第106話
ピロンという通知音に気づき、尚斗がスマホをチェックする。
手にした画面を凝視しなにやら思案しているような表情の尚斗を、隣で見守っていた美詞がタイミングを見計らい声をかけた。
「協会からですか?」
「ええ、厳密には御堂さんからですが。先ほど頼んでいた調査結果、やはり協会の記録はないようです」
「犯人が疚しいことをしている証左……とうことでしょうか」
「そうですね、突発的な衝突や不意の事故なら協会に詳細が届けられているでしょう。それがないというなら計画的な犯行であることは明らかです。そしてそれを隠蔽できるだけの力もある」
「曲がりなりにも神をどうにかできる力があるのだからってことですか……神耶さんは地下室にある“ナニカ”と関りがあると睨んでいるんですか?」
「……あってほしくないと思うのは高望みになりますかねぇ……」
尚斗は午前中に行った山での調査結果に続いて、これから何かしらの原因がありそうな地下室の調査に臨む旨を認めたメールを追加で御堂に送った。
「あまり気乗りはしませんがこれも仕事、いきますか」
「はい!」
外はまだ少し明るいが闇の帳が顔を覗かせてきている。
除霊に必要と思えるものは一通り準備した。
今ある手札だけで対処できることを祈るばかりであるが、こういう時ほど現実は斜め上を容易に超えてくるものだ。
迎えに来た良美の案内に従い、再度先ほど封印を施した部屋までたどり着く。
中は先ほど来た時よりも物が少なくなっている、手配した通り良美が事前に必要な物を運び出した後なのだろう。
問題となる地下室への入口前にたどり着くとさっそく除霊のための準備にかかり始める。
「葛城さん、これから調査に行って参ります。大丈夫だとは思いますがくれぐれも人払いのほどよろしくお願いします」
「はい、既に従業員には周知しておりますが、私がこちらに残り見張るよういたしますので」
良美と確認作業を行っていると奥の方で準備のため着替えてきた美詞が姿を現わした。
「神耶さん、準備整いました」
その姿を見て良美が珍しく目を見開く。
「驚きました……学生さんだと思ってましたが、神職の方だったのですね……」
巫女装束を身に纏った少女の姿はあまりにも新鮮すぎたのか、良美がボソリと呟くその言葉には純粋な感嘆の色が見えた。
「ええ、彼女は東北にあります桜井大社の正統後継者の一人である巫女です。……それでは行って参ります」
尚斗の言葉には二つの意味が含まれていた。
ひとつは問題に着手している者の素性を明かすことによりクライアントを安心させるため。
そしてもう一つは……こちらの方が今回の目的の大半を占めるが、あえて“桜井大社の正統後継者”という肩書を出すことにより良美の反応を窺うためであった。
尚斗はまだ良美に対し警戒心を解いていない。
最悪は方位家に協力している共犯という線を疑っている。
しかし良美の顔からは感嘆以外の表情を読み取ることができなかった。
それは良美が“桜井大社”という重鎮に対する知識のなさが生むものか、はたまたバックについている方位家はそれ以上の存在ということか……尚斗の感触からしてみれば前者のように思えた。
(やはり警戒のしすぎか?……接すれば接するほど空振りが多い……己の猜疑心の強さに嫌気が差すな)
もちろん自分が置かれている立場上警戒は最大限にするべきだとは理解している。
しかし誰も好んで人を疑りたくはないのだ。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか。
「大丈夫ですよ神耶さん、きっと必要なことです。私はちゃーんとわかってますからね?」
尚斗の顔を下から覗き込んでくる美詞に苦笑を浮かべながら乱暴気味に頭を撫でる。
「生意気だぞ?美詞ちゃん」
「もぉ!ここは良き理解者が居てよかったよ、ありがとうって言うところですよ?」
「あはは。いや、うん……ありがとう……」
「ふふふ」
口では生意気と強がってみたものの、事実尚斗の心は重石がいくつか崩れたように軽くなったのがわかった。
実際美詞の存在は自分にとって助けになっているのだろう。
今まで仕事上色んな退魔師と一時的なパートナーを組むようなことはあった、しかしどこまで行っても本質は孤独の中で戦っていた。
それが弟子とは言えこうやってバディを組み寄り沿うのも悪くないと思い始めている。
実力はまだひよっこだが優秀、それ以上に一緒にいて気負うことない性格は好ましく、自分に追いつこうと必死にがんばっている姿を見ると絆されるのも仕方がないことだ。
(そうやって俺の心に寄り沿い理解しようと歩み寄ってくれる君だからこそ……なのかもな)
もちろんそんな気障な言葉を伝えることなんてないだろう、捻くれ気味の性格を抜きにしても小恥ずかしいったらない。
「さ、気を引き締めて行こうか」
「はい!」
気持ちを切り替える。
これから向かう先は危険度高めの現場、最悪は自分の手に余る相手かもしれないのだ。
ゆっくりと床の取っ手を持ち上げ虎穴の入口を開く。
早く来いと手招きをするかのように、暗闇から生ぬるくかび臭い空気が頬を撫でてくる。
上等だと言わんばかりに迷うことなくライトを片手に軋む階段を一段、また一段と慎重に降りていく尚斗。
それに続く美詞も緊張した面持ちでライトを握る手に力を入れながらゆっくり階段を降りていった。
天井高は約2メートル強、高身長の尚斗が立っても余裕のある地下だが戦闘をするには心許ない狭さでもある、少なくとも飛び上がると天井に頭をぶつけてしまうのは確実。
階段を降りるとまず確認したのは光源の存在、天井を照らしてみれば垂れ下がった配線と規則正しい間隔でぶら下がった電球が見える。
ということは……と辺りを見渡してみるとあった、電源と思われるスイッチが壁に取り付けられているのを。
― パチン ―
スイッチを指で跳ね上げると独特な電球色が等間隔で暗闇を照らし出した。
温かみのある電球色も、この不気味な地下ではより不気味さを増すための小道具に思えてならない。
「今のところただ不気味なだけか……いささか重圧が増したようにも思えるが」
「はい、濃度が上がっているかと思います。善性よりも悪性に傾いた力のように思えますが……」
「ああ、ただなんだろうか……力の質がよくわからない」
「同感です……私が行使する荒魂の負の神気にも似たような感じはするんですが……」
「そうかっ……!くそ……ならばやはり予想した仮説は遠からずということか……まいったね……」
「どうしますか?」
「知ってしまったからには余計放って置けなくなった。危険だがふんばるしかないね」
相手が神に連なる力を持つ者ということが分かった時点で危険度は一気に増した。
しかしだからこそ放置できるような存在でないことも分かってしまう、『負の神気に似た』という時点で相手は人に害をなす存在である可能性が高い。
今までが大丈夫だったからといって、新しく張った結界程度でいつまでも神の力を抑えておける保証ができなくなってしまったからだ。
もしかすれば力が旅館にまで漏れてきたのも、ただ既存の札が劣化したからだけではないのかもしれない。
今もこの奥にいるだろう封印されている存在が虎視眈々と力を溜め脱出を図っているとしたなら……そう考えただけで背中がゾワリとしてくる。
「……進みましょう、鎮めなくては!」
「はい、そのままにしたら取り返しのつかない存在になるかもしれません」
地下道はまるで防空壕のようにコンクリートで固められただけの簡素な造りをしている。
光源は等間隔にならんでいるが、ひとつひとつの間隔が離れているため通路全体を照らし出せておらず暗闇も光と同じ量だけ等間隔に並んでいた。
通路の終わりが見えないことからそれなりの長さがあるのだろうが、ほどなくして尚斗の足は止まることとなる。
通路の壁にひとつだけ、存在感を主張するように設置された鉄製の扉。
まわりには光源以外なにもないのだ、不自然にひとつだけある扉なんて明らかに何かがあると訴えているようなものだろう。
しかしそうなると腑に落ちないのがこの通路。
目的地と思われる扉の先もまだ道が続いていることだ。
「これは出口が……いや、入口がもうひとつあるということでしょうか」
「たぶん目的地はこの扉で間違いはないと思いますよ?すごいプレッシャーですから」
「うーん……どうしましょうかね……ゲームのセオリーだと本命を後回しにして先にマップを埋めてしまいたいところなんですが……“これ”を目の前にしたら流石に……」
恐ろしい存在を背にしたまま通路を進む勇気は二人にはなかった。
「私がこの通路の先を見てきましょうか?神耶さんがこの扉を見張ってくれてたら安心できますし」
「……そうですね。お願いできますか?しかし少しでも危険を感じたらすぐに引き返してください」
「はい、了解です」
怖い物知らずとは言わない、美詞も見習いではあるが少なくない経験をしてきてるのだ。
胆力だけなら既に現役退魔師と同等、相棒として頼もしくもある。
通路の先に消えていく美詞を横目に尚斗は目の前の扉をじっと凝視する。
恐らくこの扉にも力が漏れないよう措置が施されているはずだ、しかしそれでも微かな波動が扉の向こうから感じるのは封印が解けかけているからか……それともこの奥にいる存在の力が強まったからか……。
一つだけ言えるとするなら……
こんな物騒なとこでいつまでも待機するのはゴメンだ。
と、もどかしい思いをする尚斗だった。
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