第88話
地面にうつ伏せになりぐったりとしている陽翔とそれを静かに遠巻きに見ている観客。
やっとのことで電流をストップした美詞はガンの先端部分を取り外すとそそくさとホルスターに納めてしまった。
そして何事もなかったかのように額を腕で拭う仕草をしたのち……
「ふぅー、たすかったあー。スタンガンなんて物騒なものもってたからこわかったよおー」
お決まりの棒読みである。
てめぇの武器のほうがよっぽどこえーわ!と一同の心の中は一致した。
「ななな、なんてもの持ってんのよあんたぁぁぁあ!銃刀法はどこいったわけ!?」
あまりにも理不尽な光景に場は静まり返ったものの、華凛が皆の心の中を代弁するように吠えた。
「あ、銃刀法なんて難しい言葉よく知ってたね」
美詞は何事もないようにそんな華凛を煽る。
最近は師匠に似てか、ナチュラルに人を煽れるようになってきた友人の姿に不安を覚える夏希と千鶴であった。
「ばかにすんじゃないわよ!!あんた犯罪よそれ!」
「じゃぁ長谷川さん達がやってることは犯罪じゃないって言うんだね?」
「うぐっ……」
特大のブーメランが返って来た華凛は言葉が詰まるが、美詞を睨みつける目はまだ戦意を失っていない。
「確かにコレは発射するタイプだからスタンガンと違って銃刀法違反なんだけど、それはあくまで一般人が持った場合。私達は許可さえ取れば本物の拳銃の所持も認められてるの。もちろんこれもちゃんと所持許可取得済だよ、期待を裏切るようでごめんね」
「なんて……理不尽……一体なんなのよ退魔師って……」
悔しそうに顔を歪める華凛がブツブツ呪詛を撒き散らしながら戦慄いている。
「にしてもみーちゃんちょっと演技が下手すぎない?イノシシさんにダイコンさんがトッピングされちゃったよ?」
「みこっちゃんは嘘つけないタイプだからなぁ……間違っても演劇にキャスティングされないよう周知しとかないと」
「ひどいよ二人ともー、これでもがんばったんだよ?」
「がんばってあれか……」
そんな和気あいあいとした三人のやり取りに置いていかれた華凛の中でなにかが弾けた。
「なんだってのよもぉぉおおおお!ふっざけんじゃないわよおお!」
頭から湯気を出しながらズカズカと美詞のところまで大股で歩み寄って来た華凛が平手を大きく振りかぶった。
美詞の顔にビンタでもかましたいのだろう、しかし美詞も黙って食らってやるわけにはいかない、むしろなぜ叩かれなくてはいけないのだという心情。
パシッと左手で華凛の手首を掴み、お返しとばかりにグーで華凛の顔面を殴りつける。
「ぶへっ」
みっともない声が華凛の口から零れ落ち鼻から血が垂れ落ちていく。
「い、いだい……いだいよぉ……ぐーでなぐられだぁ……」
一発の拳で分からされた華凛を更に一発、逆の拳でもう一発と無表情のまま殴りつけていく。
「ご、ごべんなざいごべんなざい、ふぐっ……もうだだかないでぇ……ふぐっ、ひぐっ……わだじがわるがっだからぁ」
敢無く陥落、どうやら華凛の闘志は一瞬でばきばきに折られてしまったようだ。
美詞にキャットファイトを挑むなんて到底無理ゲーなことに今更気づけたようだが後悔先に立たず。
「うわぁ……容赦ないねぇ……」
「遠慮なくグーでいっちゃってるよ……たぶんあの子、今まで殴られたこともないんだろうねぇ」
次々と屍(?)を築き上げる美詞の姿はどこぞやの覇王様のようであり、その猛々しい姿を見ていた優江がぼそっと呟く。
「か、かっこぃぃ……」
「うぇぇ!?」
「ゆえちゃん!それはまずい!その扉開いちゃだめなやつ!早く閉じて」
波乱はあったものの、これで華凛らが企てていた計画を無事潰すことができた。
その後倒れた不良達や未だ体がうまく動かない陽翔、顔が悲惨なことになっている華凛らを一人ひとり拘束していき一か所に纏めた。
尚斗からもらった軍用拘束バンドにプラスしてパラコードで徹底的に手足を動かせないようにしている。
健太と悠は夏希の指示通り自主的に拘束され、一団とは少し離れたところで大人しく座っている。
「おれらさっさと無抵抗貫いてよかったな……」
「あんなボロボロの悲惨な姿見せられたらな……」
などとぼやいていることから逃げる心配はなさそうだ。
不良達の中には既に目が覚めている者もおり罵声を浴びせ悪態をついているが、身動きがとれず口だけしか動かせないその姿はむしろ滑稽に見えた。
陽翔はやっと痺れがとれてきたがそれでも思うように体に力が入らず美詞らを睨みつけるばかり、華凛に至っては顔面を腫らしながら嗚咽を上げ続けている状態。
「さってと、やっと掃除が終わったねぇ」
「どうする?流石に全員運べないし車は運転できないよ?」
「ここに到着する前に神耶さんには場所を知らせてるから、連絡して来てもらおうかな」
そう言いながらポケットからスマホを取り出した美詞が操作しようとボタンを押したが……
「あれ……電源が入らない……電池切れちゃってたかなぁ」
不思議そうに電源を繰り返し起動しようと操作していたがうんともすんとも言わないスマホ。
美詞が業を煮やしていた姿を見かねた夏希がならば自分がとスマホを取り出した。
「ん?私のも点かないや。電池残ってたはずなんだけどなぁ」
その時点でハッとなった美詞はスマホのカバーを取り外し中を調べる。
美詞は電子機器の霊障被害防止のため一つ一つに札を仕込んでいたのだが……中に仕込まれていた札が黒く燃えたようにボロボロになっていた。
「っ!霊障!!」
美詞が注意を促すように夏希と千鶴に呼びかけると事態は急変した。
― バタンッ! ―
この大広間と出口を繋ぐ観音開きの大きなドアが勢いよく閉まった。
― バタン バタン バタン バタン …―
続いて館内の至る所から扉が閉まる音が響いてくる。
「まずい!閉じ込められる!」
「裏手は!?ガラスがほとんど割れてるから外にいけるはず」
千鶴が大広間の奥に見える壁を指さした、この大広間の奥一面は自然を見渡せるよう壁全体がガラス張りになっているが、今はそのほとんどが割れ落ちガラスを支えていたであろうフレームがその痕跡を残しているばかりとなっている。
「私は入口のドアを開けれないか調べてくるから、千鶴ちゃんと夏希ちゃんで通れそうな所手分けして探してみて」
「はいよ!」
真っ先にガラスがはまっていない壁に向かって駆け出した千鶴であるが、目の前に外が見えているにも関わらずそれ以上前に進めない。
見えない壁で物理的に部屋と外を区切られてしまっている。
「そ、そんな……なんにもないのになんで出れないの?」
「やばいね、想像以上に強い霊障だよこの結界」
扉を閉めて閉じ込めてしまう霊障はよくある、扉が固着してしまったかのようにびくともしないケースだが、こうやって結界のように見えない壁を作るというのはかなり強力な怪異と呼んでもいいレベルの代物であった。
一方美詞の方は閉じられた大きな扉を前に護符を貼りつけ脱出路の確保に専念していた。
「祓い給え 清め給え 穢れを祓い道を示し給え」
護符に籠められた霊力が光り出し扉に浸透していく。
パキンという音と共に邪気が祓われていく。
しかしそれを上書きするようにまた光を塗りつぶしてしまった。
何度か術を試してみるものの、何度も怨念とも呼べる邪気が扉を覆いつくしてしまう。
「くっ!だめ……数が多すぎる……」
一旦扉を開けるのを諦め再度三人は集合する。
「みーちゃん、だめ。たぶん結界を張られてる。窓を境界に見えない壁ができちゃってるよ……霊力も通らない」
「こっちもそれ以外の扉は全部霊障で閉じられてた。みこっちゃんは?」
「入口の扉もだめだった……たぶん相手は霊団クラス、何度解呪してもすぐに次が上書きしてくるの」
三人がそれぞれの状況を報告し合っていると周りの空気が変わった。
周囲の温度が下がりだし澱んだ空気に息が詰まりそうになる。
それは視覚化されていき、数えきれないほどの黒い靄が意思を持ったかのように漂い始めた。
「チッ!どんどん集まってくる。うまいこと隠れてたんだね……騒ぎを起こして刺激しちゃったかな……?」
「かもね……みーちゃん、私が四神結界を施すまで即席結界をお願いできる?ゆえちゃん以外は癪だけど一般人に被害出すわけにもいかないからさ。なっちゃんは時間稼ぎ!」
「籠城戦だね、了解!」
「わかった!あ、千鶴ちゃんこれ持って行って。四神護符と一緒に起点に組み込んだら消費霊力抑えられるから」
そう言って美詞がケースから取り出したのは結界用の小振りな水晶。
それを四神結界で使用するであろう4枚の護符分渡す。
「おお、さーんきゅ!助かるよ!じゃ行ってくる」
美詞に礼を告げ千鶴は結界の起点準備のため四方に護符を仕込むため動き出した。
残った美詞はその結界の中心になるであろう一纏めにされた一般人組の前に立ち、ホルダーから棒を取り出し勢いよく振った。
カシャン…シャリン
瞬く間に姿を変えたそれに、隣で摩利支天の真言を唱え戦闘準備を終えた夏希が驚いたような声をかけてきた。
「みこっちゃんかっこいいの持ってるじゃん、それって神楽鈴?」
「うん、神耶さんが作ってくれたの」
「わぉ、愛されてるねぇ」
「もぅ!茶化さないでよぉ」
ストレートな物言いに美詞の顔が熱を帯びるのを自覚してしまう。
そんな心情を誤魔化すように美詞は結界発動のため奏上を始めた。
「高天原に神留まり坐す 神魯岐神魯美の命以て―」
大祓詞だと起動まで長すぎる、直ぐに発動させるならば天津祝詞、禊のための祝詞であるため結界としての効力はもちろん大祓詞ほど高くないが、千鶴が四神結界を張るまでの間に合わせだ。
「―恐み恐み白す!」
シャリン
振られた鈴からの清められた音色を合図に半円形の結界が構築される。
この神秘的な超常現象は一般人の目にも映っているため、後方で事の成り行きを見守っていた一同が驚きと感嘆の声を上げていた。
先ほどまで美詞に向け罵倒していた一同の手のひら返しに美詞と夏希は笑いを堪えるのであった。
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