第93話

「いいや、……おまえはおしまいだよ。親子諸共な。……桜井君」


 立ち上がった朝倉は美詞からとあるものを手渡された。


「はい、こちらが先ほど説明したカメラとボイスレコーダーになります。この二人のものはそっちの男子高生二人と不良二人の悪事が、私のは天海さんと長谷川さん、残りの不良のが収められています。あとその辺に彼が持っていた薬物らしき注射も転がっているはずです」


 今回の一件、最初から準備万端の美詞らは廃ホテルに到着してからの経緯をすべて録画録音していた。

 しかしそんなことで動じる陽翔ではない、これぐらいの修羅場今まで何度も体験してきた。

 なんたって証拠有の現行犯でしょっ引かれようが無罪を勝ち取れる人間なのだ。


「そんな物あろうが僕が捕まることはないさ。鬼の首をとったみたいに自慢されても困るんだよね。それにしても小賢しいことするじゃないか。決めた、おまえは適当に罪を作ってクビにした後どこにも再就職できないように手をまわしておくよ。そこの女どもは死なせてほしいと懇願しても許さない、おもちゃにしてやる。逃げても無駄だからな」


 よほど親の権力に自信があるのであろうが今回は相手が悪かった。

 脅しにもなんら動揺を見せることのない一同を不思議がる陽翔に向かって朝倉が答えた。


「こんなの表向きの証拠だ、別に決定打ってわけじゃない。てめぇも不憫だなぁ……だれに手を出したかも理解してねーんだから……おっと、少々血が上り過ぎたかな」


語気がどんどん荒ぶっていく自分に気づいたのだろう、朝倉は一旦気持ちをリセットしいつもの飄々とした態度に戻る。


「無理もないねぇ、桜井家のことは表に知れ渡ってる訳でもないんだし。君は後から牢屋の中で知ることになるさ、世の中には手を出したらダメな相手がいるってね」


「あ?どういうことだ……何を言ってる」


 陽翔のその言葉には答えず周りにいた警察官に一言「連行してくれ」と言い放つ。

 警察官らの手によって無理やり引きずられていく犯人達に向けて意趣返しのように声をかける。


「そうそう、君はニュース等見るほうかね?最近政治家である東郷氏が汚職まみれで逮捕されたのは知っているかい?そしてそれに異を唱えた若手議員の末路も」


「……それがどうしたんだい」


「東郷家は桜井君に手を出して潰されたとだけ言っておこう、ご愁傷様」


「なっ!どういうことだ!まて!」


 もう言うことはないのかしっしと手で払う仕草をすると今度こそ舞台から引きずり降ろされていった。


「はぁ……朝倉さん、焚きつけないでくださいよ。婆様に報告するのは私なんですよ?」

「いやぁすまないね尚斗君、あいつには散々振り回されてきたからつい、ね」

「ついじゃないですよ……まぁあれだけ啖呵を切って害意を現わしてきたんだ、後顧の憂いを断つために過保護な婆様もすぐに動くでしょう。それまでは奴らの事頼みましたよ」

「あぁ、そっちは任せてくれたまえ。本来はこの後そちらのお嬢さん方からも事情聴取を……と言いたいところだが今日はもう帰っていいよ。どうせゴールは決まっている、調書はこちらで全部調整しておくから。じゃ、おじさんは行くよまたね。桜井君達も夜遊びはほどほどにするんだよ」


 背を向け手を振りながらホテルを去っていく朝倉に向かって頭を下げている美詞達。


「さ、では帰りましょうか。夜も遅い、そちらのお嬢さんの親御さんに心配かけてもいけませんし。お宅まで送りましょう」

「あ、ゆえちゃん……」


 今までほったらかしにされていた優江は、居心地が悪そうに尚斗から渡されたコートを羽織りいつ声がかかるのかをずっと待っていた。

 座って待っていた優江の元にたどり着いた尚斗は小動物のような存在に優しく声をかける。


「ゆえさんとおっしゃるんですね、まだ痛みは残りますか?」

「え、あ、だ、大丈夫です!」


 尚斗の声に従うように立って歩こうとしたがやはり痛みが走るのかたまらずその場にまた座り込んでしまった。


「おっと、無理はいけませんよお嬢さん、御手を失礼しますね」


 先ほどと同じように有無を言わせぬまま優江の背中と足の裏に手をまわし軽々と担ぎ上げる、御手どころではない、いわゆるお姫様抱っこと呼ばれるもの。

 優江の性格上からしてそんなことをされればどうなるかはお察しの通り、悲鳴からパニック、シタバタ、思考回路ショートのコンボを見事に決めていた。


「神耶さん、お手柔らかにたのむよー。ゆえちゃん初心なんだからさぁ」

「どうやらそうみたいですね、くくっ……なかなか愉快な子じゃないですか」


 一同出口へ向かいながら千鶴と尚斗のやり取りを尚斗の腕の中で聞いていた優江は、羞恥心が限界値に達しているのか更に顔を真っ赤に染め、あうあうと言葉にならない声を漏らすばかりだった。

 しかしその中で不機嫌な雰囲気を漂わす者が一人。


「神耶さん……お姫様抱っこなんて……不埒です!」

「ふふ、美詞君もいっぱい抱っこしてあげたの、忘れましたか?」

「ちっちゃい時の話じゃないですか!あんなのノーカンです!」


 その様子を見ていた千鶴と夏希はコソコソとしだした。


(あれってさ、じぇらってるんだよね?)

(みこっちゃんのことだから自分で気づいてない可能性もあるけど)

(あれで気づいてないとかありえなくない?ちょっとつついてみよっか)


「ならさ、みーちゃんも神耶さんにやってもらったらいいじゃん」

「なっ!!」


 千鶴の一言に今まで不機嫌オーラ全開だった美詞が思考回路停止に陥り一瞬の内に顔を赤くしてワタワタし出した。


「おやぁ?してほしかったからイライラしてたんじゃないのぉ?」

「そ、そんなんじゃないですぅー!な、ナニ言ってるのかなぁ千鶴ちゃんは。いらいらなんてしてませんーっ!」

「うわぁ……みこっちゃんその反応で否定とかないわぁ……」


 三人の姦しい会話を聞いていた優江は、関係性を察したのかおずおずと尚斗に問いかけた。


「あ、あの……あなたは美詞さんの恋人さんなのですか?」


 その爆弾発言で今度こそ美詞が撃沈し、尚斗は「そういえば」と思い至った。


「失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私は神耶尚斗と言います、お察しかと思いますが悪霊等を祓う探偵と思っていただけましたら。美詞君は私の弟子ですよ。美詞君が幼いころからの付き合いになりますので恋人ではなく妹のような存在……になるのでしょうか?」

「そ、そうです!い、いもうとの……ような?……あれ、なんだかもやっと……する……」


 尚斗の言葉に乗っかるように恋人というフレーズを否定してみせた美詞ではあったが、そこで胸の奥がチクリと痛んだことに気づいた。

 確かに妹のように扱われ兄のように慕い、家族のような温かさに満足を覚えていたが……何かが違う、そう感じてしまった。

 今まで順調に回っていた歯車が実は噛み合っていなかったかのような錯覚を覚えてしまう。

 一度その違和感を覚えてしまうと、確信は得られずともいつまでも違和感を抱え続けるような楔が美詞の心に打ち込まれた。


(いい傾向なんじゃない?)

(ゆえちゃんナイスキラーパスだったねぇ)


 美詞の心情の変化にニヤニヤと笑みを浮かべながら見守っていた二人は、今日はこれぐらいでいいだろうと美詞をからかうための追撃を控えたのだが爆弾は一つで済まなかったようだ。


「そ、そうなんですね。……よかったぁ」


 優江のその一言はボソリと呟かれたものだがはっきりと周りに聞こえるものでもあった。


「え?」

「え?」

「あ”ぁ?」

「……」

 

 若干一名女の子が出してはいけない声が聞こえたが周りの視線が自分に集中していることに気づいたのだろう、優江がまたわたわたとしだす。


「……あ!いえ、その……なんでもないです!」


 必死に繕っているようであるが、それでもちらちらと尚斗の顔を窺う目線には色が含まれている。

 尚斗もその意味に気づいてしまったのかだらだらと冷や汗をかきだした。


「あぁあああ!そうだったぁああ!ゆえちゃん警戒心高いくせにちょろっちょろのチョロインだったあああ!」

「ひどいよちづるちゃん!!!!」


 千鶴の叫びに間髪おかない優江の抗議の声が上がるが、意味がわからない夏希が千鶴に説明を求める。


「どゆこと?ちーちゃん」

「ゆえちゃんは小動物センサーで下心のある言動には警戒心フルマックスなんだけど、逆に下心のない純粋な優しさに弱いんだよぉ……イチコロなんだよぉ……」 


「神耶さん、だめです!やっぱりだめなんです!ゆえちゃんは私が背負います!!」


 すごい剣幕で尚斗に詰め寄り腕の中の優江をかっさらっていく美詞。

 「あぁ……役得がぁ」と残念そうな声を漏らした優江に、ピキリと額に青筋が浮かぶのを抑えながら有無も言わせず美詞は自らの背に乗せた。


「み、美詞君……大丈夫かい?君も疲れているだろうしあまり無理を……」

「ぜんっぜん大丈夫です!疲れなんてありません!強化無しでも余裕です!神耶さんはゆえちゃんに近づくの禁止です!」

「うわぁ……みーちゃん必死だぁ……」

「ふふ、神耶さん絡むとポンコツまっしぐらじゃん」

「そこっ!聞こえてるんだからねっ!!」


 普段はあまり見ることのない美詞の言動がよほどツボに入ったのか、尚斗の肩が次第に震え出し笑いを堪えだす。


「神耶さんも!そういうところですよ!!」

「くくっ、どういうとこなんだか。ぷぷふっ」

「ああー、もぉ!」


 暗く不気味で人を寄せ付けない廃ホテル、しかしこの一帯だけは陽気に包まれていた。

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