第135話
「『歩いておればいずれ出れよう』」
マヨヒガのある異界からいざ帰ろうとした一行が「どうやって帰ろうか」と悩んでいると、あっけなく八津波が答えを出してくれた。
八津波曰く時に取り残された異界はさほど範囲が広い訳ではないので、端を超えれば外に出れるとの事だ。
中には外に出る際に思い浮かべた任意の場所へと運んでくれるなんともご都合主義な異界もあるそうなのだが、実は今居る異界がそれに該当しているようだ。
「やっぱり……あの女が何の痕跡も残さず移動していたのはこの異界の力だったのね」
考えてみるととても便利な力だ、あの女はまるで瞬間移動の超能力でも手に入れたかのような万能感に浸っていたことだろう。
そんな異界を何かしらの方法で意のままに利用していた……今となればその方法はわからなくなってしまったが、むしろ永遠に分からないほうがいいのかもしれない。
元居た祭り会場に戻ることも考えた、神社まで移動してきた車が駐車場に置きっぱなしであるから。
しかし由夢の体の心配もあるし、なによりここからは時間との勝負となる。
今はまだ由夢の母親にはバレていないであろうが、由夢を引き取るための仕込みを整える必要があるのだ。
時間を稼ぐことができるのならば、今は一刻も早く大社に戻り静江と動くべきだろうと桜井大社へ直接戻ることに決めた。
帰りはあっけなく戻る事の出来た一行はすぐに事の報告のため静江との面会を求めると同時に、由夢を休ませるための客室の準備に入った。
「まずはご苦労だったね。まるで因果律に好かれたかのように見事巻き込まれたじゃないか」
「ええ、嫌な予感はしていましたが厄介事に惹かれやすいのかもしれませんね……しかし今回はむしろ遭遇できてよかったですよ」
「あぁ、由夢だったかい……昨今はこういった子が増えて困るね。今回はうちの手の届く範囲でよかったが……椿、すぐに警察と児童相談所に手配しときな」
尚斗から今回の事件経緯の報告を受け、安堵した表情を浮かべる静江。
静江も呪いによる被害者が増えていくことに気を揉んでいたはずだ、犠牲になった子達は戻ってこないがその元凶を潰せたことにやっと胸をなでおろすことが出来た事だろう。
そして由夢に関しての対応は早い、子供を引き取る事は初めてどころか、桜井大社の事業とも呼べるほどに繰り返してきた活動なためその対処ももう慣れたものだ。
「御婆様、母親はどうします?」
椿が由夢の母親に対しての判断を仰ぐも。
「聞かなくてもやるんだろ?遠慮はいらないよ、あんたの判断に任せるから好きにやりな」
一応体裁を保ち“上司”に許可を求めるが、椿に「ヤル気」が漲ってるのを分かった静江が椿の好きにさせるみたいだ。
意気揚々とさっそく関係各所へ連絡を入れ始めた椿に苦笑を浮かべる尚斗と静江。
「この子の子供好きにも困ったものだよ」
「婆様の背を見て育ったんだから似ても仕方ないでしょう。いいじゃないですか桜井らしくて」
「おや、どうしたんだい?珍しい」
「まぁだからこそ美詞君を預けたんですし、彼女がここまで立派に育ったのはどう言い繕おうと変わりませんから。あ、そうだ……」
尚斗が思い出したかのように聖書を開いた。
聖書の中で封印していた箱を取り出すと静江に渡す。
「今回のコトリバコです。あの女が言うには7人分の呪いが詰まっているとのことですが……」
「ほぉ……そこまでの力は感じないね。『チッポウ』なんだろ?とんでもない呪いかと思っていたが」
「女が箱から取り込んでいた呪いを祓ったからかもしれませんね。……頼みたいことがあるのですが」
「ああ、わかってるよ。その呪いに身を堕とした女の身元だろ?既に調べさせてるよ、こんな傍迷惑な呪い、これから先も出てこられちゃたまったもんじゃないからね」
「ええ、お願いします。協力できることがあれば言ってください」
「ほんとどうしたんだい?今日はやけに殊勝じゃないか」
「そんな日もありますよ……」
いつも皮肉や素直じゃない憎まれ口をたたいてくる尚斗にしては、今日はやけに素直で調子が狂いそうだが尚斗だって人間だ、今回の件で少々センチメンタルな心情に傾くことでもあったのだろう。
「さて、それじゃ由夢ちゃんの様子を見に行きましょ尚斗君」
もう手配が終わったのか椿が尚斗を急かすように促してきた、いくら由夢のことが気になるからといって少々落ち着きがない。
「行っておいで、箱の封印準備はしておくよ。今日はゆっくり休むといい」
しっしと手で払う仕草を見せ部屋から二人を追い出す静江、彼女も今から手配やらなんやらで忙しくなる身、老人の睡眠時間を奪ってしまった事を申し訳なく思い素直に従うことにした。
由夢が寝ているであろう客間の引き戸を開け中に入ると、座卓につき休憩していたのだろうかお茶を入れ寛いでいる美詞ら四人が目に入った。
そしてその奥には布団が敷かれ気持ちよさそうに眠りにつく由夢の姿。
「あ、おかえりなさい。今お茶入れますね」
「あらありがとう美詞ちゃん、今日はみんなおつかれさま。せっかくの花火大会だったのにごめんなさいねぇ」
「いえいえ、椿さんが謝らなくても……こんな事件を引き起こしたあの女性が悪いんですから」
「そうですよー、それに花火は明日もあるからここから見ようってことになったんです」
夏希は謝罪を述べる椿へしきりに手を振り気にしないでくれと恐縮しており、千鶴は既に花火大会二日目の予定を決めてしまったようだ。
「あの、初めて浴衣を着てお祭りに行けました!すごく楽しかったです」
優江も今まで夏祭りと言っても浴衣を着て参加することがなかったことから、とても新鮮な体験ができたことがよほど楽しかったのか、既にコトリバコの呪への恐怖は払拭できたみたいだ。
「わっ!!」
「どうしたんだい美詞君、お湯でもこぼし……ッ!!」
お茶を入れるために部屋の隅で保温していたポットに向かっていた美詞が、いきなり驚きの声をあげたことでお湯でも零してしまったのだろうかと視線を奥にやると、驚きの光景に声を詰まらせた。
「君は……」
由夢の枕元に立つ男の子の霊、一瞬全員の緊張が高まったがよく見れば見おぼえるのあるシルエットであった。
「確か私達を由夢ちゃんの下に案内してくれた子ね?……よく桜井の結界を抜けてこれたわね……」
椿の言うように桜井大社には防御結界が張り巡らされている、霊がひょっこり迷い込むなどありえないのだ。
「結界を抜けたとは考えられないでしょう。恐らく由夢ちゃんに憑いていたのかな……」
徐に立ち上がった尚斗はゆっくりと由夢が眠る枕元まで歩いていき、男の子の霊の前で片膝をつき目線を合わせる。
まるで全員が揃うのを待っていたかのようなタイミングで姿を現わしたこの子、何かの目的があるのではないかと考えた。
「さっきは案内をしてくれてありがとう、君のおかげで無事この子を助けることができたよ」
尚斗の言葉が通じているのか表情が虚ろな子供の顔に少しばかりの笑みが浮かぶ。
その反応から見ても、由夢を助けてほしいがための行動であったことはなんとなく理解ができた。
「まだなにか私達に伝えたい事があるのかな?」
その質問に答えるように男の子は何らかの思念を送ってくる……しかし子供の霊の思念波は悪霊のものとはまた違った意味で読み取りづらいのだ。
悪霊は怨みや怒り等を前面にぶつけてくるので本当の思いが伝わりづらい、それに対し子供の思念はとにかくぐちゃぐちゃで纏まりがない、よほど共感力の高い術者でないと本質を読み取ることが難しいのだ。
そしてこの中でそれが可能なのは……
「美詞君、すまないがこの子の思念波を読み取ることができるかな?君の共感能力があれば深くまで探れるはずなんだが……」
「はい、やってみます」
以前も悪霊になりかけていた女性の霊からの思念を見事に読み取った経緯から、美詞の感受性に頼ることにしてみた。
尚斗の隣に座り、同じく目線を男の子の霊と合わせた美詞がじっと覗き込む。
「これは……ちょっと分かりづらいですね……場景が次々変わって……」
前面にぶつけてきたデータが膨大で洪水となり押し寄せてくるため、美詞は以前のように少し霊的防御を薄め受け口を広げてやる……もちろん以前尚斗に注意されたので無防備になるようなヘマはしない。
「えっと……これはどこかのお家かな?……ッ!!……これは……君の事?」
目的の思念に行き着いたのか確認をとった美詞に応えるように頷く男の子の霊、意思が伝わったことに満足したのかいつの間にか思念波は止んでいた。
「大丈夫かい?」
「あ、はい。負担はないです。たぶんこの子が埋められた時の光景でしょうか……それを伝えたかったみたいで」
「埋められた場所……今回の被害者かな。供養してほしいのかい?……」
もしかしたら今回の事件で被害に遭った子供の内の一人なのかもしれない、あの女に処分された遺体を探し出し供養してほしいのかもと推理してみたが……
「いえ、今回の事件とは関係がなさそうなんです。この子を埋めた人はあの女性ではありませんでした。別の若い女性と男性が二人でどこかの家の庭に埋めていました」
どういうことだと思案に耽った尚斗が情報を精査しながらパーツを組み立てていく。
そしてとある可能性に行き着いた。
「……まさか……そういう事なのか?……だから君は……なんてことだ……」
「どういうこと?尚斗君……」
「椿姉、警察に追加で情報提供と調査の手配を。美詞君、椿姉に思念にあった家の特徴と埋められた場所をなるべく詳しく伝えてくれ。……あの親、他にも罪を犯してやがった」
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