第116話

「神耶君、彼女は一体……?」


 見た目は明らかな一般人、身なりから見ても旅館関係者だということは分かるのだがそれが今回の一件とどう関わるのかが分からなかった伸二。


「彼女はこの科野屋の現女将であり、亡くなった先代主人の後妻にあたる方です。今回の件で先ほど鷹司と言い争いをしていたことから、恐らく共謀関係にあったか利用されていたかのどちらかかと。これから詳しい話を聞こうと思うのですが御堂さんもご一緒されますか?」

「……あぁわかった、この場は他の者に引き継ごう」

「ではすみませんが、彼女にどこか落ち着いて話ができる場がないか聞いておいていただけますか?」

「了解だ、君は?」

「ちょっとそこの蔵に忘れ物がありまして」


 そう言って蔵に向かって行った尚斗。

 残された伸二は良美の下へ行き声をかける……が、傍に惨殺現場を作り出した八津波が居たためだろう、かなりの怯えようである。


「ひっ……!」


 近寄っただけで今にも気を失いそうなほどの怖がりぶり。


「すみません、私神耶君の所属している組織の上司である御堂伸二と申します。この度の件で貴女に重要参考人としてお話をお伺いしたく……どちらか落ち着いてお話ができる場所はありますでしょうか?」


 明らかに警察が犯人等に向け掛けるその決まり文句に自分が疑われていることを感じ取った良美、八津波がここにいる時点で既に言い逃れができないことを悟ってしまった。


「……あ、わ……かりました。母屋がすぐそこなのでそちらでよろしければ……」


 その時蔵に「忘れ物」を取りに戻っていた尚斗が戻ってくる。


「おや、神耶君その「なんでその子がここにいるの!?」……女将?」


 伸二が尚斗に掛けた声に被せるようにして良美が尚斗に向け叫んだ。

 その発言内容からしてもう無関係者を装うのは不可能であろう。


「やはりこの女性の事をご存じなんですね。大丈夫ですよ、もう問題は解決済です。彼女は自由の身だ」


 問題は解決済という言葉を信じたのか自分が失言をしてしまったからかはわからないが、良美は何か言いたそうに口をもごもごするだけでそれ以上の追求ができない。


「で、どちらでお話を伺うことになったのですか?」



 母屋の『奥のでい』と呼ばれる客間、襖等はすべて開けられているので解放感があるが如何せん広い部屋の中心にポツンとある長い座卓のみというのが猶更広さを際立たせていた。

 尚斗らが泊まった客室のものよりも遥かに良質なそれはとても重厚感があり高級品なのが一目でわかる。

 人数分のお茶が入れられたグラスはアンバランスな配置となっていた。

 尚斗ら三人の向かいに座る良美の表情は優れず控え目に俯いた状態。


「さて、とても解放感のある部屋ではありますが防音の結界を張っておきましたので中からの音は外に漏れることはありません、ちゃんと……聞かせていただけますね?」


 もう観念したような様子でコクリと小さく頷いた良美が口を開こうとしたその時。


「義母さん!!」


 中からの声は外に漏れないが外からの声は逆に通す結界。 

 大きな声で部屋に乱入してきたのは先代主人が残した一粒種である浩史である。

 まぁ、凄惨な現場は結界を張っていたとはいえあれだけの騒ぎ、鷹司の連中が連れていかれる光景でも見てしまったのかもしれない。


「外のあれは一体な……ん……の……」


 良美を問いただそうとしていたその声も尚斗の背後に敷かれた布団の上で眠る、座敷童とされてしまった女性の姿を見付けると尻すぼみになっていった。


「そ、そんな……でも……似ている……まさか」


 尚斗にとっては聞き逃せない言葉が浩史の口から飛び出したのだ、彼は死んだ人間を見てしまったかのような驚きの表情で目を泳がせていた。


「おや、似ている?誰と似ているのでしょうか……浩史さん、あなたからも少々お話をお聞かせ願いますか?」


 事情徴収に更に一人追加されたのは言うまでもない。

 良美の隣に腰を下ろした浩史は尚斗らの方を向いているがチラチラとその後方で眠る女性に視線が行っているのは明らか。


「さて、まずは現在この旅館を襲っていた怪奇現象に関しましてですが、無事問題は解決しました。その上でお尋ねしたい、女将……あなたはこの件にどこまで関わっているのですか?」


 驚きの顔で良美の顔を覗く浩史、まさか良美が関係者だとは思ってなかったようであるが、その当の良美も浩史が乱入してしまったことで話しづらくなってしまったのかなかなか口を開こうとはしなかった。


「……はぁ……推測ではありますがある程度の事情は把握できております。私の口から話したほうがいいですか?」

「や、やめてっ!……わかりました……お話します」


 やっと観念したのかぽつりぽつりと当時の事を話し始めた良美。


 彼女が科野屋先代主人に拾われた理由はしっかり下心があっての事だった。

 恩で縛った絶対に裏切らない人間が欲しかったみたいで、彼女が最初に協力させられたことは地下の管理と監視。

 主人一人では管理しきれないことから、もう一人秘密を共有する協力者が欲しかったみたいだ。

 初めてあの部屋に連れてこられた時は驚いた、なんでこんな地下室に少女を監禁しているのかと。

 事情を尋ねてみると目の前で眠るのは座敷童、この旅館から出ていかないようにここに閉じ込めているとのことだった。


「なるほど……先代当主は家族には内緒にされてあなたを協力者に選んだのですね……ではこの少女がどういった経歴を持っているのかも聞かされていますか?」


 尚斗の質問にひとつ頷くと続きを話し出した。

 元々旅館に座敷童が住み着いていたみたいなのだが、旅館から離れていくのを恐れて監禁することを決断。

 鷹司家を頼り相談したところ、妖をそのままの状態で長いこと縛り付けるのは困難だという理由で人に座敷童を封じ込めて縛り付ける手法を提案された。

 その際に連れてこられたのが元孤児で身寄りのないこの少女だというのだ。

 彼女が寝ている内に因子を埋め込んだまではよかったのだが精神的な不安定さからなかなか因子が定着しなかったため、数カ月は旅館内で精神が安定するまで普通の生活を送らせていたとのことだ。


「やっぱり!彼女は伊澄(いすみ)なんだね!……でもなんで……彼女は僕と年が変わらなかったはずだ……」


 浩史とこの伊澄と呼ばれている女性は知り合い……まぁ、同じ旅館内で生活をしていれば必然的に年の近い子らは距離が近くなるのも不思議ではない。

 が、後ろで眠る伊澄は浩史と比べれば遥かに若い、とても年が近いようには見えないだろう。


「あぁ、それはある程度推測ができます。彼女は座敷童の因子を埋め込まれていたことによって言わば半妖怪という存在になっておりました。妖に時間の概念はありません、半妖となった彼女の時の流れが緩やかになるのはなんら不思議ではないでしょう。しかも封印されていたとなれば猶更……」


 妖怪という単語が重さを持ったのだろう、浩史の顔が青くなっていくのがわかった。


「そんな……では彼女はもう……妖怪として過ごさなければいけないのですか……?」

「いえ、あなたにとって朗報となるかはわかりませんが既に彼女から座敷童の因子は取り除いております。妖となることはありません」

「そ、それじゃ!」

「いえ……正直この先どう転ぶかわからないのです……あまりないケースなので。彼女が人として正常な時を刻みだすのか……それとも何かしらの弊害が残るのか……少なくとも今後は定期的に検査する必要がありますね」


 尚斗の言葉に身を乗り出していた浩史の力が抜けへたり込んでしまう……心ここにあらずといった様子で俯いた浩史の口からブツブツと言葉が漏れているが、今は事情を聞くのが優先として良美に話の続きを促す。


 問題が起きたのは良美が彼女を監視しだしてかなりの年が過ぎた頃、うまく行っていたと思われた座敷童の封印に綻びが見えだした。

 彼女の身から黒いよくない力が漏れ出し始めたのだ。

 真っ先にその被害にあったのが先代主人の奥方、浩史の実の母である……病気と言っていたが実際は座敷童の呪いにも近い怨嗟の念を浴び亡くなった。

 事の重さに慌てた主人はまた鷹司家を頼り解決を試みる。

 それが八津波……山神を座敷童の怨念を引き受ける収獲器として利用したのである。

 鷹司は山神を怨念や邪念に馴染みやすくするという理由で“曰く付き”の収集もさせたみたいだが、それは主人にも知らされていなかった鷹司の陰謀であった。

 鷹司は鷹司で八津波を使役するための布石を打っていたのだ。

 そして遂には山神自身もその力を吸収しすぎて呪いの力が漏れ出し、主人もまたその呪いの犠牲となりこの世を去った……まさに因果応報で幕を閉じたのだ。

 そこで終わればよかったのだが呪いの力は収まることを知らず、その他の人間にまで害を及ぼす様になり再度鷹司を頼ったのは跡を継いだ良美。


「では女将は鷹司の陰謀はご存じではなかったのですね?」

「はい……もう座敷童なんてどうでもいいのでとにかくすべて祓ってほしいと助けを求めたのです。そしてそれに応じていただけたはずだったのですが……彼らには山神様を回収するという目的が……私達は彼らの実験場にされていたみたいです」

「それであのように“話が違う”と言い争っていたのですね」


 良美は実際のところこの件で何も悪事に手を染めてはいない、鷹司からも……そして先代主人からもいいように使われていただけ、しかし内情を知りつつもなにもせず加担していたのも事実。


「ごめんなさい……この旅館を……家族を守るためにはどうしても言い出せなかった……」


 さめざめと涙を流しながら嗚咽を上げだし話はそれで幕を閉じることとなった。

 この後良美は協会に連行され再度詳しい事情徴収を受けることになり、罪を償うべきと判断されればそのままこの旅館に戻ってこれなくなるであろう。

 なにも事情を知らない彼女の息子ら家族に心配そうに見送られる良美の後ろ姿が、やけに寂しそうなのが印象に残った。

 これからこの科野屋が生き残っていくには大変な試練となる、それを乗り越えられるかは息子達のがんばり次第、できれば長く続く居心地のよかったこの老舗宿がなくならないでいてくれることを願わずには入れない尚斗と美詞であった。




 尚斗らには宿を後にする前にやっておきたいことがあった。

 翌日山の頂上付近、未だ傷跡が残る八津波の社の前で二人は手を合わせていた。


「『ここで何をしようとも既に無駄であるぞ?我の加護はないでな。なのに律儀に祈りを捧げるとは……』」


 あたり一帯を紙垂を垂らした注連縄で囲い浄化の儀式を行った二人が顔を上げ八津波に向き直った。


「いいんですよ、半分は聖域を悪霊等に荒らされないようにするための措置ですから」

「聖域保護の結界ですからね、いくら間借りしてただけとは言ってもやつはちゃんが守ってきた山なんだから悪霊の溜まり場になっても嫌でしょ?」 


 ここに到着する前に八津波から聞かされていたことがある。

 実はこのお犬様、厳密にはここの山神ではないと言うのだ。

 狩猟と豊穣の神の末席とは聞いていたが、ここで生まれたのではなく放浪中にこの地にてとある子供と出会ったのが切欠であった。

 村は干ばつと飢饉によりその日を超すのも困難な状態、そんな折に八津波のことを認識できた子供が助けを求め縋ってきたのだと言う。

 お人好しのこのお犬様は村の豊穣と安寧のため自らをこの山に括りつけ、この地に祝福を与えてきたのだそうだ。

 聞いた時には驚いたが言われてみれば納得も行く、そもそも純粋な山神ならば御神体は勾玉ではなくこの山自体になるのだから。

八津波が勾玉を「分け身」と言っていたのもそういう事だったのだろう。

 立地柄と力がそこまで高くなかったことであまり豊作とまではならなかったが、それでも暮らしていけるだけの糧を得るに至った村の者達から信仰され崇め奉られた……しかし時代と共に村は消え、八津波のことも忘れ去られ……ただ弱っていくだけの所に今回の事件だ、この神もなかなかに波乱万丈な神生じんせいだったようだ。

 

「『ほぉ、そのようなものか……まぁ確かにそうであるな。では残りの半分はなんとする?』」


 踵を返し下山するために歩き出した二人、それに追いつくように並んだ八津波が二人の歩調に合わせ付き従う。


「そんなの決まってるじゃないですか、ただの自己満足ですよ」

「はい、ただの気持ちです!」 

「『……くくく……ふはは!そうであるな……うむ、納得した』」


 旅は道連れ世は情け……数日前は二人分であった足跡も帰りには一匹分増えることに。

 思いがけない出会い、しかしあそこで別れの道へ進まずよかったと感じ始めている八津波、このお人よしの二人の傍は思いのほか居心地がいい。


「『尚斗よ、いつの日や共に京へ連れて行け。旅へ参ろうぞ』」

「ふふ、やつはちゃんそんなに京都が好きなんですか?神耶さん、私も行きたいです!」

「そうだね……色んなところに行こうか。ペット可のホテル探さないとなぁ」


 人の世が大好きな元神様のおかげで帰りの車の中は更に賑やかになることだろう。



― 第七章 完 ―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る