第134話

 椿の説得により由夢の処遇はなんとかなりそうだ。

 あんなに長い時間二人がしゃべっていたのになぜ横やりが入ってこなかったか?

 そんなの尚斗がいたからに他ならない。


「大団円を邪魔しようなんてアナタも相当に無粋ですねぇ、いい加減諦めたらどうですか?」

「私の素材いいいイィィ!私の箱おおおオォォォ!」


 どれだけ喋りたかったのか知らないが、真っ先に砕けた顎を修復し恨みつらみの言葉を尚斗にぶつけ続ける女。

 幾度となく血による刃が振るわれ血による槍が伸びようとも、一本足りとも先へは通さない尚斗に、ただただ駄々をこね癇癪を起した子供のように暴れる女。


「ほんとどっちが子供かわかったもんじゃない」

「うるさいうるさいウルサイウルサイィィ!」


 もう尚斗の“命を脅かす攻撃”は止んでいるのに一向に修復が完了せず、血による攻撃もどんどん精彩さを欠いているようだ。


「うしっ!あっちも無事解決したようですし……あとはアンタだけだ。しかしどうしたもんですかねぇ、弱らすことは出来ましたが……」


 そう、尚斗や椿の浄化により女に宿る呪いはだいぶ薄れつつある、しかし一度呪いと同化した人間なんて既に妖怪と変わりない、首を跳ねようが心臓を潰そうがそう簡単に斃すことはできないだろう。

 先ほどまでは尚斗のナイフに宿った椿の浄化付与により、霊格を直接斬りつけ破壊しようと算段をつけていたが、それも既に術が切れてしまい手元に残ったのは“悪魔以外には鈍器”な対悪魔装具だけ。

 椿の元へ戻り「あ、術が解けたのでもう一回付与してもらっていい?」なんて無粋なことが出来る雰囲気でもない。

 一言で言えば決め手に欠けていた。


「『尚斗よ、もう完成しているのであろう?呼べばよかろうが』」


 先ほどまで「よきよき」と映画をエンディングロールまで見終わったような満足感に浸り頷いていた八津波が、雑事等さっさと終わらせてしまえとばかりに提案してくる。


「“アレ”のことを言ってるのですか?いやまぁ後は拵えのみですが、呼べばって……呼ぶ?」

「『あれは我の分け身が使われているのだぞ、お主としっかり縁を結んでおいたわ、気が利くじゃろ?』」

「え?……いつ?というか呼ぶってもしかして……『使い魔の召喚』?」

「『然り。我に施された術をそのまま流用させてもろうたぞ。うむ、なんて主思いな使い魔かのぉ』」


 使い魔の召喚は言わば生き物が対象だ、使い魔契約を結んだ生物を自分の下へ呼び寄せる術。


「無機物の召喚ですか……ふふ、初の試みですね。まぁ、手詰まりでしたし感謝しますよ八津波」


 聖書の中にククリナイフを仕舞い手を前方へ翳す、八津波の言う通り契約がされていれば理論上はいけるはず。

 もしこなければ、とてもとても恥ずかしい黒歴史として残ることに一抹の不安がよぎる。


「契約の導に従い我が身、我が下へ!来い!【白露天隔(しらつゆのあまへだて)】【朧月遊幻(おぼろづきゆうげん)】!」


 しんっと辺りが静寂に支配される。

 目の前の女ですら気を利かせたかのように成り行きを見守っている。

 きっと戦隊物や魔法少女物の怪人も同じような心境で待っているのかもしれない。

 沈黙に耐えられなくなり来ないじゃないか!と八津波に文句を言おうとしたとき、空が煌めき異界を割り一筋の星が落ちてきた。


 ― ズドンッ! ―


 地面を抉るように突き立った二本一対の白い棒が尚斗の傍に姿を現わす。

 思いのほか派手な登場に、その場にいた全員の視線を独占してしまったようだ。


「おぃおぃ、影じゃなく空からかよ……ってか、ほんとに来ちまった……」

「『異界により影が断絶しておったので異界を裂いてきたのだな、良き忠義ではないか』」


 長さが不揃いな二本の木製の棒、尚斗が例の神気で清められた霊刀と八津波の御神体から削りだした「削り粉」から新たに作り出した疑似的な神剣。

 もちろん本物の神剣には遠く及ばない紛い物ではあるが、そこいらの歴史ある霊刀等では比べ物にならない力を秘めている。

 現在は刀の拵えを作成中で、白鞘に納め技術研に保管していたが……どうやらそのままの状態で召喚に応じたようだ。


 地面に突き立った刀に手をかけゆっくりと白鞘から刀身を抜き放つ。

 ……もう刃文や沸がどうとかどうでもよかった。

 ただただ美しい、そう語彙力が破綻しそうなほどに吸い込まれるような刀身。

 一般人が見ても明らかに何らかの力が宿っているのではないかと疑うほどの神秘を宿した二振り。


「すまないね、まだ君達の拵えが出来上がってもないのに呼び出してしまって」


 どこぞやのアニメのキャラを真似る気はない、保管用の白鞘のまま実戦で使う等正気の沙汰ではないのだ、専門家が知れば激昂すること間違いなしであろう。

 しかし両手から伝わってくる力強い神気は「早く振るえ」とばかりに盛んに訴えてくる。

 魔を滅する刃の力を呪いが本能で察しているのだろうか、女が怖気づいたようにがたがたと震えているようだ。


「そうか、分かるんだな……もう『終わり』しか残ってないことが」


 ゆったりとした歩調、その一歩一歩が自分の命を断ち切る秒読みであることに耐えられなくなり、女が精一杯の足掻きを見せだした。

 大きな叫び声と共に無数の血の刃が一斉に尚斗に襲いかかる。

 そんな藻掻きはもう意味を成さない事を知らしめるように、尚斗が振るう剣閃が触れる血の呪いを悉く“消滅”させていく。

 

「あんたにどんな経緯があったかわからないよ。呪いと同化するほどだ、それなりの絶望と怨みを背負ったんだろう。……しかしな、だからと言って小さな命を玩具にしていい理由にはならない」


 いつの間にか尚斗が女の間合いに入っていた。


「閻魔様に会えたならたっぷり叱られて来な。……そして、あの世で犠牲になった子達にしっかり謝ってこい。じゃぁな」


 別れの言葉と同時に放たれた二振りによる斬撃、一息の間に振るわれた幾多の煌めきが女の霊核を捉え……断ち切った。

 最後は実にあっけなく、声もあげず静かに塵となって消えていく女の体。

 最後まで残っていた顔から流れ落ちた涙は一体何を意味していたのかは……尚斗には知る由もなかった。

 ただ、人として終えることすらできなかった彼女に、救いはあったのだろうかと少し感傷に浸ってしまう。

 踵を返し未だ地面から“生えて”いる鞘の元まで戻ると、恭しく刀身を納め地面からズボッと抜き取る。


「『どうだ?使い心地は』」

「どこかの誰かさんと一緒でなかなかにじゃじゃ馬ですが……文句なんてありませんよ、最高の出来です」

「『ふんっ、言いおる』」

「で、これどうやって持って帰りましょうかねぇ……外はまだ花火大会中でしょうし……」

「『影に仕舞っておればよいだろうが』」

「もしかしてそこまで再現したのですか?……ほんとやってくれましたねぇ……便利なので助かりますが」


 足の裏に霊力を籠めると尚斗は自らの影の上に二本の刀を落とした。

 影がたわみ、とぷんっという音を残し姿を消した二振り。

 そこでやっと尚斗は自分が注目されていることに気づき視線の元へ振り向く。


「おっと、いつの間にか観客の立場が交代していたようで」


 八津波を伴い椿達に合流すると真っ先に美詞が声をかけてくる。


「神耶さん、おつかれさまでした。とても綺麗でしたよ、神耶さんの刀捌き」

「ありがとう、美詞君もおつかれさま。それは私が預かりましょう」


 美詞が今も力を流しながら千鶴の施した封印を維持しているコトリバコを、尚斗が引き取り聖書の中に仕舞いこんだ。

 やっと呪物から解放された美詞がふぅと安堵すると、他の面々も声をかけてくる。


「神耶さんだいぶ人間やめてきてない?なんか人間ビックリ箱だったよ?」

「ほんとそれ、椿さんもすごかったけど現役ってあそこまで出来ないとだめなんだね、もっとがんばらないと」


 千鶴の少々失礼な言葉も、尚斗自身最近身に覚えがありすぎて困っているところ。

 なので夏希はどんどん現役退魔師に対して順調に勘違いを拗らせている、きっと現場で本当の現役の実態を知ればがっかりすることだろう。

 そして目を輝かせている優江と言えば……


「神耶さん、カッコイイ……」


 相変わらずぶれない、どんどん尚斗に対してのフィルターが分厚くなっていくばかり。

 そして……


「尚斗君、おつかれさま。最後は任せちゃったわね」

「いや、椿姉も。よかったよ、その子が助かって……」


 泣き疲れたのか椿の胸の中でしゃくりあげながら眠りについている由夢の姿を、慈愛の籠もった目で見守る尚斗と椿。


「ええ……本当は……子供は親と一緒が一番いいのでしょうけど……もう決めたわ、憎まれ役を買ってでも私が引き離す」

「椿姉がそう決めたならきっと間違ってないさ。今まで椿姉が保護した子達もみんな幸せそうじゃないか、自信を持てばいいよ」

「そりゃ子供は幸せになるべきですもの。でもこれは私のエゴだから……私の我儘による結果が必ずしも最適解だとは思いたくもないの。『親と一緒にいないことが一番の幸せ』だなんてあまりにも救いが無いことだから……だから私は親から子を引き離す大罪を背負い続けて、子供達に幸せを与えていかないとだめなの」

「考えすぎだよ。椿姉は今まで通り子供を猫可愛がりしてればいいんだ」


 椿の頭をわしわしと乱暴に撫でる尚斗に椿がぷくっと頬を膨らます。


「もう!生意気なんだから。でもありがと、理解してくれる弟を持って嬉しいわ」

「こうやって背中を押さないと、すぐ余計な事まで考えすぎちゃう自己評価の低いお姉ちゃんですからね」

「あら、あなたも大概だと思うのだけど?いいのかしら?あなたの弱みが誰かに漏れちゃっても」

「げっ、そりゃ勘弁」


 多くの未来ある子供達が失われた事件であったが、確かに守られた命もあった。

 コトリバコ、こんな呪いフィクションの中だけで十分だ。

 あの女が何を思ってこんな呪いを現実の物にしたのかはわからないが、これから先もこのような理不尽が生まれない事を願わずにはいられない事件であった。 

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