第118話

「へぇ……なるほどね。まぁ神の気の籠もった霊装って時点で国宝級なんだけどね……誤魔化しにはなるか。間に合わせ的には有効だろうが狙われないかい?」

「ふふふ……もちろん対策してますよ。台座には本人認証と力を隠すための認識阻害等の術式を刻んであります。まぁ……他人が触れないので落とし物注意ではあるんですが……はは」


 もちろんチェーン等が外れないよう強化措置も施しているし、失くしても見付けられるよう“失い物探し”のまじないも組み込んでいるためセキュリティはばっちりだった。

 ここまですると流石に過保護すぎるだろうとは思うが今回ばかりは物が物、他者の手に渡ることは避けなければならない。


「しかし根本的な解決はやはり必要だろうね、うーむ……静江殿がどうお考えかにもよるが、こちらからも出来る限り協力させてもらうよ。ああ、それともうひとつ」


 思い出したかのように付け加えてきた御堂の一言は明らかにわざとらしい。

 きっとあまり歓迎できない類の話になるだろうと構えたが……。


「実は科野屋の蔵に保管されていた“曰く付きの品々”なんだが……引き取ってもらえないかい?」

「……はい?」


 なかなかぶっ飛んだ話をぶっこんできた伸二に、なぜそうなるとばかりの疑問の声が漏れた。


「いやぁ、蔵にあっても管理しきれないから処分したいと先方から打診されたんだよ。呪いの品というのが既に確定してしまっているので売って処分というのができなくてね」


 曰く付きの呪術品はそれと分からず取引される分にはグレーゾーンであるのだが、今回の品々は既にすべて問題有と太鼓判が押されている物ばかり、売る事はできないどころか処分するのに莫大な金額がかかってしまうのだ。


「なら協会が引き取ったらいいじゃないですか。呪術品とはいえ封印措置もしっかりされてましたし、保管状態もバッチリなのでどこかに需要があるかもしれませんよ?」

「……あると思うかね?」

「……ないでしょうね」


 引き取り誰かに渡すとしても犯罪に使われてはたまったものじゃない、引き取るだけ問題のタネになってしまうし保管するためのランニングコストもバカにならない。


「だからってこっちに押し付けてこなくても……」

「君ならば適切に処理できるだろう?ほら、祓うことができればちゃんとした美術品になるんだから価値が出るじゃないか」

「……ほんとにそう思います?」

「……そんなには出ないだろうね……」


 これが有名な作者であれば美術品としての価値はグンッと上がるだろう。

 しかし儀式のために使い捨てのように使われていた品にそんな高価な物が混じっているとは思えない。

 せいぜい歴史的価値を認めてもらえる程度で、祓うための手間と時間を考えれば割に合わないと感じてしまう。


「できればお願いしたい……信用できる人間じゃないとこんなこと押し付け……ごほん、頼むことできないんだよ」

「……本音駄々洩れじゃないですか……はぁ……わかりました。貸し一つですからね?」

「ほんとうかい!?いやぁ、助かるよ。じゃぁここに送らせてもらったらいいかな?」

「ええ、上の階宛にお願いします。いつ頃発送の予定で?」

「明日には届くと思うよ」

「もう準備万端じゃねーーか!!……押し付ける気満々でしたね?……はぁ……もういいや……」



 こんな経緯があり、本日の午前中に大量の段ボールや木箱が届いたのであった。


「こりゃ安請け合いしましたかねぇ……」


 幸いにも箱から引っ張り出す作業は配達してくれた職員が手伝ってくれたのですぐ終わったが、並べられ積み重なった品は多種多様で玉石混交、そしてなにより量が多い。

 さっそくとばかりに身近にあった化粧箱に貼られた札を破り、中から出てきた漆で塗られた櫛を手にとると祓いの術式を展開する。

 隣では美詞が同じように香炉と思われる物に祝詞を唱えていた。


「……あれ?」


 思いのほか手ごたえがなく、きゅぽんっと気の抜けた音の後に穢れの気配が消えた櫛。


「神耶さん、これだいぶ穢れが弱まってません?やつはちゃんに吸われすぎちゃったのかなぁ……」


 そう、いざ祓ってみたはいいものの宿っていた穢れは言わば『残り滓』と呼べる程度のもの。

 美詞の言うように恐らく長年八津波に力が送られていたことにより、曰く付きとしての面目も保てないほどの状態になっていたのだろう。


「呪が弱まっているのは助かります。危険度が下がっただけ良しとしましょうか。もし手に負えないような物が出てきましたら言ってくださいね。まぁ美詞君なら私より浄化は専門ですから問題はないでしょうが」

「いい経験になりますよ?こんなにたくさん祓う事なんてないですから」

「なんだか申し訳ないですねぇ……」


 いくら力は弱いからと言って祓う事が楽な訳ではない。

 宿っている力の性質を読み解き呪いなのか、怨念によるものなのか、はたまたただ厄が集まっただけなのか等の理由によって適切な術を行使する必要があるからだ。

 『お祓い済み』と書かれたまだ空っぽの箱に、祓い終わったばかりの第一号を収めまたガラクタの山に目を移す。


「これ一日で終わらないなぁ。美詞君、のんびりやりましょ……」

「そうですね、たぶん霊力が持ちません」


 道場の一角に山積みされていることから、修行も当分は簡単なものしかできないだろうことにため息を漏らしそうになった。


 しばらく浄化作業に没頭していた二人であったがふと入口から八津波が器用にドアを開け二人の下へやってくる。

 先ほどまでテレビに齧り付いていたがお目当ての番組が終わったのだろうか。


「『ほぉ、なじみ深い力の匂いがすると思うたがなるほど、こやつらが我と繋がっておったのだな』」


 八津波からしてみれば今まで自分を苦しめていた物との感動のご対面である。


「ええ、でもほとんど力が残ってないかと。よくもまぁこれだけの物から力を受け取っていたものですね」

「『ああ、末端とは言え神を堕とすほどの力とならば呪物の量も必然的に増えるもの。むしろこの程度で自我を失おうてしまうとは我ながら情けないものよ』」


 とてとてと呪術品が積み重なった山へ歩み寄っていくと。


「『忌々しい無機物めが、こうじゃ!』」


 ― べしっ がらんごろごろ ―


 手前に目立つように置かれていた壺を前足ではたいた。

 そうなると必然的に壺は倒れごろごろと転がってしまう、高価な品ではないとはいえ美術品を粗雑に扱う八津波に尚斗が悲鳴を上げた。


「八津波ぁぁあ!?」


 しかし当の本人は聞く耳等ないかのように次々と呪術品をべしべしとはたいてまわり、思うがままに暴れ出した。


「『ふははは!ほれほれ悔しくれば動いてみぃ、できぬであろうがなぁ!我に大人しく祓われるだけとはさぞ無念よのぉ、ほれ!ほれ!』」


 八津波の呪術品に対する八つ当たりの中で気になる単語が出たことにより尚斗はピクリと制止しようとする手を止めた。

 “祓われる”?……目の前で暴虐を振るう獣をよく見てみると、叩きつける前足にほんわりと神気が宿っていることに気づいた。


「乱雑に暴れているようで祓っているのか?アレ」

「神耶さん……弾き飛ばされた物達、どれも壊れてないようですよ?ほら、あんな高くから落ちてきた瀬戸物が欠けもしてません」


 美詞の言うように八津波の前足により宙を舞った陶磁器が甲高い音を響かせることなく姿を保ったままごとりと床に落ちてきた。

 気になった尚斗が手近に転がって来た水晶玉を持ち上げてみると驚愕した。


「霊気を帯びている……まるで神気に近い清浄な力だ。いやいやいやマテ……もしかしてこれ全部霊具に転化されたとでも言うのか?」

「なっちゃってますねぇ……たぶん箱の中に入っている物とかもそうなんじゃないでしょうか……」

「この太刀なんて立派な霊刀になっちゃってますよ……どれだけの退魔師がこれを欲しがることか……」


 今も高笑いを上げながらべしべしと霊具を量産していく八津波の出鱈目具合に理解が追いつきそうもない二人。

 あんな廃棄物を捨てるように投げられて壊れない……納得だ、霊具ならばそんな衝撃で壊れることなんてないのだから。

 ふと、尚斗の足元に転がって来た物に気が付き手に取ってみる。


 それは蔵の中で最初に手にとったあの市松人形。

 霊障により伸びきり艶も消え失せたざんばら髪の不気味なあの人形が今や見る影もない。

 肩口で綺麗に切りそろえられキューティクルが復活し天使の輪まで見えるつやっつやの髪、顔も血の気が通った健康そうな様相でつぶらな瞳をこちらに向けてくる。

 この人形に宿った神聖な力は魔除けには最適な置物になること請け合いだろう。

 

「うわぁ……これはひどい」


 尚斗は見なかったことにして『御祓い済み』の箱の中にそっと置いた。

 ペンを手にとるときゅっきゅっと書き込み始める。

 御祓い済みの字に訂正線を入れた下には『取り扱い注意品』の文字が書き加えられた。

 

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