第82話
「すごい“穢れ”だね……遠くからでもわかるほどに私の霊感が反応してる」
「ああ、感知力が強くない私でもピリピリきてるよ」
「みーちゃん、なっちゃん、準備してきて正解だったね」
目の前に佇む廃ホテル、到着したはいいものの美詞ら三人は早々に『肝試し』気分を消していた。
「さ、私達の準備をしよっか」
三人は荷物を地面に降ろし中から次々と道具を出していく。
一灯だけとはいえ光源があってよかった、暗い中だととても準備できるような量ではなかったから。
「え、なになに?桜井さん達なんかもってきてんの?」
「すげー準備いーじゃん。どんなん持ってきたん?……え?」
相変わらずの健太と悠が、がちゃがちゃと準備をしだす美詞らを視界に納め寄ってくるがガッチガチの本格的な装備を身に着けだした三人に言葉を失う。
「それは……詳しくはナイショかな?」
美詞の笑顔と手に持つ得体の知れない道具達とのギャップについたじろいでしまう二人。
いつもチャラけた様子である二人の反応に気になった華凛と陽翔も美詞らの下に集まって来た。
「あんたらなに……ってナニソレ……」
華凛も宝条学園三人組の姿を見て言葉を失った。
カチャカチャと身に着けていく道具は何に使う物かよくわからないものばかりだが、存在感があり本格的であるためコケ脅しでないことがわかってしまう。
千鶴と夏希はまだ簡素的である。
美詞のファーストラインよりもシンプルで取り付けられたアタッチメントやホルダー等も少ない。
除霊用と言えば尚斗から預かったお札が収まったケースぐらいで、あとはライトやポーチの小物程度だからだ。
問題は美詞だ。
尚斗から預かった装備群がフルに取り付けられたファーストラインを腰に携えるその姿は異常でしかない……一言で物騒極まりない。
制服の上から装備されたそれらはコスプレにも見えないことはないがどれも本物なのだ、それなりの雰囲気を持っているがため異様さが目立つ。
「へ、へぇ……なんだか……すごい装備だね……一体何に使うんだい?」
先ほどまで張り付けたような笑みを仮面にしていた陽翔でさえ、その威容から仮面に罅が入り表情が引きつっている。
陽翔の疑問に応えるように、美詞が自身の装備に不備がないかをチェックしながら素っ気なく答える。
「なにって……除霊道具ですね」
「除霊?……えっと、何を言ってるか……本物なのかい?おもちゃではなく?」
話が微妙に嚙み合わない。
そもそも華凛達は美詞らを“建前上”はそういう目的で呼んだのではなかっただろうか。
「あれ?肝試しに行くのが不安だから着いてきてほしいって頼まれたので、てっきり私達の力を当てにしてのことだと思ったのですが、違いました?」
「うん、私もゆえちゃんからそう聞いてたんだけど」
美詞の言葉にのっかるように千鶴も優江から聞いた内容通りであることを証言する。
「え?は?どういうこと?力を当てにって……え?優江、あんたどういうこと!?」
「ひぅっ!!」
いきなり華凛から怒鳴りつけられるように声をかけられた優江が身を竦めて萎縮してしまい、思わず悲鳴を上げてしまうが恐る恐る説明しだした。
「えっと……宝条学園の子達はみんな霊能力者なんだよ……桜井さんのことはよくわからないけど、千鶴ちゃんも夏希ちゃんも見習いの退魔師だもん。長谷川さんも桜井さんが霊能力者って知ってたから誘ったんじゃなかったの……?」
「そんなの知らないわよ!なに!?タイマシってなによ!?そんなファンタジーな世界ほんとに信じてるわけ?」
どうやら優江と華凛の間で意思の齟齬があったみたいだ。
二人の様子にため息を同時に吐いた三人から夏希が前に出て優江の説明を引き継いだ。
「長谷川さん、あんたが裏の世界を知らないのはよくわかった。でもね、この世界中には怪異と呼ばれるものが腐るほど存在していて、それを対処する存在も五万といることも知っておいて」
そう言うと手のひらから可視化するほどに凝縮した霊力を炎のようにゆらめかした。
「手品……じゃないのね……なによ……退魔師って……いきなりファンタジーをブチ込んでくんじゃないわよ……」
なにやら相当ショックだったのか華凛が現実を直視できず壊れかけていた。
「な、なぁ……桜井さん達はその……退魔師ってやつの見習いなのか?どんなことができるんだ?」
「ああ、おれもそんな存在初めて聞いたぜ。リアル陰陽師みたいなもんか?」
気になった健太と悠がぶっ壊れかけている華凛を他所に美詞らに恐る恐る尋ねる。
その質問に答えたのは千鶴だ。
「あぁ、リアル陰陽師は私だけかな。みーちゃんは神道の巫女さんだし、なっちゃんは仏教の僧侶?って分類にあたるのかな?」
それを聞いた二人は「どーすんだこれ?」みたいな顔で華凛と陽翔の方をチラチラと見ている。
きっとこんな話聞いてねーぞ、計画は大丈夫なんか?とでも思っているのかもしれない、相変わらず分かりやすい二人だ。
現実に追いつけなくなった悪だくみ四人組で真っ先に再起動したのは年長者である陽翔であった。
「そ、そうなのかい。いやぁ、まさかそんな子達がいるとは思ってなかったよ、すごいんだね。そんな物々しい装備をしているってことは……幽霊とかが出ちゃった時のためだよね?」
「出ちゃった時……というか“います”よ?」
「ほえ?」
夏希の一言になんとか繕っていた陽翔の仮面もついに剥がれ、素っ頓狂な声が漏れた。
「だからいますって。私にはなんとなくしかわかりませんけど、みこっちゃんは感知に長けているので彼女が言っているならば確実です」
「はい、私の霊感にも引っかかりましたから何らかの怪異は確実に存在します」
陽翔の目が大遠泳を開始した。
今頃彼の頭の中では計画と幽霊が天秤にかかり激しく上下していることだろう。
「お、驚かそうったってそうはいかないわ!ここまで来たからには引き下がれないの!け……肝試しを開始するわよ!」
あ、また言い間違えかけた。
華凛の中では計画とやらがよほど大事なのだろう。
そして華凛の気迫に引っ張られるように、陽翔もなんとか泳ぎ疲れた目を休めて正気に戻ったようだ。
「そ、そうだね。せっかくここまで来たんだからそのまま帰るのはもったいないか。うん、心強い味方がいるんだからいざという時は頼むよ」
襲う予定のターゲットに縋るなと心の中で盛大にツッコむ三人である。
ほら健太と悠も「え、マジでやんの?」みたいな顔をしているじゃないか。
しかし彼らも計画と恐怖を天秤にかけ計画側に傾いたのかなにも言わず華凛と陽翔に従うようであった。
そんなに計画への協力は旨味があるのだろうか、一体どんな密約が交わされているのかわからないが碌でもないことは確かだろう。
優江は相変わらずプルプルしている。
三者三様の思惑が交差する中美詞ら三人だけはまだ余裕を見せていた。
「まぁ私達はそれを見越して準備してきてたわけだし全然大丈夫さ」
「そだねー、今のところ大きな邪気の反応もないから行けるっちゃ行けるねぃ」
「心配があるとすれば私達の霊力が刺激しないかぐらいかな……霊力を抑えなくちゃね」
「なによ……霊力とか邪気とか……中二病拗らせてんじゃないわよ……なによ巫女って……モテ属性マシてんじゃないわよ……」
またもやブツブツと呟きだした華凛は未だ現実を受け止め切れていないようだ。
俯いていた顔を勢いよく上げるとキッと美詞を睨みつけながら気合を入れ直している。
「ここでうだうだしてても始まらないわ!肝試しの行程を説明するわよ!」
情報量が多すぎて壊れかけていたが持ち直すのが早いのはいいことだ、これで動機も不純でなければ評価ができるのだが……まぁ愉快な性格をしているのでそのままにさせておこうと思い静かに見守る。
今回の舞台となる廃ホテル内に向かう道中で華凛から行われた説明によれば、広大な廃ホテル内部を二組に分かれて探索するらしい。
先ほど説明にもあった噂のある部屋や施設等を見てまわるとのことだが……計画とやらを進めるのであればこのどこかで仕掛けてくるのであろう。
しかも私達三人を引き離した状態でというのが考えられる小細工になるだろうか。
そう美詞が考えていると、ロビーに到着した一同から華凛が前に出てきてなにやら筒を取り出した、なるほど
恐らくあの籤も細工がされていると見てもいい。
「さぁ、班分けよ。まずはあなた達を一人と二人組に分けてもらえるかしら。三人纏まっちゃせっかくの班分けの意味もないし、どっちの班にも退魔師とやらはいてもらったほうがいいんでしょ?籤を引いちゃうと三人纏まっちゃうかもしれないから」
うまい文句だ、確かに怪異に対して無防備なチームが出ないためにも美詞ら三人を分断するのは理に適っている。
即興で考えた割には正論でもあるのでそこは素直に従っておくことにした。
また、たとえ籤に小細工を仕掛けたところでそれを引くかどうかは美詞ら任せになるので最初から籤の対象外にしたのだろう、現に筒には最初から5本しか紙縒りが入っていない……適当な理由をつけて最初から籤を引かせないつもりだったのは明白だ。
せめて最初くらいは人数分の籤を入れておけとツッコみたくなるのを必死に我慢する、何度ツッコみを我慢すればいいのかと。
そして美詞ら三人をどう分けるかだが……
「私が一人のほうでいいよ」
「いいの?みこっちゃん……」
「うん、問題ないよー」
「はぁ……まぁ実力的に見てもみこっちゃん一人のほうが動きやすいか……あんまり無理しちゃだめだぞ」
「夏希ちゃんたちもね」
(ま、予想が正しければ私側に長谷川さんと天海さんが着いてきそうだしね)
美詞の言うようにその考えは正しかった。
美詞と千鶴夏希の組に分かれたのを確認した後、5人が籤を引きだしたかと思えば優江が引くのを最後に回していた。
あのレディーファーストかぶれの陽翔でさえも優江より早く引いていたのだ。
問題組4人は何らかの方法で籤の色が分かるように目印をつけていたのだろう。
赤い籤を引いたのが 陽翔、華凛、優江で 青い籤を引いたのが 健太、悠。
となると……
「私の班に桜井さんが入ってくれる?で、そこの男子二人のとこに千賀さんと御堂さんがお願い」
(ほらやっぱり、相当執着してるなぁ)
華凛の小細工すら呑気に考察する始末である美詞、予想していなかったことと言えば……
(そっか、あの二人が私のとこにくるとなったら必然的に三枝さんもくることになるのか……)
「あ、あの……桜井さん、よ、よろしくお願いします!」
「ふふ、そんな緊張しないでね。そうだ!三枝さん、私の事は美詞って呼んで?私もゆえちゃんって呼びたいし」
「へぅ!?い、いいのですか?なら……美詞さん……と」
「ありがとうゆえちゃん、あと敬語もいらないからね?私達同じ年だし」
「は、はい!」
今日一番の笑顔を見せた美詞と今日初めての笑顔を見せた優江、そのやり取りを見守っていた他の面子が騒ぎ出す。
「なんだよあの笑顔、控え目に言っても天使じゃね?」
「ばっか、ありゃ女神様じゃん。くぅぅぅ、桜井ちゃんと一緒になりたかったぁぁ!」
「うわ、なんて失礼な奴らだまったく……まぁ、チャラいのに言い寄られても困るだけだけど」
「さすがみーちゃんすまいるの無差別全方位破壊力」
もう片方の班からそれぞれの分かりやすい反応が聞こえてくると同時に……
「ケッ!未だ健在かよあの忌々しゲフン……うっとおしゴフン……男に媚びた笑顔は!」
まったく言い繕えていない華凛の呪詛には聞こえていないフリをし、
「やぁ美詞ちゃん、できれば僕のことも陽翔と呼んでほしいな」
言い寄って来た陽翔に対しては
「いいえ結構です。あと名前で呼ばないでもらえますか?」
スンッと真顔になって拒絶オーラ全開でぶったぎった。
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