第92話

「祓うって言っても……次から次へと集まってきちゃうんだよねぇ」


 千鶴は今までの経緯を掻い摘んで尚斗に説明した。

 肝試しの終盤で男達に襲われこの広間に集まったところで霊障が発現、霊団の登場と一般人を守るため結界を張り籠城していたこと。

 増え続ける怨霊を間引きしていたが祓っても祓っても後続が湧き出てくる。

 そんな千鶴の説明に尚斗は既に当たりをつけていた。


「この霊団の原因は霊道が生まれたからでしょうね。この付近にある霊脈の鬼門の位置にあるこのホテルは怨霊が溜まりやすい。自然の中に獣道が出来るように、霊が多く行き来することにより霊道として固定されてしまったのだと思います」

「霊道……ですか。ここってそんなに危険な場所だったの?」

「ここと同じような条件下の場所なんてまだまだありますよ。ただ……」


 そこで尚斗は後ろで美詞達により再度拘束されている男達に視線をやった。


「……恐らく彼らが原因の一端ではあるのでしょうね。あんな厄い男達が根城にしていたと仮定するなら、彼らが誘蛾灯になっていたであろうことは想像できます。まぁでもよかったです、霊団は規模によっては災害クラスになりますから小さい内に発見できたのは僥倖でした」

「うへぇ……これで規模が小さいんだぁ……」

「君達もいつかゾッとするほどの霊団と出会える日がきますよ」

「そんな出会いいらないなぁ……」

「それではさっさと祓ってしまいましょうか、事後処理もありますからねぇ」


 雑談はここまでとばかりに話を切り上げると尚斗は左手の上に聖書を顕現させた。


「聖なる主 全能の父 永遠の神よ 御力により我が行いを助け給え」


 聖句と共に淡い光を帯び始めた聖書が開きパラパラとページを捲り始める。

 更に右手で数枚の護符をまとめて取り出すと空中に放り投げた。


「暗き夜から解き放つ光となり給え」


 聖書から解放された幾筋もの鎖が、空中に舞い散る護符を一枚ずつ貫いて……いや、護符を貼り付け巻き込みながらそれぞれの鎖は四方八方に散っていく。

 

 尚斗はこの大広間に現出している怨霊を纏めて祓おうとしている。

 そういった広範囲の除霊は神道における祈祷が効果的ではあるが、如何せん準備と時間がかかる。

 キリスト教における神秘の中に聖域を構築する術があり今回はそれを行使しようとしているのだが、日本の怨霊には効果はいまいち。

 ならばどうすればいいか……。 


 護符をひっさげた鎖が広間内の壁や天井、至る所に突き刺さると準備完了とばかりに尚斗は次の行程に移るため一旦聖書を空中に留め、両手で印を結び術を唱える。

 

「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」


 ……そう、効果がないならば怨霊にも効果のある聖域を作ればいい。

 鎖によって至る所に磔されている護符達が光を発し始める。

 光明真言の力により四方八方に張り巡らされた護符は、これから行われるキリスト教神秘の効果を塗り替える変換器。 

 それは多くの光源によりライトアップされた幻想的な光景にも見えたがこの術の真骨頂はこれから。


「父と子と精霊に栄光あれ エィメン」


 聖句の終わりを告げ胸の前で十字を切ると今度は聖書から伸びた鎖達が光を放ち始める。

 その光は聖書から鎖の先端に向かって伸びて行き、それぞれの先端にある護符に光が到達すると護符の光と交じり合うように溶け大きな光のヴェールを広間いっぱいに発生させた。

 悪魔特効の効果を持つ聖域が護符というコンバーターを通じ怨霊特化の聖域へと性質を変える。 

 天から降りてくるオーロラにも似たヴェールにより広間は浄化されていき、逃げ場のない怨霊達は次々と塵になり空気に溶けていく。

 怨霊を祓う際の断末魔もなくただ静かに空間が塗り替えられていく幻想的な光景、ヴェールが過ぎた先……今まで怨霊がいたことを微塵も感じさせないそこにはただただ清浄な空間しか残らなかった。

 あれほどまでに犇めきあっていた怨霊達が尚斗のたったひとつの術によりあっけなくその姿を散らしていったのだ。

 それをなんの苦もなく行ってしまうのだから、この光景を見ていたひよっこ三人組からしてみれば目指す道の頂が更に遠く感じてしまったことであろう。


「……すごい術ですね。もう全部祓ったなんて……」

「見た目だけの虚仮威しですよ。低級の怨霊ぐらいにしか効果はありません。聖域を配置し霊道を一部だけでも遮断したかったのが目的です。これで少しは時間稼ぎができるはず、霊道の封印は後日しっかり祈祷を行っていただきましょう」


 もう霊の反応が感じられない大広間の状況に、行使しっぱなしであった四神結界をやっと解くことができ安堵した千鶴。

 尚斗は霊障が解かれていることを確認するために、さきほどまで堅く閉じられていた広間入口のドアを確認しに向かった。

 更に無事開いたことを確認するとどこかへ連絡をしているのか携帯電話を耳に当てている。


 長いことろくに動くことができていなかった千鶴が全身をほぐしていると友人二人が駆け寄ってきていることに気づいた。


「千鶴ちゃん、おつかれさま。結界ありがとうね」

「ちーちゃん、もう除霊は終わった感じ?神耶さん何て?」

「除霊は終わったっぽい。なんか霊道ができてるんだってさ。今は霊道をぶった切って通行止めにして近寄れないようにしてるから、それを後日封印するって」

「霊道かぁ……そりゃあんだけ出てくるんだもん、霊道のひとつやふたつ発生しててもおかしくないか……」

「あっちは大丈夫そう?」


 千鶴が視線を向けたのは再度拘束され床に転がされているミノムシ……もとい男達の図。


「うん、まぁ次拘束をどうこうできても……腕があれじゃーねぇ」


 先ほど尚斗が『丁寧』に処置していた陽翔は今も痛みに悶えながら床でもぞもぞし呻いている。


「優江ちゃんも大丈夫そうだよ、ちょっと足を捻ってるみたいだけど今は落ち着いてる」


 三人が現状把握に努めていると電話を終えた尚斗がこちらへ戻って来た。


「神耶さん、来てくれてありがとうございました」


 美詞の言葉に釣られるように夏希と千鶴も尚斗に礼を告げた。

 尚斗はどうってことはないとばかりに手を振って答えていたが美詞が疑問に思ったことをふと口に出した。


「でも神耶さん、どうしてこちらへ?」

「あぁ、実は偶然にも先ほどこちらの廃ホテルを管理している管理会社の方から依頼がありましてね。それが美詞君達が向かっている場所と同一である可能性が高かったので、管理人と一緒に急遽こちらに向かった次第です。ホテルに到着したら霊障でどこも入れないし綻びを見付けるのに苦労しましたよ、ほんと間に合ってよかった」

「そうだったんですね……ほんと助かりました、人質を取られてたので……」

「その彼女も無事そうですね。で、彼らが今回の下手人でよかったですか?明らかに厄いニオイをぷんぷん漂わせているので一目瞭然ですが……」


 床で芋虫状態の男達をみやる。

 尚斗が目を凝らしてみれば彼らの周囲には黒い靄が纏わりついていた。

 普通の犯罪者レベルではあそこまでの厄はつかない、人から恨みを買うような後ろめたい行いを両手では数えきれないほど犯してきたと簡単に想像できる。


「はい、神耶さんが拘束した天海陽翔と私の元同級生の女性である長谷川華凛さんが今回の主犯です。あんなに多くの女性の怨念を纏わりつかせてたらさすがにわかりますよね……」

「私には複数の女性の念というところまでは判りませんがあれは異常です。今の日本社会の中であれほどの厄まみれが平然と表を歩いているなど信じたくないですね」

「たぶん何人も死に追いやられています。彼ら変な薬物も持っていましたから……」

「……これは罪状が増えますね、丁度朝倉さんを呼んだところなので彼らに説明をお願いしても?」

「あ、朝倉さん来てらしたんですね。わかりました」


 尚斗が管理人を伴い廃ビルに向かう際、事後処理を考え警察にも連絡を入れていた。

 安全確認が終わるまではとホテルの外に管理人と一緒に待機してもらっていたが、多くのパトカーに囲まれ待っていた管理人は気が気でなかっただろう。

 そんな会話を交わしていると、聞いていたのかと思いたくなるタイミングで朝倉が複数の警察官を伴い尚斗の下へやってきた。


「やぁ尚斗君、来たよ。桜井君も無事みたいでよかった。で、さっそくなんだけど詳しいお話を聞かせてもらってもいいかな?」


 久しぶりに見た朝倉の姿は、トレードマークのくたびれたトレンチコート……は暑くなってきたのか薄手のものに変わっているが、いつもそれを着た姿しか見ていないため拘りがあるのかもしれない。

 美詞ら3人から今回の事件の経緯の説明を受け、更に件の男達に視線をやるとニヤリと笑い彼らに近寄り目線を合わせ話しかけた。


「よぉ天海陽翔、とうとう年貢の納め時だな。やっとおまえを豚箱送りにできそうだ」


 顔見知りなのだろうか。

 尚斗や美詞達には知らない因縁がありそうだ。

 普段穏やかな朝倉の口調が荒くなっているのに疑問符が浮かぶ面々の中から代表して尚斗が問う。


「朝倉さん、彼を知っているのですか?」

「あぁ、有名な悪党だよ。これまで多くの女性を毒牙にかけてきたクズだ。強姦、殺人、暴行、恐喝、拉致、監禁、薬物使用……罪状を挙げればキリがないほど色々やってる」

「そんな奴がなぜ今までのさばっていたので?」

「こいつの親さ。財閥議員で有名な天海氏の息子なんだ……警察上層部に圧力をかけれるほどのね。捜査一課とマトリ(麻薬取締官)が何度もこいつを検挙しようとしたのだが、その度に上から圧力がかかって散らされた。現行犯でしょっぴいても証拠不十分で逃げられてる。被害者女性を心が折れ精神が壊れるまで徹底的に甚振り脅すから被害届すら出してもらえない。裁判沙汰になりそうなら金に物をいわせ恐喝してまで示談にもっていく。こいつのせいで今まで何人の女性が自殺に追いやられたか……薬物多量接種でそのまま亡くなった子もいた……辛うじて無事な子らもみな社会復帰困難なほどだ……彼女らの無念をやっと晴らせるぜ!」


 説明を続ける内に朝倉の語気がどんどん強いものへと変わっていった。

 聞けば聞くほどひどい内容だ、だれもがその内容に反吐が出そうな気分になる。

 朝倉の観念を促す言葉にも動じた様子もなく、ただ痛みに悶えているだけの陽翔は弱弱しくもしかしはっきりと言葉を返した。


「はんっ、……どうせ今回もおまえら無能な警察に厄介になることはないさ。なんならあんたをクビにしてもらおうか?」


 警察に唾を吐きかけるような尊大な発言に朝倉が悔しがる顔を見せると思ったのだろう。

 しかし陽翔を見下ろす朝倉の顔は正反対でニヤリと笑みを深めるばかりだった。

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