第98話

 調査のために訪れた老舗旅館『科野屋』。

 女将である良美から有力な情報を得ることができ、調査のスタート地点を定められたのは思いがけない幸運であった。

 正直当てがなかったため手始めに旅館全体の聞き込みや、付近の山中をトレッキングすることまで覚悟していたからだ。

 聞きだしたことが真実とすれば、蔵で今回の怪異に対しての取っ掛かりが見つかるかもしれない。


「ではさっそくですが、まずはその蔵から拝見させてもらえますでしょうか?」


 尚斗の問いかけに待ってましたとばかりの返答を返す良美。


「はい、ぜひ。いつでもご覧になれるよう鍵も準備しております、これから行かれますか?」

「そうですね、一応着替えてから向かいますので30分ほどいただけましたら」

「畏まりました、準備が整われましたらフロントまで内線を入れていただけますようお願いいたします」


 良美が部屋から出た後、隣に控えていた美詞が尚斗に声をかけてくる。


「神耶さん、これから―」


 そこまで言いかけたところで尚斗は自分の口の前に人指し指を立て「静かに」と合図を出した。

 頭に疑問符を浮かべる美詞であったが、尚斗がカバンから取り出した物を見て納得した。

 尚斗が手に持つのは小型のトランシーバーのような物に色々な部品がくっついた機械……盗聴器等の発見器だ。

 これは市販で売られている物らしいのだが、技術研の改良によってすごい性能になったのだと自慢気に説明していたのを思い出した。

 盗聴器だけではなく、条件にもよるが隠しカメラやGPS発信機等も見付けることができるらしい。

 尚斗の説明時、無線周波数やら赤外線やら磁気やら色んなことを言ってたが流石に美詞にはちんぷんかんぷんでそこまで覚えていない。

 一通り調べ終わった尚斗が術具等の探知のためにかトドメとばかりに感知術を発動した後に戻って来た。


「大丈夫そうですね、もう喋ってもいいですよ美詞君」

「依頼人の方が……盗聴なんてするんですか?」

「私は今のところこの旅館の関係者すべてを信用していません。先ほどの女将の話で更に疑念を深めたほどですから。なにかあると思って対処したほうがいいでしょう」

「神耶さんをここに寄越した方位家の件と、女将に何かの繋がりがあるのではないかと踏んでるんですね?」


 尚斗は行きの車中にて今回の依頼が一筋縄ではいかないかもしれない懸念と、方位家が絡んでいること等を美詞に説明している。

 なので慎重すぎる尚斗の行動にも直ぐに理解を示すことが出来た。


「ええ、可能性のひとつとしては考えています。最悪を想定するのは基本ですから。美詞君、フィールドワーク用の着替えは持ってきましたか?」

「はい、ちゃんと持ってきましたよ。着替えますか?」

「蔵が開いた時のことも考えると、せっかく三枝君あたりががんばったであろう君の一張羅が汚れてしまうのは忍びないですからね」

「なぁんでわかっちゃうんですかあ!?」

「おや、当たりましたか。今回は誰のチョイスだろうかと考えるのが密かな楽しみなんですよ?」

「くぅ~~っ!やっぱりいじわるです!いつか私のコーディネートでぎゃふんと言わせますから!」

「それは楽しみだ」

 

 着替えが終わり、フロントに連絡した後ロビーに向かうと先ほど別れたばかりの良美の姿が……女将が直々に蔵まで案内してくれるようだ。

 旅館の従業員通用路を抜け外に、母屋と旅館の中間あたり……木々に隠れるように佇む蔵の姿、貴重な物を保管するならばむしろ母屋の傍にあるものではないかと思ってしまうのは思い過ごしだろうか。

 蔵の目の前まで到着すると良美は立ち止まり、こちらに振り返ると手に持っていた物を尚斗へ差し出してきた。


「こちらが件の蔵になります。そしてこれが鍵です。私でも鍵の開錠はできるのですが……それより先は……」

「なるほど、了解です。さっそく取り掛かりましょう」


 尚斗は良美から歴史を感じさせる古びた鍵を受け取ると、美詞を伴い蔵の前まで移動し肩にかけていた大きなカバンを降ろした。

 目の前には蔵を厳重に守る鉄扉、そこに取り付けられている大きな南京錠。

 それを見ただけである程度把握できてしまった。


「葛城さん、こちらの扉ですが……開け方を知っている方はご主人だけだったのですか?」

「はい……だれも立ち入らせなかったみたいでして、正直家族の誰もこの中を見たことがございません」

「そうですか……退魔師に頼むよりも鍵屋や絡繰に詳しい人間を当たった方が早かったかもしれませんね」

「それは……どういうことですか?」


 尚斗は気にすることなく南京錠を開錠した。


「この鍵はフェイクです。まぁ二重に掛けるという目的もあるかもしれませんが、本当の鍵はこの扉自体にありそうですね。この蔵の作りはかなり古い……一族の歴史から考えても相当な骨董品のはず。貴重に使われてきたのでしょうね、漆喰の状態もよく何度も塗り直した跡があります。しかし入口に設置されている鉄扉、これだけは別だ」

「なにか問題があるのでしょうか?」

「今開いている外側の観音開きの扉、そして今閉じている内側の鉄扉、扉が二重構造の物はメジャーですが、ちょっと変わっておりまして。葛城さんは昔の土蔵をご覧になられたことはありますか?」

「いえ……ここの物以外は見たことがありません」


 “今開いている扉”というのは「掛け子」という段々が特徴的な蔵戸前の観音扉、この扉は主に火災等から中身を守るためのもの、内扉がしっかりした物ならば開けっ放しにされていることが多い。

 実際この蔵も扉は二重構造、外扉と内扉の二つが存在しており外扉の部分は開けっ放しで固定されている。

 今開かないと問題になっているのは内側の扉……しかしこの扉本来は……


「今目の前に見えるこの内扉である鉄扉、後から作られた物ですね。蔵の古さから考えますとこの内扉は恐らく当初木製だったはずです。取っ手の形状等から見ましても近代の物に交換されたのだと思われます」

「扉を交換したのですか?しかし……その南京錠以外に鍵穴らしきものもありませんし……なぜ開かないのでしょう」

「見えない所に鍵があるんだと思います。所謂絡繰によるものですね。以前に同じようなものを見た事があります」


 尚斗は鉄扉を隅々までペタペタと触りなにかないかと調べている。

 そして鉄扉に施された装飾の一部が稼働することを確認するとずらした。


 ― ガコン ―


 鉄扉の中でなにかが作動した音が響き、試しに取っ手のレバーを倒してみるがまだビクともしないまま。


「……開きませんね」


 偉そうに蘊蓄を垂れ仕掛けを見付けたのはいいが不発ではないかと、期待を裏切られたような声が良美から漏れた。


「ええ、こういった仕掛けはひとつとは限りません。寄木細工の秘密箱というのをご存じですか?」

「あ……はい。あのパズルみたいなものですね」

「ええ、謎解きをしている間暇でしょうし少し暇つぶしになる話をしましょうか。日本における鍵というものは歴史がかなり古く、一説には飛鳥時代からあったと言われております。まぁもちろん当時は簡単な作りのものだったみたいですが、今みなさんがよく目にしている構造の鍵は江戸時代あたりからですね。簡易的なカラクリ……秘密箱のようなものも江戸時代後期に作られたそうです」


 尚斗は蘊蓄をペラペラと駄弁りながらも鉄扉を調べる手を止めず、ひとつ、またひとつと仕掛けを解いていく。


「諸説ありますが明治時代になりますと本格的な金庫等も作られるようになり、そこにこういったカラクリを組み込むのが流行ったこともありました。恐らくこの扉もその時代の物かもしれませんね。先代が解き方を知っていたのなら、先々代から継承されているはずですが……息子さんにはお教えされず亡くなられたのですね」


 ひとつの仕掛けを解きガコンと鳴る度にレバーを操作するが、数えて10個目になる仕掛けを解いたとき、初めてレバーに手ごたえがあった。


 ― ガシャン ―


「簡単な仕掛けでよかったです、仕掛け一つ毎にリセットされるような物でしたら専門家を呼ばなければいけませんでした」

 

 下がったレバー、このままこれを引けば扉は開くだろう。

 良美はこんな簡単に開くのかと表情はそのままで目を大きくしその光景を見守っていた。

 しかし尚斗はレバーを下げた状態から扉を動かさず、そのままの状態で踵を返し後ろに下がってくる。

 なにをしているのだと気になった良美は我慢ができず尚斗に問いかけてみた。 


「すみません、扉は開いたかと思うのですがまだなにか仕掛けが残っているのでしょうか?」

「あぁ、いえ。これで問題なく扉は開くと思われます。しかし中に納められているのは曰く付きの呪具等の可能性が高いのですよね?ですので一時的な結界を施した後、中を検めようかと。美詞君、除霊具の準備を」

「はい!」


 尚斗が先ほどまで担いでいたカバンから、ガチャガチャと道具を取り出しては身に着けていく美詞を横目に尚斗もまた己の分を取り出していく。

 美詞はおなじみとなってしまった腰回りに装着していくスタイル、尚斗は普段衣服のポケットの中に色々と収納しているのだが今の恰好はトレッキングにでも行きそうなフィールドワーク用の恰好、なので収納ポケットが多くついたボディバックを身に着けるようだ。

 さっそくそのバックから2枚の護符を取り出すと、それぞれ左右の観音扉に貼りつけ霊力を流し込み起動させる。


「美詞君、これから扉を開けますが術の起動は己を守る結界に留めておいてください。一体どんな物があるのかわかりませんからね……」

「わかりました……」


 下げられたままの取っ手を掴み力いっぱい引っ張る。

 やけに耳障りな鈍い音を立てながら少しずつ重厚な鉄扉が開いていく。

 暗闇が少しずつ露になってきた……鬼が出るか蛇が出るか……適度な緊張の中二人の表情が真剣なものに変わっていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る