第97話

 色に深みを帯びた重厚な座卓を挟み尚斗と美詞の正面に座っているのは壮年の女性、年からして50~60代ぐらいであろう……キリっとした表情が特徴的な印象を受ける。


「この度は『科野屋』にお越し下さいましてありがとうございます。改めまして私は当旅館の女将を務めております葛城良美(かつらぎ よしみ)と申します、どうぞお見知りおき下さいませ」


 互いの自己紹介から始まり、軽い世間話を織り交ぜながら話を進めることに。

 それにしてもと尚斗は記憶を思い起こしていた。


 それは5日前、とあるメールがパソコンに届いていたのが発端であった。

 内容は退魔師協会からの仕事の依頼、普段はいきなり電話で呼びつけてくるわ担当者がアポ無しで乗り込んでくるわと、ぞんざいな扱いを受けていただけに真面な連絡手段できたことに珍しい事もあるものだと感心した。

 内容を軽く読み流し、依頼詳細を確認するため協会に連絡を入れると担当者の対応もいたって真面、内容は長野県にある科野屋という旅館が原因不明の現象に悩まされているとのこと……端的に行ってしまうと怪奇現象の調査依頼であった。

 さっそくとばかりに、すぐできるパソコンでの調査を開始したところで尚斗の携帯が鳴りはじめる。

 協会からの連絡と決めつけていた尚斗が、伝え忘れた事でもあったかと発信相手の名前を確認したところで嫌な予感がした。


「……御堂さん?ご無沙汰してます。タイミング的に見て私に発注された依頼の件ですか?」

「ご想像の通りだよ。どうやら話は聞いているようだね。……今回の協会の依頼、いつもとは毛色が違う……」


 いつもは神耶家に隔意を持っていない者達がこっそり回してくる、事務方レベルで振り分けが可能な「無難で小物な依頼」とは毛色が違うと言うのだ、一体どういうことなのだろうか……。


「……なにがあったんですか?」

「まず今回の依頼だがリトライ案件だ。元々依頼自体は1カ月も前に来ていて一度別の協会員が派遣されている。まんまと失敗に終わったがね……そのあたりの説明はあったかい?」


 もちろんそんなこと聞いていない、担当者が隠していたか……もしくは担当者レベルでも降りてきていない情報であったか。


「いえ……指定日時に先方に伺うことしか聞いてませんね。……なにが蠢いています?」

「……わからないのだよ。確かに調査に失敗したエージェントの代わりに、更に調査のプロフェッショナルを派遣するというのは建前上なんら問題はない流れだ。しかし今回の君への指名は……方位家が絡んでいる。名前は明かされていないが、方位家協議での推薦だそうだ。どうだい?匂ってこないかい?」

「臭くてたまりませんね……しかし目的が読めない……たしかに“わからない”ですね」

「私の予想だが、君を引っ張り出すためにわざと失敗させたのではとまで疑っている。なにか仕込みがあるかもしれん、罠には気を付けてほしい」

「ならば情報を伏せるのも不自然に思えますが……わかりました、注意だけはしておきます。なにかあれば頼らせていただいても?」

「ああ、そのために私が連絡した。どこまでフォローできるかわからないが協力するつもりだよ」


 先日の御堂との会話を思い出しながら目の前の女性の話を聞いていく、良美は自らが依頼者だと名乗った。

 事前に調べた旅館サイトの紹介ページに掲載されていた笑顔の女性とはかけ離れた気の強そうな面持ち、接客と普段の顔をくっきり分けているタイプなのだろう。

 今現在科野屋を取り仕切っている女将、良美は少し複雑な立場にある。

 調査により判明した相関によると、良美は夫である旦那の後妻にあたる。

 旦那は2年ほど前まで別の女性と夫婦関係にあったが死別、その後良美と再婚の後今度は夫が死別、それが1年ほど前の出来事だ。

 既婚者同士の再婚だったので夫と前妻の間には嫡男である現若旦那が残っており、良美の連れ子である現番頭とその妻の若女将がいる。

 どういった経緯があったかは不明であるが、旅館のすぐ隣に建てられている葛城家本来の日本家屋母屋には後妻である良美と連れ子である息子夫婦が住み、同じ敷地内に新しく建てられた現代建築様式の一件屋には前妻との子である嫡男の若旦那だけが住んでいるとのことだ。

 ここだけを見れば愚かな後妻が前妻の子を疎ましく思い葛城家から追い出したようにも見えなくはないが……若旦那という肩書もそのままであるし、すぐ隣に立派な家を建て住んでいることも不自然。

 今回の怪異とこれらが何らかの関係を持っているかは不明であるが尚斗の霊感から“見逃せない”と感じている、調べる必要があるのかもしれない。

 世間話をしながらそんな考えを巡らせていると良美がやっと本題に入る姿勢を見せた。


「今回の依頼なのですが……実は当旅館において不可解な事が起こっております。事は半年頃前からでしょうか……初めは体調を崩されるお客様が頻発したのが切欠でした。温泉から有害な成分が出ていないか、食事に問題がなかったか、それこそ客室の建材に人体に害を及ぼす材質がなかったかなどを調査したのですがどれも問題はありませんでした。過去100年以上こういった事が起こった試しもなかったので、一月ほど前に知人の伝手を使い退魔師の方に調査をしていただくことになったんです」


 ほぉ……一度失敗した退魔師の情報は隠さず出してきたか……尚斗は注意深く良美の説明に耳を傾ける。


「1週間ほど色々と調査をしていただいたのですが、その方では手に余るとのことでして別の方を手配していただける旨を残し去っていかれました。あの……失礼を承知でお尋ねしますが、二泊三日という短い期間で問題は解決するのでしょうか?」


 確かに依頼者からしてみれば心配になる部分であろう、前任は一週間かけてもダメだったのに後任は三日の調査期間しか設けていない、本当に大丈夫なのか?と。


「まずは誤解されている所から説明させていただきます。二泊三日と指定はさせていただきましたが、それで終了という訳ではございません。私も別の案件を抱えている状態でして、三日を過ぎると一度戻る必要があるというだけです。その時間内で最低でも事前調査までは済ませるつもりですので、その後の本調査はまた後日引き続きさせていただくことになるでしょう。もちろんこの三日の間に原因を突き止められるよう最大限の調査はさせていただきます。よろしいでしょうか?」

「……そうでしたか、これは失礼をしました。畏まりました、私が焦りすぎていたみたいですね。ぜひよろしくお願い申し上げます」


 正座をしながら深々と頭を下げたその姿はとても慣れた所作で、さすが旅館を仕切る女将というだけはある。


「葛城さん、お尋ねしたいのですが前任の者を含め私共の事はどこまでご存じでしょうか?こう言ってはなんですが私共の存在はあまり広く知られておりません。どういう認識でいらっしゃるのかぜひお聞かせ願えれば」

「そうですね……神耶様方はとある裏の組織、幽霊等を祓うことを専門にされている方々と伺っております。後任の方は調査におけるエキスパートを派遣いただけるとのことでしたので、神耶様がそちらに当たる方と認識しております。実のところ申しますと超常的な力をお持ちの方のことは、少しばかり主人よりその存在を聞かされておりました」

「夫とは、18代目主人の葛城照直(かつらぎ てるなお)さんのことですね?照直さんは退魔師と誼があったということですか?」


 なかなか興味深い情報が出てきた。

 尚斗は自分のことをプロフェッショナルやエキスパート等自惚れた考えは持っていない。

本当のプロを知っているからだ。

 どこかの氏族とは違い一人で活動しているため代わりがいない、なのでほんの少しでも危険を減らすため調査に重きを置いているだけ。

だれが良美に伝えたかは分からないが尚斗のことを“調査のエキスパート”と嘯き伝えていることや、既に後任は尚斗を向かわせることを匂わす言葉を残していること。

 更には亡くなった主人は退魔師かそれに連なる者と接触をしていたこと……やはりなにかありそうだ。


「よくお調べになってますね。はい、主人は生前変わった物を収集していたのですが、その際の伝手によるものかと思われます」


 変わった物を収集……しかも霊能力者が絡むような物となると……


「変わった物……もしや曰く付きの美術品、骨董品等ですか?」

「やはり分かってしまわれるのですね。主人はオカルトに傾倒しておりました。珍しくはありますが実際にこの世に実在する力であったため、不思議な力に対し憧憬の念を抱いていたのかもしれません。確かな鑑定眼をお持ちの霊能力者の方をよく屋敷に招いていたみたいです。さすがに何をしていたかは存じませんが、危険な物等をその霊能力者の方から買っていたとの噂もあるみたいです」


 またもや貴重な情報だ。

 先代主人は曰く付き……本物の霊具や呪具等を集めていた可能性が出てきた。

 ならば今起こっている現象にも一定の仮説が立てれる、生前までは何らかの封印処置を施していたが、亡くなったことによりそれを引き継ぐ人間がいなくなり封印に綻びが生じたか?

 その霊能力者とやらの存在も気になるが調査の手を広げるのは後だ、今はこの場で調査できるものから手を付けたほうがいいだろう。


「ちなみにですが、その霊能力者という方のことは誰だかわかりますか?また、現在その美術品等はどちらに?」

「いえ……私は一度も会ったことがなく、主人も周囲には秘密にしていた節がありましたので……」


 どうにも奇妙だ……秘密にしていたのならば一体どこからその情報を手に入れた?

 だれかが目撃していたとしてもそこまで詳細な内容を知るはずはないはずだが……

 女将の顔を窺い見るが表情の変化は見受けられない……本当に知らないのかポーカーフェイスに自信があるのか……まだこの段階では何とも言えない、問い詰めず泳がすのが吉だろうか?


「そして美術品の数々ですが、現在はすべて蔵の中に保管されています。前任の方が調査された際はその蔵が怪しいと判断されて開けようと試みたのですが叶いませんでした……」


 ……ん?


「開けられなかった?それは鍵を見付けることができなかったとかではなく?」


「はい……鍵はあるので開錠できたのですが、扉が堅く開かなかったそうです」


 調査すべき第一候補が決まった、原因がどうであれ調べる価値はありそうだ。 

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