第75話

「では伊集院先生もその時に?」


 不遇に置かれてしまった職員や退魔師達を引っ張ってきたと聞いて、美詞は先日学園で助けてもらった政府職員である伊集院と、門事件の際一緒に決死隊として活動した伊集院が同一人物であるのかと気になった。


「ええ、美詞君が考えている通りです。彼もあの魔界門事件の際、一緒に戦った戦友でしたが私の処遇に対し上に反発したことによって実家から勘当されてしまいましてね……彼は陰陽師としての適正が低く、一族の中でも不当に扱われていましたから最後の引き金になってしまったのでしょう……伊集院家もバカをしましたね。彼は仏教真言系の術に大きな適正値を持っていました、今では部署のエースですよ」


 伊集院実充は元々実家ではバカにされ続け不当に扱われていたため、勘当されたとしてもむしろ清々しい表情をしていた。

 日本にある様々な流派を取り入れた学問としての陰陽術には適正がなく、信仰心が高かったのか仏教の術に適正を見出されてからは修行に没頭しメキメキとその実力を伸ばしていった。


「ということは学園に一緒に来られていた袴塚先生も同じ理由で政府職員になられたんですか?」

「そうですよ。彼女は協会の裏方で事務職員でした。魔界門事件の時自衛隊の一部隊を私に押し付けた女性職員が袴塚さんです」

「あぁ!」

 

 自衛隊部隊合流の際まとめ役を押し付けて尚斗が「あんにゃろぉ」という言葉を向けた際、手を振っていた女性である。


「彼女も当時私のことで閑職に追いやられたクチでして……彼女はご存じの通り知識の深さと解析力が優れていましてね、ノウハウの浅い政府組織にとってはなくてはならない存在といっても良いでしょう」

「そうだったんですねぇ……みなさんそんなところで繋がってたんですか。あ、でも神耶さんって確か皆さんと違って嘱託なんですよね?なにか理由があったんですか?」

「それも先ほどの話に繋がりますね。一つは私の家の処遇がまだ暫定措置であることと……もうひとつは私の目標が父を救出することだということです。しかしそのためには3つの目的を達成する必要があるんです」


 ひとつは閉じてしまった魔界門を再度こちら側のコントロール下で開くこと。

 次に現在封印の要として結界を張り続けている隆輝を救出すること。

 そして最後に魔界門を破壊すること。


「この三つの問題解決のため日本、バチカン、アメリカが協力体勢を敷き同時進行で調査と研究を行っています。しかし門を開くための手段は当初より取っ掛かりすら掴めぬ状態でして……」


 悪魔が作った門なのだから悪魔から情報を収集すべきだとの見解から、すぐに全世界のエクソシスト達が情報収集のため悪魔狩りに励みだしたのだが……有益な情報は得れぬまま。


「あの事件を切欠にお会いしたローマ教皇より『エクソシストになってみないかい?』との誘いをいただけました……父を救うためには必然的に悪魔の懐に潜り込むことになります。私は魔界門事件での無力さを痛感し、思い切って誘いに乗ることにしたんです」

「わぁ……でも神耶さんって確か仏教と神道に……キリスト教は改宗しないとなれるようなものじゃないのでは?」

「ええ、それはもちろん。表立って“掛け持ちしてます”とは言えませんけど見て見ないふりをしてもらってます。その時の枢機卿の苦々しい表情が今も忘れられませんね。しかしこちらからしてみれば思いがけないチケットでしたし、悪魔を滅するための技術は必要でしたから、形だけのキリスト教徒になった上でヨーロッパへ渡り引退した位階持ちであったエクソシストに弟子入りし修行することになったんです」

「御婆様から神耶さんは世界中を渡り歩いていると聞いてましたがそんな内情があったんですね」

「日本は悪魔の出現頻度が少ないですからね、悪魔共から情報を得るためには世界を周る必要があったんですよ。日本政府所属となれば海外派遣という名目を使っても身軽には動けませんから、自由に動くため嘱託という扱いにしていただいたんです……表向きはね」


 そう言って笑みを浮かべる尚斗を見た美詞は「あ、また悪い顔してる」と察してしまった。


「表向き、ということは裏では政府機関所属の扱いということなんですか?」

「私が霊具作成等の研究機関に所属しているのはご存じですね、美詞君の手元にある物もそちらの研究品ですし。その研究所の発足は魔界門を破壊する装置の開発のために三か国が集まり立ち上げたものなんです」

「はぁー……ではそちらの研究所所属公務員という立場を隠しつつ、祓魔師として世界中を飛び回っていたと」

「ま、そうなりますね。修行は大変でしたが思いの他適正はあったようで、今ではそれなりの地位を拝命しております」

「地位ですか……確か神耶さんは『第五位階』とおっしゃってましたっけ?」

「お、よく覚えていましたね」

「キリスト教における位階って司教とか司祭とかの事だと思ってました」


 美詞の言っていることは間違ってはいない、主にカトリックにおける「位階」と言うとその役職を指す言葉だからだ。 

 しかしこれがエクソシストにおける位階となると話は変わってくる。

 エクソシストの中にそんな順位付けみたいな制度があるなど美詞は知る由もなかったが……いや日本人のほとんどは馴染みのないものであろう。

 なにしろ日本では神道と仏教が主流であり、キリスト教徒の数は日本全体の宗教分布約1%にも満たないのだから。

 単純計算宗教関係者100人の内に1人しかいないのである。

 その中でエクソシストと呼べる人間は数名程度しかいないのだから内情を知っている人間を探すほうが難しかった。


「あの、私そのエクソシストというのを名前でしか知らなくて。肩書を聞く限りですとすごいのかどうかもわからないのですがどういったものなのですか?」

「そうですね……」


 尚斗の説明によると全世界のキリスト教信者が約30億近くおり、その内尚斗の所属するカトリック教会が14億人ほど、その中で聖職者と位置付けられる司教や司祭等の「本来の位階」持ちの数は全世界を見ても100万人もいない。

 もちろんエクソシストもこの聖職者の数の中に含まれるのだが、公には枢機卿や司教等の役職を与えられ普段は布教活動に勤しんでいる。

 そんなエクソシストの数は全世界で見ても4万人ほど、悪霊や悪魔を退治している聖職者はエクソシストだけではないが、それでも悪魔退治に特化したエクソシストの数は全世界で見ても少ない。

 で、その中で日本が「魔滅の位階」と呼んでいるエクソシストの序列は正式には「セイクリッドオーダー」と呼ばれている。

 エクソシストの中でも一定以上の実力、実績、貢献があるものを位で分けたものだ。

 一番上が「第一位階」、下が「第十位階」、序列に名を連ねたエクソシストは4万人の内3000人ほど、もちろん上の位にいくほどその門は狭まり、尚斗の位である「第五位階」は数十人ほどしかおらず明らかにエクソシストの中でも上位の実力を持つと言っても過言ではない。

 これは尚斗が師匠の実践主義で無茶な悪魔討伐に連れ回されたというのもあるが、尚斗自身が持つどの力よりも聖秘力の適正値が高かったというのもある。

 世の一神教徒はエクソシストも例外ではなく他宗教の力を借りることはない。

 

 しかし尚斗は……雑食である。


 元々日本のどの術にも高い適正値がなく、凡庸さを補うため力を貪欲に求め神道や仏教の真言、陰陽道を勉強してきたが、祓魔師になった後も各国の宗教や土着信仰からさえも使えると思った力を吸収し神耶家の技により掛け合わせ昇華させていった。

 キリスト教ではそんな尚斗の在り方に眉を顰める者が少なくなかったが、ローマ教皇直々にスカウトした人物であったことや実際に多くの実績を残しているとなるとそんな者達も称賛までは行かずとも静観するようになったのだ。


 尚斗から語られる話はどれもこれも興味を引くものであり、生まれは特殊であったが狭い世界しか知らない美詞からすればすべてが新鮮に映った。

 思いのほか長くなってしまった尚斗の話により美詞の修行は後日持越しとなってしまったが、美詞からしてみれば尚斗と再会するまでの間尚斗がどう過ごしていたかはとても気になっていた事柄であったためいい機会となった。


 また美詞を連れて訪ねてくることを念に押されながらも見送られた二人は、神耶邸を後にし帰路についているところであった。


「神耶さん、ちょっと気になったんですが、なぜ学園では今も魔界門事件の訂正をしないのでしょうか?」

「実は当時バチカンとアメリカにより、魔界門事件の真相は全世界の裏の人間に共有されることになりました。まぁ世界中に蔓延る悪魔のことですからね、当然のことでしょう。そして真相を葬り去ろうとしている日本の退魔師協会は全世界から白い目で見られることになりました。鎖国根性の染み付いた彼らからしてみれば海外の反応なんてどうでもいいんでしょうが。報告内容の是正勧告を出すことも出来たんですが敢えてそのままにしています」

「敢えて……なぜですか?」

「ふふ……ただの嫌がらせですよ。今世界は歩調を合わせて遠くない未来、怪異を認知し一般人対し公にする準備をしております。その段階で魔界門事件のことも全世界の一般人に発表されることになれば、全世界から信用を失っている日本退魔師協会の立場は一般人も巻き込んで一体どういったものになるんでしょうね」


 尚斗の嗜虐的な声色も、美詞にしてみれば「あぁまた暗い笑顔して……」と尚斗の腹黒いところにも慣れてきた様子を見せていた。

 そんな軽い雰囲気の中会話を交わしていた二人であったが、ふと尚斗の隣を歩いていた美詞が立ち止まり、それに気づいた尚斗が数歩先で振り返ると真剣な表情に染まった顔が。


「神耶さん……あの、魔界門の件……私になにかご協力できることはないでしょうか!?」


 尚斗は美詞のその言葉が予想できたものであったのか、困った顔をしながら彼女に歩み寄る。


「私が『いつか』と言って教えてなかったのは、君がそう提案することを予想していたからですよ。はっきり言いますと今の美詞君では力不足なので、対悪魔案件では関わることも遠慮願いたいです」

「……」


 尚斗のきっぱりとした言い分で、気落ちしたかのように顔を伏せてしまう。

 わかっていたのだ、自分では悪魔に対抗できる術等なにもないことを……学園で悪魔に襲われた時も尚斗の助けが遅れていれば自分の身すら守れなかったであろう。

 それでも尚斗の隣に立ちたいがためどうしても気が逸ってしまった。


 ぽんっ


 俯く美詞の頭に手が置かれた。

 尚斗のその行動に恐る恐る顔を上げてみると、いつもの柔和な笑みが美詞を出迎えてくれる。


「しかしそうですね……今すぐは無理ですが、君のがんばり次第では一緒に世界を周ることもそう遠くないかもしれません」

「……っ!はいっ!!」


 尚斗の顔色を窺っていた表情は一変、決意と喜色を含んだ笑顔に転じる。

 前に向き直り歩き出した尚斗を小走りで追いつく美詞の足取りは跳ねているようにも見えた。



 日本の魔界門事件から約8年。

 それは隆輝が魔界に囚われてからの時間でもある。

 隆輝が施した結界術の解析はほぼ解明されており、今は科学との融合に着手しているところ。

 門を破壊するための道具も研究が進み、試行錯誤を繰り返しながらも前進しあと一歩という段階。

 しかしゲートの開門条件に関しては未だほとんど進捗がない状態。


 隆輝から預かった霊刀はすでに半ばまで黒く染まってしまった。

 残り半分もあるではないかとは思えなかった。

 生命力ぎりぎりで助けだしたとしてもすぐに死を迎えるだけとなってしまう、一日でも早く助け出したい焦りもあるが……それでも今この時だけは美詞のための時間を大切にしている自分も確かにいる。

 静江の「枷」という言葉が現実のものになっていることは癪ではあるが、それも悪くないと思ってしまう尚斗は以前ほどの切羽詰まった焦りを感じていないことに不思議がるのであった。



― 第五章 完 ―

 

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