第114話

 気配が蔵の方向からするとのことで蔵側の出口へと向かった一行。

 蔵の隠し扉を潜り蔵の中に到着すると、なにやら外から言い争うような会話が聞こえてきた。


「話が違います!私達を助けていただけると言うのでご協力しましたのに、神耶さん達を亡き者にしようだなんて!」


 実に興味深い内容だ、しかもこの内容を語っているのが女将の声なのだから猶更。


「ふんっ!そのような約束事を交わした覚えはないな。おまえら葛城家のことなぞどうなろうと知らん!」

「そんなっ!騙したんですねっ!?」

「騙したとは人聞きの悪い。利害が一致していたので助けてやってたのだろうが。だが我等の目的はあくまであの獣よ、その後あの座敷童の出来損ないがどうなろうと知ったことではない」


 もう一人の声は恐らく今回の首謀者、会話の内容からして……まぁただの仲間割れだな。

 というよりも良美の方はいいように使われていたクチか。

 やはり今回の件は裏で方位家と繋がっていたか……演技力がすさまじいなと、すっかり騙されたことに反省する尚斗。

 獣の件や座敷童の件も知っているとなると、良美は先代主人と共謀していた節まで出てきた。


 八津波と背に背負っていた女性を一旦蔵の中に待機させ、蔵の扉から外に二人だけで出た尚斗と美詞。

 久方ぶりとまでは言わないが地下での戦闘が長かったためにやっと吸えた外気に浸る間もなく、目の前には複数の人間が待ち構えていた。

 外はすっかり夜が支配する時間帯となっていたが、わざわざ投光器なんてものを持ち出してきているあたり準備がいい。 

 ほとんどの者がスーツや野戦服等、現代の服に身を包んでいるが中には狩衣を纏った本格的な術者も見受けられる。

 その中心には良美と対面していることから先ほどの会話の主、護衛に守られるかのようにスーツ姿の小太りな中年がこちらを見下し蔑む視線を送っていた。

 いや、蔑む視線は彼だけではない、周りの人間すべての目には同様の色が含まれているようだ。

 互いが対峙する中、機先を制したのは尚斗の口。


「これはこれは。このような場所にぞろぞろと雁首揃えて一体何の用です?見た目最悪ですよ?一人の女性を複数の男が取り囲む図なんて」


 その言葉に真っ先に反応したのは護衛の一人、「貴様無礼だぞ!」と声を荒らげるのを片手で制した小太りの男が尚斗に声をかけてきた。


「貴様が神耶家の出来損ないか。貴様がここに居るということは奴はしくじったのだな……これだから忍は信用ならん。言え、あの獣はどうなった?」

「とても人に物を尋ねる態度ではありませんねぇ、まさか会話の仕方も習ってこなかったのですか?私の命を狙った人間に対して素直に答えると思ったのであれば相当おめでたい頭をしてらっしゃる」


 途端に周りの男達から殺気が膨れ上がり、ぴりぴりした空気が支配する。

 が、尚斗からしてみればそよ風程度の空気同然、それだけでここに集まった人間の程度が知れるというもの。

 一言で言えばそう、“たいしたことない雑魚”……八津波が実力者は既に潰したと言っていたのは事実のようだ。


「報告の通りだな、人を煽るのを好むだけの小僧なぞに付き合うな。で?まだ私の質問に答えてないぞ、獣はどうした」

「……その前に質問です。あなたはあの獣を……いや、山神をどうするつもりだったのですか?あんな醜悪な装置まで用いて……」

「……ふむ、質問を質問で返す貴様に教えてやるのも癪だがよかろう。偏に調伏し使役するためよ。貴様も知っての通り近年では使役できる妖の数は減り、質は落ちつつある。よしんば使役したとしても言うことを聞かん粗忽ものばかり。生きている価値もない人外共を有意義に使ってやろうと言うのに嘆かわしいものだ。そのため楽に調伏できるよう自我を消してやったのよ。見たであろう?神ですら我等の秘奥をもってすればただの犬畜生だ」

「愚かな……数が減った訳でも質が落ちた訳でもないさ。むしろその逆、退魔師の質が落ちたんだ、要はあんたらの実力が伴ってないだけだよ。言うことを聞かないのもあんたらの力が足りないのと信頼関係が結べていないだけだ。それなのに神を無理やり調伏しようとはなんて畏れ知らず……いくら人の思いにより生まれた自然神とは言えその力は本物、我ら人が御すことのできる存在ではないことがなぜわからない。討伐対象以外の神を害する行為は特級禁則事項だぞ」

「そのようなもの後付けでどうとでもなる、そのために善悪がつかぬほどに堕としてやったのだからな。その様子だと獣に負けおめおめと逃げ出してきおったか、やはり使えなかったな神耶よ」


 尚斗がなかなか切り出さないのと神に対して畏れを抱いていることに対して誤った考えに至ったようだ。

そう思うのも仕方がないだろう、尚斗も美詞も見た目がボロボロ……衣服は破れ、血で濡れているのだから。


「期待を裏切るようで悪いが山神は討伐させてもらった。既に堕ちて悪神となり人に害成す存在となってしまったんでな」

「……小僧、適当なことを抜かしておるとその命ないぞ?」

「嘘だとでも?理性と知性を失った相手ならやりようはあるさ。神が相手であるのは調べで分かっていたのでね、万端の準備で臨むことが出来たよ。まぁあんたらはそのために暗部を送ってきたのだろう?私が神にやられればそれでよし、逆に斃そうとすれば邪魔立てし始末する。あんな気配すらろくに隠せない忍を送ってくるとはよほど人材不足と見えるな“鷹司”は」


 これまでの話から推測で暗部の役割を当てて見せたがどうやら図星であったらしい、苦虫をワンダースも噛み締めたようなしかめっ面になると烈火の如く口火を切った。


「チッ!貴様分かっておるのか!!私がアレのためにどれだけの人材と資金をつぎ込み時間をかけてきたと思っている!?貴様はそれを無に帰したのだぞ!?この鷹司家を愚弄しおって、貴様生きて帰れると思うなよ!?」


「残念だったな、貴様らこそタダで終わると思うな?目的は知れたしもういいよ八津波」


 鷹司家臣の術者達が当主の激昂を合図に戦闘態勢に入ったが、それに水を差すように尚斗の前に何者かが軽やかに音もなく空から降りてきた。 

 真っ白な狼のような威圧感あるその姿に見覚えのある者、そうでない者との差で反応は顕著に分かれる。

 見覚えのある者は足が次第にガクガクと震え出し、自然と後ずさり始めるほどに恐怖していた。


「なっ!?!?!?」


 そしてその中でも一番顕著なのは先ほどまで唾を撒き散らしながら吠えていた鷹司家現当主である鷹司信達(たかつかさ のぶたつ)。

 彼は大きく目を見開き口をぱくぱくとしながら声にもならない様子。


「『なかなかに滑稽な話を聞かせてもろうた。我を使役したいとな?ならばそうと素直に首を垂れてくればよいものを。まぁ無論返答は否であるが。だれが貴様らのような兇賊に降るか痴れ者が!』」


 語気を荒げた八津波から神威があふれ出し鷹司の者達にその圧が襲い掛かる。

 まともにそのプレッシャーを受けた者達は力の弱い者から白目をむき膝から崩れ落ち失禁し倒れた。

 それでもまだ半分の20人ほどが意識を辛うじて繋いでいるが、その者達ですらまともに対峙できるだけの気概は残ってはいないように思える。

 

「か、神耶あああああああ!貴様、私を図ったなぁぁああああ!?」


 術者としては未熟も未熟、これが現当主とは情けないと思えるほどに力を感じない信達が大きな叫びを上げることができたのは神威に対して相当鈍感だからなのだろう。


「『黙れ下郎が!噛み殺してやろうか!』」


 流石に八津波から直接脅され強制的に口を閉ざされてしまった信達。

 先ほどまで仏のような温厚さを見せていた八津波、人を守り人の世の美しさを理解し、人の悪事を子供が起こしたイタズラだと気にもしてなかったあの八津波でも信達の言い分は怒りを誘発するに十分な起爆剤になったような反応。

 

「『我を縛り付けたことで増長しおったか?貴様ら術者共を悉く屠ってやった恐怖も忘失したと見える、ならば再度……』」


 牙を剥きだしの顔が更に威圧感を増したように嗤うと


「『喰い散らかしてやろう』」


 お腹に響く低い声で発せられたその一言を残し、八津波の姿がその場から掻き消えた。


「ぎゃぁっ!」「うげぇっ!」「ぶはぁ!」


 八津波の姿を見失った鷹司の者達、たちまち集団の中から次々と悲鳴を上げながら至る所で血しぶきが舞い上がり始める。


「な、なんだ!?攻撃されているのか!?」

「そっちだ!今見えたぞぶふぅっ!」

「あぁ!一緒だ、あの時とまったく一緒だぁぁたすけてぐげぇぇっ!」


 八津波の動きを真面に追える者はいないのだろう、術で動体視力や反応を強化してやっと追えるかどうか。

 しかもこの暗い中いくら光源があるとは言え視界は悪くなる、二線、三線級の術者しか残っていない鷹司の兵士達には荷が勝ちすぎるというものだ。

 なにが起こっているのかも理解できないまま、一人また一人と血を噴き上げながら倒れていく仲間に集団は恐慌状態となり更に被害は広がっていく。

 一分にも満たない時間の内に齎した惨劇は死屍累々たる阿鼻叫喚の一言、地獄のような光景を残し八津波は元の位置へ戻って来た。


「あ……あっ、あぁ……なんてことだ……」


 周囲を見渡せば立っている者は自分以外にだれもいない状態、更には全員が何かしらの傷を負い悉く血にまみれ倒れ伏している。

 ほとんどの者が息をしておらず、わずかに残った生きた者も動けずうめき声をあげるのみ。

 絶望という言葉しか思い浮かばない信達の体から力が抜け情けなく尻もちをついてしまった。

 ひたりひたりと自分に向け歩いてくる白い絶望の化身。

 そう、真っ白……八津波は返り血さえ浴びていないことに隔絶した力の差を思い知らされた信達。

 気が付けば信達は脳の命令系統があやふやになった手足をじたばたと動かし逃げようともがくだけ。

 だが彼の絶望はまだ始まったばかり、後は転げ落ちるだけの絶望が手ぐすねを引き待っていた。

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