第80話

 これから肝試しをする前に食事を挟もうと出発した一同。

 まず座る席でひと悶着あった。

 自然な流れで美詞を助手席にエスコートした陽翔であったが


 「いえ、私達後部座席で結構ですので」


 と一蹴。

 開けられたスライドドアから三人揃ってさっさと一番後ろのシートに納まった。

 出会ってすぐなため無理を通す気はないのか、結局は助手席に華凛が座り二列目シートに健太、優江、悠の順で座ることになる。

 移動中前の席のチャラい男二人がやたら絡んできていたが、陽翔を相手にするよりは遥かにマシと適当にあしらい凌いでる。

 男二人に挟まれる形となってしまった優江には少し悪いと思ったが、彼らは宝条学園の女生徒とという滅多に接することのないチャンスに夢中なためあまり害は及んでいないであろう。

 ただ美詞からしてみれば一番会話を交わしたい優江と話せず、聞きたくもない男共の質問の嵐にうんざりしていた。


「ねぇねぇ、宝条学園の女子ってみんな君らみたいに美人なの?」

「私らはどうかわかんないけどみこっちゃんは別格だよ。うちの学園でも常に視線を集めてる」

「告白ラッシュがすごかったもんねぇ」


 答えにくい質問等は夏希や千鶴がフォローを入れてくれるので助かるが、できればそんな恥ずかしいエピソードを出してほしくなかった。

 その会話を聞いていた助手席の華凛が声が後ろまで届くよう少し大きめの声量で話に割り込んできた。


「へぇ、そっちでも相変わらずなのね。桜井さん知っていたかしら?中学の頃はあなたのファンクラブがあったのよ?」

「えっ?」


 それには美詞も驚いた。

 まさか裏でそんなことになっていたとは……確かに中学の時も今同様、男子生徒からの告白はかなりあった。

 それこそ上級生から下級生、果てには同姓である女生徒からも。

 もちろんそれが成功した者は……いない、あの頃から既に美詞の優先順位は一日でも早く尚斗に並び立つための退魔技術の向上とスイーツだけだったのだから。


「なのに本人はまったく興味なし、ほんっと憎ら……んんっ!羨ましいったらなかったわ」


 今『憎らしい』って言いかけたー!

 まったく隠す気のない華凛の言葉に三人は心の中で声が揃った。


(嫉妬だねこりゃ)

(嫉妬ですねぇありゃ)


 アイコンタクトで分かり合う夏希と千鶴の隣では美詞がはぁ~っと溜息をついていた。

 まぁ華凛の今回の行動原理がある程度分かってきただけよしとしよう。


 その後陽翔の告げたスケジュール通り、山道に入る手前のファミレスに到着した一行。

 立地上の問題か週末の夕食時というコアタイムにも関わらず埋まっている席はまばらで、だからか8人という人数でも問題なくすんなり入店することができた。

 4人席テーブルを二つくっつけた形で席につくと陽翔のおごりだからだろうか遠慮のない注文がなされる。


「長谷川さん、そろそろ今日の目的地を教えてほしいんだけど……」


 雑談をしながらカチャカチャと食器の音が鳴るテーブルで美詞がふいに華凛に問いかけた。


「そうね……ここから山道を車で20分ほど登ったところに廃ホテルがあるの。とっても大きな建物よ、知ってるかしら?」


 東北の方の廃墟ならば仕事の関係上ある程度の知識を持っていたのだが、この近辺の廃墟系はあまり詳しくなかったため静かに首を横に振る。


「なんでもバブル時代の遺産らしいんだけど、ホテルオーナーの会社が倒産して解体もできずに放置されたままなのよ。何年も経ってるから治安も悪くなるし崩壊の危険もある。だから市も重い腰を上げて解体を試みたみたいなんだけど……」

「だけど?」


 怪談を語るようにわざとらしく溜めを作った華凛がもったいぶったように焦らす。


「解体工事中に次々問題が起きたらしいわ。工事中人影を見たとか人のいないところから音が鳴るとか。でもね業者もプロよ、それぐらいでは工事は中止にならない……致命的となったのは作業員に影響が出だしたこと。しっかり組み立てていた足場が突然崩れて大けがをしたり、命綱が鋭利な刃物に切られたように千切れたとか突然具合が悪くなって倒れるとか。どこまでが本当かはわからないけど事実解体工事は中断したまま今も再開されてないわ。そうなると曰くのある場所に人が興味本位で出向くのはよくあることね、最近は心霊スポットを巡って撮影したものを動画投稿するのも流行ってるから。で、最近とある廃墟探訪系の動画で問題が発生したの」


 華凛は興が乗って来たのか恐怖心を煽るために声のトーンを低くして喋り出す。


「その廃ホテルでライブ実況を行っていた投稿者は数々の心霊現象に襲われながらも無事撮影を終えた。でもね、そのライブ以降動画が新たに更新されることはなかった……」

「……そ、そんなの演出じゃねーの?ちょっと時間を置いたらまた再開するとかさ」


 華凛の話に少しずつ場が重たくなっていくことに耐えれなかったのだろうか健太が話を遮るように声を挟む。


「いいえ、その後彼らは帰りの山中で交通事故を起こして三人とも帰らぬ人になったわ。ニュースにもなったのよ。ただタイミング悪く事故が起こっただけかもしれない、でもそのライブを見ていた人は何人もこう呟いた……“呪い”だと。……彼らは撮影中帰ろうと撤退する中で何者かの『帰さない』って声が紛れ込んでいることに気づかないまま実況を終えてしまったの。視聴者の何人もがその不気味な声を聞き取ってた事から怪奇現象によって死んだと信じられてるのよ。どう?なかなかに怖くない?」


 だれかがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえたような気がした。


「おぃおぃ、マジかよ。軽い気持ちで誘いに乗っちまったけどマジもんの心霊スポットってーことか?」

「そうだぜ、おれら宝学女子といいこイテッ!」


 悠の言葉に乗っかるように健太がなにかを口走ろうとした途端、テーブルの下で華凛に脛を蹴飛ばされていた。

 この子達は悪意を隠す気がほんとにあるんだろうかと心配になってくる美詞。

 きっとこの男子生徒二人は『いいこと』を餌に華凛に連れてこられたんだろう。

 『いいこと』の内容なんて考えなくも候補は絞られてくる、しかも陽翔の存在までプラスされれば残った予想なんて下卑たものばかりだ。


(この二人も長谷川さん側に関与してることがわかった。やっぱり何らかの計画はあるみたい……後はどの類の計画なのか……まぁ十中八九性犯罪系なのは間違いなさそうだよね)


 自らがターゲットになっているのにも関わらず、美詞はやけに客観的であり俯瞰的な目で現状を考察していた。

 それはあまりにもわかりやすい悪意の露出度故か、はたまた一般人とは逸脱した実力による余裕故か……確かなことは今夜その悪意は確実に美詞達三人に向けられるだろうということだけだ。



 時間は遡り場所は変わり


 事務所にて尚斗はとある人物と対面していた。

 壮年の男性、スーツを着込み出で立つ姿は経験豊富なサラリーマンの如し。

 しかしその表情は冴えないもので明らかに悩みを抱えているであろうことが伺える。

 そう、この事務所に訪れる依頼者は必ずと言ってもいいほど問題や悩みを抱えた者達ばかりなのだ、その表情は特段珍しいものでもなかった。


「さて、突然のご依頼とのことですが、ご用件をお伺いしても?」


 事は警視庁経由の案件であった。

 刑事である朝倉から連絡があり、現在抱えている問題の解決のためぜひ力を貸してほしいとの依頼であった。

 そして承諾後尚斗の下に訪れた男性より事情を聞いているところなのである。


「はい……神奈川県山中にありますとある建物の管理を任されている者でして、そちらで発生しております怪事件の原因調査と解決をご依頼させていただきたく参りました」

「怪事件……ですか。朝倉さんからのご紹介ということは一度警察の方にご相談をされたとみてよろしいのでしょうか?」


 容易に想像できる経緯であるが事件の疑いがある案件を警察に相談し、警察では解決が困難ということから尚斗の下に送られるケースが何度かあったためだ。


「はい、警察の方には相談させていただきました。なにしろ傷害事件や死亡事故にまで発展しましたので……しかし原因が不明とのことで朝倉刑事よりこちらを紹介いただき頼らせていただいたのです」

「了解しました、御受けいたしますのでご安心ください。ではその建物の詳細や事故の経緯等をお聞かせ願いますか?」


 ほっとしたような表情で汗をハンカチで拭う姿からあまり余裕がないのかもしれない。


「バブル期、神奈川県山中に天然温泉を売りにしたホテルが建てられました。名前は『ホテル白瀬』。あの時代ですからね、とても繁盛したみたいです。そこで集客人数を増やすために無茶な増改築を繰り返し……まぁ後はよくある話です、バブルが弾け不景気になり借金を返済できず会社は倒産しオーナーは自殺。近年治安上や安全上の問題でホテルを取り壊すことになったんですが、そちらで不可解な事故が頻発しました。原因が判明し取り除けないようでは工事が続行できないこともあり現在工事は中断しております。工事再開までの間、市から委託を受け私共の社が管理をみることになったのですが、一般人の不法侵入が相次ぎまして……しかもついに先日事故死にまで発展した事件が起きました」

「ほぉ……死者が。その廃墟で出たのですか」

「あ、いえ。直接的には関係ないのですが、廃墟を肝試ししていた3人が帰りの山中で車ごと事故を起こし炎上した事件が起きたんです。動画を配信していたらしく、そこに不気味な怪奇現象が映っていたことから怨霊の呪いだと騒ぎ出す方々が市に苦情を出しちゃったんですよ」

「その廃墟に侵入できないよう対策を取ることは……もしかして市が経費を渋ってます?」

「わかりますか。私共も板挟みの状態でして。侵入対策となりますとバリケードの設置、警備システムの構築と警備員の配置等が最低限必要となるのですが、広大な敷地なので費用も莫大なものとなります。ダメ元で提案を挙げさせてもらいましたが予算をかけるつもりはないみたいですね。なので原因の方をなんとかできないかと思い……」

「なるほど、事情は把握いたしました。……おっと失礼」


 尚斗のスマホが振動した。

 チラッと連絡先だけでも確認し会話に戻ろうとし画面を覗くと考え込んでしまった。

 そして管理会社の男を他所にスマホを操作し出す尚斗に、男は訝し気な表情を見せる。


「すみません、今回の話に関連のありそうな連絡でしたので。確認しますがもしかして問題の場所とはこの付近の山中ですか?」


 尚斗から見せられたスマホの画面には地図アプリが起動されており、ある一か所がピン打ちされている。


「あ!はい、ここです……しかしなぜ?」

「その前にもうひとつだけ確認です。この山中付近に、他の廃墟となったホテルはありますか?」


「いえ、ありません。『ホテル白瀬』のみです」

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