第100話
午後からも蔵の調査は続行された。
まず分かったのは、先代主人が収集していた“曰く付き”の物は入口に近い場所から蔵の真ん中あたりまでに綺麗に陳列されていたこと。
そしてそれ以降奥には、葛城家が代々保管してきた“
奥に保管している物はざっと見たところ参考になりそうなものはない、あわよくばこの厄介な収集品に関しての記録等が見つかればとも思ったがそうご都合主義とはいかないようだ。
とりあえず当初の目的通り適当に選んだ物を一つずつ調べていくしかなかった。
「神耶さん、収穫がありませんねぇ……」
「まだ初日ですしね、いきなり大当たりとはなかなかいきませんよ。しかし収穫がまったくない訳ではないですよ?」
「え、なにか見付けたんですか!?」
「いいえ、怪しい物がなにもないというのが収穫です。少なくともこの蔵を直接的な原因からは除外できます」
尚斗の答えにがっくし肩を落とすしかない美詞。
「……地道に……ですかぁ」
「そういうことです。最初に調べた場所で答えが出てくるご都合主義な展開は物語の中だけですよ。まぁそれとは別に気になる事はあるんですがね」
「気になることですか?……うーん……女将さんの事、前任の退魔師の事、先代が会ってたという霊能力者の事……あたりでしょうか?」
美詞も頭を色々働かせて考えてみるが今列挙したモノも漠然とした、まだ正解まで導けるほど道が整っていない問題点ばかりだ。
「例えばこの封印措置が施されているお札、これは仏教の僧による物です。どれも真言等に統一性がありますので同じ方が施したのでしょうね。先代が懇意にされていた霊能力者というのはお坊さんだったのか……それともその霊能力者が封印のためだけに他所から仕入れたのか。もしくはまったく関係のない第三者に封印だけ依頼したのか……このどれかなんでしょうね」
「その霊能力者の正体ってこの事件で必要になるのですか?」
尚斗は先ほどこの蔵を原因から除外できると言った、ということはそこに関わる霊能力者も除外しても問題がなさそうに美詞は感じたからだ。
「正直言ってしまえばあまり必要ないかもしれません。なのでついでで分かれば儲けもの程度に考えてます。この蔵の品だけで言えば問題は無しと判断してもいいのでしょうが、その霊能力者が今回の旅館の原因に関与していないという確証が得られないというだけです」
「なるほど……除外ではなくあくまで優先順位が低いといった判断なのですね」
「そしてここにある品々、先代が一人で集めれたとは到底思えないんですよ。きっと仲介していた人間がいるはず……それが懇意にしていた霊能力者なのか、もしくはまた別の人間がいたのか……まぁこれも優先順位は低めになりますが分かれば御の字ですね」
いくら未知なる力に傾倒していたとは言えこの量は尋常ではなく、なにか別の目的があったのではないかとも考えてしまう。
「あとは……前任者のことです、なぜあっさり引き上げたのかが気になりました」
美詞は首を傾げた、前任は一週間も調査をして引き上げたのだから決して“あっさり”とは言えないのではと考えた。
「いえ……ね。この蔵の入口の扉、鍵で開錠はしたが鉄扉が開かなかったので調査を打ち切りにした……普通そうなりますかね?」
「え?……」
「考えてもみて下さい。この蔵の扉に呪術的な仕掛けがなかったことはひよっこが見ても一目瞭然な至って普通の物です。別に結界が張っていたわけでもない、ならまずは物理的に扉をどうにかするという選択肢が出てくるはずです。私が数分で解いてしまえるほど単純な仕掛けなのですから、鍵屋を呼んだり歴史専門家を呼んだらすぐでしたよ。それこそ力技で行くなら工具や重機で扉を外してしまうこともできたでしょう」
「……ということはやはりその前任者の方は?」
「……方位家の息がかかった者、と考えてしまうんです。一週間という期間は何を意味しているのかはわかりませんが、最初から適当に切り上げて私をここにおびき寄せたかった……と、どうしても邪推せざるを得ない」
「尚斗さんを呼んだ目的ですか……確実に言えるのは歓迎できない企みだとしかわかりませんね……」
「ええ、私にさせたい事がなんなのか、もしくはここに私が来る事自体に意味があるのか。事件の全容がわからなければ目的も見えてこない状態なのがね……」
尚斗も美詞も、方位家がただ尚斗の実力を見込んで善意から派遣したとは楽観視していない。
むしろ罠を張り巡らせて尚斗を陥れると考えたほうが自然と思えるような関係なのだから。
ただ、どこまでが本物の事件でどこからが方位家の手の内なのか……そのラインを知るためには今回の事件の全貌を先に解明しなければ考察できないのが尚斗はもどかしかったのだ。
「さて、蔵の調査はこれぐらいでいいでしょうかね。撤収しましょうか」
「神耶さん、……成果あったんでしょうか?」
「ずばりハズレです。でもまぁ直接的に原因とは関係がなくても間接的に関与しているという余地は残されていますので頭の片隅に残しておく程度にしておけばいいかと」
時刻はまだ夕刻まで余裕のある時間帯、このまま一日をなにもせず終わらすのももったいなかった。
「この後は旅館敷地内を見て回りましょうか。……できれば今回の件で被害を受けた方から聞き取りが出来たらいいのですが……少し掛け合ってみます」
その後良美に蔵の調査に関する報告を行った後、旅館と母屋等の敷地内の見回り調査の許可、そして被害者やその関係者の中ですでに仕事に復帰している者から聞き取りができないかを問い合わせることに。
二つ返事でOKが出たことに肩透かしを食らった気分であったが、協力的なことはむしろ助かる……しかし尚斗は良美が協力的であればあるほどわからなくなっていた。
(この女将は事件とは関係がない?方位家とは繋がってないようにも見えるが……やはり俺の思い過ごしだったか)
方位家が関わっているということもあり、どうしても依頼者が共犯なのではと疑っていた、奴らはそれぐらい平気でするのが分かっているから。
しかし良美は今のところそういった所を一切匂わせもせずとても協力的である。
旅館の責任者というだけあって細かいところまで気配りを掛けてくれている、尚斗が疑っていることに罪悪感を覚えるほどには。
まずは旅館内を軽く見てまわることに、他の宿泊客もいるのであからさまに調査しているという不信感を煽ることはできない。
可能な範囲で霊的障害ポイントがないか、念等による残滓がないかを確認してまわった。
……が、こちらも空振り。
「おかしいですよ神耶さん……痕跡がまったくないなんて……怪異の残滓すら感じ取れないなんて。これじゃぁまるで……」
「まるで“怪異なんて存在しない”……と言いたいですか?」
尚斗が美詞の言葉を引き継いだが、それが正解だとばかりに頷いてみせる。
怪異が起こった場所では、最低でも空気が少なからず澱んでいたりするものだがそんな兆候が見られない。
美詞がおかしいと言ってしまうのも無理はなかった。
「そうですね……女将が虚言妄言を吐いている……しかも従業員や客まで巻き込んで?退魔師を騙すメリットが分かりませんね……もう一つ考えられるとしたら……」
「私達より強い存在……」
「はい、我々では感知できないほどの格上の存在である可能性も……なぜか今の言葉に霊感がひどく反応しちゃいましたね」
「ちょっと背中がヒヤッとしました……えぇー……やめてくださいよぉ……神耶さんより格上ってまずいじゃないですか」
「私より格上なんて腐るほど対峙してきましたよ。今回もその可能性があるってだけです。そうなると裏山も気になりますね、明日は朝からそちらの調査に行きますか」
「山登りですね!やっと登山用のウェアを本来の用途に使えます、新調したのに作業着扱いはもったいなかったですから」
はしゃぐ美詞を本来なら「気が抜けてる!」と諫めるべきなのだろうが、微笑ましいと頬を緩めてしまう尚斗はやはり美詞に甘いのであった。
まぁ注意せずとも美詞はそのあたりしっかり切り替えられるタイプなため問題ないとも思っているのだが。
「あ、神耶さん。そろそろ夕食の時間ですよ。どんな料理が出るのかなぁ……温泉も楽しみだし!」
……ほんとに切り替えれるか心配になってきた尚斗であった。
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