第121話
車窓から見える景色は比較的緑が多く感じる。
通路を挟み隣から聞こえてくる黄色い声達をBGMにしながら、反対側の隣に座る好奇心旺盛な使い魔と共にぼんやり外を眺めていた尚斗。
横から眼前にすっと差し出されてきた物に気づき、車内に視線を戻してみるとお菓子の箱が。
「あ、あの、神耶さんもいかがですか?」
どうやら小動物のような美詞の友人がお裾分けを恵んでくれるらしい。
「ありがとう、喜んでいただくよ」
新作が次々と現れては消えていく菓子の中でも、堂々たるロングセラーを歩み続けているチョコレートコーティングされたスティックを一本抜き取ると口の中でポキリと割る。
高速で移り行く景色に釘付けだった隣のワンコも、見ればその菓子に釘付けになっていたようだ。
「あ、やつはちゃんもどうぞ」
「『うむ、有難くいただくとしよう』」
キリリとした表情で感謝の意を示す八津波も口から垂れ流す涎により台無しだ。
外ならいざ知らずここは新幹線の中、床と座席を汚さぬよう涎を拭ってあげるのも飼い主の務め。
本物の犬のように抜け毛や排せつがないのが救いである……が、そこまでできるなら涎の分泌もどうにかしてほしいものだと思ってしまうのは贅沢だろうか。
犬(狼)が座席に座っているのを乗務員が目撃しようものなら卒倒物であるが、一般人には認識阻害術がしっかり働いており咎められることもない。
まぁ汚れないように気を付けるし八津波のために一席分余分にチケットを取っているので、そこは多めに見て欲しいと思う尚斗であった。
「あ、狼ってチョコ大丈夫なのかなぁ……」
もちろんダメである、しかし。
「まぁこんなナリをしていますが動物じゃないから大丈夫ですよ。さっきもお弁当の玉ねぎを食べてましたからね」
「ふふ、ならよかったです」
ふんわりと笑う優江の笑顔に癒されつつも、二列シートを向かい合うようにして座っていた女性組に目をやる。
先ほどまでトランプで遊んでいたがテーブルがなく不便な座席に諦め、今は思い思いの菓子を持ち寄り会話に花を咲かせているようだ。
旅行と言うこともあり皆私服であるのは当たり前なのだが色とりどりの涼し気な衣装が華やかさを演出する中で、心の底から旅行を楽しむように笑顔を浮かべる美詞に釣られて尚斗も表情が柔らかくなる。
午前中から尚斗の車で学園まで迎えに行き、新富士駅から東海道新幹線こだまで東京まで、そこから東北新幹線はやぶさに連結された秋田新幹線こまちに乗り込み現在秋田方面に向かっているところである。
現在はまだ盛岡より手前なため新幹線の面目躍如とばかりのスピードで駆け抜けているが、盛岡からは在来線区間に進入するため半分にも満たない速度となってしまうことだろう。
目的地に到着するにはまだ時間の余裕があることから尚斗は思い出したかのように荷物を漁り出した。
「なにかお探し物ですか?」
「お菓子を頂きましたお礼に……と言うのは冗談ですが、普段美詞君を色々と助けてもらっているささやかなお礼にと思いまして」
優江と尚斗のやり取りを目ざとく聞いていた千鶴が反応した。
「おぉ!神耶さんなにかくれるの?」
「こらちーちゃん、意地汚い」
他の女性陣も注目してくれたようで、がさごそカバンの中を探す尚斗に興味津々だ。
もちろん事前にわかっていた美詞は別であるが、一緒に選んだだけあって喜んでもらえるかドキドキしている様子。
カバンから取り出されたのは年季が入っているが、一目でそれなりの物が納められているであろうとわかる小振りの化粧箱が三つ。
「さぁ三枝君も席について。実は先日纏まった数の霊具が手に入りましてね。せっかくだからお裾分けしようと美詞君と選んだんですよ」
まさか「霊具」なんて大層な物が出てくるとは思っていなかった千鶴と夏希は驚愕し、霊具のことがよくわかってない優江が首を傾げている。
何かを言う前に手元に押し付けられたそれぞれの箱を見つめる三人。
箱を開けるのを躊躇っているのか夏希が恐る恐る美詞と尚斗の顔を窺いそっと尋ねる。
「あの……いいんですか?これって現代品じゃないですよね?古美術霊具なんてそう簡単にもらっちゃう物じゃないと思うんですけど……」
二コリと微笑みを返すだけの返事に恐縮していると、おいてけぼりの優江が隣の夏希の袖をくいくいと引っ張る。
「ねぇねぇ夏希ちゃん、霊具ってなぁに?」
「ああ、そっか。んとね、簡単に言えば不思議な力が込められた道具のことだよ。今ゆえちゃんが首につけてるチョーカーや指輪も霊具になるね。基本は先祖代々から受け継ぐような物がほとんどで、市場に出回ることが少ないからオークションとかに掛けられていつもとんでもない値段がつくんだ……」
「ふぇ!」
「神耶さんみたいに現代品に術を刻んで制作された物もあって、そういった物は比較的手に入りやすいみたいだね。ゆえちゃんの品も神耶さんが作った現代品に分類されるかな。でも……神耶さん、これって古美術品ですよね?」
「はい、普段持ち歩くことができそうな小物だけを選んできました。まぁどうしても古い物なので少々手を加えておきましたが。あ、値段とかは気にしないでくださいね。ここだけの話、元は呪術品を浄化したものなので元手はゼロです」
あ、なら安心ですねとなる訳がない、価値ある霊具をぽんっと出してくる尚斗に顔が引きつりそうな三人。
「ほら、もうあなた達の物なので遠慮なく開けてください。説明に入れませんよ?」
尚斗が促す言葉に渋々と箱を開けていく三人、中にはそれぞれ違った物が納められていた。
夏希の物にはバングルに分別される金属製の腕輪と、金具がついた布製の腕輪のような物が。
千鶴の物にはこちらも金属で出来た扇子が。
優江の物には装飾された金具に通された紐とキーホルダーのようなもの。
「千賀君は徒手空拳が基本スタイルらしいですね。なので拳を塞がない物にしました。バングルは恐らく中国から渡って来た物で腕力の強化が。もうひとつは腕守(うでまもり)と呼ばれる装飾具ですね。二の腕に着ける物で中に護符等を仕込めるようになっていますが、こちらは反応速度を上げる術式が。どちらにも破邪の効果がついてます」
「うわぁ……すごい。頼り切りになりそうで怖いですけど正直嬉しい効果ですね、ほんとにもらってもいいのかなぁ……ありがとうございます」
箱から取り出しまじまじと細部を見分し出した夏希を置いて、今度は千鶴の番となった。
「御堂君は見てすぐわかりますが鉄扇です。効果は増幅、破邪、陰陽術には相性がいいでしょう。そして鉄扇自体の攻撃にも耐久強化と切断力強化付与がされてますので、護身具としても使えるはずです」
「日本舞踊を習っていたのが生かされる日がくるとは……ちょっと扇術を教えてもらえる人がいないか当たってみないと……ありがとうございます!」
そして最後に箱の中の紐をぶらりと持ち上げている優江に。
「三枝君が今持っているのは帯締めと帯留めです。和装装飾品ですね。その蝶を象った金具が霊具になっていまして、紐はボロボロだったので交換しました。君はまだ霊力制御と増幅を習っている段階でしたね?なので危険察知や守護系の加護のついた物を選んでみました。もう一つのストラップみたいな物も和装装飾品で帯飾りと言います。両方とも蝶を象ったデザインなので恐らくセットだったのかと。もちろん破邪の効果も乗ってますので悪霊から身を守るのにも効果的ですよ」
「えとね、ゆえちゃんの帯締めは一緒に入ってる紐に付け替えると帯留めと一緒に腕に巻けるようにしておいたし、帯飾りは普通の服とかカバンとか、あとはスマホのストラップとかにできるように加工してるから着物を着る時以外も使えるよ」
美詞が補足したように優江は一般家庭から出てきたため普段から着物を着る習慣がある訳ではない。
なのでなんとか普段使いできないか考えた末の措置であった。
「かわいい……あ、あの、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
「向こうに着いたら使い方を教えますよ。といっても難しいことはないので安心してください」
これらの霊具が八津波の生み出した神様印の霊具と知ったら驚くであろう。
八津波の事情は話していない、神として崇められたり畏まられるのはもう腹一杯だと言う八津波のことを、ただ使い魔という特殊な存在とだけ紹介している。
「でも本当によかったんですか?あまり霊具の価値はわかりませんが、かなりの力を感じますよ?」
夏希の言葉に尚斗と美詞は顔を見合わせ困ったように眉尻を下げる。
「あー……、正直なところを言いますとあまり市場に流せないようなクラスになってまして。でも使わないともったいないじゃないですか」
「ほんとはね、もっといっぱいあったんだ。それこそ山のように……その中でも比較的『マシ』なものを選んだから安心して」
「……安心できる要素がないんだけど。これでマシって他の霊具の規模が怖くて聞けないねぇ」
パチンと扇子を畳んだ千鶴が少々引き気味に答える。
「親や兄弟には内緒かな……欲しいって駄々こねられそう」
夏希もやはり少々引き気味のようだ。
「美詞さんもなにか神耶さんから霊具をいただいたんですか?」
自分達だけ霊具をもらったことが気にかかるのだろう、優江が「美詞の分は?」とばかりに尋ねてくる。
「あ、うん。私の分もちゃんとあるよ」
「あ、もしかしてその首から下げてるネックレス?」
千鶴が目ざとく服と首の間から少しだけ見えるチェーンに気づき指摘してきた。
ちゃらりと服の中から取り出したペンダントトップを手のひらで転がす。
「おぉー、やけに今風な勾玉ペンダントだね」
「あ、台座と合わせるとハートみたいです」
「こりゃ神耶さん作だな?間違いない」
チェーンに下げられたトップは二つ、勾玉と台座がそれぞれ独立して下げられているが台座側のくぼみに勾玉がはまると、台座に装飾された形と合わさりハートのように見える仕組みになっている。
「『我が与えた勾玉に尚斗が手を加えたのだよ。我の力を込めておるで少々違った力が漏れておるがそこは気にするでない』」
明らかに三人がもらった霊具とは力の規模が違うだろう事はすぐにばれるため、八津波が軽くフォローを入れていた。
子供のように新幹線の窓にかじりついたり、弁当をうまそうに食べたり、涎を垂らしながら菓子をねだったり……かと思えばこういった細かな気遣いも見せる、本当に人間臭いお犬様だことで。
美詞を楽しませることもそうだが八津波の「旅を預かった」身からしてみれば、こうやって連れ出すことができたのを嬉しく思う尚斗であった。
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