第85話

 時を同じくして、廃ホテルの反対側では別の4人が探索を行っていた。

 言わずとも分かる通り夏希に千鶴、健太と悠の班だ。

 彼女らは美詞らと別の道を進んだ後、用途不明の広場や売店跡、なにかの店舗と思われる部屋や宴会場等をまわった後に大浴場へと足を延ばしていた。

 かなりの場所を探索していたがほとんど空振りであり、噂のあった宴会場に行った際も大した成果は得ることができなかったのだ。

 噂では多数の人間の声が聞こえてくるとあったが、せいぜいラップ音かどうかと思われるような物音が何度かしたぐらいで、それも千鶴が護符で清めたことによりぱったりとなくなってしまった。

 これでは肩透かしではないかと期待はずれな表情を見せる退魔師の卵二人組とは対照的に、男性陣の顔は恐怖に彩られていた。

 どこからか一つ物音が聞こえただけで悲鳴を上げそうになり、食器が落ちるような大きな音が鳴ると腰が抜けたように座りこむ。

 しかしそれでも必死についてきているのは、やはり計画とやらのためだろう。

 そんな痩せ我慢が透けて見える二人に千鶴と夏希は顔を合わせて吹き出しそうになっていた。


「あんたらほんとに大丈夫?次まわるとこって大浴場だよ?霊が水辺に集まるって有名な話ぐらいは聞いたことあるでしょ?」

「次は大物がくるかもねー」


 男性陣二人を煽るような言い方をする女性陣に、声を震わせながらも精一杯の強がりで反論する。


「ば、ばかいうんじゃねーよ。このまま引き下がれるわけないっしょ」

「そ、そそそうだべ。こんぐらいよゆーだし」


 チャラさと尊大さは肝っ玉の大きさには比例しないようだ。

 ビビりながらも女性陣の後を恐る恐る付いていく様は、言葉とは正反対の行動であることに果たして本人達は気づいているだろうか。


「で、たどり着いたわけだけど、どっち?」


 ビビり倒している内に気づけば次の目的地に到着していたようだ。


「……華凛からの情報だと女子風呂の方らしい……」


 曰く「大浴場内で首を吊った女性の霊が出る」や「女性がすすり泣く声が聞こえてくる」との噂があるようだが……後者はまぁいいとして前者に関しては大浴場内のどこに首を吊れるような場所があるんだとツッコみを入れたくなる。


「ほんと噂って大体みんな同じでワンパターンだよねぇ」

「ま、みんな想像力が豊かなのか乏しいのか……」


 華凛からの情報の詳細を男性陣より聞き出した二人は、それにまったく恐れるようなそぶりを見せずズンズンと中に入っていく。

 健太と悠はというと……なぜかニヤリと笑みを滲ませながら先ほどまでの恐怖による落ち着きなさとは違う、また別の理由でそわそわし出していた。

 後ろをついてくる男二人にちらりと目をやった夏希がその様子からなにやら悟ったようだ。


(あぁ……なるほどね……)


 千鶴に注意を促そうかと横目に見ると、夏希に向かってウィンクをし合図を送ってくる彼女がいた。

 どうやら忠告は必要なさそうだ。

 脱衣所を抜け、既に朽ち果て扉がなくなってしまっている入口をくぐると床面が石材に変わった。

 眼前に広がる光景は銭湯等でよく見かけるもの……洗い場であったり石造りの広い浴槽であったり。

 天然温泉を売りにしていたからかなかなか凝った作り、相当な資金をつぎ込んだようである。

 しかし当時は雄大な大浴場であったここも今は見るも無残な姿を晒している。

 

 そんな大浴場の中心で夏希と千鶴は立ち止まり振り返ると後方の二人に声をかけた。


「で?こっからどうするの?なにか起きるまで待ってみる?」


 声をかけられた二人はまだ顔に恐怖の余韻を残したままであったが、それでも明らかにニヤニヤした嫌らしい笑顔を張り付けている。


 そして


「いいや、その必要はないな」


 夏希の問いに答えたのは健太と悠ではなく別の男の声であった。


「へぇ、聞いてた通りいい女じゃねーか。しかもマジで宝条学園かよ」

「宝条の女は初じゃね?最近はなかなか学生が釣れなかったしな。久々に堪能できそーだ」


 物陰から出てきたのは男二人、もちろん健太と悠ではない。

 この二人よりは確実に上であろう、年が近いと言えるなら陽翔と同じぐらい、まぁ陽翔の関係者なのは考えなくてもわかっていたため特段驚くことはなかった。


「うわぁ、登場からーい」

「あの天海って男のツレでしょ、アレとは違ってとっても分かり易くていいんじゃない?」


 突然の不審者乱入、しかし何一つ慌てた様子がなく逆に煽って見せるスタイルに新しく登場した二人は訝し気な顔を見せた。


「おい!そこの二人!」


 夏希と千鶴の二人のことではない、彼らの視線は女性二人を追い越して後方の健太と悠の方に向いてるように見える。


「てめーらおれらのことバラしたんじゃねーだろうな!」

「ば、ばらしてなんてないっすよ!」

「バレてたらここまで来てないですって!」


 二人は必死に弁解を述べているが千鶴らはわざわざ種明かしをするつもりもない。

 勝手に仲間割れでもしてくれたほうが楽でいい。


「ちっ!まぁいい。てめぇらは出口抑えとけよ、おんなぁ逃がすんじゃねーぞ」

「へへ、てめぇらも良い思いしてーだろ?しっかり見張ってな、おれらが飽きたらまわしてやんよ。そんときにゃ壊れてても知らねーがな!」


 どうやら仲間割れはないようだ。

 計画とやらは役割分担が事前にしっかり決められているようである。


「さぁ嬢ちゃん達おれらといいことしよーぜぇ」

「怖がって動けねぇか。大丈夫だよぉ、すーぐよくなるからねぇ。この薬があっげぷぇっ」


 男の言葉が途中で奇声と共に途切れる。

 「何言ってんだコイツ」とばかりに隣にいた男が相棒に目を向ける。

 が、既に相棒の姿はそこにいなかった。

 

「はぁ?」


 男が辛うじて発することのできた言葉はその一言だけ。

 何が起こったかわからなかった。

 隣には相棒がいたはずだ。

 意味がわからず思考が飛びそうになる。

 なぜなら

 そこには相棒の代わりに前方に肘を突き出した形で構えている女の姿があったからだ。

 相棒はどこだ?

 後方からなにかが崩れる音が聞こえてくる。

 首を動かす。

 後ろを見た。

 なにかが倒れている。

 そこまで見た光景を頭で把握する前に、耳の奥側で聞こえた鈍い音と共に男の意識は途切れてしまった。


 あぁ……やられたのか……


 その思考は男の意識が途切れ体が倒れ、次目が覚めた時までお預けをくらってしまう。


「げ、やりすぎたかなぁ……一般人相手だとどうしても加減がわかんないや」 

「うーん、別に大丈夫じゃない?自業自得ってやつだよ。天誅天誅~」


 種明かしは実に簡単、夏希が身体強化を行いとんでもないスピードで一人を吹っ飛ばし、更にとんでもないスピードで二人目も叩きのめしただけ。

 最初の一人目は壁まで吹っ飛ばされ瓦礫と交通事故を起こした衝撃で既に意識を失っており、二人目は膝から崩れ落ちて大浴場の床石材と熱い抱擁を交わしている。


「で、あんたらはどうすんの?こいつらのお仲間なんしょ?」

「月に代わらなくてもお仕置きしちゃうぞー」


 ぐりんと後方の二人に向けられた顔に威圧のオーラがにじみ出ているのは気のせいではないだろう。

 健太と悠は既に戦意喪失。

 涙を流しながら腰砕けになっており、二人で抱き合いながらがくがくと震えていた。


「……なんだか私らが苛めてるみたいじゃん」

「被害者側なのにさー」

「ま、4人運ぶのは大変だし2人で済んでよかったよ。私手加減が苦手っぽいから死体にしちゃったら申し訳ないしねぇ」


 夏希のその発言は今度こそ二人の心を折るのに十分であったようだ。

 この後どうするつもりだったのかという尋問にも近い問いかけにもすんなりと白状し、現在は当初の予定通り集合場所に向かい移動しているところだ。

 行きとは異なり先頭を歩くのは健太と悠の二人、まるで後ろにいる者から銃でも突き付けられているかのようにビクビクしながらの足取りは実に頼りない。

 その原因となっている後方の二人……夏希と千鶴は別に前を行く二人を脅しているわけではない、ただ信用のおけない者を背後におきたくなかっただけ。

 ただでさえ彼女らはそれぞれの片手が「重たい荷物」で塞がっているのだからなるべくリスクを冒したくはない。

 しかしその荷物は地面を引きずるズリズリとした音から、どういう状態で運ばれているのか察することができるだろう。


「みーちゃん側も既に動いてるかな?」

「そうなんじゃない?むしろ私達のほうが『オマケ』っぽいし」

「まぁみーちゃんならだいじょぶか。心配なのはゆえちゃんかなぁ」


 二人の会話に違和感を感じた健太がつい口を挟んでしまう。


「な、なぁ……三枝はまぁ順当だが……桜井さんが襲われるってのになんでそんな余裕なんだ?あんたらと違って向こうは桜井さん一人だぜ?」


 健太の疑問に千鶴と夏希はきょとんとした顔をしている。


「だって……ねぇ」

「うん……私らの中で一番強いのってみこっちゃんだよ?しかも私ら二人とは比べ物にならないぐらい」

「うんうん、潜在力も地力も根性も努力もすんごいのに最近は現役退魔師の下で毎日のように修行してるぐらいだからねぇ。私らとは次元が違うよー」


「ま、まじかよ……」


 癒しと萌えの巫女さんかと思ったら、破壊と燃えの巫女さんでしたというオチに理想像がガラガラと音をたて崩れ、首を項垂れてしまう男性陣。

 彼らの中での美詞のイメージは大和撫子のような清楚で凛とした姿だったのだが、それがまさか先ほど見せつけられた破壊者よりも更に上回る実力者と知りショックを受けたようである。


「はぁ……こんなことなら華凛の口車に乗せられんじゃなかった」

「おれらあの時点で既に詰んでたんじゃね」


 哀愁漂う二人の呟きに同情するものはいない。

  

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