第78話

「ねぇねぇみーちゃん、今週末暇?」


 教室にて今日一日の過程が終わり、帰る準備をしていた美詞に千鶴が声をかけてきた。

 

「うん、今週末は特に用事はないかな?事務所の方も抱えてる依頼はなかったと思うし」

「あのね、私の中学の時の友達が肝試しに行くらしいんだけど、不安だからついてきてほしいって言ってて……ちょっと相談に乗ってほしくてさ」

「肝試し?ふふ、シーズンにはまだ早いと思うけど。その子、千鶴ちゃんに頼んでくるってことは宝条学園のことも知ってるってことなのかな?」

「そなの。私が通ってた中学にはそれなりに退魔師家系の子が多かったからね。卒業した後も連絡のやり取りはしてて、肝試しにみーちゃんとなっちゃんも連れてきてくれたら嬉しいってさ」

「私と夏希ちゃんも?……あ、千鶴ちゃんと夏希ちゃんって中学一緒だったよね?共通のお友達?」


 千鶴と夏希は都内で同じ中学に通っていたことから、夏希も指名してきていたのは顔見知り故なのかと思った。

 そしてその疑問に答えたのは、学生達が捌け人がまばらになった美詞達の教室に入ってきた夏希である。


「そうだよ。三枝優江(さえぐさ ゆえ)って子だね。私はたまに遊んでた程度だったけどちーちゃんはかなり仲良かったよね」


 美詞達の傍まで寄って来た夏希が、千鶴の隣の空いている席に座ると二人の話に入って来た。


「二人が知ってる子なら私は大丈夫だよ。でもなんで私の名前が挙がったんだろ?話題に出ることなんてあったの?」

「あ、まぁ話題に挙がることもあるし三人で撮った写真を送ったりしててみーちゃんのことは知ってるよ……けど、今回は別の理由があるみたい。みーちゃん、中学のころの同級生で長谷川華凛(はせがわ かりん)て子……知ってる?」


 千鶴からその名前が出てくるとは思ってなかったため少し吃驚したが、それ以上にとある理由から顔を顰めてしまうことになる。


「おっと、その表情からするとあまり仲が良かったわけじゃなさそうだねぃ」

「んー……確かに中学の同級生にその子はいたけど、一体どこから出てきたの?」

「ゆえちゃんと同じ学校に通ってるみたいでさ、その子からぜひにとの話があったんだって」


 美詞は中学時代東北の一般校に通っており、長谷川華凛はその時の同級生であったのだが、上京してきたのだろうか今は二人の友人である優江と同じ都内の高校に通っているようだ。

 しかしどうしても気になる……華凛がなぜ自分を指名してくるのか、どういった経緯があったのか……なぜなら……


「私、中学の時その子とはあまり仲がよくなかった……というよりもむしろ、クラスの中で威張ってた長谷川さんに敵視されてたはずなんだけど。どういった風の吹き回しかな」


 今度は美詞の言葉を聞いた千鶴が顔を顰める番であった。


「あちゃー……そういう系の子か。ならやっぱり私が感じてた不信感は間違いなさそうだねぇ」

「そうだね。ゆえちゃんの性格からしてみて仲良くなりそうではなさそうだし」


 千鶴と夏希が得心がいったとばかりに納得し合ってる姿に美詞は疑問が過る。


「んと……どういうこと?」

「ゆえちゃんってさ、大人しくて小動物みたいな子なの。中学の時の友人も比較的穏やかな子と一緒にいることが多かったね。なんかこの話を持ってきた時ちょっと様子がいつもと違ってて……そもそも自分から肝試しに行くって言い出すような子じゃないんだ。この話に乗り気じゃない……それか無理やりやらされてる?って感じちゃったんだよ。内容もいかにも怪しんでくれって内容で。だから相談に乗ってほしかったんだ」

「……三枝さんが長谷川さんに無理やりやらされているかもってことだよね?確かにあの子中学の時もそんなことやってたなぁ……」


 中学の頃、性格が大人し目な子をターゲットに苛め紛いの事を行っていたのを美詞が咎めていたのは今でも覚えている。

 美詞が被害者となっていた子達を庇っていたことで、華凛は思い通りに行かない鬱憤から美詞を敵視して色々とちょっかいを掛けてきていたのだ。


「うーん……どうしたものかなぁ。ちょっと不穏な話になってきたねぇ」

「ほんっとどこの学校にもいるもんだね、そんなロクでもない奴。でもこの話断ったらゆえちゃんの立場悪くならない?」

「だよねぇ……」


 千鶴と夏希がどうしたものかと頭を悩ませていると美詞が助け船を出す。


「私は大丈夫だよ。二人とも三枝さんを助けてあげたいんだよね?なら私も協力する!長谷川さんのことは気にかかるけど……なにか企んでるならその時はその時で跳ね除ければいいだけだし」

「わぉ好戦的ぃ、でもほんとにいいの?明らかにみーちゃんを狙った罠くさいけど」

「大丈夫!神耶さんから対人用の装備ももらったしフル装備で行く!」

「うわぁ……みこっちゃんどこに行こうとしてんのよ……脳筋思考だなぁ。……まぁ私も知らない仲じゃないしね、知らんぷりはできないな」


 こういう話になった時から既に千鶴の中では二人の出す答えはわかっていた。

 気が進まないが今回は友人も気にかかるし好意に甘えることにし礼を告げた。


「ありがとう二人とも……でね、日時は今週金曜の夕方5時前で御殿場集合、そこからは車で移動するんだってさ。どう思う?」

「へぇ……車ねぇ……」


 車という単語になにやら引っかかるのか呟く夏希。

 それもそうであろう、高校二年の同級生達が集まるのに車。

 最低でも自分らよりも年上の人間が来る、しかし親御がそんな危険な遊びに保護者としてついてくるとは思えない。

 ということは最低でも親でもない年上の人間が一人ついてくるのかと一瞬で頭に浮かんだ。


「だよね、この時点でもう当日くるメンバーの怪しさ檄マシじゃん?しかも当日行く場所も人数もナイショなんだってさ。悪意を隠す気あるのかってレベルだよ」

「最低でも一人免許を持った年上が混じってるってことなんだね?しかも長谷川さんサイドの人間が……」


 もう三人の中では長谷川華凛=何かやらかす容疑者となっているようだ。

 まぁこれぐらいの警戒心がなければやっていけない世界でもあるので当然と言えば当然である。


「ま、その長谷川華凛って子がやりそうな事としては想定内かな。どれだけ集めてくるかわからないけど、一般人相手なら警戒さえしとけばなんとかなるか」

「なっちゃんも結構な脳筋思考じゃん。イタイのは夜間外出許可申請を使っちゃうとこだねぇ……」

「あ、それイタイわぁ。除霊でもないから一般申請のほう使わなきゃだし」

「よし!まぁ考えても仕方ないことだし、とりあえず明日の夜に集まって準備の相談しよう」



 …… 


「ということが昨日ありまして……色々考えてたことが顔に出ちゃってたんだと思います」


 一通り説明をし終えた美詞が少しぬるくなってしまったコーヒーに口をつけた。

 美詞の正面には美詞の話を聞き顎に手をあて考え込んでしまった尚斗の姿がある。


「なるほど……私の感想からしても確かに何もなく終わりそうにありませんね。美詞君はもちろんそれでも参加する、ということですよね?」

「はい、もし私だけ行かずに二人になにかあったら嫌ですし……」

「私からしたら君になにかあっても嫌なのですが……まぁ美詞君らしいといえばらしいのか。明日の夜に出発でしたね?」

「はい、あの、現場に神耶さんからいただいた道具を持って行ってもいいでしょうか?」


 美詞からすれば現地に持ち込む気満々であるし、尚斗もダメとは言わないのをわかっているが、それでも中には退魔装備や世に出ていない技術研の研究成果品もあるため一応許可を伺う。


「えぇ、むしろ万全にして行ってください。肝試しというほどなので念のため除霊道具も一式全部、そして対人用も全部許可します」

「ありがとうございます!なにかあってもなるべく相手を傷つけない方向で気を使わないといけませんね」

「遠慮はいりません、襲ってきたなら半ごろ……いえ、9割殺しでもいいでしょう、生きてさえいれば大丈夫。後処理はこちらでどうとでもしますので美詞君達の身の安全を優先してください。手加減して危険に晒されては元の子もありませんよ」

「そうですね……わかりました!」


 一番物騒で好戦的なのは尚斗である。

 尚斗の発言で自分の考えはまだ甘かったのかと思い直した美詞。

 弟子は師の背を見て育つと言うが、明らかに悪影響な思考回路に気づいていない二人であった。


「では対人で大切なことも教えておきましょうか、それとなにかを企んでるとすれば証拠集めも必要となりますね」


 物騒な談義はどんどん加速していく。

 尚斗の過保護っぷりもどんどん加速していく。

 もちろんさすがに学生の遊びに保護者がついていくのはどうかと思う思考は残っているため尚斗はついていく気はなかったし、一般人の子供が企む悪事程度ならば余裕であしらえるだけの力を三人が持っていることはわかっているためそこまで過剰にはなっていない。

 

 しかし


「どこに行くかが分かればちゃんとメッセージを送ってくるんですよ?電波が繋がらないほどの山奥とかかもしれません、しっかりGPSも持って行ってくださいね。あ、必要とあればテイザーガンを使っても構いませんからね。不埒者を拘束するための物も必要となりますね、丁度いいのがあるのでそれも持っていくといいでしょう。それと―」


 やはり過保護センサーが疼くのかとても心配しているようである。

 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る