第131話

 異界にぽつりと存在する古民家に足を踏み入れた一同を待っていたのは、着物を纏った女性の姿。

 人間がいたからと言って、警戒を解くような一行ではない。

 中に招かれたからと言ってのこのこ誘いに乗ってやるつもりもない。

 こんなところに人が居ること自体が不自然なのを理解しているから。

 一同立ったまま尚斗が代表し警戒心を露にしたまま女性に尋ねた。


「さて、貴女は何者かな?答えていただけると嬉しいのですが」


 尚斗の問いかけにも動じた様子を見せない女性は、座ったまま一礼すると自己紹介に入った。


「私には名がございません、ここ『マヨヒガ』を管理する者にございます」

「マヨヒガ……ですか。あの遠野物語の?」 

「どのように現世に伝わっているかは存じませんが、幽世に存在する幻の如き家という意味でありましたらそうでございます」

「マヨヒガに管理人格がいるという話は聞いたことがありませんね」

「それは過去訪れた方々に力がなかったためでございましょう。さて、こちらに訪れた方には自由に過ごしていただくことと、ここにある物を持ち出すことが許されております。ぜひ隣の部屋で御寛ぎながらお選びくださいませ」


 彼女が言っている事に矛盾はない。

 マヨヒガの伝説にそういった内容の記載はあったがあくまで物語の話。

 いうなればマヨヒガもまた都市伝説の一つなのである。


「『戯れはもうよいであろう尚斗よ』」

「そうですね」


 左手に呼び寄せた聖書から鎖が伸びたちまち女性の四肢を拘束してしまった。


「なっ!」


 驚いたのは自らをマヨヒガの管理者だと名乗る女性、いきなり拘束されたのだから驚くのは当たり前であろうか。


「何をなさるのですか?わたくしめにこのような仕打ちはいくらお客人とは言え許されざる―」


「『そろそろ口を閉じよ。臭くてならん、貴様からはあの忌々しい箱と同じ呪がぷんぷんと漂ってきよるわ』」

「いい事を教えてあげましょう」


 ぎりっと睨みつけてくる女に種明かしでもするように尚斗が煽る意味も込め説明を始めた。


「演じるならもっと上手くやりなさい。あなたがかけている眼鏡どう見てもその辺の物でしょう、“つる”にショップの名前が書かれているなんて、滑稽を通り越して失笑物ですよ。呪いが頭まで回り思考力が低下しましたか?」

「くそがあああああ!素直に騙されていればいいものをおおおお!」


 一瞬で怒りに我を忘れる様はあまりにも沸点が低すぎ、呪いが彼女の精神に何かしらの影響を及ぼしている可能性を裏付ける形になる。

 四肢に力を込めた女性が力技で聖鎖を引きちぎるのかと思われた次の瞬間、信じられない物を見てしまった。

 彼女の四肢が赤い液体となり鎖からすり抜けてしまったのだ。

 そして拘束が解けたと思うや、すぐにまた赤い液体は元の場所に集い腕や足を再構成してしまった。


「おっと、なかなかやる。聖鎖は相性が悪そうですね」

「感心してる場合じゃないわよ尚斗君!みんな外に出なさい!」


 どこまでが相手のテリトリーかはわからないが、少なくともこのような狭い場所で戦闘を行うのは悪手、不自由を強いられるため広い場所に出るよう指示する椿。

 退避する時間稼ぎを行う尚斗を殿に残し、皆が民家から出たところで大きな破壊音が脳を揺さぶった。


「神耶さん!!」

「尚斗君!」


 破壊音の元は民家から、一部が破壊され粉塵と共に瓦礫が宙を舞う。

 民家の中から粉塵を突き破り吹き飛ばされるように転がってきた尚斗が受け身をとりながら体勢を立て直していた。


「いやはやヒステリーかな?こわいねぇ……さて、まだ理性が残っていればいいのだが……」


 膝をつく尚斗の隣に八津波が降り立った。


「『相当呑まれておるぞ。見たであろう、奴は既に箱と一体化しておる』」

「あぁ……やっぱり。そんな感じはしましたがあの血は箱の中身でしたか……なんて厄介な」


 じゃりっと破壊された粉塵の中から女が姿を現わしたことで尚斗と八津波が構える。

 だらんと下げられた手はまるで幽鬼の如く、見た目は着物に身を包んだ人間の女性。

 しかし本質は呪いが人間の形を成しているだけの存在、現に目の前の女性から黒い靄があふれ出し人という輪郭をあやふやにしていた。


「さて、まだ意識があるなら尋ねたいのだがね。話をする気はあるかな?」

「……なんだ……今更命乞いか?随分と早い手のひら返しじゃない」


 まだ人間性は残っていたらしく、予想外にも尚斗の問いかけに返答が返って来たことに一先ず安心した。


「おや、話が通じてよかった。最近物騒な事件が起こりましてね。私達はとある箱を回収したのですが、先ほどあなたからあふれ出した血がその箱と同じ力を発していたんですよ」

「………」

「単刀直入に聞きましょう、……コトリバコはあなたの仕業ですね?」

「………ああ、そうだよ。どうだった?なかなか良く出来ていたでしょう?」


 本当ならばこのまま箱を作った目的等を聞きたい所だが、恐らくそれは地雷。

 呪いに侵され人間性が低下していることから、今禁句タブーを出せばたちまち暴れ出すのは目に見えているため別の方向から情報を引き出す必要がある。

 幸いにも彼女は、彼女が制作したであろうコトリバコに興味を持っていることに気をよくしたみたいで話を続けてくれるようだ、そこからアプローチしてみることにした。


「ええ、まさか都市伝説であるコトリバコを呪いとして昇華するとは……その手腕は素直に見事という他ありませんね。あなたは専門家だったのですか?」

「専門家?なんの専門家かはわからないけど私はただの民俗学者よ。あなた達みたいに訳の分からない手品を使う人間と一緒にしないでほしいわね」

「手品?それは先ほどの鎖のことを言っているのかな?まあ種も仕掛けもあるって意味では手品と似てますが、古より受け継いできた歴とした業ですよ」

「へぇ……驚いた……霊能力者ってやつなんだね……私のかわいいコトリバコを除霊しにきたのかしら?許せないなぁ……苦労して集めたのに壊すんだ、やっぱりキサマラハテキカ」


 様子が変わってきた女に選択肢を間違えたと舌打ちをしそうになる尚斗。


(あぁくそ、どこに地雷が仕込まれてるかまったくわからねぇ。しゃーない、これだけは聞いておかねーと)


「まぁそれは置いておいて、もう一つだけ聞きたいことがあります。こちらに少女が来ませんでしたか?」

「……ふ、ふふ……少女ね……来たよ。来ているよ。なんたって私が呼び寄せたんだからね」


 ニタァと顔を歪めながら嗤う女の答えにビンゴ!と叫びたくなる気持ちを抑え更に情報を引き出そうとする。


「呼び寄せたですか……彼女をどうするか聞いても?」

「あんた達『専門家』なんでしょ?なら言わなくてもわかるんじゃないかしら?」

「生憎私はエスパーのような便利な能力を持っていないものでしてね。よければ教えていただけます?ちなみに……“何人目”かも」

「ふふふ……あはっ、やっぱり知ってるんじゃない。いいわぁ教えてあげる、この子で八人目よ。ついに、ついにこの呪いが完成するのよ!」

「もう正気を保てなくなってきてるのかな?なら最後の良心に問いかけましょう……悪いことは言わない、彼女を……由夢ちゃんを返しなさい」

「あははは!良心?なにそれ、返すわけないでしょう?それにこの子は私と一緒に来ることを願ってきたのよ。誘拐したんじゃないの、人聞きの悪い言い方しないでくれる?顔を痣だらけで腫らして涙を流しながらこの世界に絶望しているところを拾っただけなのよ、もう『死んじゃいたい』だってさ、5歳の子がよ?ひどい親もいたものねぇ」


 女が喋る内容を聞いて、離れたところで見守っていた椿たちの顔が悲痛に歪む。


「やっぱり無理やりにでも引っ張ってくればよかったっ……!」

「由夢ちゃんはまだお母さんを見限ってなかったのに……」


 話を聞く限りでは家に帰ってから親にひどい仕打ちを受けたのかもしれない。

 警察からもよく言い聞かされているであろうに、昨日の今日で子供の心を壊すほどの暴挙に出るとは見込みが甘かったと言わざるを得ない。

 自分の見通しの甘さに後悔の念が沸き上がる椿であったが、だからと言って諦める訳にはいかない。


「そこのあなた!ゆめちゃんは私達で引き取るわ!彼女は幸せにならないといけない子よ、だからお願い返して!」


 今まで蚊帳の外であった外野が声をかけてきたのだ、尚斗と向き合っていた視線がぎょろりと椿を捉えた。


「どうして?幸せになられちゃ困るのよ、こんなに絶望した検体はとてもいい素材になってくれるわ。呪いの力を大きく増幅してくれるのよ、最高じゃない!私からこの子をうばいたいの?だめダナァ、ジャマヲシタインダァ」


 もう何をしゃべっても結局「儀式の完成を阻止する」という地雷に繋がっていく、そろそろ話も限界だろう。


「美詞ちゃん達、よく聞いて。尚斗君と私であの女を引き付けるわ。その間にあの民家を探って。たぶんゆめちゃんはそこに居ないでしょうけど、その確証が欲しいの」

「わかったよ、気を付けてね椿姉さん」


 まずは注意を美詞達から逸らさないといけない。

 離れている尚斗に向けアイコンタクトを送ると小さく頷き返してくれた。


「無理やりにでも返してもらうから!」


 両手の指いっぱいに挟まれた八枚の札に一気に霊力を流し込む椿。


「符術喚起 連弾装填 全開放 【五月雨】!」


 バッと前方に放たれた札が霊力を纏い、敵を穿つ清めの弾丸となり前方の女に降り注ぐ。

 防御姿勢すらとらない女の体は瞬く間に穴だらけとなり、血液と思われるものがドロドロと傷穴から垂れだしていた。

 しかしおかしい、穴から漏れ出る血は尋常ではなくまるで“風船に詰まった水が漏れている”かのよう。

 地面に水たまりを作ったその血液が逆再生するかのようにまた女の体に戻っていき、傷穴も塞がって行く様子に椿はぎょっとした。


「……もう人間を辞めてしまったようね……」


 ばけもの退治に切り替わった瞬間でもあった。

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