第112話
思うように力が入らない身に無理やり喝を入れ立ち上がった尚斗。
「くっ……」
ふらつく体を慌てて美詞が支えたが、まだ立ち眩みがするのだろうか額に手を当て目の奥の鈍い痛みに耐えているようである。
「大丈夫ですか神耶さん?あまり無理をされないほうが……」
「いや、大丈夫だよ美詞君。だいぶ血を流してしまったみたいだ。すまないが彼女の下へ……」
尚斗の希望通り歩き出す尚斗の腕を持ち、ふらつく体を支えながら横たわる女性の下へゆっくり歩を進めた。
「あの黄金の玉は座敷童を呼び込むためのまじないだと聞いたことがある。それを儀式具として結界の要にして、彼女をこの地に縛ったのかもしれない……。座敷童の有名な話として、かの妖が去った家には災いが起こると言われているが……去らないよう無理やり閉じ込めていたと考えられるかな……」
「そんな!?神様がおっしゃった『欲』ってそういうっ……!」
「あぁ……、切欠はわからない……たまたま居ついたか無理やり連れてきたか……しかし、いつか離れ繁盛する家が没落していくという恐怖に怯えて……幸運が逃げぬよう座敷童を縛っていつまでも幸運が続くようにした……かな?」
「『おそらくそうであろうな……欲はいつの世も人を狂わす……』」
座敷童の下へたどり着いた二人がしゃがみ込み、彼女の状態を観察し出すと獣もいつの間にか二人の傍で見守っていた。
「でも神耶さん、座敷童って童女の姿を……容姿が違うというのはそういうことですか?」
「こんな成長した姿の座敷童等見たことがありません……神様、彼女が作られた存在と言っておりましたが……」
「『あぁ、調べればおのずとわかる……この者は元が人の身であることがな。どうやったかは知らんが、座敷童の因子を埋め込まれておるのだ。いつからここに居るかはわからんが、我はこの者が目覚めた姿をまだ一度も目にしておらん……』
獣の説明を聞き美詞が苦痛から表情を歪める、今にも泣き出しそうな顔に気づいた尚斗がそっと美詞の手を握った。
人の身でありながら生贄のために邪法の力を埋め込まれた美詞、この目の前で眠る女性と重なる所があり同情の念を禁じ得なかったのだろうか。
「この子は……人間だったのですか?……無理やり妖にされて……ずっとこんなところで閉じ込められて……人の欲望を満たすためだけに……」
つーっと一筋、頬を流れる涙が顎を伝っていく。
横から伸びた尚斗の手が美詞の涙を拭うと、感情が抑えきれなくなり尚斗の肩に顔をうずめてしまった。
「『我がここに縛られたのが二年も前。その時にはこの者は既に負の念を纏い出しておった……我は漏れ出すその念を受け止める器として使われたのだ。まぁ……それだけではなかったようであるがな……』」
「はい、あの怨嗟を溜め込んだ呪具の数々……御身を穢し堕としめること自体に目的があったかと思われます。御身を此処に縛った者達のことはお分かりになりますか?」
「『知らぬ……が、陰陽師であった事だけは覚えておる。ここ最近も奴らが訪れ穢れた我に返り討ちに遭っておったわ』」
「読めてきたな……その者達の目的は堕ちた御身の存在、しかし自分達では御すことが叶わなかったため私を当て力を削ぎたかったと……そうなると次の目的は……っ!」
尚斗がそこまで口に出したところで美詞の身を片手で抱き留め、もう一方の手を勢いよく後ろに降りぬいた。
― キンッ! ……カランッ ―
尚斗の手に持つ警棒となにかの金属がぶつかった音が辺りに鳴り響く。
「やはり来たか……出て来いよ。見届け人の暗殺者さんよぉ」
尚斗の挑発に部屋の入口付近、暗がりの中からぬっと姿を現わした黒ずくめの人間。
手には黒塗りされた短刀が握られており明らかに敵意丸出しの様子。
「で?おまえらの目論見通りになったのかい?俺を殺そうとしたんだ、たぶん失敗なんだろうなぁ。俺らが神に斃されるのを想定してたんでおまえが直々に手を下しにきたってところか?」
「……」
尚斗の問いかけにも一切口を開かず佇む黒ずくめ。
しかしその返答は言葉ではなく手に持つ短刀が消えることでなされた。
― キンッ! ―
またもや投擲された刃物を弾き返す尚斗、美詞には黒ずくめから投げられた一瞬の攻撃を認識できなかったが、尚斗は思い通りに動かない体でも難なく対応してみせている。
「だんまりかい?まぁいいよ……その投擲術には見覚えがある、霧隠を継ぐ流派だったな?かの方位家に仕える暗部が来たとなると、今回の犯人がだれかってバラしてるようなものなのだが?」
その言葉には見逃す事のできない内容が含まれていたのだろうか、黒ずくめが身を低くし尚斗に向かい走って来た。
それに対処するため尚斗は素早く印を結ぶと拘束術を展開する。
「拘束せしめよ【縛】!」
尚斗のその行動は読んでいたのかジグザグに移動することで躱してみせた黒ずくめが、再度取り出した短刀を握りしめ尚斗に向け跳躍し躍りかかった。
「……修練が足りんな」
一瞬で生み出された幾条もの聖鎖が素早く黒ずくめを拘束し空中に縫い留め。
「土気招来 急急如律令」
地面に生やした石柱に向け振り落とした。
― ベキッゴギャゴギィ ―
背中から速度を乗せ落とされたその体はくの字に折り曲げられ、断末魔を上げる暇もなくあっけなくただの骸となる。
しっかり美詞の目を手で覆い、凄惨な光景を見せないようにするところは尚斗の過保護なところであろう。
「『ほぉ、鮮やかなものよ。しかしよかったのか?貴重な情報源ではなかったか?』」
「いえ、大体の見当はつきました。むしろ美詞君の力のことが漏れていては困りますので……しかし死人が出たとなると旅館で騒ぎになるな……地下は封印して協会の人間を手配しなければ……」
「『ふむ……そなたも微妙な立ち位置にいるのだな。人の柵とやらは理解しがたい……』
「ええ……同意見です。邪魔が入りましたがこの女性をどうしたらよろしいのでしょうか?」
「『外に連れ出してくれ。巫女娘の力により縛っておった祭壇は朽ち、この者の軛も解き放たれた。このような場所に置いておけば、またよからぬ謀に使われるであろう』」
確かに獣が言うことも尤もだ、せっかく解放されたと言うのに放置してはまた今回の首謀者共の餌食になってしまうだろう。
まぁ尚斗はその首謀者共をそのままにしておくつもりはないのだが……それでもこの子のことを見て見ぬふりは出来ぬと思ったのも確か、それと尚斗にはどうにかできるだけの当てもあった。
「わかりました、ではこの女性に埋め込まれた因子とやらをどうにかしてみましょうか」
「『む?可能か?』」
「まぁ診てみないとわかりませんが、無理やり埋め込まれたということでしたらおそらく可能だと思います」
横向きに倒れたその体を仰向きに直してあげ霊波診断を開始した尚斗。
霊波に異物が引っかかったのか探査していた手の動きが止まった。
左手に聖書を出し、一人でに捲れてゆくページがピタリと止まると細い鎖が姿を現わす。
それはかつて悪魔の頭を貫いた十字架のようなものが先端に飾られており、なにかに反応したのか横たわる女性の心臓付近を目掛け突き進んでいった。
不思議なことに水面に沈んでいくようにとぷりと傷あとも残さず皮膚を通過する鎖。
そしてまるで手釣りで釣り上げるように鎖を引っ張り上げたその先には虹色に輝く玉が刺さっている。
あまりにも早い手並みであった、僅か数十秒の内に原因と思われる物を摘出し、しかも女性の体には傷跡ひとつない完璧なオペ。
「『なんと……異国の業か?』」
「ええ、数個の異国の業を掛け合わせております。キリシタンの業が主となりますね」
「『ほぉ……陰陽師かと思うておったがそなたは伴天連であったか』」
「はは、どちらも正解ですよ。……座敷童の核……後程しっかり浄化してあげましょう」
人の手により無理やり歪められた核は相当な怨念を溜め込んでいることだろう。
あとで儀式によりしっかりと浄化した後祓ってあげねばならないと、一旦聖書の中に封印することにした。
「妖の因子を植えられた存在……どういった反動があるかわかりませんが、少なくとも人の生をまた歩めるようになることを願うばかりです」
「『うむ、我が願い以上の結果であるな。これで我も心置きなく逝けるわ、そなたらには苦労をかけるが後は頼むぞ?』」
もう悔いはないとばかりに別れを告げようとする獣に尚斗が待ったをかけた。
「神様は……これからどうなさるのですか?」
「『……そうよな、この地にて朽ちるもよいかと思うたが……我は一時諸国を渡っておった。この身がもつかは分からぬが往生際の時分には京に戻り身を埋めるのもまた一興か……』」
獣の声に力がない……先が長く無い事に愁い思いを馳せているのかもしれない。
二人も今まで人を愛し見守ってきた目の前の獣に対し思うところがあるのか表情が優れなかった。
暗く重たくなった空気の中、美詞が意を決したように表情を堅め尚斗に向かって口を開いた。
「神耶さん……!」
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