第141話

 八津波の問いかけには答える事ができないのか、秀樹の口が縫い付けられたようにもごもごと蠢く。

 それはどう答えるべきか、もしくは答えた内容で誤魔化しが効くかを悩んでいるようにも見える。

 十分熟考したのだろが、吐き出された言葉はとても弱弱しい誤魔化しにもならない回避の言葉であった。


「おや……なにか不穏な言葉が出てきましたね。黄泉とは穏やかではない。一体なにを仰っているのやら」


「『そちらの女人からは黄泉竈食いヨモツヘグイの気を感じる。いや、違うな……黄泉の気により汚染された現世の食物を長い事食したのであろう。臓の内が変質しておるぞ。巫女の術によるものかだいぶ浄化は進んでおるが、まだ長き時が必要であろうな。しかもここにはそちらの女人のような者がまだ数人おるようだ、察するに―』」


「止めろ!!もういい!それ以上言うな!!」


 今まで柔和な気配を見せていた秀樹が八津波の話を聞き進める内に、どんどん鬼の形相に変わり爆発した。

 しかしそれこそがなによりも八津波の言葉が真であることを裏付ける態度にもなってしまった。

 秀樹の隣で控えていた五十鈴も驚愕した表情を浮かべつつも、バレてしまった焦りのほうが大きく目を泳がせている。


「『これでよいか?尚斗よ』」

「ええ、ありがとう八津波」


「一体なんなのだその霊獣は!なぜ黄……そんなことがわかるというのだ!」


 悲鳴にも近い秀樹の叫びは何枚も残っていたベールを一気に全部取っ払われた憤慨によるものか、それともその秘密を知られること自体が相当にまずい凶事であることからか。


「いやぁ失礼しました。まぁ……うちの八津波にもそれなりに人に話せない『秘密』がございまして、神耶家の『仕来り』というものをご理解いただけましたら」


 もちろん仕来りなどまったくの出鱈目、生田家の仕来りに対して皮肉を込めた言い方は秀樹を煽っているとしか言いようがない。


「事は国防に関する重大な国家機密なのだぞ!!君にも迷惑がかかると言ったであろう!!!なぜ暴こうとした!くそっ!これでは上に報告するしかないではないかっ……!」

「なるほど……ここまで来て私の事を案じていただけているのですね、今までの失礼な態度申し訳ございません。ところで国家機密と仰いましたね、管轄はどちらになりますか?やはり防衛省に?」

「……やめておけ、それ以上深入りするんじゃない」


 その反応から当たりをつけた尚斗が電話を取り出し「少々失礼」と言いどこかへ電話をかけ出した。


「あ、夜分に申し訳ありません。ご無沙汰しております、今よろしいでしょうか?」

「ああ、問題ないよ。君から連絡が来るとは珍しいね。なにかあったのかい?」

「ええ、少々教えていただきたい事がございまして……現在私はとある家にお邪魔しているのですが、その方から話を伺おうにも国家機密と言う事で教えていただけないのです。もしご存じであればと思い連絡させていただきました」

「うん?話が読めないのだが国家機密かね?分かったとしても、そう易々と教えられる物ではないと思うが」


「そうですね……生田家、黄泉の国、これに関連することですがお心当たりは?」


「……なぜそれを君が知っているのだね?事の次第によっては君を罰さなくてはならないのだが……」

「ああ、別に生田家の方が漏らしたとかではないのでご安心ください。私もたまたま推測から行き着いただけのことなので詳しい内容を知っている訳ではないのですよ。しかしその様子ですとご存じのようですね」

「……あぁ、ただしそう軽々しく世間話のように漏らせるような話でもない。機密性Ⅲで国家安全保障に関する最重要レベルのものだよ」

「おっと……ほんとに藪から蛇が出てきましたね。情報開示は可能そうですか?」

「正直一個人に対しては難しいだろう。……しかし君の立場を利用すれば可能かもしれない」

「なるほど、技術研の室長として……ですか。わかりました、手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかった、手配しておこう。明日は時間を空けておくように。君は今、生田家にいるのかな?」

「はい、代わりましょうか?」

「ああ、頼む」


 電話の話を静かに見守っていた一同は信じられない者を見たような目になっている。

 相手がだれかはまだわからないが、少なくとも機密に関して話せるような人間。

 政府に所属している者だというのは想像がつきそうだが一体なぜとの疑問も生じる。

 尚斗から差し出されたスマホを恐る恐る手にとった秀樹が、ゆっくりと耳に当て電話に出た。


「……お電話代わりました。生田家当主の生田秀樹と申します……」

「君も災難だったね。私だ、時任基晴(ときとう もとはる)だ」

「と、時任本部長!!」


 どうやら秀樹は電話先の人間と顔見知りのようであった。

 尚斗からスマホを渡された時点でディスプレイを確認すべきだったことを後悔した。 

 かなりの地位を持つ人間と思われる相手に対し、秀樹は声が上擦った対応となっているようだ。


「今回の件、私が預かろう。後日尚斗君から事情を聞き、情報開示も含め判断させていただく。なに、悪いようにはしない。ところで今回の件、報告にあった交代の件と関係があるのかね?」

「……はい、娘の友人が神耶殿を連れ事の経緯の説明を求めております。神耶殿がお連れの霊獣殿に黄泉の事を暴かれた形となってしまいました。なんなのですか『あれ』は……」

「あぁ……本当に災難であった、……尚斗君が連れている霊獣もまた機密扱いなのだよ……一言で言えば『特別』と言うことだ。今回は犬に噛まれたとでも思ってくれたまえ。明日の話の結果はまたこちらから連絡しよう、最近は『奴ら』の活動も活発になってきているのだろう?君達の貢献なくしてはこの国はとうの昔に滅んでいることだろう、多大な負担をかけているがどうかよろしく頼む」

「いえ……これが我が一族の宿命ならば……」

「その言葉に縋るだけの私達を許してほしい……ではまた」

「はい、失礼します」


 大きなため息を吐いた秀樹が通話の切れたスマホを尚斗に渡してくる。


「……今日はとても心臓に悪い日だ……頼むからこれ以上私の心労を増やさないでほしいものだ。神耶殿はなぜ時任殿を知っておられるのだ……」


 その疑問はここにいるすべての人間が思ったことだろう、衛に関しては少々違った驚きのようだが。


「私が政府に肩入れしていることはご存じですよね?」

「あぁ、まぁああいった呼ばれ方をしていればな」


 尚斗が「堕ちた政府の犬」と呼ばれているのは界隈では広く知れ渡っている事、むしろ神耶家を敵視する古式派の旧家の人間達が意図的に広めている節まである。


「私が政府直轄機関に所属する切欠となったのが時任さんです。まぁ彼がスカウトマンだったんですよ」

「本部長直々か……相変わらず腰が軽い人のようだ……」

「それはもう、部下の方々が頭を抱えるほどには。という訳ですので明日にでも時任さんから直接話を伺って参ります。まぁ情報開示許可が降りれば……ですが」

「例え秘密を知ったところでどうにもならんよ……これはそういうものだ……」

「はは、私はどうやら諦めの悪い人間らしいので。事情を知る前に諦めるのはさすがに早いかと思うんですよね」


 もう話が自分の手を離れてしまったからなのか、秀樹の口調もだいぶ落ちついたものになっている。

 

「衛君も今日のところはこれでいいかな?」


 ぽかんとしていた衛が声をかけられたことにハッとなり姿勢を正す。

 正直話についていけなかった、黄泉?機密?時任?あれよあれよという間に話が纏まったようだが彼が出せる返事等―


「あ……は、はい。神耶さんにお任せします。よろしくお願いします!」


 ―こう言う他ないのだから。

 正直ここまで話が順調に行くとは思っていなかった。

 自分の代わりに話をスムーズに進めてもらえれば程度に考えていたが、尚斗がいなければ確実に「国家機密」が出た時点でそこから先には進めなかったことだろうことはなんとなくわかる。

 選択肢が他にあった訳ではなかったが、尚斗を頼った自分を褒めてあげたい気持ちになった。


「では秀樹殿、五十鈴さん、虎徹殿、本日はこれにてお暇させていただきます。本日はお時間をいただきありがとございました。またこちらにお伺いさせていただくことになるかと思いますが、その際はどうぞよろしくお願いいたします」

「私としてはもう会わない事を願うばかりなのですがね……きっと貴殿は諦めないのでしょう……ならば後日……」


 尚斗は再度ここに訪れることを確信したように、また、諦めてほしい秀樹でさえ尚斗がまたここに来るであろう事を予感していた。

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