第129話
夜が帳を降ろす準備を始めた斜陽差しこむころ、尚斗と八津波は外で四人の準備が完了するまで椿とコトリバコの件で言葉を交わしていた。
「で、見てきた感想はどうだい?けっこう時間かかってたみたいだけど」
「『あぁ、あれは本物だぞ。伝承等というあやふやな存在ではない、作られた呪いだ』」
「待って八津波ちゃん、作られたの?作った者がいるってことかしら?」
静江は言っていた、犯人の痕跡がなさすぎることから自然発生した災害のような怪異ではないかと。
八津波の言うことが事実ならしっかり犯人がいるということになる。
「『ああ、作った者の怨嗟の念がたっぷりこびりついておったわ。我は呪いの術式は門外であるが、それでもあれが人の念であるという程度ならば分かる。どちらも同じ者の匂いがした。既にその旨は静江にも伝えておるよ』」
「最悪だわ……こんな事を仕出かす人間がいるなんて……」
「ええ……そして都市伝説を再現したその手法も気になりますね。怨嗟の念ということは誰かに対しての恨みが動機でしょうか……個人に対してならあまりにも規模が多きすぎますね」
「『大方呪いに魅入られ呑まれたのであろう、世に向け嘆いたような怨みではなかった』」
「どこに潜伏してるのかしら……ここまで痕跡がないとなると隠れるための術も長けてそうねぇ」
八津波から得ることのできた情報はとても貴重なものであったが、同時に暗くなる話題でもあった。
そんな重苦しくなってきた場を祓うように高い音が聞こえてくる。
カランコロンと木が石畳を打つ複数の音色……まるで風鈴のように夏の暑さを涼めるその調べが優しく耳に入ってくる。
「おっと、お姫様達の準備が完了したみたいですね」
「あーもう、この件がなければ私も一緒に浴衣を着たかったのにぃ」
静江の後押しもあり、花火大会で楽しむためやはり浴衣を着て行くという判断になった四人は思い思いの装いで姿を現した。
「おまたせー!ほらどうどう?こんな時じゃないと滅多に見れない浴衣姿だよー」
先頭に立つ千鶴は、赤と白を基調とした市松格子柄が現代風にアレンジされたデザインに襟と帯にレースが施されており、どこか大正ロマンを彷彿とさせつつも新しさを取り入れた作りになっていた。
「久しぶりに浴衣なんて着たんでちょっと照れくさいですがどうです?」
続く夏希は紺地に白と淡い紫でグラデーションを彩った菖蒲の柄、ありきたりと言えばありきたりかもしれないがあまり派手な柄を好まないスラっとした彼女によく似合った落ち着いた色合いの浴衣だった。
「下駄って歩きにくいよぉ……ふぅ、神耶さんどうですか?似合ってますか?」
初めて履いた下駄に足元がおぼつかない様子で美詞に手を引かれながら現れた優江。
三人が「よし、可愛い系の清楚で攻めよう」と選んだ浴衣は、白地に色調と大きさがバラバラなピンク色の小さい桜花弁が散りばめられたかわいらしいタイプの物を纏っていた。
小柄な彼女によく似合っており、尚斗の前でもじもじしている姿はやはりどこから見ても愛玩小動物のようで……
「あの、私のほうはどうですか?これ、御婆様と椿姉さんからの贈り物なんですよ?」
優江に負けじと尚斗にアピールしてくる美詞は白地に黒と朱の矢絣柄が施され、水色の紫陽花が所々に主張している。
輪郭線がくっきり描かれることによりこちらも千鶴と同様大正ロマン溢れるレトロチックな仕上がりとなっていた。
浴衣だけではなく髪にも簪や装飾が施されており、手間をこれでもかと掛けた四人から一気に感想を寄越せとばかりに詰め寄られた尚斗は少々困惑気味、それでも言葉にせずには避けれない事から無難な言葉選びとなってしまうのも仕方がなかった。
「え、えぇ。四人ともとてもよく似合ってますね。あまりにも華やかで眩しいぐらいですよー」
なんともわざとらしい言葉に、隣でニヤニヤしていた椿がついにくつくつと笑い出してしまったほどだ。
「ええ、みんなほんと愛らしいわぁ。みんなうちの子にしちゃいたいぐらい」
華やかな装いに紛れた見覚えのある装飾品にふと尚斗が気づいた。
「あ、みなさん着けていただいてるのですね。確かに今回の事情を考慮すれば助けになるか」
それは夏希の腕にはめられた腕輪と千鶴が帯に差した鉄扇、優江の帯に飾られた帯紐と帯飾り、先日渡したばかりの「御守り」をさっそく活用してくれているようだ。
もちろん美詞も常に身に付けているペンダントは今日も首にかけられているのが窺える。
もちろんこれらだけではなく彼女らの袖の中や帯の中、果てには手に持った巾着の中等は除霊用の道具だらけとなんとも棘の多い花達であった。
「一応ある程度の準備はしてきているようですが、あまり無茶はしないでくださいね?仕事は大人に任せて君達は思い出を残すことに専念し楽しんでください」
普段は聖域として参拝に来る者達を迎える場も、本日は無礼講とばかりに祭囃子が鳴り響き多くの出店が人々を歓迎していた。
比較的アクセスのいいこの神社は近隣に住む住人以上の人口密度となっているに違いなかった。
「わぁ、やってるねぇ。花火までまだ時間があるのに結構な人が集まってるじゃん」
人の多さに圧倒されている夏希、事実花火が打ち上がるまでかなり時間があるが境内は人でごった返しているのだ。
このような状態だ、花火がよく見えるスポットは既に抑えられている可能性が高いと感じた美詞が困ったように声を漏らした。
「もう場所取りとかされちゃってるのかなぁ……立ち見になっちゃうかもね」
尚斗が手に持つカバンの中のビニールシートが役割を全うできないまま終わる可能性が出てきたが、そこに救いの手を差し出すのは頼りになる筆頭殿。
「ふふ、もし花火を見れる場所がなかったら、神社の関係者だけが入れる場所を神主さんに確保してもらっておいたから大丈夫よ」
もちろんこの神社も桜井と関係のある場所、少々の無茶ならば桜井のお願いを断ることなんてできない。
「さっすが椿さん!なら思う存分楽しめるね、出店周ろ!」
「やっぱり食べ物からいっとく?」
途端にはしゃぎだし年相応の反応を見せる浴衣組。
「『尚斗よ、我も食いたいぞ!先ほどから匂いの暴力が我を刺激してならん!』」
いや、年不相応なお犬様も同類のようであった。
「はいはい、その代わりできるだけ一緒に行動しましょうね。今日は別行動無しです」
慣れない下駄で小走りに駆けだした四人とお零れにあずかろうと付き従うお犬様の後を、すっかり保護者役にまわった二人が後を追う。
やれやれとばかりの尚斗と、まるで我が子を見守る親のような慈愛溢れる笑みを湛える椿。
違う顔を見せる二人だが心の中で思う事は同じ、できれば祭りの終わりまで何事もなく過ぎ去ってくれること、それだけを願うばかり。
しばらく出店を怒涛の如き勢いで梯子し祭りを楽しむ美詞らを遠巻きで見守っていると、口のまわりを見事に汚した顔で戻って来た八津波。
その顔は獣ながらも満足を前面に出していることが一目でわかりくすりと笑ってしまう尚斗。
「ほら八津波、拭きますからじっとしててくださいね」
しゃがみ取り出したハンドタオルで少々乱雑にお犬様を清めていく尚斗の隣で、ふと椿が何かを発見したようだ。
「あら、あらあらまぁまぁ」
「ん?……あぁ……まぁ彼女達は目立ちますからねぇ」
椿が見つめる先はもちろん美詞達、尚斗も八津波から視線を彼女らに移すと……まぁ想定していた事態が起きていた。
まるで誘蛾灯に群がる羽虫、見目がいいのに加え本日は更におめかしをしている彼女らに男が群がってくるのは必然と言えば必然。
しかしなぜだろうか、なぜこうも花に群がってくる虫どもは軽薄さを隠そうともしない装いの者ばかりなのだろうか……。
「とめなくてもいいのかしら?尚斗君」
「まぁ女の子にアプローチをするのは自由ですからね……別にナンパ自体を否定するつもりはないですよ。ただ、こういった輩の次の行動を考えればやはり止めに行かなければならないのでしょうね……はぁ……」
溜息を吐きながら四人の下へ向かう尚斗。
美詞らは一言で言えばナンパに遭っていた、出店をまわり楽しんでいた四人に同数を揃えた男達がいきなり声をかけてきたのだ。
お決まりの誘い文句を謳う、下心を隠そうともしない軽薄そうな笑みを携えた面々。
なぜ彼らはそう自信満々で彼女らに声をかけることができるのだろうか、失敗することを何一つ疑っていないその自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。
案の定ばっさりずっぱり完膚なきまで「お断り」を突き付けられたにも関わらず、なぜ諦めずすんなり立ち去る事が出来ないのか。
彼らの生態をまったく理解のできない尚斗が、そんな答えのない疑問ばかりを頭に浮かべながら近寄っていく。
珍しい、こういった事に免疫がない優江でさえ怖がっている様子がない、しかもこちらに気づき笑顔で手を振っているではないか。
それに気づいた男四人の内の一人がこちらに気づき、ギョッとしたような仕草を見せた。
失礼な、人の顔を見て怖がるなんて、“まだ”殺気は漏らしてないはずなのに。
恐怖の表情を浮かべた男が、未だ美詞らに無駄なアプローチを続けているリーダー格の男の肩を必死でゆすっているが、振り向く様子はなさそうだ。
「オイ」
おっと、つい声に力が入ってしまったようだ。
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