第104話
山を調査中に発見した人工物。
幸いにもその場所に至るための迂回路はすぐに見つかった。
美詞が休憩している場所へのあまりにも早い帰りであったため、美詞の体力が回復するまで引き続き休憩を挟んでからの調査と相成った。
「これは……ひどい……」
「神耶さん……この朽ち方は……」
迂回路を辿り人工物……社と思われるものがある所まで登ってきた二人の目の前に入ってきたのは無残な光景であった。
社と思われる構造物はボロボロになっており、その周辺の木々は不自然に倒され一目で荒らされていることが窺える。
先ほど下から見上げた木々の少ない空間の正体は手入れがされていた訳ではなく、何らかの被害により倒されていたようだ。
「ええ、自然に朽ちた訳ではなさそうです。明らかに人……いや、獣でしょうか……破壊された跡ですねこれは」
半ばから折られた木の幹に刻まれた三本の傷跡、それに指を這わし確認する尚斗。
「爪の跡ですよねそれ?熊でも出たのでしょうか……」
「熊?……いや、しかし……こんな無意味に破壊を?」
周囲に倒された木々は一本や二本ではない、よく見れば周囲一面が荒らされたような恰好なのだ。
まるでそれは……
「まるでここで戦闘があったみたいじゃないですか?」
「ええ……そう言われたほうがしっくりきます。新しくはないですね、少なくとも一年は経っているように見えますが」
そう言いながら尚斗はボロボロになった社の前に膝をつく。
「美詞君、この社、様式はわかりますか?」
「いえ……少なくとも神道のものではありません……形は似てますが」
「そうですよね。仏教の物でもないですし中途半端……やはり民間による自然信仰か精霊信仰といったものになるのかも。見てください」
尚斗が手にとったのは木製の器に土台がくっついたもの。
「檜……遠山三方ですか?それが収められていた……神道においては供物を捧げるためのものですが」
「ええ、しかし恐らくここには供物ではなく御神体が祀られていたように思います。祀るのに最適な祭壇がなかったか思いつかなかったか……しかしそうなると変ですね」
「……御神体はどこにいったのでしょう?」
「獣が持ち去るようなこと、なんてありますかね?」
二人の間に沈黙が走る、どういった可能性があるのか考えを巡らせているようだ。
「うーん……神耶さん、“だれか”が持ち去った……と考えるのが自然ではないでしょうか?」
「と、なると……最悪だ……争っていたのは獣ではなく人と神……」
「そして御神体がないということは、祀られていた神は降され争った人物によって持ち出された……」
「浩史さんの情報からすると既に山神の信仰は途切れている……力が弱っているところを何者かに狙われたのか?」
「ということはここに祀られていた神様は本物だったってことですよね?」
「ええ、民間信仰とは言え永いこと厚い信仰を捧げられていたとすれば力を得た可能性もあります」
言うまでもなく神は信仰により力を得る。
最初はただの祈りだったものは、永い時を経て神格化しやがて神へと至る。
と、言葉に並べてみれば簡単だが実際のところはそう簡単に神様がぽんぽん生まれる訳ではない。
恐らく祀られていたのは力の籠もった由緒ある御神体、それが永い祈りにより神気を得たと思われる。
それがこんな山の中に無造作に祀られ忘れられていたのだから、せっかく神へと至った山神も草葉の陰で泣いている事だろう。
「神耶さん、御霊を抜いたか移した可能性は……」
「この惨状がなければそれも考えたんですがね……御神体を抜き取るだけではこの惨状にはなりません。儀式を行わなくとも手に取ることはできますからね。きっと無理やり起こされたんでしょう……」
「なぜわざわざ起こす必要があったんでしょうか?御神体よりも山神様の存在そのものに目的があったということですか?」
「そう考えてしまいますね。順当に考えるなら神の力を奪う……マイルドに考えるなら捕獲や研究用途……大穴で腕試し……ぱっと考え付くのはこれぐらいですが、まぁ碌な目的じゃないです」
話がどんどんきな臭くなっていく。
この山での出来事、旅館の一件と無関係とは到底思えない。
しかし結び付けてしまうと気が滅入りそうなほどに厄介な案件へとランクアップしてしまう。
最悪のケースを考えると、午後からの調査は更なる慎重さが求められることになってしまう。
出来れば今すぐにでも旅館にいる従業員や客を避難させたいほどに……。
しかし確信が持てないのも確か、むしろ外れてほしいとさえ思う尚斗。
「……ここで調べられる物はもうなさそうです。念のため頂上まで調査してから戻りましょうか」
そう元気無く溜息を吐く尚斗を心配そうに見つめる美詞、彼女もすっかり浮かれ気分が吹き飛んでいた。
結局その後頂上まで足を延ばしてみたが収穫はなく、元来た道を引き返し下山することになった。
何事もなく無事山道入口まで帰ってくることができ、母屋を通り過ぎた時またもや既視感のある光景が目に入って来る。
「浩史さん……?」
「調査おつかれまでした。喉が渇かれてるのでは?お茶を入れますのでどうぞお立ち寄りくださいませ」
浩史も調査してみた内容が気になるのだろう、休憩しながら話を聞かせてほしいといったところだろうか尚斗はその誘いに応じることにした。
幸い調査も順調に終わり、午後からの約束時間まではまだまだ余裕はある。
「ありがとうございます、よければ御受けさせていただきます。いこうか、美詞君」
「はい!」
テーブルに置かれたコップからカランと氷がグラスを打つ音が夏の暑さを和らげる清涼剤となる。
グラスの表面に浮き出た冷たい汗が垂れ落ちる光景は夏の風物詩と言ってもいいかもしれない。
この暑い中あったかいお茶が出てきたら……とも思ったが、旅館の息子がそんな気遣いが出来ない訳もなく喉を潤すための最適な麦茶が目の前に準備された。
「ありがとうございます。外は暑かったので助かりました。……午前中の調査……やはり気になりますか?」
「ははは……わかってしまいますか。少々露骨すぎましたね、申し訳ございません、昨日までの調査内容に関しましては義母から聞き及んでおります。義母同様今回の一件はとても憂慮しておりまして……」
情報の共有は親子間でなされているようであった。
ということは、良美と浩史の間ではこれといった確執はないのか?
こういったケースであると、義母が隠している秘密を息子が暴くため動いているといったパターンになりそうなものだが、話している限りでもそういった様子は感じられない。
「お気持ちは察します。本日の山の調査、浩史さんからお教えいただきました社が確かにありました」
尚斗は山で見てきたことを説明していく。
しかし山神の件に関する尚斗らの予想や見解等は、今のところ確信が持てず混乱させたくないため伏せて伝えた。
「社付近の荒れ具合から見ましてもここ近年の出来事かと思います。それこそ1年や2年といった……なにかその当時山の方で異変等はなかったでしょうか?」
「なるほど……一度義母にもそのあたりを確認してみます。恥ずかしい話私はそのころ海外に留学しており、まだ旅館に入っていなかったのですよ」
「ん?そうなのですか、差し支えがなければどちらの方に?」
「ええ、経済学を学びにカルフォルニアの方に……丁度父が亡くなった頃こちらに戻りまして」
「そうだったのですね。それで裏方の仕事を……」
「ええ、私がこの旅館で貢献できることと言えばそれぐらいしかなかったもので……幸いにも旅館のことは義母がしっかり守ってくれていますから」
このように浩史の話に出てくる良美に対する評価は思いのほか高く、言葉だけを素直に受け取るなら信頼しているように思える。
それにしても、社の事に関してはやはり良美に聞いてみる以外はなさそうなことに当てが外れてしまった尚斗。
いや、むしろあれだけの現場である。
距離からしても戦闘音は必ず聞こえたはずなので問題にならないはずはない、しかしそれが話に出てこなかったということは結界等で遮断されていたと見るほうが可能性は高いと思われた。
「ありがとうございました、それでは私共はこの後また旅館内の調査がありますのでお暇させていただきます」
「そうですか、お話をお聞かせいただきありがとうございました。何卒当旅館のことよろしくお願いいたします」
浩史の家を後にし旅館に戻る道すがら、尚斗はとある場所へ連絡を入れていた。
「もしもし……すみません、調べていただきたことが……はい、科野屋の裏山ですが……」
裏山の光景はまだ鮮明に残っている。
はっきりいって異常だ、もし本当に二人が考えているように神が絡んでいるとするならこんな野ざらしにされていることがおかしいのだ。
封印措置か結界保護が必要となるものだが、それすらされず放置されたまま。
たしかに神が発する神気はなかった、何の力も感じられない……しかし獣同士の喧嘩等で生じる惨状とも言えない規模なのだ。
方位家が絡んだ今回の依頼、尚斗はここに重要な核心があるのではないか……そう考えていた。
(まさか……な……)
こんな時に過る嫌な予感ほどよく当たるというが、今回ばかりは外れていてほしいと願う尚斗であった。
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