第127話

「よし!みんな覚悟はできたね?」


 八津波の説明が終わり、椿を代表とした決意の表明を満足そうに見守っていた静江が八津波を引き継いだ。


「これから八津波殿が『現段階』で可能性のある術者の選別に入る。選ばれなかったからと言って落ち込んでる暇はないからね。修練し力量を伸ばせば可能性があるとのことだ。現に私も昨晩の内に術式を試してみたよ。最初は覚束ない程度だったが一晩でほれ、容易に発動するまで至った」


 手をぼんやりと淡い黄金色に光輝かせた静江に一同が驚きの声をあげる。

 どうせおもちゃを与えられた子供のように楽しくなって徹夜したんだろ……年を考えろ年を、無茶すんじゃないと冷や汗を垂らす尚斗。


「合格が出た者は八津波殿が直接あんたらの頭に術式を焼き付ける事になるだろう。結構クルから覚悟をし。まぁこの老骨でも耐えられたんだ、あんたらも耐えてみせな」


 ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる静江に感化され、脳筋巫女集団にも気合が入ったようだ。


「『うむ、実によい気概を纏っておるな。軍場いくさばに見たもののふを彷彿とさせる心地よさよ』」


(やだー、やっぱり物騒集団なんじゃないかぁ……)


 さすが実力主義に特化した集団、教育方針がそうなのか尚斗は物騒すぎる桜井の巫女達にたじろぐばかりであった。


「『では参ろうか。そなたらはそのままでおれ、我が診てゆくでな。力量十分と認めた者から順に術式を刻む、酩酊に似た症状となるが案ずるな死にゃせん。せいぜい失神する程度であろう』」


 失神する程度という基準はかなり過酷だと思うのだが、そんな尚斗の考えとは裏腹に特に気にした様子も見せない巫女達はやはり相当鍛えられているのだろう。


 そこからは目を背けたくなる光景が続いた。

 最初に術式を転写された椿はなんとか意識を保つものの倒れ込み、続く巫女達も何人もが呻きながらバタバタと気を失っていった。

 意識を早々に失えた者は幸運な方で、なまじ適合力があっても力が弱い巫女は気を失うことができず、痛みに苦しみ涙を流しながら発狂しかけていたのだから。

 なにが酩酊に似た症状程度だ、阿鼻叫喚じゃねーかと尚斗が思ってしまうのも無理はない。 

 そしてそんな死屍累々の光景を目の当たりにしても、実力足らずで「見送り」となった者達の安堵するどころか悔しそうな表情を浮かべる様を見て、尚斗は桜井家の狂気とも呼べる貪欲さに気圧されてしまうのである。

 今回治癒術の術式を転写出来たのは約半分、残りの半分は今後力量を伸ばし補助輪無しの自力で治癒術を覚えなければならない。

 そのためにも尚斗に課せられた宿題として、最初に行わなければいけないのは指南書を作成することからである。


「半分か、案外少なかったのぉ」

「ぇぇ……そうとります?むしろ多い方だと思いますが……後進のための指南書が必要になりますね。盛り込む内容は後ですり合わせましょう。今はとにかく転写が完了した方々の指導が先、実際に術を使えるようになれば指導役にまわってもらえますし」


 尚斗と静江がそんなことを話していると、倒れていた巫女達が這う這うの体でなんとか体を起こし始めているところであった。


「どうだい?なかなかできん体験だったろ?」

「ええ、ちょっと吐き気がすごいわぁ…でも確かに今まで知らなかった知識が頭に植え付けられてる……不思議な感覚ねぇ……」


 静江がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ椿に問いかけていた。


「椿姉、少し休んでください。皆さんが意識を取り戻し落ち着いたら実際に術を試してみましょう」

「ええ、尚斗君に教えてもらえるなんて楽しみだわぁ。なんならマンツーマンで手取り足取り教えてくれてもいいのよ?」


 椿のからかいに便乗して他の巫女達も尚斗に詰め寄ってくる。

 今の今まで気絶していた人間とは思えない切り替えの早さだ。


「遠慮する!あんたら絶不調だったのにいきなり元気になりやがって、そんなに俺で遊んで楽しいかよ!」


 こうやって真面目にリアクションを取るから揶揄われるという事を尚斗も学んだ方がいい。


「そんなに余裕そうならもう始めるぞ!?休憩させてやんねーぞ!?」


 そんなまるで子供のような反応を見せるから……(以下略

 尚斗と巫女達が遊んでいる横で静江と戻って来た八津波が意見を交わしていた。


「ありがとよ、八津波殿は問題ないのか?力をだいぶ使わせてしまったが」

「『この程度ならば問題ない。後に美詞から力を分けてもらうとしよう。にしても17人か……よもやここまで居るとは思わなんだぞ』」

「そうかい?八津波殿にそう言ってもらえるなら喜ぶだろうね。まぁまだスタートラインに立っただけだ、術を使えるよう鍛えていかないとね」

「『そなたらならば問題はなかろう。あの鷹司と言う塵芥共が方位家と聞いた際は衰退を嘆いたものだが……いやはや居る所には居るものであるな』」

「ひっひっひ、うちはちょいとばかし変わってるからねぇ」


 その後の尚斗の指導により術式を転写された17人は覚束ないながらもなんとか起動までこぎつける。

 まだ実用には至っていないがあとは反復修練あるのみ、静江のように術に慣れていけば傷を治せるだけの術には仕上がるとのことだ。

 なんとか治癒術の新本家という面目を保つことのできた尚斗は多いに胸をなでおろすことができた。

 そしてもう一つの目的であった記録のほうはと言うと……


「うーん……当てが外れましたね」

「確かに熱を発し動かしているようには見えるが……いまいちだね」

「やはり体表面温度を捉えているのが問題なのでしょうか?。更に深い所の熱を拾えないことにはとても教材としては使えません」


 サーモグラフィは確かに循環する生命エネルギーの熱を感知はしていた。

 しかし温度の変化は乏しく、しかも画面で捉えた温度変化の範囲が広いように思える、これだと全身に細かく配置された経絡を正確にトレースできているとは到底言えるものではなかったのだ。


「まぁ後は気合でなんかするさ」

「だからその根性論やめてください。私に考えがあります」

「ほぉ?なんとかできるのかい?」

「技術研で以前トラッキングデバイスを開発しました。霊力や妖力を視覚化できる段階までは成功しています」

「……それを治癒術に使う生命エネルギーに対応させるというのかい?」

「ええ、治癒術のこの力を研究すれば対応も可能だと思います」

「ならそっちは任せるよ。今回合格した子らは別として、至らなかった子らは人参をぶら下げられた状態だ、なるべく早く頼むよ」

「ええ、期待に沿えるよう尽力しましょう」


 

 一方この場にいなかった美詞達はというと。


 とある一室に案内されていた四人は感嘆の声をあげていた。


「わぁ、すごいですね美詞さん、浴衣があんなにいっぱい」

「旅館でもこんな品揃え見たことないよ」

「これって何かのイベントとかで使うやつ?」


 彼女達がなぜ浴衣を選ぶことになったのか。


「うーん、行事とかで使うのはあまりないかな。ほとんど私用だね。あとは今回みたいに花火大会とか温泉巡りをする人達への貸し出し用で用意している物達かな」


 そう、今日と明日は田沢湖で花火の打ち上げがあるのだ。

 せっかくだからとみんなで浴衣を着て見に行こうということになり選びに来た。

 色とりどりの浴衣が掛けられ、帯やその他の装飾品はまるでデパートのように豊富なバリエーションの品数。

 桜井大社は美詞のような学生ほどの子らがいない、保護施設の方にはそれよりも更に若い子達がいっぱいいるが、大社にて従事している訳ではないし本来ならば正式に巫女として従事し出すのは高校を卒業してからになるので、実は巫女の中では美詞が末っ子のような立ち位置だったりする。

 なので皆から可愛がられているし同じ年の子らがはしゃぐ姿が微笑ましいのだろう、案内をしてくれた巫女さんも彼女らをニコニコとした顔でずっと微笑んで見守っていた。

 実はここに並ぶ浴衣はその巫女さん達の私物も混じっているのだが、美詞ちゃんの友人達のためならばと快く貸与提供してくれたためこれだけの品揃えになってしまったのだ。

 

「あ、この浴衣かわいい!私これにしよっかなぁ」

「私は落ち着いた色がいいかなぁ。ゆえちゃんはどんなのが好み?」

「あぅ……いっぱいありすぎて迷っちゃうよぉ。私浴衣って着た事ないからどんなのがいいんだろ……」


 千鶴がさっそく好みに合う浴衣を見付けたのか一目散に飛んでいったかと思うと、夏希はあまり派手な装いを好まないのか落ち着いた柄が並んだ一角を値踏みしていた。

 夏希がおろおろしている優江に好みを尋ねてみたところ、思いがけない答えが返ってきたことにより千鶴の目が輝いたのだ。


「え!そうなの!?初浴衣じゃん!!こりゃしっかり思い出に残さないとねん。ゆえちゃんゆえちゃん、私が選んでもいい?」

「千鶴ちゃんが選んでくれるの?ならみんなで選んでくれたら嬉しいな」


 にへらと顔に浮かべるふんわりとした笑みに三人のハートが撃ち抜かれた……ような気がした。


「きっとさ、これが萌えってやつだと思うんだ」

「なんだろうね、このきゅんって抱きしめたくなるような気持ちは……」

「うっし!気合入れて選んぢゃる!私らに任せんしゃい!」


 きゃいきゃいと姦しい声が溢れるその光景はまさに青春真っ只中の女学生そのもの。

 眩しそうに彼女らを見守る巫女さんの笑みも自然と深くなるのは必然であった。

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