第126話
「そうか……そんな事があったんだね」
部屋に帰ってみると尚斗も静江との用事が終わり既に風呂からも上がったのか、ほくほくした状態で廊下付近にある縁側に座り涼んでいるようであった。
友人らに断りを入れ少し席を外し、尚斗に先ほどコンビニであった出来事を話し終えたところである。
「美詞ちゃんは自分と境遇を重ねているのかい?」
「うーん……そうなのかもしれません。でもそれ以上に自分は恵まれているって感じちゃったんですよ」
「決して君の幼少期は恵まれたものではなかったと思うけど?」
「あ、いえ。今の境遇がです。それこそあの時生贄に捧げられそうになったからこそ神耶さんに会えたし、桜井に来ることができた……って思えるほどには今私はとても恵まれた環境に身を置けています」
「そうか……そう言ってくれるならあの時君の手を引っ張った甲斐があったよ」
「ここはとても温かい所です。みんなが友人であり、姉妹であり、家族と思える存在です。だからこそ思っちゃうんです、彼女……由夢ちゃんもここに来ることが出来たらきっと今より幸せになれるんじゃないかって」
「そうだね、そのために椿姉が動いてるんだ……きっとそうなると思うな。君に年の離れた妹が出来るのもそう遠くないかもよ」
「そうですね……あの時私が尚斗お兄ちゃんからしてもらったように、私も色々してあげたいなぁ……」
月の光が照らし出される縁側に二人並んで座る影がぴたりと寄り沿い、美詞の頭が尚斗の肩にもたれかかる。
とても静かで温かな雰囲気に包まれる中、そこに尚斗が水を差してきた。
「美詞ちゃん、出歯亀がいる中それは恥ずかしいんじゃないかい?」
「え”?」
(やばいばれた!)
(ええい、てっしゅう!)
(どこにぃー!?)
雰囲気に流されていたからか周囲の気配に鈍感だった美詞がばっと後ろを振り向く。
背後の襖の奥からどたばたと聞こえてくる音ですべてを察したようだ。
顔を耳まで真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった美詞。
「もぉーーーー!」
「みーちゃんにウシさん属性追加!!第一種警戒態勢!」
「あー……警戒したとこでどうにもならないねこれ……儚い命だったよ……」
そこそこ広い客間であっても本気で追っかけられれば一瞬で捕まるのは必至。
しかし未だどたばたと走り回り捕まる様子がないことから、美詞も照れ隠しからふざけ合っているだけなのかもしれない。
そんな中、尚斗の隣に腰を下ろす影が一人。
「神耶さん、美詞さんが羨ましいです、私も……」
「君も大概におもしろい性格しているよね」
コテンと先ほどまで美詞が座っていた所とは反対側から肩にもたれかかってきた優江に、尚斗が苦笑いを浮かべる。
「うっわ、ゆえちゃんえぐい!」
「一瞬でこの場を潜り抜けるなんて私じゃなきゃ見逃しちゃうね!!」
「ゆえちゃんだめええ、そこは私のぽじしょーん!」
四人のやり取りは見ていて楽しい、そう思わせてくれるこの瞬間に尚斗はくつくつと自然と笑い出す自分がいることに気づく。
……こんな騒がしい時間もいいものだと思うのだった。
翌日
夏日により本日も蒸し暑い一日となることが天気予報で確定してしまっているが、現在朝早くから集まった“この場”ではいささか涼しさのほうが勝っているようであった。
場所は修練場、内部の装いは神楽殿に近いものがあるがそれよりも広くまた四方が神楽殿とは違い壁で囲まれている。
普段は薙刀の道場としても利用されている場所で、壁にはずらりと薙刀が立てかけられていた。
「こんなに巫女が集まると壮観ですね……」
なんともコアなファンが見れば目を輝かすような光景であるが、むしろ尚斗からしてみればいつもからかってくる巫女が大勢並んでいるため苦手意識のほうが先立ってしまう。
「ほれ、サーモグラフィの機材一式だよ。複数あったほうがいいだろ?」
「そうですね、同時並行で記録したほうが数値を割り出しやすいかと。で、本当に八津波の事と美詞君の事は大丈夫ですか?」
尚斗は秘密を守れる者を集めたのか?と言いたげな様子。
「侮るな、全員我が子同然。身内を裏切るような子には育ててないよ」
ニヤリと笑う静江からは桜井神社の子達に対する絶対的な信頼が窺い知れる。
「まぁその辺疑うつもりもありませんが念のための確認です。では始めましょうか」
現在修練場内は少しでも力が発する「熱」というものを捉えるため冷房により冷やされ、夏にもかかわらず少々肌寒いほどであった。
集められた巫女達はこれから行うであろうことに疑問を感じつつも気になって仕方ないだろうに、とても統制のとれた落ち着きを見せている。
「さて、と。とりあえず説明から入ろうかね。みんなしっかり聞きな!とても重要な話をこれからするからね。ここに集まってもらったのは言うまでもなく術者だけだ」
静江が説明を始めたことにより皆の顔つきが引き締まり空気がピンと張ったのを感じた。
「これからおまえさん達にやってもらうのはとある実験だ。まぁ……ある意味人体実験になるんだろうがそう怪しいものじゃないから安心しな」
怪しいものじゃないと言っているが人体実験と聞いて不安にならない者はいないだろう。
少しそわそわし出した者が何人か出てくるが構わず静江は話を続ける。
「事の経緯を言うとね、美詞がとある術に目覚めた。と言うよりも使えるようにしてもらったと言ったほうが正しいかね。そしてそれを説明するにはこの方を紹介せねばならん」
静江の隣で座る八津波に向け視線を送ると第一の爆弾を投下する。
「こちらにおわす方は長野にて祀られておった元神である八津波殿じゃ」
一拍置き急にざわざわし出した椿以外の一同。
無理もない、いきなり神なんて言われて驚かないほうがどうかしている。
「もちろん本物であるぞ?とある事情から既に神たる力を失い現在は坊やの使い魔として顕在しておられる。そして美詞がとある術に目覚めたのは八津波殿の力によるものなのだ」
演出家を気取っているのか静江が間をとり第二の爆弾を投下した。
「その術は……既に失伝し扱う者がおらぬ業、治癒術じゃ」
やっと少し落ち着いてきたと思ったのに更にざわめきが大きな物になったじゃないか。
きっと巫女達の頭の中はパニック状態だぞ?と不安になってくる尚斗であった。
「では八津波殿、説明を頼む」
「『うむ。紹介に与った八津波じゃ。我は既に神ではない、畏まった態度が苦手であるでの、気軽に八津波と呼ぶが良い。それではこれより行う事の説明をしよう。簡単に申すとな……そなたらにも治癒術を修めてもらいたいのだ』」
尚斗は頭を抱えた、八津波おまえもか!
説明する上ではどうしてもそうならざるを得ないがもうちょっと順序だった言い方があるだろうと……巫女達の頭の中はもうショート寸前だぞ?と思ってしまう。
「『勿論容易な事ではない。更には資質や力量も問われる。しかし我にはどうしてもそなたらに修めてもらいたい理由がある、わかるか?』」
その質問にはやはりと言うか、ある程度の話を静江から聞かされていた椿が代表して答えた。
「それは……美詞ちゃんを守るため?……」
「『然り。我は憂いておる。我が与えた力により美詞は時の権力者共の餌食となるのではないかとな。それゆえ考えたのが治癒術を今の世に蘇らせること。尚斗が治癒術の体系を確立させ、新たな本家として名乗りを上げ世に広める。そなたらにはその協力を願いたいのだ』」
「美詞ちゃんのために協力できるなら願ってもないことです。でも失われた術をそう簡単に私達が使えるものなのでしょうか?」
椿が言うことも尤もであるしその質問が挙がってくることももちろん織り込み済みだ。
「『今より我がそなたらの資質を診る。我が送る術式を受け止めるだけの器が育った者にまず試してもらいたい。使えるかはそなたらの力量次第ゆえ実験と称しておる。もちろんこの治癒術を修める事はそなたらの大きな力になろうことは言うまでもない。しかしそれと同じくして厄介事を共に抱えるという覚悟も必要である。伸るか反るかはそなたらの判断に任せる』」
八津波の決断を迫る言いぐさ。
美詞を守るためにお前達も共犯になれ、そう言っているのだ。
これが他人ならば憤慨し退室する者も出てこようものだが、ここは桜井。
共に不遇の身を救われ共に育ってきた彼女ら、家族という温かさに飢え、家族の大切さを知っている彼女らの結束はそんなに脆くない。
「そんなの聞くまでもないことよ。我等桜井は家族を見捨てない、全てを以って障害を捻じ伏せるのみ。いいじゃない、かの治癒術が使えるかもしれないなんて心が躍るわぁ」
椿の言葉にそこに座するすべての巫女が頷く。
彼女らの瞳に宿る力強い眼差しはとてもその場凌ぎの答えでないであろう事が嫌でも伝わってくる。
(ああ、美詞ちゃんは本当に愛されている。桜井に預けてよかったと心から思えるよ)
尚斗の胸に温かいものがこみ上げ、つい感傷的になってしまうが同時にこうも思った。
(いいこと……いいことなんだけどなぁ……桜井ってほんっと物騒脳筋思考だわぁ……)
普段はおっとりしている椿でさえ、敵?なにそれおいしいの?を体現したようなセリフについこんな考えを巡らせてしまう尚斗はきっと間違っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます