第90話

 廃ホテルで一行が籠城戦に突入してどれほどが経っただろうか、美詞と夏希は現在結界内部で小休止に入っていた。

 間引きをするからと言って、なにもぶっ通しで動き続けているわけではない。

 殲滅しようとしても到底二人では手が足りず霊団は次々に補充されていくばかり、体力を回復させるため適度に休憩を挟みながら霊団を散らしていくのがベターな立ち回りだと判断した。


「みこっちゃん体力大丈夫?」

「うん、今のところは何とか……」

「実技でさ、いつもガッツリ走り込みさせられてたじゃん?あれの大切さがわかった気分だよ」

「桜井の修行でもね、かなり走らされたんだ……除霊は体力が命って」


 そこまで強力な怨霊がおらず、間引きにも苦戦はしていないため雑談を交わすぐらいには余裕はあるようだ。

 しかし


「それにしても、減った気がしないね……むしろ増えるスピードの方が速いような気がしてきた」

「うん、いくら悪性の霊団といってもこの増え方は異常だよ。それに予想だけどこの霊団……まったく性質がバラバラなんじゃないかなって……」

「うん?どういうこと?」

「本来霊団ってね、特定の意思に引きずられてとか、ある一定の繋がりのあるもの達が集まって構成されるの。有名なところで言ったら平家の軍勢による霊団のような……でもここにいる怨霊達はまるで寄せ集めの霊がただ集合しているだけのような……ごめんね、ただ霊感からそう感じただけなんだけど」

「いや、確かに纏まりがあるようには思えないね。動きに統一性がないしそれこそ襲ってくるのは一部だけだし……」


 苦戦はしていないが間引きが思いのほか進まないのもそれが原因であった。

 数の多さの割に好戦的に襲ってくる霊の数が予想より少ないのだ。

 中には上空高い位置で彷徨うだけの霊や逃げていく霊等、物理的に手の届かないものが多い。

 ならば放っておけばいいではないかと言えばそうはいかない。

 あくまで怨霊なのだ、いつ牙を剥くかもわからず更には怨霊同士が寄り集まる個体が出てこないとは限らないためどうしても懸念材料として残ってしまう。


「今私達ができるのはとにかく愚直に祓っていくしかないかな……」

「こりゃちーちゃんの霊力が尽きる前に私達のガス欠が早いかもね……」


 二人は休憩は終わりとばかりにまた結界の外へと向かって行く……しかしなにやら様子がおかしい。

 今までそれぞれが纏まりもなく行動していた怨霊達が違った動きを見せた。

 高い位置にある一点を中心に規則正しい動きを見せ始める。

 それはまるでイワシの群れが竜巻のように渦をまくあの現象にも似ている。

 除霊再開と意気込んでいた二人も、つい足を止めその現象を見守ってしまったほどの光景。


「なっちゃん、みーちゃん!まずいよあれ!」

「みこっちゃん……あれって……」

「うん、私も初めて見る……霊団を纏める核が生まれた……」


 元々霊格の高いリーダーに集まった霊団ではなく、有象無象が集まったただの寄せ集めの霊団。

 しかしそこに一つ飛びぬけた霊核が生まれリーダーとなったみたいだ。

 新たに生まれたリーダーはその他の雑兵をまとめ上げるか、もしくは……


「他の怨霊を吸収しているみたいだね……」


 そう、喰って更に霊格を上げようとするか……今回はどうやら後者のようであった。

 渦の中心には夜よりも暗い闇が蠢いている。

 一か所だけ月の光までも吸い込むように広がっていく闇。


「みこっちゃん……あれ成長しきる前にどうにか出来そう?」

「近づくことができたらなんとかできる……かな」


 チラリと結界の外に視線をやる美詞。

 そこには怨霊が犇めき合っている光景、さらに問題の霊核までは距離がありその付近は怨霊の密度が更に増している。


「……おうけぃ、やったろうじゃないの」


 夏希は何かを決心したかのように気合を入れ直し、ホルダーから護符を取り出した。

 それは美詞から預かった尚斗謹製の増幅符。


「今の私の力だと発動するだけでギリギリ……でもコイツがあれば。みこっちゃん、道を作るからお願い」

「わかった!無理はしないでね」


 鷹揚に頷き美詞の一歩前に出る夏希。

 両手の人差し指と小指を曲げ中指と薬指は伸ばしたまま印を組み、親指に符を挟む。


「ナウマク サマンダ ボダナン エンマヤ ソワカ …… ヤマよ地獄の業火を御貸し頂きたく希う」


 夏希の背後に現れた数個の火の玉。

 赤く溶岩のように粘着質なその火は、符によりブーストされた夏希の霊力をぐんぐん吸い取り力を増していく。

 夏希の額には術の制御の困難さからか汗が浮かび出す。


「【黒縄の残悔】」


 発動と共に背後に控えていた複数の火の玉達が、結界を抜け怨霊達へと殺到してゆく。

 八大地獄の比較的浅い層にあると言われている黒縄地獄、そこで燃え盛る業火のほんの一部を借り受ける術。

 地獄はすべての階層に罪人を苦しめるための業火が一面燃え盛っていると言われているが、深層ほどその規模は大きくなっていく。

 大幅にスケールダウンされた浅層の一部分だけを召喚するだけでも、増幅符は一瞬で崩れ去るばかりか夏希の霊力もごっそり持っていかれてしまった。

 夏希が「発動するだけでもギリギリ」というのは誇大な表現ではない、まだ未熟な術者である夏希からしてみればだいぶ背伸びした術なのだ。

 たった一つの火の玉を召喚するだけでも精一杯の火を、増幅符によりブーストされた霊力により放たれた火の玉の数は5つ、その数は怨霊の数に比べあまりにも少ない。

 しかしそんな懸念を払拭するように火の玉達は怨霊に到達するその直前で弾けた。

 もちろん術の失敗ではない、はじけた火の中から新たな無数の火が飛び出しその数を増やし次々に怨霊を穿ってゆく。

 その姿はまるでクラスター爆弾……別名集束爆弾と呼ばれる物に似ていた。

 小さく散らばった火の玉は更に広範囲に散らばり一つの玉が燃え尽きるとまたその先の怨霊の壁を穿つため次弾が襲い掛かる。

 

「みこっちゃん!いけるよ!」


 身の丈に合わない術を行使した反動か、片膝をついてしまった夏希が張り上げた美詞への合図がなされるころにはまるでトンネルのようにぽっかりと霊核への道が開かれていた。

 その合図に弾かれるように前に出た美詞は自身が持つ神楽鈴へと霊力を送り込みながら今も力をかき集める霊格へと距離を詰める。

 まるで花道のような夏希が開いた一本道、その道の終点である霊核の真下まで到達すると霊力をたっぷり溜め込んだ神楽鈴を頭上に掲げ術を解放する。


「鳴り響け清浄の音【咲音響浴】!」


 ― シャリイイイイィィィン…… ―


 霊力により増幅された鈴の音が浄化の力を伴い美詞を中心に波紋のように広がっていく。

 美詞に近い怨霊から浄力により次々霧散していき、その波は頭上にある闇そのものである霊核へも到達する。

 周囲の怨霊を喰い散らかし肥大していた核は浄化の嵐に晒され外側から少しずつ怨念が削られていく。

 このまま術が続けばいずれその中心まで掃き清めることができると思われたその嵐は……残念なことに長く続くことなく徐々に勢力を失ってしまった。


「くっ、なんて頑固な怨念っっ……!」


 術が相手に届ききらなかったことで忌々しく言葉を吐き捨てる美詞だったが、すぐに気を取り直し別の術へと移行する。

 無防備な美詞へ向けまわりの怨霊が我先にと殺到するが、そんなことお構いなしとばかりに術に集中しだした。

 気にする必要もなかった……なぜなら


「ほんっと無茶するなあぁ!長くはもたないからねっ!」


 先ほどの術の反動からか息を切らしながらも四肢に浄力を纏わせ、美詞に近寄る怨霊を弾き飛ばしていく夏希の姿。


「ごめんね、夏希ちゃんが来てくれるのわかってたから。少しだけ……お願い……」


 神楽鈴を眼前に構え練り始めた力は荒々しい神々の力。

 

「畏しや打ち靡く天の限り尊きろかも打ち続をく地の極み――」


 猛々しくも神聖であり禍々しく渦巻くその力の奔流に、周りの怨霊達が騒めき出し挙動がおかしくなる。

 傍で美詞を守っていた夏希も、ガラリと変わった美詞の術の性質に全身から鳥肌が立つのを覚え目を見開き振り向くほどだ。


「斯くも雄々しき荒魂に悪祓い去らしめ給へと恐み恐みも白す――」


 美詞に集まる押しつぶされそうな圧力が伴った力に恐れをなしたのか、生まれたばかりの力を持った霊核もついに逃げの一手にまわり距離をとろうとする。

 しかしその判断は遅すぎた。


「退け【魂裂一閃】!」


 夏希には美詞が持つ神楽鈴が一瞬、刀に見えたことだろう。

 抜刀術のように勢いよく振りぬかれた鈴から放たれる「斬撃」はとても刃物「以外」から生じるようなものには思えなかったからだ。

 逃げる霊核を追うように放たれた荒々しい斬撃は、一瞬のうちに目標を切り裂き爆発するかのように衝撃波が広がった。


 ― カション …… カツン ―


 美詞が持つ神楽鈴から黒くなった水晶が吐き出され、床を一度鳴らすと砂になり消えてゆく。


 時が止まった。

 ただの表現ではあるが、そう思わせるほどに周りの動きはなく静かだった。

 あれほどせわしなく動き回っていた怨霊達でさえ動きを止めるほどである、彼らの本能があまりにも危険な力の行使によりそうさせてしまったのだろう。


「はっ……みこっちゃん、大丈夫!?とりあえず一旦結界まで引くよ!」


 美詞の術に圧倒されていた夏希は再起動を果たすと、怨霊達が機能停止している隙に美詞の手を引き撤退する。

 幸いにも二人が結界まで撤退している間も怨霊達は目立った動きを見せず、悠々と戻ってくることができたのは僥倖だっただろう。

 夏希はさすがに息を切らし膝に手を置き俯きながら息を整えているが、美詞はまだ余裕があるのか軽く汗を拭うにとどまっている。


「はぁ……はぁ……やばい、マジびっくりしたぁ。みこっちゃんえげつねぇ……ちーちゃんも気になってるようだしなにあれって問いただしたいとこだけど……」

「そうだよみーちゃん!なにあれ、気になって仕方ないんだけど!?」

「あぁ……はははぁ……またここ出た後で改めてね」


 結界維持のため大きく身動きがとれないため美詞に詰め寄ることができない千鶴が怨めしそうに問いただす。


「まぁ無事散らせたようでよかった……もう大丈夫そう?」

「うん、ありがと夏希ちゃん、守ってくれて。霊団の主格は祓ったからもう大丈夫かな。あとはまた適度に間引いていかないとだけど……」

「そっかぁ……ちぃとばかし疲れちゃったから少し休憩していいかな?……やっぱ身の丈合わない術だったみたい」


 うん、休んでてと言葉にする前に意外なところから声がかかった。


「おっと、休憩するのは待ってもらおうかな」


 後方からかかる男の声、この場にいる男と言えば限られている。

 驚いたように声がした方向に視線を向ける3人……そこには


 拘束を解き優江にナイフを突きつけている陽翔の姿があった。

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