第83話

 美詞の絶対零度拒絶に陽翔の胡散臭い笑顔が引きつる。


「つ、つれないなぁ」


 なんとか笑顔を維持しようと口角をひくひくさせながら言葉を発しているが、こちらもあまり繕えていないようであった。

 今まで陽翔の甘いマスクと財力による物を言わせた口説きで落ちなかった女はいなかったためプライドがズタズタだ。


「陽翔、無駄よ。その子中学の時も誰一人として男子に下の名前を呼ばせなかったから。教師ですら徹底してたわ」

「そ、そうかい……それは残念だね」


 そこに千鶴と夏希が燃料を投下する。


「高校でもそうだよねー、そいえばみーちゃんのこと名前で呼んでる人って神耶さんだけじゃない?」

「あ、そいえば神耶さんだけ……か」


 その言葉に今度こそ陽翔の顔が歪み、それを気づかれないように己の手で隠す。


「ほ、ほぉ……そんな男がいるのかい。桜井さん、君みたいな子がどんな男に気を許しているのかわからないが、僕の事を知るチャンスをくれないかい?こう言ってはなんだが僕は財力もあるし顔もそれなりだと自負している。将来も政治家の道が約束されているし有望だと思うんだよ、“そんな男”の事なんて忘れて今は僕を見てくれないかな?」

「……そんな男?」


 美詞の周りの温度が一気に下がった。

 それは言葉の表現ではない、物理的に怒気により噴出された霊力が周りの温度を下げたのだ。

 近くにいた優江が「ひぇぇ」と小刻みに震え出したのを見て美詞がハッとなり怒りを鎮めた。


「びっくりさせちゃってごめんねゆえちゃん」

「あ、いえ、大丈夫で……だよ」


 申し訳なさそうな顔で謝る美詞に恐縮してぶんぶんとツインテールを揺らしながら顔を横に振り精一杯大丈夫だとアピールする優江の姿はとても愛らしく、やはり小動物のようだと不謹慎ながら思ってしまった美詞。

 そしてその発端である陽翔に向き直り、心臓の芯まで凍り付かせそうな睨みを利かせると。


「私の恩人である方を何も知らないくせに侮辱する下卑た発言はやめてください」

「す、すまないね。つい醜い嫉妬心をさらけ出してしまったようだ。今後は気を付けるよ」

「でしたら結構です」


 一時騒然としたが、華凛が重くなった空気を裂くように開始の合図を出す。


「ハァ……じゃぁ気を取り直して行くわよ。あんたらの班はあっちの右側ルート、私達はこっちの左側ルート。途中なにかの現象が起こったら連絡をすること。この広間にはこのランタンを着けっぱなしにして置いておくから目印にするといいわ。今から1時間後に集合ね」


 華凛の言葉にそれぞれが歩き出し、美詞と優江も先に進んだ。

 立ち尽くしたままの陽翔に対し華凛が小声で声をかける。


「らしくないじゃないの陽翔。あんまりボロを出すんじゃないわよ」

「あぁ……わかってる。あのアマ……顔がいいからペットにしてやろうと思ってたが……覚えてやがれ、ぐちゃぐちゃに壊して俺の足元に這いつくばらせてやる」


 狂気を孕んだ顔で美詞と優江の後を追っていく二人。

 これから起こる狂宴に口元が歪むのを抑えきれなかった。


 そして丁度同じころ、陽翔と華凛と少し距離が離れた隙に美詞も優江に小声で話しかけていた。


「ゆえちゃん、これを持ってて」

「……これは?」

「御守りだよ。怪異からきっとゆえちゃんのことを守ってくれるから」


 そう言って美詞が腰につけたポーチから取り出したのは水晶が飾られた組紐。

 それを優江の手首にまきつけ結んであげた。


「歩きながら聞いて……たぶんこの肝試しの間に後ろの二人は私に対してなにか仕掛けてくると思うの」

「そ、そんな!一体なんで!」

「しっ!声を抑えてね。私長谷川さんに恨まれてたみたいでね、なんか企んでるみたい。だからなるべく二人には近寄らないようにね」

「……そんな……ご、ごめんなさい美詞さん……私そんなこと全然知らなくて……」

「いいんだよ、それにゆえちゃんも長谷川さんになにか無理強いされたんじゃないかな?」

「実は……はい……私のお父さんが長谷川さんの会社で働いてて……お父さんのことを話に出されて断り切れなかったの……」

「はぁ……相変わらずだなぁ、あの子は……ぜんっぜん変わってない……大丈夫、そのあたりのこともなんとかしてあげられると思うから心配しないで」

「え?なんとか……って?美詞さんって一体……」

「そのあたりはその時にね、ほら二人がそろそろ合流するから自然に」

「そ、そんなの無理だよぉ」


 優江に対してどのタイミングで伝えようかと悩んでいたが丁度いいタイミングができ、最低限のことだけでも話すことができてよかったと胸をなでおろす。

 丁度話終えたタイミングで後続の二人が美詞らに合流する。


「あまり先に行き過ぎないでよ?ここ、とんでもなく広いんだから迷っても知らないわよ」

「そうだね、とても広そう。で、私達はどういったルートを行くの?」

「私達は主に客室ルートね。地下の設備室エリアも時間次第ではって感じ。反対のルートは従業員部屋や広間、宴会場に大浴場とかがあるエリアね」

「うん、了解。じゃあ長谷川さん先導してもらっていい?」

「なによ、怖くなったのかしら?」

「だって道知らないし」 

「道は教えるからゲストが前に行きなさいよ、企画者が先導してもおもしろくないじゃない」


 美詞としては敵に背を向けるのはなるべく避けたいがための提案であったが、まぁいいかと溜息を吐く。

 先ほどまで集まっていた大広間は天井や壁がガラス張り……既に大部分は割れてしまっているがまだ月明りが照らしていたため、暗さに慣れた目でもランタンひとつでなんとかなっていた。

 しかし今から侵入していく廊下の先は真っ暗で、自然とそれぞれが手に持つ懐中電灯に火を入れていく。

 美詞も腰のポーチからタクティカルライトを取り出しスイッチを入れた途端、眩い光が先を照らし出す。

 それは他の三人が持っている物とは比べ物にならない光の暴力、三人の光源を一瞬で飲み込んでしまった。


「あ、あんた……なんちゅーもん持ってきてんのよ!」

「え?私なにかやっちゃった?」

「桜井さん情緒ってもんがないの?肝試しに来てんのよ?暗い中を進んでいくってのがお約束でしょうよ、見て見なさい前を!どこに暗がりを怖がる要素があるってのよ!」


 華凛が人差し指で指し示す先は廊下の先まで照らし出す光。

 なにがおかしいのかと首をかしげる美詞。

 なにかおかしい?と優江の顔を見、同意を求めるがおろおろしているばかり。

 華凛らが持つライトは100ルーメンほどの一般的なもの、それなりの距離まで照らし出すことのできる光源ではあるがそれまでだ。

 しかし美詞の持つライトは神耶率いる技術研謹製の特注品。

 その明るさたるやなんと最大5万ルーメン、市販品でもそのレベル以上の物は売っているが、技術研がそれだけで収まるわけがない。

 完全防水、耐衝撃、耐圧、防塵、対霊障と実戦に耐えうるようこれでもかと頑丈にした。

 もちろん最新技術を駆使したバッテリー搭載、長時間の除霊に対応可能。

 とはいえ長時間最大出力を放出していると使用時間は短くなってしまうため、現在はスポットモードに切り替えた上で出力を最低にまで下げている。

 しかし、それでも8000ルーメンの光線とも呼べるそれは規格外の光を放っていた。

 美詞はこれでも配慮しているのだ、通常モードで使用しただけで周囲一帯が照明で照らされたように明るくなるのだから……。

 

「これでも最低まで明るさを抑えてるんだけど……これ以上暗くなるのは御免かな。私達退魔師は安全第一、夜に行う活動がメインだから光源の確保は必須なんだよ。なんで怨霊に対して自分から無防備にならないといけないかがわからないんだけど……」 

「~~ぁぁっ!!もういいわっ!あんたとは世界が違うってのがよくわかった!好きにしなさい!」


 話が通じないと感じた華凛が投げやりになってしまったが、美詞が追い打ちをかけるように「変な長谷川さん」って言葉で華凛の奥歯が今度こそ欠けた。

 敵を煽っていくスタイルは、しっかり尚斗から引き継いでいる。 

 

 余談とはなるが美詞は予備のバッテリーに加えて普段は予備のライトも持ち歩いている。

 いくら対霊障措置が施されているとは言え心霊現場では霊障等によって点灯しなくなることも多々あるためだ。

 しかし今は荷物を減らすため予備バッテリーをポーチに忍ばせているのみ、霊障除けのための護符を中に仕込むことで更に対霊障力をアップさせていた。

 文字通り一般人と退魔師とでは世界が違うのだ、使う道具が変わるのも当然と言えば当然であった。

 丁度同じころ、同じような理由で同等のライトを持つ夏希と千鶴に対しても似たようなやり取りがされていた。


「で、まっすぐでいいのかな?あ、ゆえちゃんは私から離れないでねー、逸れたらいけないから腕に捕まっててね」

「あっ……う、うん!」


 そのほんわかした美詞らのやり取りは微笑ましい限りで、肝試しのおどろおどろしい雰囲気とはかけ離れすぎている。


(こ、こいつ慣れすぎている!退魔師ってなんなのよもぉ!これじゃ精神的に追い込めないじゃない!)


 華凛の心の中は荒れに荒れていた。

 考えていたプランがまったく役に立たない、肝試しで精神的に恐怖心を煽り疲弊したところで襲って心をへし折る作戦がガラガラと崩れていく音が聞こえてきそうだ。

 そんな華凛の心情を慮ってか陽翔が華凛の肩に手をやる。


「華凛、落ち着きなって。大丈夫だから」


 そう一言だけ声をかけ宥めている、もちろん美詞にも聞こえているであろうから下手な単語は出さないがアイコンタクトで「任せておけ」とでも伝えているようだ。

 それで冷静になったのか華凛もふぅと一息つき、気を落ち着かせると仕方ないとばかりに前の二人についていった。

 先を行く華凛を見送る陽翔の顔はひどく醜悪な嗤いを浮かべていた。

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