第139話

「お、俺になにか問題があるんですか!?」


 少し焦った様子を見せる衛、そりゃ自分に問題があるなんて言われれば例え心当たりがなくとも焦ってしまうだろう。


「まぁ簡単に言ってしまえば君の年齢ですね。まだ成人になっていないのが問題なのです。私共の仕事は依頼者と『契約』を交わす必要があるのですが、法律上の基礎知識として君達未成年者は『制限行為能力者』という扱いで単独では契約ができません。例えば君が携帯電話を契約しようとすれば親の同意書等が必要となるでしょう?それと同じで両親等法定代理人の同意が必要となってくるのです。しかし話を聞くところによれば親からは同意なんてもらえそうにない状態と思えるのですがどうですか?」

「うっ……たしかに……そうか、法律の壁が……」


 まさか法律が邪魔をしてくるとは思っていなかった衛が力なく項垂れてしまった。


「神耶さんってそういうところきっちりしてますよねぇ?ナイショにしてあげたりとかしないのですか?」

「美詞君……社会を甘く見過ぎです。例えば調査を進めていく中で相手方と揉め、警察に調査内容を説明しなければいけない事態もありますし、依頼人の開示が必要になる場合もあるんです。私達退魔師はそれでもある程度の無茶を通せますが、『ばれなきゃいい精神』ではすぐ痛い目を見ますよ?」

「あぅ……」


 諭すような尚斗の言葉に言い負かされた美詞もシュンっとしてしまった。


「それとですが……費用的な問題は考えていましたか?ちなみにこれが人探し用の契約書になります」


 衛の前にパサっと並べられた書類の中で費用部分が羅列されている箇所を指で指し示す。

 そこには基本契約料としてゼロが5つならんだ下に、更に追加で発生しそうな金額がずらりと並んでいる。


「こ……こんなに……」

「ちなみにですが、これはあくまで近場に絞った調査での基本料金になります。例えば県外まで範囲を広げたり日本全国まで広げると金額は一気に跳ね上がりますし、調査日数が増えればさらにドンです。だいぶ良心的な料金設定にはなっているはずですが」

「う、うわぁ……すみません……甘くみてました……」


 法律どころか自分の財布の中さえも協力してくれそうにないことから、一気に意気消沈してしまった衛の声に力がなくなっていくのが目に見えてわかった。

 若気の至りで突っ走り事前調査等をしてこなかったのだろう。


「……とまぁ、意地悪はここまでにしておきましょうか」


 さっさとテーブルの上に広げた契約書関連書類を仕舞う尚斗。

 どういうことだとばかりに項垂れていた衛の顔が上がった。


「これも社会勉強の一環です。君がこれから先何かの仕事を人に依頼する場合はこういう事が必要だというのを知ってもらいたかっただけなので」

「え?……はい?」


 理解がまだ追いつかないようだ。

 またいつもの意地悪が始まったとばかりにくすくす笑いだす美詞。


「ではそこで笑っている美詞君、問題です。君が先ほど言ったように法律に抵触しない範囲で佐治君を助けるにはどうすればいいでしょうか?」

「え?もう、いきなりなんですから……。えっと……証拠となる契約書を取り交わさない……だけだと弱いですね。契約金額を設定しない……金銭の授受を取り交わさないってところですか?」

「うーん、もう一声欲しかったところですがまぁいいでしょう。業法上問題はありますが、考え方は悪くありません。要は仕事じゃなきゃいいんです。面目上は『弟子の友人のお手伝い』といったところですね。まぁお手伝いなのでアドバイスぐらいしかできませんし、仕事から切り離すので探偵らしい事は一切できません。しかも責任区分は佐治君に帰属してしまいますから、何かあったときは私が矢面に立つこともできませんがね。って言いましたが大人が子供に責任を押し付けるようなことはしませんので何かあった時は一緒に謝りましょう」


 一瞬尚斗が言っている事の意味が理解できず衛はぽかんと口を開けたまま。

 その姿を見た美詞がまたくすくすと笑い出してしまった。


「あっ……えっと、いいんですか?俺……私は別に桜井と友人という訳ではないのですが……」

「と言ってますが美詞君?」

「ほんと神耶さんひねくれてるんですから。佐治君?なら今からお友達になればいいんだよ?」


 あの桜井美詞が男に対して友達になろうと提案してきている。

 あの男子生徒に対していつもバッサリの桜井美詞が。

 今まで何度も言い寄ってくる男を冷淡にあしらい、友人関係すら構築しようとしなかった桜井美詞が。

 恐らく今の会話を学園の男どもに聞かれていれば、佐治衛の命は脅かされていたことだろうことは衛自身も理解できた。


「さて、こう言ってますがどうしますか?佐治君」

「……桜井、ありがとう。神耶さん、よろしくお願いします!助けてください!」

「はい、承りました。ではさっそくですがアポイントメントを取っていただきましょうか」


 あっさり了承の意を示した尚斗に衛はなんだか肩透かしをくらったような気分であったが、どうやらすぐに動いてくれるようで安心する。

 しかし衛が思っていた行動とは違うことに疑問があがった。


「えっと、アポですか?てっきり調査とかをするのかと思ってたのですが」

「まずは君のご両親とお話がしたい。今回の件、どう考えても君と生田君のご両親がキーマンです。足で調査をするのはその後ですよ」



 その日の夜、衛は自宅にて父親と対峙していた。

 

「で、なんなのだ衛、私に話したいこととは。言っておくが千歳ちゃんの事は―」


 父親が話すことはないとばかりの頭ごなしの言い分を遮るように、部屋の扉がノックされる。


「―……なんだ?」

「旦那様、お客様がお見えです。神耶様と名乗っておりますが……」

「だれだ?そんな約束はしていない「いや、ここに通してくれ、俺が呼んだ人だ」……衛?」


 父親の声を遮るように衛が客人を通せと使用人に指示を出してしまった。


「どういうことだ衛……一体何をしようとしている?」

「たのむ親父」


 息子の真剣な顔つきによる頼み、しっかりと向けてくる目には何らかの決意を宿した気迫が伝わってくる。


「……わかった……、すまないが通してくれ」

「はい、かしこまりました」


 ほどなくして再度鳴らされたノックと共に案内された青年が部屋に入って来た。


「この度は不躾な登場となってしまい申し訳ございません。私、神耶総合調査事務所の神耶尚斗と申します。衛君から助力を請われ御父君とお話をさせていただきたく参った次第となります。急な訪問に対応していただきありがとうございます」


 尚斗から出された名刺を受け取った父親が名刺と尚斗の顔とを交互に見やり……隣の犬に視線が行く。


「ああ、確かに失礼な登場ではあるな。しかもなぜ犬がこんなと……こ……もしや使役獣か?」


 さすがに八津波から漏れだす力を感じ取るほどの能力はあったみたいだ。


「『獣が敷居を跨ぐ無礼を失礼する。我が名は八津波と申す、如何せんこういった存在でな、主の傍を離れられんのよ。傍に控える事を許し願いたい』」


 八津波が喋り出したことにより父親は声を詰まらせる、人語を解する獣等相当に位が高くなければありえない、最低でも上位霊獣クラスであることを感じ取り冷や汗が垂れた。


「いや……獣等と失礼した、高位の霊獣殿とお見受けする。して、この度どのような要件であるのかな?」

「はい、話の内容としましてはご想像の通り。姿を消した生田千歳さんのことになります」


 尚斗が要件を述べた所で父親が衛のことをギロリと睨みつける、それはまるで「話をややこしくひろげおってからに!」と叱咤しているようであった。


「……自己紹介がまだであったな。私はここの衛の父である佐治虎徹(さじ こてつ)と申す。うちの息子がどう君に伝えたかはわからないが他家の事情を話せる訳がないだろう。息子の我儘に付き合わせて悪いが帰ってもらえるかな?息子には私からしっかり言い聞かせておく」


 話はこれまでとばかりに切り上げようとした虎徹に尚斗が制止の声をかけた。


「まぁまぁそう話を急かさなくともよろしいではありませんか。先ほど名刺をお渡しさせていただきましたが別に探偵という立場で来た訳ではないのですよ。うちの弟子から友人が困っているようなので力になってもらえないかと相談を受けましてね」

「……学園の友人か?弟子?……そうか、君は『あの』神耶家のご子息か。界隈でも噂になっているよ。しかし誰が来ようとも答えは変わらんのだが?」


「頼む親父!千歳になにがあったのか教えてくれ!知っているんだろう?このままだと流石に納得できない!」


 先日も同じようなやり取りはした。

 しかしなにやら息子に鬼気迫る「なにか」を感じた虎徹が頭ごなしに抑えつける態度を和らげた。


「衛……おまえの気持ちがわからないこともない。千歳ちゃんとは幼い頃から一緒だったからな……しかし他家には他家の事情があるのだ。おまえが我を通したところでどうにかなる事でもなければ、千歳ちゃんが帰ってくるわけでもないのだぞ?ただ手の届かぬ所に行っただけではないか、何をそこまで意固地になる事がある?もう少し大人になれ」

「違うんだ!ただ遠くに行ったとかじゃない!なにか……とても嫌な予感がする。もう千歳とは一生会う事ができなくなるんじゃないかって。千歳の身に危険が迫っているような……そんな危機感がずっと消えないんだ。親父、千歳は今危険な所にいるんじゃないのか?」


 虎徹が息を飲むのがわかった。

 そしてそんな反応を示した虎徹を、尚斗が見逃すはずがない。


「やはり何か事情をご存じなのですね?」


 すぐにポーカーフェイスを貫こうと表情を戻すが虎徹のその行動は既に遅かった。

 

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