第130話

 いち早く尚斗の存在に気づいていたナンパ野郎の内の一人の顔色が、尚斗の一言を聞いただけで悪くなってきたように思える。

 きっと祭りの熱気にあてられて体調を崩してしまったのだろう、お家に帰ってねんねしていればきっとよくなるさ。


「あ、神耶さん!」


 千鶴がこれ見よがしに尚斗の名を呼んだことにより、尚斗の呼びかけにも無視を決め込んでいた残りの男共のうち二人もやっとこちらに視線を寄越した。


「あぁ?なんだ、男か?正義感気取って入ってこねーほう……が……」

「おれらはこの子らに用があんだよ、てめぇはさっさ……と……いえ、なんでもないです……」


 アプローチに熱中している一人以外は尚斗を威嚇しようとしてきたが、どちらも威勢のいい声が尻すぼみになっていく。

 何やら様子がおかしいと感じた最後の男もアプローチを中断しこちらに振り返った。


「てめぇ邪魔すんじゃねーよ!さっさと失せなこのヒョロ眼鏡……ヒョロ……どこが?」


 尚斗は高身長だ、着やせもする、しかし日々実践のためトレーニングを絶やさない人間がひょろい訳がない。

 半袖のジャケットから覗く腕は彫刻のような筋肉美を披露、ジャケットの中のぴっちりとしたインナーからでも分かる胸板の盛り上がりと腹筋の割れ具合。

 そしてこの四人の男が強気でいることができなくなった原因はその目。

 幾度の戦場を潜り抜けてきた捕食者の目が獲物を見定めるべく睨んできているのだ、まさに蛇に睨まれた蛙、そんな猛者のような男に立ち向かう等あまりにも酷なことだろう。


「いかんな君達。一度断られたのなら潔く引きたまえ。しつこい男が好かれる道理はないよ?」


 見た目の威圧感はあったが穏やかで丁寧に語り掛けられた事で、何を勘違いしたのかリーダー格の男が反発してきた。


「だ、だれだよてめぇ!おれらの邪魔をすんじゃねぇ!おれらのバックにはここいらを牛耳る―」


「なんだキサマは?この子らの保護者だが文句があんのか?ああん!?」


 鋭い眼光に睨まれた男がまたもや言葉尻をぶった切られた。

 同時に尚斗の筋肉がメリメリと盛り上がる。

 身体強化術で大きくパンプアップさせるそれは、戦闘では動きの邪魔となるため使わないただの見せかけ。

 しかしチンピラ程度には視覚的効果が覿面なのか「ひぅっ!」と怯え後ずさる。

 更にダメ押しとばかりに視線に殺気を乗せギロリと睨みつけると……。


「す、すみませんっしたああ!」

「ほ、ほんの出来心っすぅ!」

「ひっ……やべぇよこいつ」

「すんません!すんません!すんません!」


 途端に瓦解した。


「人様に迷惑かけんじゃねぇぞ、てめぇらはさっさと帰れ。次見掛けたらわかってるな?」


「はいぃぃ!大人しく帰りますうう!すんませんっしったああ!」


 脱兎のごとく去っていく彼らの中から「やべえよあの目!何人もヤッてるぜあれ!!」と聞こえてきたが、ソレが事実だと知れば逆にそんな言葉は吐けなくなるだろう。

 ふぅ……と殺気を収め溜息を吐く尚斗に美詞が労いの言葉をかけてくれた。


「ありがとうございます神耶さん。でもちょっと目立っちゃいましたね、ふふ」


 このナンパからの撃退パターンに慣れている美詞が笑みを浮かべながら労いの声をかけてくれた。 

 周りから「おぉ!」「かっけーなあんちゃん!」等と称賛するような声が上がっていることに気づき、途端に羞恥心がこみ上げてきたのかぼりぼりと頭を掻きごまかしている。


「私らは全然問題なかったんだけどありがと神耶さん!」

「でもゆえちゃんが余裕だったのは意外だったなぁ、大丈夫?こわくなかった?」


 夏希の優江を気遣う心配もなんのその、むしろ楽しんでいる節まである。


「あ、大丈夫だよ。神耶さんが来てくれるってわかってたし。やっぱり神耶さんは王子様みたいです」


 キラキラ目を輝かせる優江にはやはり変なフィルターがかかっているのだろう、どうやらわざわざ助けられるのをわくわくした面持ちで待っていたようだ。


「……うん、いつも通りのぶれないゆえちゃんで安心した……」

「ほんと神耶さんって罪な男だよねぇ」


 心配するだけ損したとばかりの夏希と千鶴は呆れかえっている様子であった。

 尚斗もこればかりはどう答えていいかもわからず返答に窮するだけ、美詞に助けを求めようにもくすくすと笑ってるばかりであてにならない。

 そこへ離れていた所から見守っていた椿も合流してきた。


「尚斗君はみんなに慕われているわね。私達ばかりか年下の子達も虜にしちゃうんだから、いけない子」

「あんたら巫女衆は俺を面白おかしく揶揄って楽しんでるだけじゃねーか!あーもう!ほら、邪魔は入っちゃったけどまだまわるんでしょう?行きましょうか」


 尚斗がおもちゃにされるのはまだまだ当分先まで続きそうなことにげんなりした様子であった。


「よぉし!祭り再開だぁ!今度は射的とかやってみない?」

「いいねぇ!ちーちゃん勝負!」

「あぅ……私あのレバーを引くのが苦手で……」

「大丈夫だよゆえちゃん、私がやってあげるから」


 四人は何事もなかったかのように意識をすぐにお祭りへ戻せるあたり、ナンパなんてやはり日常茶飯事の小事であるようだ。


「ふふ、ならお姉さんも一緒に参加しようかなぁ、射的には自信が……あら?」

「今度はなんです?椿姉」


 また何かを見付けたような椿に対して、また厄介事か?とぞんざいな受け応えをする尚斗。


「いえ、あの子……みんなあそこ!」


 椿が指さした先に気を取られ一同が一斉に振り向いた。


「あれ、もしかして由夢ちゃん?」

「なんでこんなところに?彼女の家ってだいぶ遠いよね?」

「人違い……にも思えないねあの感じ」



 すぐに人混みに紛れてしまい小さな影を見失ってしまったが、確かに見えたのは先日会ったばかりの少女の姿。

 先日とまったく同じ服装で俯き歩いていたその姿から、なにか嫌な予感がした一同が由夢を見かけた場所へと走りだした。


「椿姉、昨日言っていた子ですか?」

「ええ、たぶん間違いないわ。毒親が連れてくる訳もないでしょうし何か嫌な予感がするの……クソッ、あの時強引にでも保護すればよかったっ!」

「5歳の子がこんな離れた所まで?やばいですね……嫌な予感がひしひししますよ……」


 見失った地点まで到着し、辺りをきょろきょろと見渡してみるが如何せん探す相手は幼女と呼べるほどの小さな子、この人混みの中では簡単に見つからなかった。


「歩いて向かった方面はあっちの雑木林……」

「まさかまた虐待されて逃げてきたのかな……」

 

「椿姉!その子は能力者じゃないんだよな!」


 尚斗が焦ったように椿に確認をとってきた。


「ええ、力なんて持ってない普通の子よ?」

「ならなんで ―


  ― 霊力の残滓がある?」


 驚いた一同の中から椿と美詞が慌てて感知術を発動。

 その結果に更に目を見開くことになった。

 そして八津波の言葉が決定的となる。


「『おい、この匂いはかなり弱いが確かにあの忌々しい箱のものであるぞ』」

「そんな……まさか……彼女が……?」

「そんなわけないよ、あんないい子が」

「ああくそ!追おうにも反応が弱すぎる!」


 とにかく雑木林方面へ向かったというのを信じ動こうとした尚斗の目に、予想外のものが飛び込んできた。


「な、また子供か!?いや……あれは……」

 

 雑木林の手前で尚斗らをじっと見つめる生気が感じない男の子の影。

 向こうが透けて見えることから明らかに生者でないことがわかるが、その子がすっと雑木林の奥を指差す。


「椿姉……あの子の事は?由夢ちゃんとは関係が?」

「いいえ……わからないわ。でも私達を誘っているのかしら……」

「そのようですね……どちらにしろあっちの方向に用があるんです、向かいましょう」


 尚斗らが動き出したのを確認したその子は先を走りだし消えていった。

 子供を追い雑木林を駆ける一同、下駄に慣れてない優江が遅れたが身体強化を施した美詞が抱えて追いかける。

 要所要所で姿を現わしては道を教えるように消えていく男の子に不気味さは感じるが、由夢を追うためには誘いに乗るしかない。

 

「くそ、見失ったか……」

「尚斗君待って!何か様子が変よ!」


 追いついてきた面々の中から椿が声を荒げる。

 そこで尚斗も周りの様子がおかしい事にようやく気付いた。

 

「なんで……こんなに静かなんだ……」


 走ったとはいえそこまでの距離でもない、なのに人が集まるがやがやとした雑音も境内に流されていた祭囃子の機械音も何も聞こえない。


「罠か!?しかし結界の反応はない……」

「『尚斗用心しろ、ここは異界だ。それと気づかぬように誘い込まれたようであるな』」

「異界だと!?おぃおぃ……相手は一体何者なんだ……」

「尚斗君、行きましょう。きっとあそこだわ」

「あんなにもあからさまだと流石に……か」


 先に見えるのは古民家。

 もちろん本来神社の近くにこんな民家はない。

 明らかに異界であるからこそ出現した「異常」と言ってもいいだろう。

 見た目では……それどころか感知術による霊的反応も怪しいところがないただの古民家、しかし異界に存在する物がただの家なわけがない。

 慎重に歩を進めながら尚斗が八津波に尋ねる。


「にしても八津波はよくここが異界だとすぐわかったね」

「『む?この日本にはこういった場所が数多く存在するぞ?我は幾度も見てきたでな』」

「そうなのやつはちゃん?ならやっぱり神隠しって……」


 美詞は担いでいた優江を降ろし手を引きながら、日本で現在も多く発生している行方不明者の真相を知ってしまったような声をあげる。


「『こういった異界は言わば時に切り離され忘れ去られてしまった存在である。大体が自然と共に生まれ、また誰に気づかれることなく朽ちて消えゆく儚きものなのだ。人が迷い込む事は稀ではあるが無いとは言い切れんな』」


 歩を進めながら考えこんでいた椿が得心がいったように反応した。


「コトリバコの犯人はこの異界を利用していた?ならば痕跡がどこにもないことに納得がいくわ」

「ありえますね……むしろそうあってほしいといった希望でもありますが……これ以上のサプライズはゴメンだ、もうお腹いっぱいですよ」


 たどり着いた民家の扉、遠目からでも分かっていたが古い。

 とても現代にあるような古民家のように、どこかに近代的な建材が使われているとは思えない佇まい、鍵すら見当たらない木製の引き戸に手を伸ばす尚斗を固唾を呑み見守る一同。

 既に戦闘準備は整っている、尚斗もいつでも腋に下げられたショルダーホルスターの警棒を抜き放てる状態。

 ばっと開いた扉の先には……誰もいなかった。

 目の前に見えるのは土間、人の気配がしないことから構えていた者達から力が抜ける。

 本来なら靴を脱ぎあがるべきなのだろうがここは言わば戦地であり敵地の可能性が高い場所、遠慮なく土足であがらせてもらうことにした。

 土間から座敷に通じる襖を開けると中には


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へお越しください」


 正座で座る和装姿の女性が待ち構えていた。

  

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