第128話

 本日の夜に行われる花火大会、もちろん田沢湖から近いここ桜井大社でも十分どころかベストスポットと呼べるほど綺麗に見えるのだが、せっかくならばと出店等が多く出店する離れた神社に赴き楽しもうと相成ったのである。

 そして本日着ていく浴衣の選別が終わった四人が静江に呼ばれた部屋には既に尚斗と八津波、そして椿の姿も揃っていた。


「どうだい?好みの浴衣は見つかったかい?」


 静江が相変わらず孫たちを見る優しい目で四人に尋ねた。


「うん、ありがとう御婆様、みんなの分まで手配してくれて。あとでみんなで写真撮るんだよ」

「うむうむ、楽しそうでよかったよ。今日は現地まで椿が送ってくれるから一緒に楽しんでおいで」

「いいの?椿姉さん」


 それなりに離れた場所にあるので必然的に車が必要となることはわかっていたが、尚斗あたりが運転手として手を挙げてくれると思っていた美詞の予想は外れたようだ。


「ええ、久しぶりに美詞ちゃんと遊びに行けるんだし私が立候補しちゃった。私もみんなの中に混ざってもいいかしら?」


 面倒見がよく世話焼きな椿の性分からの提案でもあるが、それよりも猫かわいがりしている美詞らとただ一緒に遊びに行きたい欲望が全開になってしまったという線も捨てがたい。

 四人から快諾する返事をもらえた椿はとても上機嫌な様子を前面に出している。


「それでな、ここからはちょいと真面目な話になるんだが座ってくれるかい?」


 急転した静江の雰囲気に何事かと気になった一同が促されるままに席に着いた。


「外に行くと言うのでな、注意してほしい事がある」

 

 この面子で注意しろとなると、物騒な話になってしまう事が予想できたため尚斗が真っ先に反応してしまった。


「何か厄介事があるのですか?」

「……かもしれん。実はな、近年この辺りで物騒な怪異が起きたんだよ。過去二回同じことがあってな、もしかすれば今回も同じ事が起きるのでは……いや厳密には既に起きているのかもしれん」


 穏やかな話じゃない。

 過去二回解決しておいてそれでも警戒しているということは、またそれらしき兆候を捉えたという事なのだろうか。


「婆様、怪異の正体はわかっているのですか?」

「ああ……



  『コトリバコ』 さ」


 出てきたその名前が理解できなかった……いや信じられなかった、なぜならそれは……


「婆様……正気ですか?都市伝説じゃないですか。まさか伝承具現したとでも?」


 例えば「トイレの花子さん」や「口裂け女」等日本には都市伝説と呼べるような怪談が多く存在する。

 実際に存在する怪異もあるが、ほとんどがおもしろおかしく恐怖を煽るためだけに作られた話なのだ。

 しかし「病は気から」という言葉があるように、そのような作り話も人の信じる力が集まることによって「恐れ」を溜め、本当に顕在してしまうことがある。

 もちろん少ない人数ではない、一都市や一地方レベルの人数等ではなく、それこそ何千万単位の人間に周知され信じられ話題にでもならない限りそう簡単に発生するものでもない。


「わかってるよ。気でもおかしくなったと言いたいのだろうが、実際に我等はそれを目にし今も封印しておる。坊や、コトリバコの封印の仕方は知っているかい?」

「たしか……なんか色々段取りがあったはずでしたね。最終的には神社や寺に長期間安置し清めなければ……まさか……それがあると言うのですか?」


「ああ、ある。2つもな。今も大社の奥深くで封印し清めているところだよ」

「大丈夫なのですか!?本物ならあれは女性と子供が傍に居れば危険だったはずでは!」

「それは安心をし。桜井はそこまで弱くない。あんな箱程度の呪いを封印できない訳ないだろ。うちの巫女らもあの呪いに負けるような鍛え方はしていないよ。ただね、籠められた呪がしつこくてね……時間がかかるのさ」


 まるでフライパンのしつこい油汚れに辟易するような言い方、逆に言えば時間さえかければ安全に浄化は可能であることに少なからず安心はする。


「たしか百何十年もの間少しずつ清めなければいけないとか伝えられてませんでした?」

「まぁそこいらの神社仏閣ならそれぐらいかかるかもね。龍脈のあるウチで清めりゃ三年も必要ないさ」

 

 美詞達は二人の会話についていくのがやっとのようで口を挟めずにいたが、それ以上にこういった話に疎い優江が今度は隣の美詞の袖をくいくいと引っ張ってアピールしている。


「美詞さん、ことりばこって何?名前だけ聞けばファンシーな感じだけど、お二人のお話はなんか怖い感じがするよ……」

「あ、えっとね。ことりって小鳥さんの事じゃないんだよ。子供を取る箱って書いて『子取り箱』て言うんだよ」

「ひぅっ!」


 丁度美詞達に向け説明をしようとしていた静江も、美詞が優江に説明を始めたことにより静かに見守る方にまわったみたいだ。


「都市伝説の一つで、簡単に言えば死に至る呪いの一つ。ターゲットは妊娠が可能な女性と子供で、触るだけじゃなくて見たり近くにいるだけで影響を受けちゃうの。よくテレビの怖い話特集とかで子供がどこからか拾ってきたり、怪しい人からもらったコトリバコのせいで周りの人がどんどん死んじゃうって怪談が語られる事があるけど……私もただのフィクションだと思ってた」


 隣で聞いていた優江の顔は真っ青になりガタガタと小刻みに震え、声にならないようだ。


「御婆様、いつそんな事件があったんですか?私は知らなかったんだけど……」

「……コトリバコを作るための『材料』は知っているかい?」

「たしか箱と血と……子供の体の一部……」

「ああ、厳密には細工箱と雌の畜生の血と死んだ子供の指やはらわたの血だ。さすがにアレはグロテスクすぎて教える気にもならなかった。幸いにもすぐに回収できたし封印自体も難しくなかったから教えるほどでもなかったのさ」

「でも御婆様、今それを私達に教えると言うことは……」


 なにかを堪えるような静江の表情、悪い予感がする。


「ああ……最近また子供が立て続けに行方不明になっている。二つの箱を見付けた時と一緒だ。コトリバコは中に入れた子供の数で呪いの強さが変わるみたいでね。当初の二つの箱の時はそれぞれ三人と五人の子供が行方不明になったから、恐らく最低『サンポウ』と『ゴホウ』って呼ばれている段階の物なんだろう。今回はね……既に七人居なくなってる。『チッポウ』と呼ばれる最終段階の状態になっていてもおかしくない」

「なぁ婆様、確か都市伝説では呪いたい家の子供の歳や、人数で入れる部位の数が変わるんじゃなかったか?」

「ああ、坊やが知っている話はそっちの方かい。エピソードは複数あってね、坊やが言ったタイプの話もあるが、今回はただ箱に込めた子供の数だけ呪いを強くするタイプのものだ。実際呪いは周囲の女子供を無差別に呪うよう設定されていた。三人が被害に遭った箱よりも五人分の箱のほうがより強力な呪いを宿していたよ。都市伝説では八人……いわゆる『ハッカイ』と呼ばれるものは「語るも恐ろしく試した者はその場で死ぬほど」と言われている。そうなると現状の『チッポウ』が実質的に呪いの完成と見てもいいかもしれない、楽しい花火大会に水を差すのは心苦しいが霊的防御だけはしっかりして行くんだよ?」


「で、もし見付けることがあったならその対処を……ってところですか?」


 尚斗の言葉に重々しく頷く静江。

 椿がついてくるのもそういった事情があるからなのかもしれない。


「でもそんな物が人の多いところで解放されたら……とんでもない被害になっちゃうよ?犯人に心当たりとかないの?二回も箱を回収できたんだよね?」


 美詞の言うことも尤もだろう。

 しかしだからと言ってできることも少ないようなのだ。


「犯人がわからないんだよ……箱自体の回収は今まで二度成功したが、その際も犯人は見つからなかった。もしかしたら自然発生的な現象で、人為的介入がないのではと思ってしまうほどに痕跡がまったくないんだ。私らもただ指をくわえてた訳じゃないよ、今も巫女をかなり動員して調べているんだが神隠しにでもあったように居なくなるんだ。しかも誰かに誘拐されたとかそういった痕跡がまったくない……何かアクションがあるまで待っても後手後手でね」


 聞けば聞くほど重苦しくなる話に空気が沈んでいくが、美詞が重苦しい空気を裂くように声を発した。


「なら私達もその捜査に協力するよ。花火を楽しみながらって不純な動機はあるけど……」

「そうだね、少なくとも夏祭りの会場で異変があればすぐに駆け付けられるし」

「うーんそれだと浴衣じゃないほうがいいかなぁ……でも浴衣かわいかったしなぁ」

「(がくがくぶるぶる)」


 約一名(優江)以外は割と乗り気な様子に静江が苦笑を浮かべた。


「頼むから無茶はしないでおくれよ?できれば純粋に祭りを楽しんで欲しかったんだが、こんな危険な事情を抱えてるから回避するために教えただけなんだ。呪いの力だけで言えばひよっこには手に余る代物さ、坊やと椿が居れば大丈夫だと思うから傍を離れないようにするんだよ?」

「うん、わかった!任せてよ!」


 本当にわかっているのか疑問に感じる気合たっぷりの返事を返す美詞、実にヤル気満々なところはやはり桜井だ。


「『静江よ、我を封印の間へ案内せよ。我が見分し判明することもあるやもしれん』」

「ああ、願ってもない申し出だ、助かるよ」


 一抹どころか無視ができないレベルの不安を抱えたことに、尚斗は「ああ、きっと事件に巻き込まれるんだろうなぁ」と霊感が警鐘を鳴らしているのを感じ取ってしまった。

 

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