第119話

 一通り暴れ終わり満足したのか、とてとてと二人の下へ戻って来た八津波。

 興奮冷めやらぬ様子でふんすと鼻息を漏らしている姿がコミカルだが、それとは裏腹に八津波の背後の惨状はひどいものだった。


「あーぁ……あんなに散らかして……」

「ふふっ、やつはちゃんのあの得意げな顔」


 そして美詞の前で立ち止まり、寝そべり丸まってしまった。


「『ふぅ、力を放出しすぎたようだ。美詞よ撫でてくれんか』」

「あら、やつはちゃん後先考えないんだから。無理しちゃだめだよ?」


 この数日の間に美詞の八津波に接する口調はすっかり砕けたものになってしまった、さすが順応するのが早い。 

 軽く諫める言葉とは裏腹に、美詞も八津波の前で膝をつき正座するとゆっくりと八津波の背を撫で始めた。

 八津波の言う“撫でる”とはただ甘えているという訳ではない、美詞の神気を流してほしいという合図である。

 美詞は八津波により埋め込まれた神気が因子として定着し、今や自身で神気の混じった力を生成するに至っていた。

 片手は八津波の頭に、もう片方は背を優しく撫でながらじんわりと神気を巡らせていく。


「『うむ、実に心地よい。尚斗の力も馴染むがやはり美詞の力は格別じゃな』」

「そりゃ巫女ですからね。神に仕える巫女が相性悪いはずがありません。それと美詞君の混じった力がちゃんと定着しましたから変な輩に狙われなくなるでしょう。八津波の独り占めですよ?」

「『ふんっ、そのような不届き者がおろうものなら我が嚙み砕いてやろうぞ』」


 そう、美詞が邪法により植え付けられた力は蛇神と偽っていた妖が好むように調整された力。

 人外にとってはまさに甘露と呼べるそれは、今や美詞の鍛えた神力と八津波から与えられた神気と見事に混ざり制御されている。

 美詞も思いがけない八津波との出会いにより、自身に課せられた呪いとも呼べる運命から解き放たれることになったのだ。

 八津波からしてみれば美詞の力は極上の癒しでありお気に入り、そんな美詞を狙う輩がいるなら最高のボディガードになってくれるだろうことにちゃっかり期待している。


「『してどうじゃ?綺麗に片付いたであろう?』」

「散らかしたの間違いでは?……と言いたいところですが正直吃驚しています。あんなの霊具を作りたい放題じゃないですか」

「『そんな訳なかろう、なんにでもほいほい出来るものでもない。これらの呪術品は我と長いこと繋がっておったでな、故に簡単に受け入れ転化したんじゃよ』」

 

 尚斗はそこを危惧していた、あんな簡単にぽんぽん霊具を生み出せる事が露見しようものなら、それこそ霊具製造機として八津波を狙う輩が後を絶たたなくなるであろうことを。

 しかし実際のところはここにある呪術品が特別であるだけで、霊具なんてそう簡単に作れないことを知りほっと胸をなでおろした。

 しかし別の意味で新たな問題も出てしまう。


「あぁ、なるほど。それにしましても見事な霊具になっちゃいましたね……もう売りに出せませんねこれ」

「『なぬっ!?』」

「やつはちゃん、これ表に出したら大騒ぎになっちゃうよ?古来から力を貯えてきた物と比べても謙遜ないもん」

「ですね」

「『なんということだ……今の世はそこまで力が衰えたのであるか』」

「残念なことに他を知りますと更に失望すること請け合いです。まぁ表に出せはしませんが、懇意にしている方々に配る程度なら問題ないか……あとは研究室行きですかね」


 無暗に市場に流せなくなった霊具達の使い道に思案を巡らせていると、美詞が見たことのある打刀と脇差を抱えてきた。


「神耶さんは戦闘で刀を使わないのですか?これすごい力を感じるので使われたほうがいいと思うのですが?」


 それは蔵の中で飾られていた二振り、たしか霊刀なのだが「とある効果」から呪術品と勘違いし並べられていた物。

 少々の穢れが付着していた程度の品だったのだがそれすら尚斗らが見た時には八津波に吸いつくされた後、なんの問題もない霊具が八津波の神気を帯びたとなれば……


「確かにこの霊刀、相当な力を帯びてますね……」


 チッと鞘から刀身を抜き放つと傷一つ曇り一つもない名刀と呼べる刀身が顔を覗かせた。

 不思議なことに以前ちらりと見た時はたしか刃文が『互の目丁子(ぐのめちょうじ)』、しかしなぜか『のたれ』と呼ばれる穏やかな刃文に綺麗な白のグラデーション、くっきりと浮き出た『沸(にえ)』がまるで砂浜に打つ波のように幻想的な姿へと変わっていた。


「八津波……まったく別の刀になったように思えるのですが……生まれ変わったりするものなんですか?」

「『知らぬ。だが格が上がればおのずと理想とする姿に変化するものではないのか?付喪神となった物は大抵そうであったぞ』」

「まさか霊格が生み出されたとでも?……八津波、あなたから頂いた勾玉の削り粉、あれが合わさればどうなると思います?」

「『我は門外じゃが……まぁ今より化けるやもしれんの』」

「はぁ……刀術鍛え直すかな……」


 溜息を吐いて沈んだような表情となった尚斗に、なぜそう落ち込むことがあるのかと美詞が不思議そうに尋ねた。


「神耶さん、なんで憂鬱そうな表情をされてるのですか?いい事なんですよね?」

「美詞君……まぁ恥ずかしい話、私は刀の扱いが苦手なんだよ」

「え!そうなんですか!?神耶家と言えば指南役にも抜擢されたことのある実力だと聞き及んでいたのですが。……もしかして、だからナイフを?」

「ええ、私は凡庸な人間でして。父から教わってはいたのですが修練の際いつも複雑な表情を向けられてましたよ。近代のナイフ術の方が肌に合ったのか、すぐそちらに力を入れるようになりました」


 そう言って尚斗は聖書を顕現させ開かれたページからせり出す二つの柄を手に取りゆっくり刀身を抜き放った。

 装飾の施された柄と刀身、更に刀身には聖言がびっしりと彫り込まれている。

 二本のナイフを両手に持ち器用にくるくると手で回しながら遊ぶ姿は扱いに慣れが見られる。

 そう、過去グルカ兵から譲り受けたククリナイフがよほど気に入ったのか二代目もわざわざ正教会に頭を下げ特注で作ってもらい、そこへ自らカスタムを施した二振りの頼れる武器。

 カトリック教会と正教会の仲は悪くないとは言え、本来正教がカトリック所属のエクソシストのために施すことはあまりない。

 過去の“貸し”がなければすんなり応じてもらえることはなかったであろう。


「『ほぉ、変わった形の短刀であるな。しかも異国の術式か、実に興味深い。気になっておったのだがお主のその仰々しい【書物】はどうなっておるのだ』」

「あ、私も気になってたんです。聞いてもいいものかわからず……」


 度々どこから取り出したのかいきなり顕れる聖書に対し、やはり美詞も気になっていたようだ。


「ああ、別に秘術という訳でもないので構いませんよ。これは“心象具現化装具(イマジナリィレリック)”と言う物で聖秘力の塊、物質としては実在はしていません。エクソシストは神と誓いを交わす際に、悪魔を討つための【杯】と【杭】が神より与えられます。【杯】は術の媒体、【杭】は悪魔を討つための武器と思っていただければ。【杯】の形は人それぞれで、装飾具等を模る方もいますがやはり馴染みのある聖書が多いですね。私も術の改変を組み込みやすいよう書物という形をとりました。基本悪魔を打倒するためのものなので、悪魔以外には効果がまったくないんですよ……日本で活動する私にとってそれは不都合だったんです」

「『あくま……異国の妖か。ならば我との戦闘で使うておった鎖も、そのあくまと呼ぶ者共のための武器か?』」

「ええ、それが【杭】になります。私の主な具現化装具は聖書を媒介にした鎖、汎用性があって使いやすいので愛用しています。対悪魔には絶大な効果を発揮しますがそれ以外ではさっぱり、特に人に対しては顕著で直接傷つけることができないためせいぜい拘束するぐらいしかできないのですよ」

「あ、でも神耶さん、あの忍者の人を鎖で斃してましたよね?それにあのチンピラの骨を外していたような」

「まぁ『直接』叩いたり貫いたりがダメなだけで抜け道はあるんです。忍の時は『拘束して地面に降ろした』だけ、“たまたま”その下に作った柱で背骨を折ったのが直接の死因です。あの天海という大学生は『逃げられないように強く縛って動けないようにちょっと引っ張った』だけ、それにより齎された結果が“たまたま”骨が外れたということ。詭弁でしょうがそういう曖昧な判定があるからこそ鎖を武器に選んだんです。これが剣とかならただの鈍器ですね」

「『ふむ……様々な術を行使するお主ならではということであるな。しかし武器を収納できるのは大きな強みじゃな』」

「ああ、なんでも収納できる訳じゃないんです。このナイフは正教会で聖別され“対悪魔装具(デモンベイン)”として聖別登録されているので聖書に納めることができてます。具現化装具とは違い、こちらはちゃんと実態のある金属製武器なんです。そういえば他にも数本太刀やら刀がありましたね、一本ぐらいデモンベインとして作り変えてもらうかなぁ」


 今ではお宝の山となってしまった元ガラクタ達、中には刀やら鉾やら曰く付きの武器も何点かある。

 美詞が発掘してきた霊刀と呼べる二振りは対妖用として強化すればかなりの一品になるだろう。

 他の霊刀等も聖言を彫り聖別化してもらえば対悪魔武器として使用できそうなことに目を付ける尚斗。

 彼は魔界門事件の際、己の武器が破壊されたことを教訓にし手元の武器や道具を切らさないよう心掛け拘るようになった

 一本ぐらいと言ったが予備の武器を大量に保管しておくのも悪くないかも、とひらめいてしまったのだ。


「おっと、ちょっと脱線しすぎちゃましたね。まぁなにもしないよりはマシ、ちょっと自分なりに刀術を見つめ直してみます」

「『なんなら我が見てやるぞ?これでも諸国を渡り歩いた際、乱世にて多くの剣士を見てきたでな。直接立ち会う事は叶わぬが助言程度ならできよう』」

「それは助かります、流石年の功ですね。あとは……」


 チラリと目に映る散乱した元呪術品達。


「片付けますか……」

「ふふ、そうですね」

「『ぬ、我も手伝うた方がよいかの……』」


 ストレス発散とばかりに羽目を外した八津波も申し訳なさが先だったのか、遠慮がちに申し出る姿に二人はくつくつと笑いを漏らした。

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