第81話
管理会社の男は尚斗の質問の意味がわからなかった。
しかし教えてもいないホテル所在地の場所を当ててみせたり……いや、ホテルの名前等で検索すれば場所ぐらいは出るかもしれない。
しかし尚斗は何らかの情報を持っており、その裏付けのために行った質問だったのでは……そう考えてしまう。
「あの……ご質問の意味がよくわからなかったのですがどうなっているのですか?」
「ええ、すみません。実は―」
そこで尚斗は美詞のことを説明する。
今日行く予定の肝試しの事やその経緯、よくない企てがされていること等。
その話を聞いていた管理会社の男は次第に顔を青ざめ、最後のほうになるとついに頭を抱えだしてしまった。
「あぁ……なんてことだ……事件なんて起こってしまえば建物の管理責任が問われてしまう……」
「ちなみになのですが……今日敷地内への立入許可申請等は……」
「挙がってきておりません。建物の劣化も激しく崩落箇所もありますので調査以外では許可を出さないようにしている状態なのです。先日の撮影も無許可での不法侵入でしたので問題になっていたんですよ……ああ、なんで立て続けにこんなことが……」
このご時世事故が起これば例えそれが不法侵入者であっても、その場所を管理している人間が糾弾されてしまう。
例えば危険なので入ってはいけないという看板とフェンスまで設置しているダムに侵入し水難事故でも起きようものなら、やれ「管理が甘い!」「管理をしている人間の責任だ!」等とニュースで騒ぎ立てる。
しかも今回のケースで言えば正に『管理上の問題』も予算上問題だらけなのだ、事件等が起こってしまええば確実に問題となるのは目に見える。
「神耶さん!なんとかなりませんか!?このままでは……!」
「そうですね……私としましても弟子がニュースの話題になってしまうのは忍びないですし……少々お待ちください」
そうしてスマホを手に連絡を取り始めた尚斗をハラハラした落ち着きのない様子で見守る男の姿があった。
「あ、朝倉さん神耶です。……ええ、今お話をしているところなのですが問題発生です―」
電話口は尚斗を紹介してくれた刑事である朝倉のようだ。
男は刑事になにを話すのかと疑問に思ったが、なにやら解決のために警察を動かしてもらうつもりであるらしい。
「―ええ、では現地でということで。あ、建物に突入はしないでくださいね。恐らく“当たり”案件ですから」
当たりとはなんだ……更に謎が深まる会話が気になり電話を切り終えた尚斗に向かって尋ねてしまった。
「あの……神耶さん。当たりとは……」
「あなたが来られた目的通りということです。つまり一連の怪奇現象は『怪異』による可能性が高いと判断しました」
今までソファに浅く座っていた男は気が遠くなったのか力が抜け深く凭れ掛かかってしまった。
「新たな事件に加え怪奇現象も本物?……だめだ、頭が追いつかない……どうすればいいんだ……」
ついに男のキャパシティを超えてしまったのか呆然と天を仰ぎぼそぼそと呟き始めてしまった。
「調査はしておりませんがあの辺は霊脈と呼ばれる、所謂霊が集まりやすいスポットが多数ありますのでほぼ間違いないでしょう。大丈夫ですよ、人的被害が発生しましても怪異案件となれば国も動いてくれますので大事にはならないでしょう。御社が痛手を被ることはないようできる限りの配慮をお願いしておきます」
尚斗のその救いとも呼べる言葉に男の目に光が戻った。
「ほ、ほんとですか!助かります!!」
「では行きましょうか」
「……へ?行くってどちらへ……」
「もちろん、『ホテル白瀬』へです。今回は時間との勝負になりそうです。できれば事前調査無しの突撃除霊はやりたくないのですが、今回はそうも言ってられませんしね」
立ち上がった尚斗に釣られ男も弾かれるように立ち上がった。
「は、はい!どうぞよろしくお願いいたします!」
尚斗に向かって勢いよく頭を下げて見せる男を他所に尚斗は除霊準備を整えるのであった。
美詞は車の中でスマホを覗いていた。
先ほど尚斗に向け送ったメッセージの返事が返ってきたのだ。
「なになに、桜井さん、だれとメッセしてんの?」
目ざとく見つけた健太がまた詰め寄ってくる。
「ええ、ちょっと友人と……」
「おれらとも友達になろうよー、連絡先交換してメッセしようよー」
下心を隠そうともせず美詞の連絡先を聞き出そうとする健太を軽く往なそうと躱しているが、青少年の思春期パワーはなかなか引くことを知らない。
あまりにもしつこい健太と悠に千鶴が助けをだすことにした。
「あんまりしつこい男は嫌われるぞー、みーちゃんはもう心に決めた相手がいるから連絡先ゲットは諦めなって」
男共の「えぇー!マジかよぉ!」という声は美詞に届いていなかった。
千鶴の言葉はあくまで言い寄る男を躱すための方便であろうがその意味は破壊力を秘めていた。
言葉の意味が美詞に刺さった瞬間顔を赤らめわたわたしだす。
「千鶴ちゃん!神耶さんは違うってばあ!」
美詞痛恨の自爆である。
まさかここまで過剰反応するとは思ってなかった千鶴と夏希が「あちゃー」と顔を手で覆ってしまった。
「うわ……この反応マジじゃんか」
「くそぉ!誰だよこんな超絶美少女を射止めた野郎は!」
ただでさえ三下臭い雰囲気を出したチャラい男達は更にみっともない台詞を繰り出していた。
「へぇー、“あの”桜井さんが男ねぇ……」
助手席で一連のやりとりを聞いていた華凛が薄暗い笑みを浮かべていた。
「どうしたんだい?華凛、そんなに気になるのかい?」
隣で運転をしている陽翔が華凛の様子が気になり声をかける。
「なんでもないわ陽翔。それよりわかってるわよね」
「ああ、わかってるよ。既に準備は万端だ、華凛は楽しみに待っておけばいいさ」
自分達だけにしか聞こえない声で密談を交わす二人。
この会話を美詞らが聞いていたならば「こんな閉所で悪だくみを晒す会話をするなよ」とダメ出しされていただろうが、幸いにも二人の声は走行音にかき消されていた。
しばらく曲がりくねった山道を登り続けそろそろ華凛が言っていた時間が過ぎるかといった時、右側に人の手が入った開けた敷地が見えてきた。
車はスピードを落とし敷地の前で停車すると、運転をしていた陽翔が一同に声をかける。
「さぁ到着したよ。車は中に入れないからここで降りよう。外は暗いからみんな気を付けてね」
促されるままぞろぞろと降りた一同の前に姿を現わしたのは不気味なまでに巨大な建物。
日も落ち光源は辛うじて道路脇に設置された街路灯が一灯のみ。
闇が支配し出した世界にはあまりにも頼りない光である。
もちろんそんな小さな光が建物まで届いているわけもなく、廃墟であるという以外どのような外観をしているかもわからず、ただ輪郭から巨大な“ナニカ”ということしかわからなかった。
最後に車から降りてきた三人も、本日の舞台となる廃ホテルを見上げると表情が真剣なものになった。
「さ、集まって。丁度時間もいい具合に暗くなったし絶好の肝試しロケーションね。事前に伝えていた通り今から懐中電灯を配るから」
「あ、私達は自前のがあるから大丈夫だよ」
「あら……そう?」
たしかに事前にライトは配布するからと伝えられていたが、命綱であるライトを悪だくみを計画している人間に任せるなんて愚行は犯さない。
かすかに残念がる華凛の雰囲気からやはりライトに小細工が仕込まれていると確信したほどだ。
「出発する前に、雰囲気を盛り上げるために少しお話をしましょ。この建物はオープン当初はそんなに大きくなかったんだって。どんどん増改築を行った結果今目の前に見えるほど巨大になったみたいよ。噂によれば中には迷路のような不思議通路とか、どこにも繋がってない階段とか、用途のわからない部屋とかいろんな見どころがあるから楽しみにしているといいわ。それとさっき事故の件は話したけど、それ以外にも以前から色々な噂がこのホテルにはあったの」
心霊スポットにはよくある話だ。
どこまで信憑性があるのかわからないような話がごちゃまぜになり噂として駆け巡る。
「一番多かったのは『409号室の黒電話』かしら。入口付近には赤い文字で忠告文が書かれていて、中から電話のベルが聞こえてくるらしいの。後は大浴場から水の音が聞こえてくるとか、宴会場から足音が複数聞こえてくるとか、ロビーに飾られた日本人形が動き出したとかもあるわね。どう?怖くなってきたかしら?」
華凛が全員の恐怖を煽ろうと曰く付きの話を聞かせるが、反応しているのは三人だけ。
チャラい男二人と優江のみで、美詞ら三人は当然のごとく慣れたものだった。
「やべぇ……こんなの見ちまったらなに聞いてもこえーわ……」
「ガチの心霊スポットじゃね?もーちょっとゆるいとこなかったわけ?」
「(ガクガクガクブルブルブル)」
男二人は悪態をつくだけで収まっているが問題は優江だ。
大丈夫だろうか、はっきり見てわかるほどに体が震えている。
今にも失神しそうなほど顔色も悪いようで、とても肝試しなんかに参加できるような精神を持ってないのだろう。
千鶴が近寄り宥めながら背中をさすっているが、とても効果があるようには見えない。
小動物然とした姿から本能が危険を察知し怯えているのかもしれない。
しかしそれで正解だ。
こんな場所くるべきではない。
こんな危険な場所に。
こんな“澱みきった”場所に。
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