第124話

 八津波より受け継いだ治癒術の発動に成功した尚斗。

 実際に誰でも扱える術なのかを確認するためにあえて霊力のみ……いや、厳密に言えば神力になるが、神道の神職者が行使する力により発動してみせた。

 無事成功したことから桜井大社にて従事する巫女達にも可能性があることがわかると、今度は内に眠る八津波に埋め込まれた神気による治癒術の行使に踏み切る。

 まだこの力にあまり慣れていないことから深く意識しないと難しいが、術自体はかなりスムーズに発動できることに驚いた。

 経絡への循環も先ほどと比べて雲泥の差、手からあふれ出す生命エネルギーの光も力強く感じる。


「おどろいたね、神々しい力を感じるが一体どうやったんだい?坊や」

「いえ……八津波の力を使いました。……なるほど、これは確かに危険だ。容易に表に出せないのが理解できました」

 

 術に集中したことでだいぶ尚斗も落ち着いてきたのか、口調がすっかり普段のものに戻っていた。


「美詞はその力との相性がいいんだったか?もっとすごいのかい?」

「ええ、かなり強力な生命エネルギーの波動で、全力で使えば残滓だけでも後光のような光を撒き散らすレベルです。人に崇められ新興宗教の教祖に祀り上げられること請け合いですね」


 一般人が見れば「神が遣わされた尊い存在」などと解釈され跪き手を合わせ祈りを捧げることだろう。

 もちろんそんな事まっぴらごめんである為、やはり使用には注意を払う必要がありそうだ。


「そうかい……ならば我等も気張る必要があるね」


 目を閉じ霊力を練り始めた静江、今度は自分がと治癒術の発動にかかった。

 尚斗の時よりも更に時間をかけじっくり術と向き合う静江の額には、うっすら汗が浮かびだしてきた。

 やがて静江の右手に集まった力が淡く発光し始めるが、想像していたものよりも弱い。

 まるで蛍の光のように点いては消えと点滅を繰り返し安定しない様子だ。

 力を安定させるために追加で力を循環させているのだろうか、更に時間をかけやっとのことで百均ショップで並ぶちっちゃなライトレベルの光を維持できるようになった静江。

 正面にいる尚斗に向け、自らの小刀を投げて寄越したことでまた溜息を吐く尚斗。

 「はやく実験台になれよ」とばかりの顔に押され尚斗は自分の腕を薄く切りつけた。


「『ほぉ、補助も無しに初見でそこまで出来れば上出来であろう』」


 治るスピードもやはり先ほどよりは遅く見えるが、それでもしっかり完治していることから術としては合格を出せるみたいである。


「これが治癒術かぃ……老骨には堪えるねぇ。まぁ手ごたえは感じた、後は反復し練度を高めるのが肝要かね」

「『然り。この術は修練により伸ばすことが可能だ。しかと鍛錬に励め。それとな……いちいち傷を作らんでよい、治癒の光は人の疲れを癒す効果もあるゆえ、まずは人の身に直で流し込み出来を確認するとよかろう。傷を治すのはその先じゃ』」

「それを早く言っておくれ……」

「先に突っ走ったのは婆さんだろうが……」


 呆れる尚斗にバツの悪い顔となった静江が顔を背けた。



 所変わり……

 

 温泉を満喫し命の洗濯を行ってきた4人が部屋に戻り思い思いの時間を過ごしていた。


「いい湯だったなぁ……いかにも肌に良さそうな濁り湯だったね、はだがすべすべだよー。みーちゃんは神耶さんとも長野で温泉入ってきたんだよねー?」


 うつ伏せで畳に寝ころびながらスマホをチェックしていた千鶴が、先日までの依頼のことで尋ねてきた。


「お仕事だからね?科野屋って老舗旅館だったんだけどすごくよかったよ?温泉は貸し切り状態だったし料理もすごかったし」


 仕事と言いつつも恍惚の表情を浮かべ遠い目をしている美詞に説得力は皆無である。


「いいなぁ、私も協会から仕事をまわしてもらうならそういった役得ある仕事がいいわぁ」


 夏希が座卓についた肘で顔を支えながら羨望の声を漏らした。


「神耶さんと旅行いいなぁ、一緒に温泉……」

「ぶれないわねゆえちゃんコワい子!」


 違う意味で恍惚の表情を浮かべる優江に千鶴が素早くツッコみを入れる。

 仲良し四人組はさながら修学旅行の自由時間を過ごすような気楽さ、仕事でもなければ学校行事みたいに堅苦しいものでもない自由の許された解放感がそうさせているのだろうか。


「ねね、ちょいとスイーツを食べたくなってきたんだけどこの辺ってコンビニあるかな?」


 だからだろう、夜も更ける時間帯にスイーツを求めコンビニに行きたいと背徳感たっぷりの行動に出ようとするのは。


「すいーつ!うん!ちょっと歩かないとだけど潰れてないならあるはずだよー」

「いいねぇ、夜食のスイーツ。なんだろうね、普段寮に居てもあまりでてこないのに」


 旅行先でのノリというのはなんとなくわかるが何がそうさせるのかと考え始めた夏希に。


「きっとみんなと一緒だからだよぉ」


 夏希の隣でふんわり笑う優江の出した答えがきっと正解だろう。

 なんともかわいらしい事を言うじゃないかーと、隣の小動物をすっぽり腕の中に納めた夏希がご満悦の様子で優江をなでくりまわしていた。


「うーん、歩いてもいいんだけど、この辺街灯も少ないから車で送ってもらおうかなぁ」

「え、いいの?そんな甘えちゃって、さすがにそれは迷惑かけすぎかなぁって……」

「うん、いつもお買い物行きたい時とか送ってもらってたりしてたから。お仕事中じゃなかったら問題ないと思うから一回連絡してみるね?」


 そして電話で“お願い”してやってきた人は―


「あらあら、コンビニまででいいの?なんならファミレスまで送ってもいいのよ?」


 桜井椿、次期当主筆頭である。

 一番忙しそうな人がきちゃったーと冷や汗が垂れそうな美詞以外の面々であるが連絡して間髪おかずにきたのだ、きっと問題はないのだろう……そう信じたい。


 「椿姉さん、ありがとう!」


 自然に椿へと抱き着いた美詞にも軽く驚きを覚える一同。

 美詞が人に甘えると言えば、彼女らのまわりでは尚斗ぐらいしか見たことがなかったから。

 おっとりとした母性溢れる笑顔の椿が甘えやすいのもあるのだろうが、きっと実家では家族に対して普段こういった感じなのだろうと、珍しい一面を知った一同から生暖かい視線が突き刺さるも美詞がそれを知る由はない。


 車で来ればすぐ到着した国道沿いにあるコンビニ、歩けばけっこうな時間がかかっただろう。

 距離で言えば確かに歩けばなんとか行ける距離、しかし都会育ちならとてもではないが辟易するだろうその距離以上に、美詞が言っていたように街灯が少なく暗かったため車で送ってもらえた事は僥倖であった。

 一際明るい光源を外に向け放っているその横長の建物は、夜になると周囲から目立つことこの上ない。


 建物に比べやたらと広く空きの多い駐車場に車を停め、降りてきた女性陣の中からポツリと声がした。


「あれ?……女の子?……」


 千鶴のその声に反応した面々が一斉に視線を向けたのはコンビニから漏れる光が当たる場所、車の車輪止めに腰掛け膝を抱えている小さな影。


「どうしたんだろ、親を待ってるのかな?」

 

 心配そうな声色で一面ガラス張りの外から中を遠目で覗く優江であるが、店内には店員以外これといった客が見当たらない。


「おかしいわねぇ……他に車もないようだし。ちょっと声をかけてくるわ。みんなはお買い物をしてきて」

 「ううん、私達も一緒に行くよ。なんか心配だもん」


 小さな女の子に向かって歩き出した椿の横に並ぶように美詞が同行した。

 もちろん他の三人も店内に向かわず椿についてくるようだ。

 女の子の前で目線を合わせるようにしゃがんだ椿が怖がらないよう優しく声をかける。


「かわいらしいお嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?お母さんとお父さんと一緒じゃないのかな?」


 だめだ、アプローチの仕方がまるで幼女誘拐犯のソレと一緒だ。

 しかし声色が優しいのと邪な態度がないことから警戒は薄いようで、件の小さな存在は顔を上げてくれた。

 女の子……しかし目の前まできて見ればわかる、歳が幼すぎる。

 下手をすればまだ小学生にもなっていないような印象を受けた。

 その少女は少し困ったような表情でたどたどしく答えてくれた。


「あの、えっとね……ゆめここでまってるの」

「えっと、ゆめちゃんって言うのかな?だれを待っているの?迎えにきてもらえるのかな?」


 ふるふると顔を横に振るその仕草に更に疑問ばかりが重なる。


「おうちの場所はわかる?帰れないならお姉さんが送ってあげましょうか?」


 さらにふるふると顔を振る少女……しかし今度は言葉を続けてくれた。


「えとね、おうちまで帰れるの。でもね、いま帰ったらママにおこられるから帰れないの」


 一瞬理解が追いつかなかった。

 子供特有の言葉にすることが難しい解釈違いによるものかとも思われたが、内容が不穏味を帯びてきた。

 椿は更に内容を掘り深めることにした。


「えっと、ゆめちゃんのお母さんはおうちにいるんだよね?お母さんは何しているのかわかる?」

「ママはおうちでおとこの人といっしょにいるの。ゆめがいたらじゃまだからお外でまってるんだよ」


 椿から何かが切れるような音が聞こえたような気がした、なるべく目の前の少女を怖がらせないように笑顔を保っていたが顔から怒気が少し漏れていたのだろうか、「ひっ!」と少女が肩をびくつかせ震え出した。


「あぁ、ごめんなさいゆめちゃん。怒ってないから安心して。大丈夫よー、ゆめちゃんはいい子だねぇ」

「ほ、ほんと?おこってない?ゆめわるいこじゃない?たたかない?」


 更にぶちぎれそうになるのをグッと堪えた椿が、目の前の少女をそっと抱きしめてゆっくり背中を撫でてあげる。


「ええ、とってもいい子。ゆめちゃんはなぁんにも悪くないわ。そうね、一人だと寂しいからお姉さんたちと一緒にお話でもしていましょうか、お母さんが迎えに来てくれるまで」


 気軽に思いついた買い物で見付けた少女は家庭に問題を抱えているようであった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る