第122話

 盛岡駅で切り離された秋田新幹線こまちにのんびり揺られ、到着したのが田沢湖線の田沢湖駅。

 ここから更に山へ入っていったところに目的地があるのだが、ここからは別の「足が」必要となる。

 駅舎を出た広いロータリーに迎えが来ているはずなのだが……迷うことなく見付けることができた。


 ― 神耶様ご一行 ―


 そんな空港で見かけそうなフリップボードを手に持った人物が大きなミニバンの前で立っているのだ、見つからない訳がない。

 しかしそれ以上に目立つ理由もあった。 

 秘湯と名高い乳頭温泉郷も近年では訪れる人が増え、最寄り駅となるここ田沢湖駅も観光客がちらほら見える。

 そんなキャリーバッグを転がす観光客や地元の人達から注目を浴び、ちらちら視線を集めているその人物の姿は巫女服姿。

 迎えにくるなら私服に着替えてくればいいのになんという心臓の強さと呆れる尚斗。

 本人はなにも気にしていない風であるが、こんな見世物に近い状態はすぐになんとかすべきだろうと足早に駆け寄った。


「おかえりなさいませ美詞さん。そしてようこそいらっしゃいました神耶様とご友人の皆様方」


 静々と礼をとる様は儀式めいておりとても絵になるのであるが少々場違い感もある。


「わざわざ迎えに来ていただきありがとうございます。確か兵頭さんでしたよね?お忙しい中すみません。待たせてしまいましたか?」

「いいえ、30分ほどでしたので問題ありません」


 まじか、30分もこんな状態で待っていたのかよと愕然とした尚斗。


「ふふ、冗談ですよ。事前に到着時刻は聞き及んでおりましたので待ってなどおりません。『コレ』も少々旅行気分を味わっていただこうかと思いましての演出でございます。ささ、参りましょうか」


 ふぅとあからさまに安堵の溜息をついた尚斗を見て更にくすくすと笑う巫女さん、どうやらからかわれたようである。


「なんか楽しい人だね、みこっちゃん」

「うん、お茶目な人が多いんだよ?神耶さん楽しそうだったもん」

「美詞君……10歳の頃の君にはいつもそう見えていたのかい?からかわれる私を見て。だから君の実家は苦手なんだ……」 


 実家とはもちろん桜井大社のこと。

 女所帯の桜井では若い男性と触れあう事があまりないのか、尚斗が顔を見せる度にお姉様方が構ってくるのである。

 迎えに来てくれたミニバンに乗り込み住宅地を抜けると、道も細くなり家もまばらになってきた。

 駒ヶ岳へと登る道の途中に石造りの大鳥居が見えてくる。

 このまま山奥まで登って行けばかの有名な乳頭温泉郷があるが、本日の目的地はこの大鳥居の先だ。

 まずは神様に挨拶をするために大鳥居を抜け神域にお邪魔することに。

 

「うわぁー、広いとは聞いてたけど想像以上だねこれ」

「なっがい参道~~あ、境内に池があるよー」


 夏希と千鶴が感想を漏らすように桜井大社の敷地面積はかなりの広さを誇る。

 一般的な神社にもある手水舎や社務所等はもちろん、神池や宝物殿に神楽殿、摂社・末社神社等がずらりと並び壮観な眺めとなっていた。


「なんか建物がいっぱいですね。神社ってこんなに色々お家があるんですね」


 大社と呼ばれるだけあって、何の目的で建てられているのか一目ではわからないような建造物の多さに目を回しそうになっている優江。

 作法通り手水舎にて禊を行い長い参道の先にある拝殿にて一度挨拶を。

 その後は案内人の巫女さんに連れられ本殿にもお邪魔させていただいたが、尚斗が来る時や美詞が帰ってくる時のルーチンワークになっているため案内してくれた巫女さんとも顔見知り。

 そんな巫女さんからも「久々にお会いしたと思ったら、今日は神耶さん職場見学の引率ですか?」などと揶揄われる始末。


 本殿での挨拶も終え向かったのは、桜井大社敷地の隣に併設された大きな和風建築物が並んだ一角。

 桜井大社に仕える者達のそのほとんどがここで共同生活を送っているのだ。

 案内してくれる巫女のお姉様についていき到着したのが宮司の部屋。

そう、当代桜井当主である静江の部屋……と言ってもこちらは私室ではなく静江専用の執務室兼応接室といった扱いだろうか。


「静江様、お連れいたしました」


 案内人の言葉に中から「入っておいで」との言葉がかけられ襖が開けられる。

 文机に向かい何やら書類を認めている老婆が一人。


「ほら、入っておいで。柴乃、人数分のお茶をお願いできるかい?」

「かしこまりました」


 静江の向かいには人数分の座布団が既に並べられており、それぞれが席に着く。


「御婆様、只今戻りました」

「あぁ、お帰り美詞。移動に疲れただろう。と言ってもみんなで来たからそうでもなかったかい?」

「うん、今日はみんなを招待してくれてありがとう。ごめんね、修行に夢中で帰省のことすっかり忘れちゃってた……」

「だと思ったよ。あんたは熱中すると周りの事が見えなくなるからねぇ。ほら坊や、私の言った通りだったろ?」


 してやったりの顔で尚斗を見つめるその視線にお手上げの様子で肩を竦める尚斗。


「はいはい、御言葉の通りで。まぁ今回は私が気づいてあげなければでしたね。それよりほら、美詞君の友人を紹介したいのですが」

「おお!そうだ、すまないねぇ。美詞と仲良くしてくれてるんだろぅ?いつもありがとう、この婆に名前を教えておくれ」


 尚斗にかける言葉とは違い、好々爺のように柔らかなその問いかけは孫に接する人のいいお婆ちゃんのよう。

 少々緊張を孕んだ様子の二人、夏希と千鶴の流派まで含んだ堅苦しい紹介に続き、優江の「えっと、三枝優江です……あの……一般人です」という紹介の仕方に場が和み笑みが漏れた一同。

 恥ずかしくて耳まで顔を真っ赤にして俯いてしまった優江に静江が相好を崩していた。


「かわいらしい娘さんじゃないか。一般人なんて気にしなくていいんだよ、友達付き合いに家格なんて必要ないからねぇ。それにしても……なんというか椿が好みそうな子だねぇ……」


 言われてみると確かに……と思う尚斗と美詞。

 かわいらしいもの好きな次期当主筆頭殿は子供が大好きである。

 年の割にちんまりとした小動物のような優江のことを、さぞかわいがることであろう事が容易に想像できた。


「そういえば椿姉さんは?」

「ああ、もうそろそろ……ほらきよった」


 美詞が帰省した際はいつも真っ先に飛んできていたのを思い出し尋ねてみると、廊下からぱたぱたと聞こえてくる足音。

 スパーンと開けられた襖から姿を現わしたのはやはり巫女装束姿の女性。

 おっとりとした顔つきで綺麗な長い髪を揺らし、年はあえて言及はしないが艶やかで色っぽく普段は落ち着いた雰囲気を纏ったその姿から、見た目は若いが実年齢よりも上に見られがちである。


「あらあら、おかえりなさい美詞ちゃん。帰ってくるのを楽しみに待ってたのよ?お姉さんとっても寂しかったわぁ」

「こら椿!客人もおるのだぞ、ちゃんと挨拶をせんか!」

「あらごめんなさいね」


 静江に叱咤されたことにより幾分かテンションを落ち着かせ、徐に静々と入ってくると皆の前で正座をし改めて頭を下げ挨拶を行った。


「桜井次期当主候補筆頭として拝命しております桜井椿(さくらい つばき)と申します。ご友人の皆さん、どうぞごゆるりと楽しまれて行ってくださいね」


 顔を上げ笑顔で一同の顔を見渡した椿が優江の前で視線を止めると。


「あら、まぁまぁ!なんてかわいらしい子!あなたうちの子にならない?」

「こら!いい加減にせんか!」


 いきなりの展開に追いつけずあわあわし出す優江、その仕草を見て更にうふふと笑みを漏らす椿。 

 静江が言った通りの展開に乾いた笑いが抑えきれない尚斗と美詞であった。


「あぁ、それと婆様……」

「わかっておる。ご挨拶が遅れ申した。お目見え出来る事光栄に存じまする八津波殿。当代桜井家当主桜井静江と申します」

「『堅苦しいと言っておろうに……尚斗から聞き及んでおろう?ほれ、我なぞ美詞からすればただの“ぺっと”扱いじゃぞ?』」


 いきなり八津波に向け畏まった態度を取り出した静江に、事情の分からない友人三人組が訝し気にぎょっとした。


「……仕方ないねぇ、堅苦しいのは苦手とのことだからこれぐらいにしておこうかね。せっかく人の世に降りたんだから現世を楽しんでおくれ。差し当たってはいい酒と料理を準備しておいたよ」

「『おお!これは忝い。尚斗、話の分かる御仁ではないか。うむうむ酒か、久しいのぉ』」

「やつはちゃんってお酒好きなんだね。神耶さん、今度から事務所の冷蔵庫にお酒を入れておきます?」

「何言ってるんですか、事務所で酔っ払われたらたまったものじゃありませんよ……八津波って酔うのだろうか……?」


 そんなどうでもいい他愛もない会話を始めた二人であったが、八津波が急に真面目な表情になった。


「『静江よ、少々尋ねたいことがあるのだがよいか?』」

「……なんだい?」

「『美詞のことで相談事があるのだが……桜井に術者はどれほどおる?』」

「それは今すぐ動ける人間という意味でいいのかい?」


 コクリと頷く八津波に少し思案に耽った静江が答えた。


「30と少しといった所かね。他は外に出ているよ」

「『ならばその者共を一堂に会すことは可能か?』」

「望みとあらば。明日の朝にでも集合をかけとくよ」

「『うむ、よしなに頼み申す。後程詳細を語ろう』」


 尚斗を他所に次々と話が決まっていく、帰省が決まった際に八津波が言っていた「考えがある」ということに繋がる事柄であろうが、できれば飼い主にも相談してほしいものだと溜息を吐く尚斗であった。


 

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