第79話
御殿場駅に到着した三人は宝条学園の制服のままそれぞれ除霊道具の入った荷物を手に、待ち合わせ場所であるロータリー付近で待ち人が来るのを待っていた。
以前はこの辺も閑静な場所であったみたいだが今は再開発が進み、退勤時間にはまだ早いにも関わらず人通りがそれなりにある。
先日の夜は作戦会議よろしく美詞の部屋で三人が集まり遅くまで対策を練っていた。
美詞は尚斗から授かったアドバイスを説明し、想定すべき罠や対人戦闘における注意すべき点、持ち込むべき装備等、おまえはどこの特殊部隊員だと言わんばかりの話に千鶴と夏希は引き気味であった。
最初の内は「さすが神耶さん、現役は違うわぁ」という感想から、最後のあたりになると「やべえ人」とういう評価になるのは必然とも言えた。
これも偏に尚斗の美詞と友人らを思う過保護っぷりが爆発したが故だろう。
それでも実際に参考になるどころかどれも「確かに」と思わずにはいられない内容であるため感謝しかない二人なのだが……。
更には美詞だけではなく、千鶴と夏希にも神耶家謹製の護符や軍用備品等を準備してきたのだから恐縮してしまうほどであった。
そんな三人が今手に持つ荷物の中には件の装備等が詰まっている。
しかしそんな荷物が気にならないほどにはやはり、宝条学園の白い制服を身に纏った美少女三人という姿は絵になるらしくいつぞやのように注目を浴びていた。
「うーん、私御殿場って初めてきたけどちょっとイメージしてたのと違ってた」
「自然豊かな観光地とか避暑地ってイメージあるもんね。新線が出来てからこの辺も再開発で栄えちゃったからねぇ。まぁ変わったのは駅周辺だけだよ」
「今日行くところもこの辺なんだったら富士山も近いし本物かもしれないね」
夏希の感想に千鶴が答える形となったが、避暑地として有名なこの地も霊山である富士山から近いこともあり霊脈の力を大きく受けた場所でもある。
そのためかなり強力な“本物の”心霊スポットがいくつもあり、最後に美詞が呟いた言葉が的を得ている可能性があったのだ。
そんな会話を交わしていた三人の下へ一台の大きい乗用車がロータリーに横づけされた。
「あ、もしかしてあの車じゃない?」
「……かもね。一台か……てことは現地で別動隊がいない限り、私達を抜いて多くて4、5人。三枝さんは除外するとしたら敵は4人ぐらいだね」
「はいはーい、やる気漲ってるとこ悪いけど今は我慢だよみこっちゃん」
「そだよ、相手にはしっかり油断してもらわなくちゃいけないんだからサ」
張り付けたような笑顔で車を出迎える三人はさぞや歓迎しているかのように映ったであろうか。
しかし交わされている会話は物騒極まりない。
光が綺麗に反射するほどに磨かれたミニバンのスライドドアが開くと中から制服姿の少女が降りてきた。
なるほど、確かにと思った美詞。
降りてきた子はとても小柄で、見た目からして既に大人しいであろう雰囲気を醸し出している。
両手を胸の前で組み、命が狙われているかのように周囲をキョロキョロと警戒する姿と、動物の耳のように見えない事もないハーフツインテールから千鶴の言うように小動物のようであった。
彼女が三枝優江なのだろう、三人の中に千鶴と夏希がいることに気づきタタタと小走りで走り寄って来た。
「ごめんね、千鶴ちゃん……無理を言っちゃって……。どうしても断り切れなくて……ほんと巻き込んでしまってごめんなさい……」
優江の第一声は挨拶ではなく友人である千鶴と二人に向けての謝罪の言葉だった。
彼女の発言からやはり乗り気ではなかったみたいだ、それどころか脅されていた可能性すら出てきた。
「大丈夫だよゆえちゃん。三人とも大体の事は察してるつもりだから。災難だったね、私達のことは気にしなくても大丈夫だから安心して。ほら元凶も来たから話はここまで」
千鶴が手短に話を済ませたのは優江の後ろから優江と同じ制服を纏った女生徒が近づいてきていたからだ。
「もう、いくら友達に会えたからって私を置いていくなんてひどいじゃない」
「あ、ご、ごめんなさい」
美詞はすぐに彼女が長谷川華凛だと気づいたが、千鶴と夏希も紹介されずともすぐに「あ、こいつかぁ」と分かってしまった。
同じ制服なのに着こなしだけでこうも印象が変わるのだろうかという派手目の装いに、優江に対しまるで友人のような語り掛けを心掛けていたのだろうが明らかに声の主に対して恐れを抱いてる優江。
張り付けたような笑顔を振りまいているが目はまったく笑ってない、今まで人間の汚い部分を多く見てきた三人にとってはまるで黒い部分が隠しきれていないのだ。
「久しぶりね、桜井さん。元気にしてた?三枝さんの友達の写真にあなたの顔が写ってたのを見て驚いたわ。つい懐かしくて無理を言っちゃった。今日は来てくれてありがとう」
「ううん、大丈夫だよ長谷川さん。まさか長谷川さんからお誘いがくるとは思ってなかったからビックリしちゃったよ」
言葉を交わす二人の顔には笑顔が浮かんでいたがそこに発せられる空気はとても和やかなものではなかった。
美詞はわかってしまった、あの頃とまったく変わってない悪意を。
平気で人の尊厳を踏みつけることのできる神経が未だしっかり残っていることを。
むしろ長谷川華凛という人格は更に悪辣になっているということを肌で感じ取っていた。
「あ、紹介するね。三枝さんと同じ級友だった御堂千鶴ちゃんと千賀夏希ちゃん。で、三枝さん、私は桜井美詞って言います、よろしくね」
「あ、はい。三枝優江です、どうぞよろしくお願いします」
おどおどしながらも勢いよく頭を下げる姿はまさに小動物のようで、ふふっと美詞の笑顔が軽くなった。
「それじゃ私からも……長谷川華凛よ。桜井さんと同じ中学だったわ。御堂さん、千賀さんよろしくね、今日は来てくれてとっても嬉しいわ」
そうやって表面上は穏やかに自己紹介が交わされている5人に近づく影が3つ。
「わぉ、マジで美人じゃんか!すげーよ、リアル宝学の制服だわ!」
「このメンツで肝試しなんて激アツじゃね?最高かよ!」
チャラそうな言語を口から吐き出しているのは優江と華凛の同級生だろうか、こちらも制服で来ていた。
にしても美詞が最も嫌厭するタイプの男、これから先が思いやられるがそれでもまだこうやって本音が駄々洩れならば警戒もしやすい。
問題はもう一人の……
「こらこら、女性に対してそんな言葉をかけたらだめじゃないか。ごめんね、あまり気を悪くしないでほしい。おっと失礼……華凛、僕たちのことも紹介してほしいな」
「はいはい、こっちが私の従兄の天海陽翔(あまみ はると)よ。今は大学に通ってるんだけど今日は運転手を買って出てくれたの。で、残りの二人は……紹介はいらないわね」
「ひでーぜ華凛!おれは楠木健太(くすのき けんた)、よろしく!」
「おれは渡辺悠(わたなべ ゆう)、後で連絡先教えてくんない?」
チャラい二人はまったく気にならなかった、問題は天海陽翔……見た目は爽やか、いかにも清潔感溢れる大学生ルックスな恰好で、柔和な笑みを湛えるその姿は正に好青年を絵にしたようであるが……こういう人間ほど怖い。
美詞は陽翔から漂う空気で分かってしまう、こういう人間ほど狡猾であり裏でじっくり刃を研いで機会を窺っていることを。
この男が発する妖気にも近い悪意の残滓はとても洗って落ちるようなものでないほどに濃くこびりついている。
一体今まで何人の人間がこの男の被害にあってきたのだろうか……そうでもなければ美詞が力を行使せずとも視えるほどのウラミの念が纏わりついているはずがないのだから。
この男に比べれば後に紹介された不躾な二人の男など人畜無害にも等しいほどだ。
相手に警戒心を持たれないよう表情は崩さず、なるべく笑顔を心掛けながら形式だけの挨拶を交わす。
もちろん美詞の心中は警戒心を何段階も跳ね上げている。
「さて、それじゃぁ出発しようか。今から向かえば丁度いい時間帯になるだろうからね」
見た目だけは爽やかな笑みを浮かべながら一同を促す陽翔の言葉に疑問が浮かんだ。
今は少し時間が経ち17時を軽く回ったところだろう、日の長いこの季節だとまだ夕暮れにもなっていない。
肝試しと言うからには暗くなってからでは行えないので今から移動して丁度いい時間と言うと車移動でも相当な時間走ることになるためだ。
「今から現地に向かうんですか?」
「ああ、途中で腹ごしらえも必要だろ?何時に終わるかはわからないが、食事も提供しないで夜間に連れまわそうとは思ってないさ。ファミレスで悪いが途中親睦も兼ねてね、ちゃんと僕が奢らせてもらうから遠慮せず行こう?」
「……ありがとうございます」
こういう気遣いが出来るところにコロッと騙されるのだろう……。
車に戻っていく陽翔ら一同についていくように三人も荷物を抱え直し後を追う。
「夏希ちゃん、千鶴ちゃん……」
「うん、わかってる。私達でも感じれるほどなんだから相当なんだろ?」
「
夏希と千鶴に注意を促そうとしていたがその必要はなさそうだ、しっかり陽翔の危うさに気づいていた。
ならばと美詞は別の懸念も注意する。
「食事の時は薬物を盛られないように料理と飲み物に注意してね」
とても女子高生の会話とは思えない内容だが、あの男ならあり得そうだと納得する二人。
本番である肝試しを控え、前哨戦から気が抜けないなと気を引き締める三人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます