第84話

 カツカツ―……サクサク―……ジャリッジャリッ―……


 4人が奏でる足音は様々な音色を響かせていた。

 コンクリートがむき出しの床、ボロボロのカーペット、挙句の果てには土や瓦礫に至るまで。

 どこから入ったのか樹木の一部が通路のいたるところにまで侵入し、建物を自然に還そうとしている姿に自然の偉大さを垣間見る。


「だいぶ崩れちゃってるね……」

「ええ、目的地までは一つの階段では行けないみたいよ。途中で崩壊しているから本館と別館を行ったり来たりしないとって」


 丁度件の階段を上っている途中、2階から3階へと続く踊り場で立ち止まる。


「……ほんとだ。確かにこれだと進めないね」


 美詞の目の前にある光景は、上階より崩れ落ちてきた瓦礫により先が塞がれている階段の姿。


「情報によるとここから別館に繋がる渡り廊下があるみたいだから探しましょ」


 増改築により複雑化した経路は所々が崩壊していることにより迷宮のような状態へと化していた。

 これで館内図でもあれば楽であったのだが壁紙や天井、床まで剥がれ落ちている有様ではそんなもの期待できなかった。

 少し周囲を調べてみると怪しそうな鉄扉、恐らく防火扉だろうが重たいそれを押して先を覗いてみると別館への通路と思われるそれらしい通路が見える。


「あ、渡り廊下ってこれのことかも……」

「やっぱりあったわね。この先の階段から上に行けるみたいよ、行きましょ」


 ライトでの一件以降、美詞と華凛のやり取りは息が合ったように噛み合っておりスムーズに探索を進めることが出来ている。

 互いの腹の内を抜きにすればなかなかいいバディっぷりで、優江と陽翔の入り込む余地がないほどである。

 優江はただ雰囲気に呑まれ恐怖で震えているだけであるが、陽翔の場合はまた少し違っていた。

 彼の頭の中ではこの小娘をどうやって甚振ってやろうかというヘドロのような思考でいっぱいなため、会話をすればボロが出る自覚があることからあえて言葉を控えていた。


「ねぇ……なんか声が聞こえない?……」

「ひょっ!」


 ふと漏らした華凛の恐怖を煽る言葉に優江がたまらず短い悲鳴を上げる。

 その言葉に従い一同は一旦足を止め声を潜め『声』とやらの発生源を探るが周囲はシンとしたまま。


「気のせい……じゃないんだよね?」

「ええ……なんとなくだけど……私達のとは違う話声と足音が聞えたような気がしたの」


 もう一班はまったくの反対方向を探索中なので、いくら反響したからといっても端まで届くとは思えない。


「私達の他に肝試ししている人がいるのかなぁ?」

「どうかしら……最近ここも結構有名になってるみたいだから、ありえないことはないかもしれないけど……」

「気のせいじゃないかな華凛。他に車とかなかったし、入る前にライトの光とかも見えなかったからいないと思うんだけど」


 繕うように陽翔が気のせいだとフォローを入れいているが少し気になった美詞は


「ちょっと待ってね」


 感知術を発動し周囲を探ってみた。


「美詞さん、なにをやったの?」


 美詞の袖をつかむ優江が美詞の行った行動に疑問を抱き尋ねてくる。


「うん、ちょっとまわりを探ってみたんだよ。特に大きな反応は返ってこなかったけど……少し邪気が漂ってるみたいだから霊障を起こしたのかも」

「そんなことができるんだねっ!」


 感心したように優江が目を輝かせる。

 今しがたまでぷるぷる子犬のように震えていたかと思えば子供のようにはしゃぐ、そんな忙しそうにコロコロ表情を変える姿は見ていてほっこりする。


「へぇ……桜井さんの力ってのでも曖昧なのね」

「そうだね、私も見習いだから。私の感知術だと悪霊と呼べるぐらいのものにならないとはっきりした反応は返ってこないんだよ。ソナーで例えると船とか潜水艦とか魚群レベルだと探知できても、ちっちゃな魚までは反応が返ってこないって感じかな」

「そんなもんなのね、どうするの?お祓いみたいなことするの?」

「放っておいていいんじゃないかな?実害はないし。そっちのほうが長谷川さん好みの肝試しなんでしょ?」

「フンッ、わかってきたじゃない。じゃ、進みましょ」


 その後も驚かせるレベルの物音等はあったが順調に3階に上がり、また本館に戻っては4階に上がった。


「ここが4階ね、例の部屋がある場所だわ」

「どっちの通路だろうね……別の階で客室番号の並び順を見ておけばよかった」


 本館側を進むべきか、別館側の通路を抜けるべきかと考えている時耳に入ってくる音があった。


 ― きぃぃぃ……     ばたん ―


「ひぅっ!!」


 吃驚した優江が勢いよく美詞の腕に抱き着いた。

 先ほどからこの小動物はどこかで音が聞こえてくるたびにこのような状態になるのを繰り返していた。


「今回の音は……なんかはっきり聞こえなかった?」

「うん、扉が閉まったような音……かな。誘われてるね」

「へぇ……なら行くしかないわね」


 もう限界が近いのか優江は美詞の腕にぴったりひっついて……巻き付いて離れない。

 邪な考えばかりの陽翔でさえ冷や汗を垂らしながらごくりと喉を鳴らしている。

 それが普通なのだろう、むしろこんなに余裕を見せている華凛が少し特殊なのだ。

 美詞も心の中でその心臓に毛が生えたような胆力には関心していた。

 ゆっくりと歩を進めながらも慎重に音の出どころを探ってゆく。


 ― ぎ……ぎぃぃ……ぃぃ  きぃぃ ぱたん ―


 ゆっくりとだが扉が開け閉めされている音だというのが鮮明さを増してくる。

 恐らく徐々に近づいているのだろう、この怪奇を生み出している部屋に……しかしこの長い廊下の先は暗闇が支配……


「あ、みつけた」


 ……なーんてされていなかった、まるっとお見通しで一瞬の内に見つかった。


「はぁ……あんたマジでそのライトどうにかならないの?普通あんな先にあるドアなんて見えないわよ!真っ白に照らし出されてるじゃないの!」


 除霊現場にて真っ先に原因を特定できるということはとても大切、そう……これでいいのだ。


「チッ!ちょっとはそれっぽい雰囲気になってきたと思ったらすぐこれよ!」


 もう美詞に対しての悪態に遠慮がなくなってきている、計画はどうしたそれでいいのかと心配しっぱなしである。

 原因が特定されたためか、はたまたまばゆい光に怯えてか霊障と思われる現象は鳴りを潜めているようだ。

 長い廊下で唯一動いていた扉に向け一同が歩を進めその場に到着するまでとても平和であった。


「この部屋だね、なんか生暖かい空気が流れてきてるけどだいぶ澱んでるなぁ」

「風が吹いてるってことなのね、じゃぁこの扉も?」

「ううん、そっちは霊障だね。この程度の空気の流れで何度も開閉はしたりしないよ、それにタイミングよすぎだもん。この部屋が長谷川さんが言ってたところじゃないの?ほら」


 美詞が指さす先には例の赤文字。

 美詞の『霊障』という単語と壁に塗りたくられた赤文字を見た優江が卒倒しかかっている。


「ここが409号室……表示はないわね……まぁいいわ、いかにも怪しい部屋だし入ってみましょ」

「えぇぇえ!入っちゃうんですか!?」


 今まで華凛の言葉にはなるべく反応せずにいた優江がもう我慢の限界といったように抗議の声を上げる。


「そりゃ入るわよ、肝試しに来てるんだから。黒電話の件も気になるしね」

「うーん、まぁ確かにこの部屋は怪しいかな……気配も濃いし。まぁ行くなら行くでいいけど離れず着いてきてね。いざという時は結界を張るから」

「結界?バリアみたいなもの?ほんっとファンタジーね」


 部屋の中は殺風景……他の部屋は布団があったり家具が残っていたりと残置物により散らかされていたが、なぜかこの部屋は綺麗だ。

 もちろん畳は腐りべこべこと沈むし、壁や天井も染みや汚れ等で見れたものじゃない。

 しかし部屋に何もないというのは広さが目立ち、ある種の不気味さを演出しているような気にもなってくる。

 更にそんな中、床の間に置かれた黒電話だけが更に際立って異質さを演出していた。


「これが……その黒電話……」

 

 華凛が何も考えずポツンとある黒電話に手を伸ばした時……


 ― バタンッ!! ―


 勢いよく入口のドアが閉まる。

 一同は肩を跳ね上げドアの方に目を向けるがそれだけでは終わらなかった。


 ― チンッ ヂリリリリリン  ヂリリリリリン ―


 追撃するように黒電話がけたたましく吠えだす。

 電話を触るためかがんでいた華凛は弾かれたように手を引っ込め後ろに倒れながら尻もちをついてしまった。


「いやぁっぁぁぁっぁぁあああ!」

「きゃぁぁぁぁぁああぁぁぁああ!」 

「ひぃぃぃ!」

 

 部屋に閉じ込められたこととコードが繋がってもいない電話がいきなり鳴りだしたことに恐怖が伝染し、美詞を除く三人が悲鳴を上げながら壁際まで距離を取るが美詞だけはその場から動いていなかった。


「祓い給え 清め給え」

 ― パンッ! ―


 霊力を乗せ大きく打たれた柏手かしわでによって周囲に一陣の風が吹き、清浄な空気が過ぎ去るころにはあれだけけたたましく鳴っていた黒電話は何事もなかったかのように沈黙する。

 一瞬にして静まり返った場にだれも動くことはできず、声を出すことさえも憚れた……美詞以外は。


「うーん、清めとこうかな」


 ベルトのアタッチメントに固定されたボトルの口を操作し、出てきた物を適量手に取ると黒電話の上からさらさらと零していく。


「さ、さくらいさん……大丈夫なの?そ、それと何してるの?」

「清めの塩だよ。イタズラできないようにね」

「は……はは、いたずら……いたずらなのか……あれが」


 イタズラと答えた美詞に陽翔は呆然とした様子で呟いていた。

 電話に塩を振りかけ終わると今度は同じように部屋の四隅に小さな塩の山を作り部屋の中心に戻って来た。

 何をするのだろうかと見守る一同を他所に美詞が奏上を始める。


「祓へ給ひ 清め賜へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す」


 略詞を発した後、最後にもう一度柏手を打ち礼をするとまた部屋の中に静寂が訪れる。

 

「も、もういいのかしら?……」

「うん、部屋のほうはもう大丈夫かな。でも……」

「な、なによ……」

「そっちがまだだね」


 美詞の指さす先は開きっぱなしになった押し入れ。

 中には何も入っていなかった。


 はず


 なのだが


 中から黒い髪が覗いている。


「「「ぎゃぁぁっぁぁあぁあああ!」」」


 美詞が指す先に視線を追った三人が今度こそ声を揃え一斉に悲鳴を上げた。

 

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