第140話

「……すまないが話せることはない」


 それでも虎徹から返ってくるのは一貫した拒絶の意。


「なるほど……生田家の秘密とはそれほどのものですか……。そして虎徹殿はその内容も知っている。恐らく佐治家はその秘密に関わっている……協力関係にあるのでは?」

「一族の事情に土足で踏み込むのは感心しないな」


 ピリピリした空気があたりを支配していく、さすが武家というだけあって殺気にも近いソレはなかなかの威圧感があるが、尚斗は軽く受け流しているようで涼し気な様子。


「できれば先のある若人の願いぐらい聞いてあげられる大人になりたいものでして」

「青いな。どうにもならぬものがある事ぐらいわかるであろう。そなたの父君のようにな」

「私は父の事を『どうにもならない事』とは思っていません。失礼、話を平行線のまま終わらす予定はないのでこうしましょう」


 話をうやむやにしてまで応じない姿勢を見せる虎徹、わざわざ尚斗の父親の話まで持ち込んで挑発するほどだ。

 尚斗もだらだらと虎徹と意味のない議論を交わすつもりもないので腹案を出すことにした。


「生田家の方々とお話をさせていただけませんか?」

「私がそれに何故応じなければいけない?」

「衛君をご覧になればおわかりになるかと。彼は千歳さんを探すためにわざわざ『爪弾き者』に頼るほどです。私との交渉がだめであった場合、今度はどのような手段で真相に迫ろうとするかわかりませんよ。生田家に何度も押し入り当主に詰め寄る程度ならば穏便なほうでしょうね。若者は時に私達の想像の上を軽く超えてきますから」


「……条件がある」

「なんでしょう」

「生田家が交渉に応じなかった場合は諦めろ。彼の一族に迷惑をかけるな。それが出来るなら渡りをつけよう」


 一度衛が生田家に押し入り千歳の両親に詰め寄った経緯がある。

 その際は軽く咎められる程度で済んだが、何度も衛の好きにさせていれば虎徹の監督不行き届きを問われることにもなりかねない。

 とある事情により両家に不和を残すような事があってはいけないのだ、衛にはなんとしてもこれで諦めさせなければとの思いがあった。


「……とのことですがどうでしょうか衛君?」


 衛からしてみれば納得が出来るものではなかった……しかしここでノーと突っぱねた所で八方塞がりなのも理解している。

 ゴリ押しして生田家に突撃を繰り返すことももちろん考えたが、冷静に考えてみればいつまでも真面に対応してくれるとは思えない。

 ならば尚斗が整えてくれたチャンスに賭けるのも手。

 少なくとも自分一人で何度も詰め寄るよりは、尚斗と共に交渉の場についたほうが可能性はあるかもしれないと天秤にかけた。


「……わかりました、お願いします」


 衛を向いていた二つの視線は互いを向き合いアイコンタクトをとる。

 尚斗は「どうする?」と言わんばかりに……虎徹の目にはまだ迷いが見られるようだ。

 やがて目を瞑り少し考えに耽った後返答を出した。


「……しばし待っておれ」


 そう一言残し部屋から出て行ってしまった。

 さすがにこの場では聞かせられない内容の話が生田家とはあるのだろう、部屋に残された二人……いや、衛の顔には緊張がありありと浮かんでいる。


「大丈夫でしょうか……神耶さん……」

「正直わかりません、門前払いさえ回避できればなんとかなるのですが。ところで佐治君、先ほど虎徹殿に言っていたことは本当なのですか?嫌な予感がするって……あの不思議な縁によってわかったのですか?」


 先ほど衛が言っていた千歳の命に係わるような発言、彼自身あんな話を出任せで発するような性格には見えない、きっと言っていたことは本当なのだろうが確認しておく必要もある。


「はい……気のせいだと思いたいんです。ほんとはただの自分の気の焦りだと思いたいんです。ですが言葉では説明できないような感覚です、この感覚を無視すれば取り返しのつかない事になるんじゃないかって思えるような……」

「きっと君達の間でしかわからないシンパシーなんでしょうね。ならばそれに従えばいい、能力者の持つ勘というのはバカにできません。その感覚を信じてあげるべきでしょう」

「……はいっ!」


 扉が開く音が聞こえ二人が部屋の入口に目をやる。


「準備したまえ、生田家へ赴くぞ」


 尚斗と衛は目が合い虎徹に見えないよう小さくガッツポーズをするのだった。



 また場所を移し生田家の一室にて。

 

 衛から聞いていた通り生田家は佐治家のすぐ隣にあり移動に時間をかけることはなかった。

 急に決まった訪問ではあるが、尚斗からしても衛からしてもその日の内にアポが取れたのは幸いである。

 特に衛からすればここに来る度に寮を抜け出しているのだ、連続して提出された外出届に怪訝な顔を向けられるのはなるべく減らしたいところ。

 案内された部屋で座敷に座る一同、衛を挟んで両隣に座った尚斗と虎徹の向かいには生田家の当主と思われる夫婦が並び座っていた。


「まずはご挨拶を……この度は急な申し出に応じていただきましてありがとうございます。神耶尚斗と申します、この度は衛君の付き添いとして参らせていただいた次第です」

「先日は失礼な態度を取り申し訳ございませんでした!お時間を作っていただきましてありがとうございます!」


 尚斗が軽く頭を下げるのに対し衛は手を畳につけ深々と首を垂れていた。


「頭を上げてくれ。いいのだよ、千歳の事を思ってくれての事だと分かっているからね……私としても出来れば千歳と仲のよかった君にしこりを残してほしくない気持ちもあるのだ。こうやって冷静になって訪ねてきてもらえるなら対応ぐらいはしよう。……しかし、まさか神耶家のご子息を味方につけてやってくるとは思ってなかったがね……一体どこでそんな誼を作ったのか……おっとすまない、私は千歳の父で生田秀樹(いくた ひでき)と言う。こちらが妻の五十鈴(いすず)だ」


「とても簡潔な流れです。学園で私の弟子を呼び出し私を紹介してくれと詰め寄ったそうです。いやぁ実に行動力溢れる青年だ、衆人環視の中で愛の告白と勘違いされたみたいですよ。若者の情熱はすごいですね、そこまで千歳君の事を心配しているのでしょう」


 まさかバラされると思ってなかった衛が羞恥から顔を赤くしながら抗議の視線をぶつけてくるがこれも交渉のためのジャブ、衛には我慢してもらおうと無視を決め込む尚斗。

 まさかそんな経緯があったとは思わなかった虎徹も「え?友人じゃなかったの?」と言いたげな視線を衛にやっている。


「はぁ……君もなかなか向こう見ずなんだね……ほんと誰に似たのやら……」


 秀樹の視線は虎徹を向いているが、当の本人は冷や汗を垂らしながら目線を合わせないようそっぽを向いている。

 どうやら衛の気質は虎徹に似たようだ。


「衛君、千歳のためにそこまで動いてくれること正直親としては嬉しい限りだ。しかしね、何度も言うが教えるには複雑な事情というものがある。神耶君がなにやら秘密があることを確信しているようだが……それ自体は合っていると答えよう。しかし私達にはその事情を答えることは出来ないし話そうとも思っていない……我が一族の仕来りでね。何度来ようとも教えるわけにはいかない」


 衛に対して優しく言い聞かせるような窘めにも、引くことの知らない衛の瞳には諦めないという意思が見て取れる……しかしだからといって言い返せる言葉が思いつかずギリッと歯を食いしばるばかり。

 衛に助け船を出すように尚斗が口を挟んだ。


「しかし虎徹殿はその事情をご存じなのですよね?むしろ協力関係にあるのではと見ています。考えるに虎徹殿がというよりも佐治家が生田家に代々力を貸してきたのではないですか?ならば同じ佐治家の跡取り候補でもある衛君にお教えすることはできませんかね?」


 柔和な表情を携えていた秀樹の顔がわずかに歪むのがわかった。


「……推察通りだ、佐治家は我が生田家の秘密を共に守り支え合ってきた仲ではある。しかし仕来りで成人を迎えていない子供に教えることもまた禁止されているのだよ。例え教えたところで千歳の結果が変わることはない、なんとか諦めてほしいのだがね……」


「未成年には教えられない……考えられるのは精神もしくは肉体が未熟であるから?……秘密が守れるだけの道徳性を備えた年齢と捉えることができるか。しかしおかしいですね、成人の年齢など時代によって変わる……江戸時代までは元服は15歳ほどだったはず、少し前までの20歳ということが基準と考えるとこの仕来りが出来たのは明治以降?今の法律から則るなら教えることが出来るのは18歳からということになるのですか?」


 尚斗のつぶやきは生田家の秘密のベールをどんどん引っぺがされていく内容、秀樹の頬がわずかに引きつるのを感じた。 


「……だれだ……神耶家の息子は愚鈍だと抜かした輩は……。できればそれ以上追及してほしくないかな。何度も言うが私達にも事情と言うものがある。当家だけの問題でもないのだよ。それを暴こうものなら君にまで迷惑がかかる、ここは大人しく引き下がってほしい」

「申し訳ありませんね、藪があればつい棒でつつきたくなる性分でして。で、八津波。どうだい?」


 尚斗は秀樹への追求を一旦止め隣で伏せて控える八津波に声をかけた。


「『ああ、そうだな。我からも一つ尋ねたい』」


 犬から質問が飛んでくるとは考えてなかった秀樹であったが、彼のポーカーフェイスはまだ崩せないようだ。


「霊獣殿か……なんでしょう?答えられることは少ないと思いますが」



「『 なぜ この家からは こうも 黄泉の気配が 漂っておるのだ 』」


 この一撃は秀樹の今まで保ってきていた表情を大きく崩すには十分なものであったらしい。

  

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