第138話
美詞から電話をもらった時はなかなか珍しい事もあるものだと思った。
宝条学園に通う生徒達の中でも大半の者達は尚斗の事を蔑んでいたり『墜ちた政府の犬(ドッグ)』等と揶揄したりする者が多い中、目の前の彼からはそういった類の感情が見受けられない。
単純に探偵としての力を求めているような……だからだろうか、美詞が尚斗を紹介してもいいと感じたのは。
「人探し……ですか。たしかに私の領分ではありますね。まずは内容を確認する前に聞きたい事が。なぜ私だったのですか?こう言ってはなんですが、私は退魔師界隈では所謂爪弾き者ですよ?どちらかの派閥内の一族等を頼られたほうが早いとは思うのですが」
自虐を含めた尚斗の言いように戸惑いながらも隠すことなく事情を説明する衛。
「いえ……うちの家は派閥に属する事を禁じられているんです。なので頼れる伝手がなくて……それと家族も信用できない状態なので外部の方を頼るしかなかったんです。人探しといっても怪異が絡んでいる可能性がありましたので、退魔師で探偵をされてる方を他に知らず……」
「なるほど……にしても派閥所属を禁ずる家ですか、珍しいですね。それと気になったのですが家族が信用できないと……ふむ、ではそのあたりは依頼内容を確認しながら聞かせていただきましょう」
「あ、はい!探してほしいのは生田千歳(いくた ちとせ)、私の同級生です。……幼馴染なんです」
衛が出した名前に覚えがあったのか美詞が言葉を挟んだ。
「あれ、生田さん……あ、そうだ。最近転校したんじゃなかったかな?」
「ああ、形式上はそうなっているみたいなんだ。だがあまりにも唐突すぎる。俺に何も伝えないままいきなり姿を消した」
「えっと……佐治君と生田さんって恋人同士とかだったのかな?」
「え?あ、いや……そういう訳ではないんだが。そうだな……兄妹のように育ってきた。ウチの家と千歳の家はすぐ近所でな。両家とは家族ぐるみでの付き合いをさせてもらってるんだ。何をするにも一緒だったよ」
美詞と衛の話を聞いていた尚斗が話の軌道を戻す。
「なるほど、そんな関係の子が君に何も言わずに姿を消したのが信じられなかったんだね?しかしそうなると簡単な話ではあるが、君のご両親や生田君のご両親に尋ねる事はしなかったのかい?」
「それはさっき言いました『家族も信用できない状態』というのに繋がるのですが、もちろん私の親に真っ先に詰め寄りました。そして千歳の親にも……。返ってきた言葉は『千歳の事は忘れなさい、遠くに行ったんだ』とだけ……何があって何処に行ったのかも教えてもらえなかったんです」
尚斗は顎に手を当てしばし考えに耽ってしまった。
彼の言う通りであれば確実に生田家も佐治家も事情を知っている言い方だ。
その上で話せない事情なのがわかる。
一体どんな秘密を隠しているというのだろうか……「遠くに行った」という言葉をそのままに受け取るべきか、それとも……
「遠くに行ったと言っていたのですね?それは物理的距離?それとも……亡くなって―「それはないっ!!」」
尚斗の後者の予想は衛の声に遮られることになる。
「あ……すみません、大きな声を出してしまって……。千歳は死んでいません、それだけははっきりわかります」
「ふむ……精神論で言っている訳ではなさそうだね?なにか根拠があるのですか?」
衛が発する言葉には「死んでいないことを信じている」というニュアンスではなく「死んでいないことはわかってる」という何らかの確信を持っているように聞こえたのだ。
「……えっと、信じがたいかもしれませんが私と千歳は不思議な力で繋がってるんです。どう説明したらいいのかわからないんですが、私達は少し珍しい生まれなんです。同じ病院で同じ日、同じ時間に分娩され、その後も退院するまでずっと隣同士のベッドで一緒だったそうです。そしてその時から私達二人の間には目に見えない線で繋がっているような縁が結ばれたんです。あ、別に詩的な表現ではないですよ?霊的な繋がりという意味です」
「繋がりですか……例えばどういった『繋がり』があるのですか?」
「そうですね……例えば相手が大体どのあたりにいるかわかったり、相手がどんな事を考えているのかがなんとなくわかったり、つい同じ行動をしてしまったり……とかですね」
正直そこまでとは思わなかった尚斗が驚きを露にしていた。
しかし横で聞いていた美詞は違ったようで目をきらきらさせているではないか。
「うわぁ、なんだかロマンチックですね。赤い糸で結ばれてるみたいで素敵です」
「はぁ……美詞君。そんな良い物ではないと思いますよ?相手に思考が駄々洩れというのは二人にとってかなり辛いことであったのではないでしょうか?」
「はい、神耶さんがおっしゃる通りです。正直今何を考えているかとか相手に伝わるのはいいことばかりではありませんでした。なので二人でがんばってなんとか思考を遮断することだけはできたのですが『相手がどのあたりにいるのか』ということだけは克服できなかったんです。その力が今も残っています、千歳が生きているという事だけははっきり感じ取れるんです。ただ、何処にいるのかというのがまったくわからなくなってしまって……」
衛自身は繋がった縁から千歳の生存を確信できるだけの力を感じ取れてるようであるが、どうやらナビのほうは故障してしまったようだ。
「なるほど……なんとも不思議な力だ……八津波は聞いたことがあるかい?」
「『うん?そうだな……程度はあるが二子によくみられる奇怪な共感力とはまた違うのか?』」
「あぁ、双子の間で感じる事のできるシンパシーみたいなことですか。確かに双子は同じ言葉を同じタイミングで発したりちょっと不思議な繋がりがあったりしますね。確かに似ていると言えば似ているか……」
テレビで双子が超能力のようなテレパシーや透視能力でカードを当てるといった実験を見た事があると思い出した尚斗。
あれも超能力と言うのならば衛と千歳もそういった超能力が特殊な出産で宿った、とみることもできる。
「その繋がりの方向がわからなくなったのが千歳が転校したと伝えられた前日だったんです。最初は気のせいかと思っていました……千歳の存在自体ははっきり感じることはできていたので」
「タイミング的に見てあまりにも出来すぎていると感じたのですね?ちなみになのですが、その力の距離に制限はありましたか?またその力の事はご両親はご存じなのですか?」
「いえ、二人の秘密にしてました。ちゃんと説明できる力でもなかったですし、周りに茶化される事が目に見えてましたので……あと距離の制限はないと思います、海外とかはわかりませんが日本国内だと制限はないように思えます」
確かに美詞の反応から見ても、幼馴染で運命的な生まれ、「赤い糸だ」等と揶揄われるのは目に見えていたのだろう、隠すのもわかる気がする。
「生きている事はわかる……だが何処にいるかがわからなくなった……そのタイミングが恐らく『遠くに行った』という事柄と重ねることができる……だが両家の親は事情を話そうとしない……」
そこまで考えた所でふと尚斗は最近体験したことと重なった。
「八津波……異界に飲まれたという線はありますかね?……」
「『無きにしも非ず……といったところか。確かに異界ならばそのような繋がりが途切れてもおかしくはない。まぁただの憶測になってしまうが……それよりも結界等で遮断された可能性のほうがまだ現実的ではあると思うがの』」
もし意図しない神隠しならば親が秘密にしておく理由はない、八津波の言うようにまだ探知できない結界内に隔離されていると言った方が筋は通っている。
ならばなぜ?親達は千歳を隔離しなければいけなかったのか?もしかすればそれすら見当違いなのだろうか……
「今はまだ結論がまったく出せませんね。佐治君、生田君の一族はどんな家系なのだい?そして君の一族も」
「千歳の家は代々力ある巫女を輩出してきた神道系の一族になります。ウチの家は香取神道流を更に妖魔退治用に改良を重ねてきた武家の一族になります。主に真言で強化するスタイルですね」
「それは居なくなった生田君も巫女として力を持っていたのですか?」
「はい、一応基礎は修めているみたいですが……まだただの見習いです」
「うーん、隔離されるような事情を抱えてた……という線は少ないか……」
質問ばかりで一向に引き受ける旨の返答をもらえてない衛が焦れてきたのか、おずおずと尚斗に返答を促してみた。
「どうでしょう?引き受けていただけないでしょうか?」
「そうですね、こちらとしましては特に問題はありませんが……君自身に問題がありまして」
「……え?」
それは予想外の答えだった。
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