第109話

「美詞君!!」


 倒れた美詞に間髪入れずに追撃を入れるべく動き出した幹に対抗すべく、尚斗が美詞に向け遠隔の結界を素早くかける……が略式起動と遠隔起動といった制限下なため強固な結界が張れず一撃の下粉々にされてしまった。


 尚斗自身も残り三本の槍による猛攻に耐えていたが、倒れた美詞の助けに入るため更に自身に韋駄天の真言を降ろす。

 三重起動の強化により一時的に三本の槍をはじき返し隙を作った尚斗は、強化された脚力で美詞の窮地に駆けつけるべく走りだした。

 人の身で降ろすには過剰となってしまった強化により筋がぶちぶちと切れていくのにも構わず、間一髪のところで美詞と槍との間に潜り込めた尚斗。


「くぅっ……っ!なんっ……とかっ……美詞君!無事か!?」


 尚斗にかけられた声により一瞬飛ばしていた意識が戻り目を開いた美詞。


「あ……ぅっ……か……みやさん?」


 ぼやけていた視界が戻ってくる中で見えてきたのは自分の前に見える尚斗の背中。

 

 そして


 その背中から生えた“あってはならないもの”


「あ……あぁ……そ……んな……」


 尚斗の背中から生えた“槍”の先端から赤い液体が滴り落ちている。

 美詞を救うため尚斗が負った代償は小さくなかった。


「落ち着け!致命傷は受けてない!肩をやられただけだ、問題ない!」


 よく見れば貫かれているのは左肩に近い場所、いなすことが無理だと悟った尚斗が急所や臓器を避け辛うじて負傷箇所を絞った成果でもあった。

 しかし先端だけ見ても人の腕ほどの太さのある槍が貫いたのだ、出血は多く、骨も砕け既に尚斗の左手は使い物にならないことが確定してしまう。

 部屋の中心でその光景を見ていた獣の表情が歪んだように見えた。

 「やっと一匹しとめることができる」とでも思っているのだろうか、今まで絶え間なく猛攻を仕掛けていた樹木達も獣の傍でゆらりゆらりと待機させ余裕を見せている。


「わ、わたしのせいで……かみやさんが」

「気にしなくていい!今は忘れるんだ!それより君は無事か!?」


「あ……は……はぃ、大丈夫です……」

「ならいい、気をしっかり持て!まだ戦いは終わってないぞ!」


 こんなことになってもまだ尚斗は諦めていない。

 今も傷口からどくどくと流れる血により衣服がどす黒く染められる中でも。

 だらんとぶら下がった左手が例え使い物にならなかろうと。

 美詞を助けるため無理をさせた足がボロボロになっていようと。 

 心拍の度にズキズキと痛む中でも獣を睨みつける目はまだ勝つための活路を探している。

 

「美詞君、自身への強化は絶やさないように……衝撃だけならばなんとかなるだろう。私のことは気にしないで自分を守るために結界を複数待機させておきなさい」

「でも……そうなると援護が減ります……」


 ただでさえ手数が足りない中で片手が動かないのだ、今同時に攻撃されてしまえばすぐに対処ができなくなるのは目に見えている。

 しかしそんなことは尚斗自身が一番よく理解している、服の裾を破り左手から警棒が零れ落ちないようしっかり結びつけると、今度は聖書を顕現させた。

 胸の前に浮かぶ聖書から光を纏った鎖が飛び出すと尚斗の動かなくなった腕に巻き付きだしたのだ。

 聖書自体は役目を終えたとばかりに姿を消したが鎖は尚斗の腕に巻き付いたまま……するとどうだろうか、とても動かせる状態ではない腕がぎこちない動きではあるが持ち上がったではないか。

 

「腕……大丈夫なのですか?」

「聖鎖で無理やり動かしているだけだよ、なかなか操作が難しいね……さて、あちらも待ちくたびれたみたいだ、待ってくれてたなんて優しいじゃないか……くるよっ!」


 準備はできたか?とばかりに口角が上がった獣の表情は本当に知性を失っているのか疑うほどに人間臭い。

 待っていた獣がまた攻撃を再開させるのか樹木の先端が尚斗達に狙いを定めた。


 地を這うように疾走する樹木達が尚斗の手前で跳ね上がり貫かんと殺到する。

 一本目を身を捩ることで避け、二本目を右手でいなす、三本目を更に体を回転させ右手でいなし、ほぼ同時に襲ってきた四本目を辛うじて無理やり動かした左手で弾いた。


 しっかり対処をしているように見えるが細い糸の上で綱渡りをしているようなもの、忘れてはいけないが尚斗は既に三重の強化を自身に施している。

 ひとつひとつの攻撃を捌く対価として文字通り体を犠牲にしていた。

 そして四本の槍は尚斗だけではなく思い出したかのように美詞にも攻撃を加えていく。

 頻度は少ないが美詞にそれらを捌けるだけの技量がない、そして先ほど食らった攻撃のせいで手に持つ神楽鈴は半ばからシャフトがひん曲がり、鈴も半分ほど潰れ攻撃に対する盾にすら使えないほどに破壊されている。

 待機させていた略式結界を展開し防ぎ壊され、また新しい結界を待機させとギリギリのところで防いでいる状態であった。 

 美詞はまだ襲ってくる頻度が少なく自分の防御に徹しているためなんとかなっているが、尚斗はいつまでもそんな綱渡りが続くわけもなく……


 ― ブシッ ―


 ひとつ、またひとつと槍が体を掠め傷を量産していった。

 明らかに弄んでいるのだろう獣の攻撃は、ゆっくりじっくりと尚斗をボロボロに壊していく。 

 その姿に尚斗の背で守られていた美詞が、目を背けたくなるほどにハラハラさせられ今にも泣きそうな表情を浮かべている。 

 いつも守られている……いつも力になりきれない……相棒と呼ぶには烏滸がましい現状に胸が締め付けられる思いであった。

 せめて足手まといにはなりたくない!と意気込んだところで自分自身を守ることすら覚束ないもどかしさ、目の前で大切な人が傷ついているのになにもできない不甲斐なさ、美詞の頭の中は力のない自分に対する自責の念を焦がしていた。


 だからだろうか……

 次の一手に反応ができなかったのは……

 いや、無理もない、こんな初見殺しを見切ることなどできるようなものじゃない。


「美詞君!!」


 獣が樹木の槍を引っ込め口を大きく開けたところで、なにかがくると悟った尚斗が棒立ちになっている美詞に飛びつき美詞の身を抱えたまま倒れ込んだ。


 ― バツンッ ―


 倒れ込む瞬間なにかが聞こえたような気がしたが衝撃により視界が激しく揺れ、目の焦点が戻った時なにかが地面に落ちた音が耳に入り、その音に釣られその発生源に目をやる美詞……視界に入った光景に頭が真っ白になった。


 なぜか離れたところに尚斗の腕が落ちている。

 なんでそんな離れたところにあるのだろう。

 尚斗は今、目の前で自分を抱きかかえているというのに。


 密着する尚斗の体に自然と目が行く。

 顔……右肩……上腕……肘………あれ………前腕は?……血?……



「……あ…いやっ……いやああああああぁぁぁあ!!!」


 美詞を何らかの攻撃から庇った尚斗の右腕が肘から先を失っていた。

 そこにあるのは痛々しいまでに接続先を失い血が噴き出る傷跡。

 パニックに陥った美詞であるが、本能が突き動かしたのかすぐさま両手で尚斗の右上腕を締め付け命が漏れ出さないようぎゅっと力を込めた。


「だめ!お願い!おにいちゃんっ!!おにいちゃん!!」


 美詞は目からとめどなく流れ出す涙をぬぐうことなく必死に血まみれとなってしまった手で尚斗の出血を抑えている。

 ほんの少し冷静になれたのか、自分が止血用の道具を持っていることに気づき慌てて腰から下げた止血帯を取り出した。

 上腕にベルトを巻きつけ、ベルトについた棒をまわし圧着させ固定すると腕から流れてくる出血量が減ってきたことに少なからず安堵できた。

 尚斗をこんな姿にした下手人を睨みつけると、どことなく得意げな顔で獲物を仕留めた喜びからか感傷に浸り余裕を見せ攻撃の手を止めこちらを眺めている獣の姿があった。 


「くっ……!」

「おにいちゃん!?おにいちゃん!!」

「……聞こえてるよ美詞ちゃん……大丈夫だったかい?」

「私なんかっ……よりっ……!おにいちゃんの腕がっ!!!」


 目の前でぼろぼろと涙をこぼす美詞の言葉で自らの状態に気づいたのだろう、尚斗が右手を確認すると力なく苦笑した。


「あぁ……しくったなぁ……まぁ、君が無事なら安いもんだよ……手当ありがとう……」


 身体へのダメージが限界なのか出血量が多すぎたのか、尚斗の声に力がない。


「お願いっおにいちゃん、私をおいてかないでっ!!しなないでっ!!」

「大丈夫さ……こんなんでくたばったりしないよ……それよりも……美詞ちゃんにお願いがある」

「遺言なんていやだよ!?もうしゃべらなくていいからっ!」

「はは……大げさだなぁ、だから勝手に殺さないでくれ。ちょっと血を流しすぎただけさ……お願いというのはね……これのこと」


 尚斗が残った左手を美詞の手に重ね何かを受け渡してくる。

 美詞が手のひらを開くとそこには禍々しい念を放っている勾玉が握られていた。


「こ……れって……」

「しー……まだ奴は、気づいてない。さっきの言葉を覚えて、いるかな?これに美詞ちゃんの神力を、目一杯流して浄化してほしい……できるかい?」


 尚斗はチャンスを待っていた、獣の警戒心が最大限に薄れる瞬間を。

 獣が大技を繰り出すタイミングを見計らい、美詞を助けると同時に左手に巻き付けていた鎖を伸ばし祭壇から勾玉をくすねていたのだ。

 一か八かの賭けではあった、鎖が迎撃されれば目論見は通じず次からは警戒されチャンスがなくなる。

 勝利を確信した瞬間と攻撃の瞬間が一番隙を晒しやすい、そんなところも人間臭い獣のおかげでなんとか賭けに勝つことができた。


 美詞が尚斗の願いに応えるべくコクリと頷くと、それに安心したのか表情が柔らかくなった尚斗が声を振り絞る。


「あとは……たのんだ……よ」


 美詞の腕の中で尚斗はガクリと力が抜けていった。   

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