第99話

 蔵の扉が開いた。

 前任の退魔師が開けられないと匙を投げた扉はなんてことはない、呪術的な仕掛けはなにも施されておらずただ物理的な仕掛けがあっただけ。

 良美はまだ調査開始1時間も経たない内に開けてしまった尚斗のことを手の平を返すように見直していた。

 挨拶を交わした当初は弟子と呼ぶ成人にも達していないような女子を連れている、まだ経験も乏しそうな年若い青年といった印象だったが実力は確かなことが証明された。

 

 その尚斗は少し違和感を感じていた。

 先代主人が亡くなってから開いていないと考えると最低1年は開かずの扉になっていたと思われる。

 ここまで開くのに力を要するのは扉自体の劣化が進んでいるためか、それか手入れが行き届いていなかったか……しかし手入れがされていなかったとして1年でこうも開きにくくなるだろうか……蔵自体の管理はしっかりしていたように見える、少なくとも外観の保存状態は完璧だ。

 この数年の間にも一度塗り直したと思われるほどには新しい……そんな人間が扉だけ瑕疵を残したままにしておくのは不自然に思える。

 ならばこの蔵の扉は使われてなかった可能性もある?たしかに毎回仕掛けを解いて開けるのは面倒……しかし美術品はこの中にあると言っていた……別の勝手口があったりするのだろうか……蔵に?この後周囲も調べなくてはと脳内リストに追加した。


「少し気になることもありましたが……まぁ先に中を調べてみますか」


 日中であるが日の光が差し込んでいるのは入口に近い部分だけ、それなりの大きさを誇るこの蔵の内部はあたりまえのように暗く奥まで見渡すことができない。

 例の特注ライトを散光モードに切り替え中を照らし出す。

 隣の美詞も同じように照らしだすのでかなり暴力的な光源になってしまっている。


「見たところ特に問題はなさそうですね。霊視にもなにも反応しません……美詞君は?」

「はい、“静か”ですね……曰く付きの物があれば念が漏れ出していてもおかしくないはずなのですが」


 蔵の中は至る所に棚が配置されており、箱や布に巻かれた物が整然と陳列されている。

 美術館の保管所のように綺麗に並べられており、それらを見ても先代主人の几帳面さが窺い知れる。

 尚斗は蔵の中に照明がないか上を照らし出してみると、蛍光灯が何灯か備え付けられているのを確認し中へと入っていく。

 一歩中へ入り周囲にライトを当て見渡してみるがスイッチらしきものが見当たらない。


「おかしいですね。構造上入口のすぐ傍にスイッチがあると思ったのですが……」

「使われていないのでしょうかね、あの照明」

「いえ、よく見れば露出配線用の配管が見えますね。辿ってみますか」


 蛍光灯が設置されている梁に沿って金属製パイプみたいなものが這っているのが見える。

 住宅では基本天井裏や壁の中に配線が走っているため普段は見ない物であるが、構造上外に露出する形でしか電気を通せなかったようだ。

 蔵の中を慎重に進んでいくと壁側に配管のゴール地点、すなわちスイッチが見つかった。

 このツマミのようなスイッチはかなり昔の古い物だったはずだ、こういった所はそのままのようであるが工事業者をなるべく入れたくなかったという事も考えられる。


「しかし不思議ですね……こんな不便なところにスイッチを設置せず入口付近に取り付けたらいいものを。まぁ何か理由があったのかもしれないか」


 パチッとスイッチを操作してみると少し経ってから蛍光灯が明滅を始め点灯した。


「電気はちゃんと生きてますし蛍光灯も切れてないみたいです」

「神耶さん、周りの棚って全部スチール製ですよ。そこまで古い物じゃなさそうですね」


 美詞の言葉に気になった尚斗がスマホで検索をかけてみる。


「なるほど……スチールラックの歴史ってけっこう浅いんですね。昭和中期頃からみたいです。先代が準備したと考えれば代々収集してきたというよりは……先代の頃からこれらの品が増えた可能性が高い、となると」

「これ全部例の“曰く付き”ですか?」


 見渡す限り……とまでは言わないがスチールラックの数はひとつやふたつではない。

 かなりの量があるのだが、これらを全部調べると思えばうんざりしてしまう。

 

「呪具は籠められた力を感じられるはずなのですがそれがない。偽物か、それとも封印措置ができているか……ですね」

「私の霊感にも感知できませんでした。神耶さん、これらって本当に呪具なんでしょうか?」


 顎に指を当て思案顔の美詞、尚斗は近くにあった包みを手に取り解いてみた。

 中から出てきたのは日本人形……市松人形と呼ばれるものだが、髪の長さが均一ではないので所謂髪が伸びる呪いの人形というやつだろう。


「うわ、いきなり不気味な物引いちゃいましたね。でも神耶さん、これしっかりお札が貼られてますよ。しかもなんだか注意書きのようなものもありますし」

「ほぉ……既に御祓い済みですか。なんでまだ所持したままなのかは不明ですが確かにしっかり封印されてるようです」

「神耶さんこっちの桐箱、たぶん茶器かと思うんですけどやっぱりお札が貼ってますし注意書きも貼りつけられてます」


 見れば箱等に入った物はすべて同じような措置がされているように見える。

 なるほど、この日本人形のように箱がないような物は直に封印を施し、箱がある物は箱ごと封印したといった具合か。

 人形を片付けると今度は布が上からかけられているだけの大きい品に目をつける。

 周りには同じような長物と思われる、スペースをとる品が何点も並べられていたが予想が正しければ……。

 ゆっくりと布をめくってみると出てきたのは掛け台に飾られた二本の刀。


「わ、刀ですか!?」

「打刀と脇差ですね。お札が貼ってあるということは……妖刀?」


 ぴらりと一緒に貼ってあったメモを読んでみると、江戸時代に辻切りとして巷を騒がした武士が所持していた物で鉄をも容易に切り裂くが刀身を抜き放つと途端に体が重くなるみたいだ。

 呪いが掛けられた妖刀か、もしくは霊力を吸い強化するタイプの霊刀か……掛け台の下段に飾られた打刀を手に取ってみる。


「触っても大丈夫なんですか?」


 美詞が心配するように横合いから声をかけてきた。


「ええ、しっかり封印されてますので大丈夫です。しかし、これは封印せずともよかったですね」

「え?」

 

 チッと鯉口を親指で切るとハバキと刀身が僅かに顔を覗かす。


「か、神耶さん!?」


 いきなり鞘から刀身を抜こうとしているのだ、美詞は驚愕し尚斗を止めようと大きな声をあげた。


「大丈夫ですよ、これは少し穢れてますが霊刀の類です。霊力を吸って能力を付加するタイプの物です。切れ味向上か耐久性向上かは使ってみないとわかりませんが、一般人が使うと霊力を一気に吸い取られるため体がだるくなり妖刀と勘違いされたのでしょう」

「……驚かせないでくださいよぉ神耶さん、これ全部見るのは少し骨が折れますね」

「そうですね。いい時間なので一旦部屋に戻って午後から気になる物だけ見ていきますか。この様子ですと、すべて封印措置が施されていそうなのですべて見なくても問題はなさそうです」


 今解決しなければいけないのは旅館で起こっている現象である。

 特に曰く付きの物達からは念が漏れている気配はない、几帳面な先代主人の性格からしても危険な物はしっかり処置していることだろう。

 全部をひとつひとつ見ていてはそれだけで調査期間が終了を迎えてしまう、ならば早めに見切りをつけて別の調査に切り替えなくてはいけないのだ。 

 一旦蔵から出た尚斗と美詞の二人は良美に報告し見解を述べる。


「葛城さん、軽くですが中を拝見させていただきました。まだ結論を出すには早いかもしれませんが蔵自体は問題がなさそうです」

「……そうなのですか?」

「はい、確かに中には先代が収集していたであろう品々が所狭しと保管されていたのですが、どれも封印措置がしっかり施されております。陰気や怨念、邪気等がまったく漏れていないほどには。一般の方に出来ることではないので専門家監修の下行ったのでしょうね、本当にしっかりされた方だ」

「では……この蔵は空振りだったということでしょうか」

「そうなるかと思われます。しかしなにか見落としあってはいけない、念のため午後から出来る限りの範囲で蔵の品々を視てみましょう。それと……お尋ねしたいことがありまして」

「なんでしょうか?」

「先代の遺品の中に蔵のことが書かれた書物等はなかったでしょうか?目録や日記や記録等のような」

「私も気になり探してはみたのですが見当たりませんでした。主人の書斎にまだ確認し切れていない物があるかもしれません、もう一度探してみます」

「よろしくお願いします。あ、それとこの辺りで昼食を摂れるお店等はありますでしょうか?」

「あ、こちらでご用意いたしますのでぜひお召し上がりください。と言いましても当旅館はお客様に昼食の提供をいたしておりませんので、従業員に出している物と同じものになってしまいますがよろしいでしょうか?」

「それは助かります!ぜひお言葉に甘えさせていただけましたら」


 尚斗はこの会話の中でも探りを入れてみた。

 先代の収集品の情報が一体どこから齎されたものなのか、その情報源が遺品にあるならばと思い問いかけてみたが良美は知らないと言い張る。

 しかし調査に関してはかなり協力的な姿勢だ。

 今のところ白寄りのグレーといったところか……葛城家の他の家族や従業員にも会ってみれば何か解決の糸が見つかるかもしれないと霊感が囁く。

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