からのものになるかと思われます。魔界門の際、完全な封印が叶わなかったのは聖秘力に対応していなかったからではないかと睨んでいます。さすがに父もキリスト教とは縁がなかったので仕方がないのですが」

「そうか……そうか……あれをどうにかできるのか……我が国を苦しめてきた、多くの巫女の人生と命を削って来たあれをどうにかできるかもしれんのかっ!」

「ええ、全力を尽くす所存です」

 

 相変わらず言葉遊びが好きな尚斗のからかいを含ませた返答なんてまったく気にならなかった。

 今は喜びと期待と興奮が基晴の中を駆け巡っている。


「よしっ!必要な人員と機材、必要な手配はなんでも言ってくれ。もう国家機密だなんだと言ってられぬ。感謝するよ、神耶家の君と隆輝殿がいなければ到底ここまで辿り着けるようなものではなかった。まさかこんな日がくるとは!」

「何言ってるんですか、装置を作ることのできた科学技術と技術者、そして術式の構築に手を貸してくれた退魔師と、更には共同開発のため技術を提供してくれたバチカンとステイツの協力があってこそです。そしてなによりそれらを手配し纏め上げ守ってくれたあなが居たからこそなのを忘れないでください」

「はっははっ!君こそ自分の価値を乏しめるべきではないな。神耶家がなければそのとっかかりすらなかったことを忘れないでくれ!」


 基晴が差し出してきた手をしっかりと握りしめる尚斗。

 基晴のスカウトから始まった二人の縁も握られた手のようにがっちりとした信頼により結ばれていた。

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