第74話

 神耶邸 道場

 長い尚斗の昔語りが終わり、その場は余韻を残し静寂に包まれた。


「……と、まぁ……以上が当時起こった魔界門事件のあらましです」


 厳かに締めた尚斗の言葉に美詞は真剣な表情で息をのんでいた……その顔は悲痛に満ちており、かけるべき言葉を選んでいるような気の使ったものに見える。

 

(まぁ気の優しい美詞ちゃんのことだからこうなるか……こんな顔させたくなかったんだけどなぁ)


 尚斗も予想していた美詞の表情を見やり困ったように眉尻を下げてしまった。


「なに話を締め括ろうとしているのですか兄さん?美詞さんに伝えなければいけないのはむしろそれからのことでしょうが」


 美詞と一緒に尚斗の話を清聴していた彩音が、語り切り満足そうにしている尚斗に向けツッコミを入れる。

 その発言に美詞はハッとなにかを思い出したのか考え出した。


「そういえば……翔子さんにも言いましたが、私が学園で習った魔界門事件の内容と異なります。確か事件の解決は退魔師協会により収束されたとなっていますが……神耶さんのお父様のことやまだ門が残っていることなど一言も触れられていません。翔子さんは協会が事実を隠蔽したと……」

「……そうですね。では事件後の話になりますが大まかに説明しましょう。端的に言いますと……父が魔界門を封印している功績は、協会により握りつぶされました」


 端的には説明されたがその内容はとても信じられないような暴挙で美詞は吃驚してしまった。


「な、なぜですか!?方位家の功績を協会が潰すなんて……それに門もまだ健在なんですよね?」

「ええ、門は閉じているとはいえ存在そのものが消えたわけではありません。父の功績については……証言できる者が私だけしかいなかった……というのが建前上の理由ですね」

「建前上……ということは本音が?」

「神耶家は味方が少なかったんです。歴史だけ長いぽっと出の方位家を快く思わない旧家からすれば目の上のたん瘤だったのでしょう。当時の協会理事は全員古式派の旧家出でしたし、協会を裏で牛耳る老人達もチャンスとばかりに神耶家を潰しにかかってきました。当時の母や私に魑魅魍魎蔓延る権力争いを勝ち抜ける政治力はありませんでしたからあっという間でしたね。気が付けば従ってきた一族は他の方位家に流れ、神耶家は方位家は降ろされていました」


 今現在も命を削りながら日本を守っている隆輝に対しての仕打ちがこれではあまりにも報われなかった。


「そんな……そんなのあまりにもひどすぎます!だれも信じてくれないなんて……」


 先日の事件以降、協会に対し思うところのあった美詞が更に失望するのも仕方のないことであろう。


「あぁ、ちゃんと信じてくれた方もいたのですよ?一人は防衛省の幹部の方です。先ほどの話の中にもありました、自衛隊を派遣するのに尽力して下さった方です。魔界門事件後にお会いすることになりましてね、その際に協会の言い分と現状に乖離があるため調査を行い、私を信じてくれたんです。魔界に連れ去られていた方々の証言が大きかったみたいですね。で、事情を説明し、まだ魔界門事件が解決していないという事実が判明したことから政府側が独自で動くことになりました」


 当初協会側は己らの功績を過剰に演出することに躍起になり「魔界門事件は退魔師達の活躍により無事終結した」との見解を広めてしまった。

 しかし政府側も愚かではない、文献によればゲートを消滅させることにより解決したとのことが、未だ閉じているとは言え健在なのだ。

 本当に解決したのか?と疑問に思った防衛省では、調査を行いそこで尚斗がキーマンであることに行き着いたわけだ。

 尚斗から詳しい事情を聞いたところとても楽観視できるような事態ではないことが判明し、更には功績者である神耶家を方位家から引きずり下ろした協会の能力を疑問視し、独自路線で解決の道へ舵を切ることにした。

 まずはゲート周辺を要塞化し、不測の事態に即応できる体制を整え現在も24時間の監視体制が引かれている。

 尚斗が隆輝から預かった霊刀も現在はその要塞の指令室でシステム管理されており、ゲート内の結界情報デバイスとして保管されていた。


「そして私を……いえ、神耶家を信じてくださった方がもう一人いました。その方の御力添えがなければ、当主を失った神耶家はその他の方位家や協会の老害共にとっくに潰されていたでしょうね……」

「まさか……方位家を抑えれる方なんて……そんなの限られているじゃないですか」

「ええ、そのまさかです」


 尚斗の言によれば防衛省での調査結果を“上”に報告したところ、協会の神耶家に対する仕打ちに「待った」がかかった。

 協会や方位家に対し待ったがかけられる人物等、天皇家以外ありえないのだ。

 そもそも【護衆八方位家】……通称、方位八家は日本国および天皇家を守護する役目を担っていることから、いくら国と協会が仲悪かろうが天皇陛下の“御言葉”は絶対なのである。

 天皇家からの力添えにより神耶家の扱いは方位家からの「降格処分」から「一時資格保留、当主復帰まで後任家の任命を禁ずる」となった。

 処分撤回としなかったのは、あっけなく協会にやり込められた神耶家の現状を憂慮してのことだろう。

隆輝が帰ってくるならそれで良し、例えだめだった場合でも尚斗が当主としての力をつけるまでの時間稼ぎ。

そのための資格凍結と思われた。

その処分結果に表立って反対などできるわけもなく、他方位家含む協会側はやっと神耶家を蹴落とし古式派から新たな方位家を擁立しようと企んでいた矢先に大いに歯噛みすることとなった。

 

 更には魔界門事件での神耶家の功績は大きいものとし、不当な扱いを禁ずるとまで言われてしまっては尚斗を協会より追放することもできなくなってしまった。

 しかし現状は協会側が神耶家に幼稚な“いやがらせ”を行っていることから、協会がいかに厚顔無恥なのかがわかるだろう。


「でもよく政府側が神耶家を信じてくれましたよね?下手をしたらそのまま協会側の言い分が通ったかもしれないように思えるんですが?」


 たしかに美詞が言うように神耶家の一個人の言葉だけでは組織の力に対抗等できなかったかもしれない。


「ええ、そこで更に協力してくれた方々がいました。今回の魔界門事件は特殊なケースが相次いだためカトリック教会とステイツ……アメリカが動いたのです」


 それはそうだ、カトリック教会からしてみればエクソシストを派遣したはいいものの到着する前に事件は解決、門を破壊してもいないのにゲートが閉じ悪魔が去ったという事実自体が過去に例を見ない出来事だったのだから、誰よりもその方法を知りたがった。

 同じくアメリカもその国土の広さ、そして過去自国で起こったゲート事件から今回の日本のケースが今後アメリカで起こるであろう未来の災害に対する解決策となるかもしれなかったからだ。

 現在はゲートを破壊できる秘術を行使できる聖者がいない状態、ゲートをどうにかできる手法があるのならば喉から手が出るほどに欲しい情報となる。

 さっそく両陣営から協会側に接触があったが、協会側の言い分ははっきりせず支離滅裂な言葉で濁すばかり。

 ならばと日本政府側に交渉してみれば、全面的な協力の約束を取り付け尚斗を紹介することになったのだ。


「まぁ言葉だけでは誰も信用しませんよね。そこでアメリカはとあるカードを切ってきました」

「カード……ですか?」

「アメリカが保有する最重要保護対象であるサイコメトラーを連れてきていたんです」

「え……サイコメトラーって……確か朝倉さんに対しては……」

「まぁ限定機密ですからねぇ、公務員とは言え一般人である朝倉さんに簡単にお教えできませんよ。今後彼が新設部署に配属されたら知る機会がくるかもしれませんね」

「そんな機密を私に教えないでくださいよ、もぅ……」


 以前、刑事である朝倉とそういった話になったときは軽く流していたが、まさか本当にそんな存在がいたとは思いもしなかった。


「でも、その……サイコメトラーって本当に物語にあるように記憶を読み取ることができるんですか?」

「ええ、といっても結構制約が多いみたいです。読み取られる方の協力がなければ弾かれますし、その記憶の種類もそちらに依存されることから万能ではないみたいです」


 日本政府協力の下、バチカンよりローマ教皇と枢機卿が、アメリカから大統領と官僚数名が一同に会した場所で尚斗へのサイコメトリーが行われたのだ。

 更にそのサイコメトラーがなぜ最重要保護対象となっているかだが、念写能力まで備えているからだ。

 尚斗から読み取った魔界の光景や多数ある門の存在、更には門が出来るまでのプロセス等、歴史上初めて知らされる情報の数々に日本政府含めその場に会した一同は驚愕の一言では済まないほどに騒然とした。

 そして記憶の読み取りが隆輝による封印結界の場面になったところで尚斗の証言が真実である裏付けが成されたのである。

 そうなると知りたいのはその封印術だが、残念なことに隆輝が独自に編み出した術であり尚斗にはその存在すら知らされていなかったことから面々は肩を落とすことになるのであった。

 もちろんそれで引き下がれぬほどに貴重な術であるため、現在は神耶家の秘術を解析し研究が進められている。


「そういう経緯があってから私の証言の裏付けが取れ、認知されることになりました」

「そうだったんですね……その後はどうなったんですか?神耶さんの今を見ればある程度予想はできるんですが……」

「ええ、自衛隊を派遣するのに尽力してくださった時任本部長……当時陸自幕僚長であった方が私を政府側にスカウトしてくれましてね。丁度政府側も対怪異専門部署の人材を発掘しているところでしたから、魔界門の一件以来協会側に不満を持っている方々を粗方スカウトして引っ張ってきました」


 実は当時、尚斗と一緒に決死隊に志願した者や囚われて救出された者達は事件後の神耶家の扱いに対し、何人もが協会上層部に詰め寄り尚斗らを守ろうと動いてくれた。

 しかしそれらに対しての協会の対応はひどいものだった。

 意見を挙げてきた者達を一蹴するばかりか職員らは閑職に追いやられ、退魔師は仕事の斡旋数を減らされる等の仕打ちを受けたのだ。

 そんな“割を食ってしまった”者達は尚斗にとっても見て見ぬふりのできぬ者達であったのだ、時任に相談をしたところ利害が一致したため職員、退魔師含めそれらの者をすべて引っ張ってきたのであった。

 

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