第105話

「なるほど……そんなものが裏山にあったのですね……。ええ、確かにその頃浩史君はアメリカに渡っておりましたが、この何年かそういった破壊音があったなら誰かが気づき報告があったはずです……申し訳ありません、そのことではお力になれないようです」


 昼食のため休憩をとった後、従業員のテリトリーを調査すべく良美に案内してもらいながら先ほど見てきた惨状を報告していた。

 良美も浩史同様心当たりはないらしく収穫を得る事ができなかった。


「そうなるとやっぱり結界ですか?」

「ええ、結界で位相をずらしたか周囲を遮断したかだと思われますね。あれだけ派手な破壊で何も感知できなかったのならそういうことでしょう。葛城さん、この地域に山神様に関する言い伝えや伝説等を知る方はいらっしゃらないでしょうか?」

「私は存じ上げませんが一度あたってみます。当館の従業員の中には地元の古株もいますので。あと組合にも掛け合ってみます」

「ありがとうございます、お手数をおかけしますがお願いします」

「いえ、当旅館のために動いていただいているので当然のことでございます」


 そうこうやっている内にとある一角に到着した一行。

 いくつか大きめの扉が取り付けられた部屋を躊躇いなく開いていく良美が、なんの用途に使われる部屋なのかを説明してくれた。


「こちらが食料保管庫になります。そしてその隣が客室用具等を保管している部屋になります。従業員の証言にあった部屋というのは恐らくこの二部屋のことかと思いますが……」


 部屋に入っていく尚斗と美詞。

 中は客室半部屋分ほどといった具合だろうか……米や段ボールに詰められた野菜等、常温保存するための食料品が棚一面に保管されていた。


「美詞君、気づきましたか?」

「はい……微かですが力の残滓が。これは気づきませんね、途切れ途切れですのでよほど集中して探知しないと……」


 二人の言葉に背後の良美が息を飲む緊張感が伝わった。

 部屋の奥には扉が見える、配置的には隣の用具保管部屋に繋がるものだろうか?


「葛城さん、あの扉は隣の部屋へ?」

「あ、はい。過去は使われていたようですが建付けも悪くなってしまったので今はあまり使われておりません」

「ふむ……では隣の部屋を見たほうが早そうですね」


 恐らくどちらかの部屋が当たりだ、そう確信した尚斗は一旦貯蔵庫を出て隣の用具部屋に入ってみたがそこでぴたりと足を止めた。


「神耶さん……たぶんこの部屋です。隣よりも気配が濃くなりました」

「……みたいですね。葛城さん、この部屋の利用頻度は多いのですか?」

「は、はい。配膳するための膳やお盆等はここにあるものを使いますので……」


 確かに棚に積まれた四つ足の膳やお盆、予備のものだろうか食器類が多く並んでいる。


「この部屋が原因とするのなら出入りしている従業員が影響を受けるのも……更に膳や食器等に害が及んでいるとするなら、客に被害が出たというのも辻褄が合う……」


 更に部屋を進み周囲を見渡してみると、先ほど隣室から見る事ができた扉が確かにあった。

 簡易的な扉なため隙間が見える、空気が隣室に流れているとなると食料品にも少なからず影響があるのかもしれないと考察した。


「神耶さん」


 尚斗を呼ぶ声に振り向いてみると部屋の反対側を見て回っていた美詞がある一点で立ち止まっている。

 視線は地面を向いており、その先は何の変哲もない板張りの床があるだけ。


「どうしたんです?美詞君」


 近くまで寄った尚斗が美詞の視線に釣られて床に目線を落とした。


「ここ……おかしいんです。他の場所より力の残滓が濃く残ってます。周囲よりも床が硬く“しなり”がありません」


 尚斗が膝をつき床を調べ出す。

 見た目はただの床だ、なにか枠がはまっている訳でもなく取っ手がある訳でもない。

 しかし確かに美詞の言う通り少し違和感があるのもわかる、そうと知っていなければ気づけないほど些細な違いしかないだろう。


「葛城さん、この部屋に地下室等があるということは?」

「え?い、いいえ床下収納とかはなかったと思うのですが……」


 ぺたぺたと床を触りなにかとっかかりがないか調べてみると、一か所不自然に他と違う板目があるのに気づいた。

 その箇所を念入りに調査してみると、力強く一方を押した時ガコッと板目が外れる音が聞こえた。


「なっ!」


 後ろの方で良美が驚いた声を上げる。

 どうやらこの仕掛けを知らなかったのか声をあげる。


 床板の一部がくるりと回ると取っ手がついた板の裏側が姿を現わした。


「ありましたね、入口」

「美詞君、この周囲に結界を張ってください。開けてみましょう」


 素早く印を結び簡易結界を張った美詞、件の床を中心に小さい円形の光が覆う。


「力を漏らさないためだけの結界ですがよろしかったのですか?」

「ええ、今はそれでいいでしょう。調査完了後に本格的に起点を作成しましょうか」


 取っ手を掴み力を入れると床が持ち上がった。

 年季が入っているためか不快な音を響かせながら床が大きな口を開ける。

 目に飛び込んできたのは暗闇、そしてそこに繋がる木製の階段。

 少しかび臭い空気が階下から昇ってくるがそんなものは気にならなかった、それよりも……


「……これは負の力ですね、怨念?邪気?とは少し違う感じがしますが……」

「神耶さん……これ、みて下さい」


 美詞が指摘したのは尚斗が持ち上げた床の裏側、金属製になっておりそこには札が貼られていた。


「なるほど……封じ込める結界ですか……だいぶ古くなっているので劣化し漏れた可能性がありますね。しかしそうなると……施術者はここに封じなければいけない“なにか”があることを承知で施したことになります。はぁ……嫌な予感がする」

「人為的……ということですね。封じざるを得なかったなにかが生じたか……もしくはここに意図的に封じたかといった流れでしょうか」

「ええ、そしてその答えはこの先と……葛城さん、この部屋は何時頃から使いますか?」

「え?あ、はい。16時頃からになりますのであと一時間ちょっとといったところでしょうか」


 尚斗は悩んだ。

 この先を調査をするにはどれほどの時間がかかるかわからない。

 しかもこの力の発生源をその時間の間でどうにかできるといった確証もないし、準備も万端とは言えなかった。


「一旦部屋に戻り封印用の準備をしてきましょう。そしてこの地下室の調査は夕食後、後片付けが終わった夜からにしますか……正直このままにしておくのは引けますが……」

「そうですね…封印せざるを得ないほどの“ナニカ”と対峙するとなると余裕を見たほうがいいですね」


 一時撤退の判断を下した二人に恐る恐る良美が尋ねてきた。


「あ、あの。お話の内容はよくわからないのですが……そのままにしておいてもいいのでしょうか?」

「まぁ……よくはありません。が、旅館の通常営業を阻害しないよう封印はしておきますので、従業員の方にはこの床付近には近づかないようにだけ周知しておいてください。あと、こちらと隣の部屋は念のため浄化しておきます。できれば全員避難してほしいところではあるんですけどね」

「すみません……当館のためご配慮いただきありがとうございます。なるべくこの部屋をすぐ使えるよう調整いたしますので」


 夕食の配膳等で必要な用具はあらかじめ搬出しておき、使用後は一旦別の部屋に保管しておくとのことだ。

 それでも準備に時間はかかり、中途半端な時間になってしまうため夕食後に調査を再開する形となった。

 一旦部屋に戻り結界構築のために必要な物を持ってきた美詞から、水晶や札を受け取ると本格的な封印結界の構築を施していく。

 もちろん人が来てもわからないよう地下室の扉は元通りに戻しておくことで、地下からの流れを遮断した。

 

「これで大丈夫かな。実際のところ封印措置だけなんとかしていればこの先も問題ないと思いたいのですが……地下になにがあるのかを確認しないと安心して眠れませんよね?」

「はい……原因を取り除くことができるのでありましたらぜひお願いできればと……」

「わかりました、では予定通り夕食後調査を再開させていただきます。まぁ除霊とかになっても力が漏れ出さないよう結界は張っておりますので恐らくこちらまで被害は出ないかと」

 

 地下で除霊を行い、その余波で旅館が倒壊……となれば流石に許容できない。

 依頼を受けた際の注意事項で「旅館の営業には支障が出ないよう配慮すること」と言われてさえいなければ営業を停止して避難させたいところだが、なんとも協会側も呑気なものだ。

 もしかするとそれすら方位家の嫌がらせではないかと勘ぐってしまうほどの温度差に呆れてしまう。

 

 どちらにせよ今夜の調査が山場となりそうな予感がする、方位家が絡んでいる以上楽観視はできないので準備は万端で臨む必要があるだろう。

 ただでさえ“よくわからないモノ”を相手取ることに神経を使わなければいけないのに、そこから更に内部ゲバルトにも注意をしないといけない内情にため息を吐く尚斗であった。


「神耶さん、溜息が癖になってますよー。私も最近神耶さんの溜息が移ってきてるんですから」


 弟子にも苦労性を背負わせてしまっているようでまたひとつ溜息を吐きそうになった。

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