第73話

 隆輝の持つ刀、鬼斬村正は人外に対して呪いとも呼べるほどの切れ味を誇っていた。

 それゆえに聖秘力がなくとも悪魔を圧倒し、多くのキルスコアを叩きだしていたのだが……


「『いい腕だ、しかもその細い剣からはとてつもない力を感じるではないか』」


 今まで尚斗のククリナイフによる攻撃は悪魔の爪により弾かれていたが、隆輝の斬撃はすべて回避していることから悪魔にとっても「マズイ」攻撃のようだ。

 当たりさえすれば希望はある……しかしその一撃がなかなか届かない。

 ヒュンヒュンと刀身がむなしく空を切る音が何度も聞こえてくるが、尚斗だってただじっとしているわけではない。

 隆輝による攻撃の隙を埋めるように手を出しているが、尚斗の攻撃は丁寧に爪で捌いている器用さを見せている。

 ただ、尚斗を相手取っていた時ほどには余裕がないのか魔術と思わる攻撃も織り交ぜてくるようになった。

 二人同時の攻撃を捌ききれないと判断し地面から黒い影槍を生やし牽制したり、片方を近づかせないために黒い魔力の塊を飛ばし牽制してきたりもしている。

 幸いなのは術の起動の際は幾何学模様の魔法陣が浮かび上がるという予兆があることから、魔術の発動には対処はしやすいことだろうか。

 あまりにも攻撃が通らないことから一旦距離を置き息を整える隆輝、絶え間なく繰り出す攻撃を空振り続けるということは思いのほか息切れを起こしやすいみたいだ。


「ふっ……ふっ……いやになっちゃうね、こうも当たらないと」

「くっ……ふぅっ……あまり時間をっ……かけれねーぞ?」

「わかってる。あまり使いたくはないが言ってられないね……尚斗、合わせれるかい?」

「ああ、どうせガス欠寸前だ。やってやる」


 短くサインを送り合い一気に勝負に出る。

 悪魔に向かい駆け寄ると術の起動に入る隆輝。


「雷帝招来纏衣越烙 急急如律令!」


 全身から霊気が立ち昇ると、隆輝を包みながら渦を巻きバチッと放電が起こりはじめる。

 術により身体能力が向上されたことで一気に速度を増した隆輝に、初めて悪魔の顔から驚愕の表情が浮かんだ。

 雷精を喚起する陰陽術、五行思想による木行に属する雷の攻撃術は陰陽師の中でも威力が高く好まれて使われているものである。

 が、今隆輝が使用したこの術はその中でも一際術者を選ぶ術であった。

 一言で言うと“もろ刃の剣”、木気から発生した雷精をその身に宿し纏うため常に身を焼かれながらの行使となる。

 制御が未熟な者が使用すると一瞬で黒焦げになることから、熟練者からも嫌厭され続けてきたある意味禁術に近いものであった。

 完璧に近い制御で行使のできる隆輝であっても、身の内から全身を無数の針で刺され続けるような痛みに耐えながらの行使であるが、短期決着をつけるために躊躇はなかった。

 痛みに耐えながらも一気に敵の間合いまで詰め振るわれた斬撃に今度こそ捉えた!と思われたが、辛うじて身を捩り回避行動に出る悪魔。

 半身を横にずらすことでなんとか回避には成功したが完全には間に合わなかったのか、気が付けば悪魔の左腕が半ばから跳ね飛ばされていた。

 やっとダメージと言える攻撃を繰り出せた隆輝の一撃、しかし大きく振りぬいた後の体勢は大きな隙となってしまっている。

 その隙を見逃すほど甘くない悪魔はニヤリと嗤うと残った右手の鋭い爪を無防備な隆輝の顔に向け繰り出した


 ……が。


 ごぽり


 その手は途中でとまり不思議そうに自らの胸を見下ろす悪魔。

 その胸からはあるはずのない二本の刃が青い血に染められ覗かせているではないか。

 悪魔の口からも血が漏れ出し、そこでやっと自分が攻撃されたことを悟り背後に視線を向けると満身創痍で息を切らせながらも、してやったりの顔で見上げてくる尚斗の顔。

 隆輝の後ろにつき隠形の術で気配を消した後、隆輝の攻撃に合わせるように背後にまわり奇襲の一撃バックスタブを決めたのだ。 

 一気に鬼の形相となった悪魔が、尚斗を腕で弾き飛ばすと胸に刺さったナイフを抜き握り砕いた。

 もう限界の近かった尚斗のククリナイフは、役目を終えたかのようにあっけなくバラバラになり大地に散らばっていく。

 いくら悪魔といえども胸を刺されれば重大な器官が損傷したのか力が抜け片膝をついてしまう。


「いい位置に首がきてくれた」


 片膝をつく悪魔の耳に聞こえてきたその声は、今最も無視してはならない存在から発せられたもの。

 顔を上げ声のした方向に目線を向けたころには既に隆輝は攻撃の体勢に入っていた。

 バチバチと雷を纏った刀を水平に一閃すると、数舜の後ゆっくりと悪魔の胴体から首が転がり落ちていった。


「『私が……このよう……な……者……たち……に……』」


 格下と思っていた相手にやられたことが最後まで納得のいかないといった言葉を残しつつも、目から色を失うころには残された体もろとも悪魔は灰になっていった。


「……っ!かはっ、……はっ!……はっ!」


 バシッと体から雷精が抜ける音が響くと、術を解除した隆輝が息を整えるのも困難な様子で膝をついた。

 たった二度のアクションを行っただけでもこの様子であることから、隆輝が“あまり使いたくない”といった意味も理解できる。


「っ……くっ……大丈夫か父さん?」

「はぁ……はぁ……なに言ってるんだい、はぁ……尚斗のほうこそ……」


 悪魔の馬鹿力で殴られた尚斗も既にダメージは相当なもので、立ち上がろうとする膝が笑いすぎで過呼吸を起こしかけている。

 しかし二人とも満身創痍であっても勝利の余韻に浸る暇はなかった。

 なぜなら……


「……ちっ……侵攻はとまらねぇか……」

「……指揮官を倒したぐらいでは……だめなようだね……」


 なんとか隆輝の元まで近寄り肩を貸し立たせた尚斗は、忌々し気な表情で今もゲートに向かい侵攻を続ける悪魔を睨みつけていた。

 そんな二人の下にも好機と見たのか漁夫の利を狙う悪魔達がにじり寄り始める。


「尚斗……これを……」


 隆輝が腰に差していた一本の短い刀を尚斗へ差し出す。

 それは神耶家に伝わる二振りの刀の内のもう一本、霊刀「護刺霊仙」。

 実戦にも耐えうる白鞘に納められた脇差サイズの刀である。


「……だよな……おれらがやるっきゃないか……借りるよ」


 武器を破壊され手ぶらとなってしまった尚斗には新たな刃が必要となる。

 本来当主しか手にすることができないそれを手にするのが、こんな修羅場では感動すら起きないと溜息を吐く尚斗は躊躇いなく霊刀を手に取った。


 シャリンッ


 白鞘から勢いよく抜いたその身は霞のように朧気に光を映す刀身を携えていた。

 

「尚斗……時間を稼いでくれるかい?」


 霊刀の刀身をにじり寄ってくる悪魔達に向け構える尚斗に向かい隆輝が声をかけた。

 それに疑問を感じる尚斗、確かに隆輝の行使した術の反動は並大抵ではなかっただろう。

 しかしその程度で動けなくなるほどヤワな父でないことはなにより息子である尚斗がよく知っていたからだ。


「どうした父さん?休憩が欲しくなった?」

「いいや……やはり私が来てよかった。今から術の起動に入るからその間護衛を頼んだよ」

「ちょ……父さんが来てよかったってどういう……くそっ!」


 尚斗の言葉を待たずに、にじり寄って来た悪魔が攻撃を仕掛けてきたため必然的に隆輝を守るような形で尚斗が前に出ることになった。

 それを確認すると尚斗の後ろで術の起動準備にかかる隆輝。

 尚斗はわけのわからないまま父を守るために霊刀に霊力を注ぎ、次々に悪魔を斬り倒していく。


(父さん……一体なにを考えてるんだ……にしても……くそっ、聖秘力がないとやはりキツイか!)


 今までの正教会で込められた神秘の力による攻撃は一振りで悪魔を灰に還すだけの浄化力を誇っていたが、いくら力のある霊刀とは言え致命傷を与えないことには斃すことができない。

 父に比べ刀術が未熟な尚斗の力量では今までのように聖秘力に頼ったゴリ押しができないでいた。

 しかし腐っても幼い頃より鍛錬を積んできただけはあり、なんとか父を守るための抑えの役割は果たしている。


「……木精……相環……律令……」


 尚斗の背後で長いこと術の行使に浸っている隆輝。

 尚斗から見てもその準備の長さに異常を感じるほどだ、一体どれだけの術を行使しているのか。

 陰陽術の次には本格的な祝詞奏上まで聞こえてくることから、言わずもがな神耶家のお家芸である合成による行使なのだろう。

 どうせ今の自分では力になれることなど知れているのだ、ならば一匹たりとも父の下に悪魔を近寄らせないのが自分の役目。

 残された力でがむしゃらに悪魔達を切り、突き差し、蹴り倒し、ねじ伏せていく。


「父さん!まだか!?」


 尚斗もそろそろ限界が近い、後方の隆輝を急かすように声を張り上げる。

 その声を聞いて少ししてだろうか術起動の奏上が終わり隆輝が尚斗に答えた。


「ふふ、弱音かい?よく耐えてくれたね、私の後ろまで下がって」


 その声に待ってましたとばかりに目の前の悪魔を蹴り飛ばし、大きく距離を置くと後方まで一気に後退した。

 それを追い生まれた隙間を埋め尽くすかのように悪魔が再度群がってくる。


 が……


「封印結界始ノ術起動」


 隆輝の声が静かに紡がれると隆輝を中心にドーム型の結界が構築されていく。

 はっきりと目視できるほどのまばゆい光と境界線、その大きさはさほど大きくはないがゲートをまるまるすっぽり覆うほどの範囲で固定された。

 悪魔達も結界に群がり攻撃を仕掛けているようであるがビクともしないことから相当な強度があると思われる。

 しかし尚斗は不思議に思っていた、確かに堅い結界だ……しかし一時しのぎにしかならないように見える……言っては悪いが時間をかけた割にはあまりにも「普通」すぎる。


「ふふ、顔に出てるよ尚斗。大丈夫、まだこの術は終わっていない。封印結界継ノ術起動」


 すると今度は地面から水晶のような鉱物が生えだし、結界の内側を沿うように壁を作っていく。

 完成したそれはまるで分厚いガラスで出来た巨大なスノードームのようである。


「さて、次で最後の仕上げだ」


 まだ続きがあったのか!と驚く尚斗を置いて隆輝は術の仕上げに入る。

 腰の妖刀を抜き地面に突き刺すと最後の起動キーを詠唱した。


「封印結界終ノ術起動」


 先ほどは鉱物であったが、今度は地面の至る所から植物が生え出してきた。

 そしてそれがゆっくりと成長していく中隆輝が振り返り尚斗に向き直る。


「さて……尚斗には謝らないといけない……」

「……改まってどうしたよ?いい予感がしねーんだけど……」

「はは……まぁそう思うよね。けど聞いてほしい。私は……帰れない。尚斗一人で戻るんだ」


 このタイミングで改まって言い出すことなんてロクなことではない。

 嫌な予感しかしなかった尚斗であったが案の定隆輝の口から語られたのは許容できることではなかった。


「父さん……あんた……?神耶家当主が何言ってんだよ!父さんがいなけりゃどうなるかなんて分かってんだろ!?なんだってんだ!その術の対価か!?それならおれが残る!父さんは帰らなきゃだめだろ!」


 ここで隆輝が残らなければいけないと言うなんて大方相場は決まっている、この結界の起動に対価が必要だからだろう。

 尚斗が自らが残るとまくし立てるが、それを聞いても隆輝は首を横に振るだけだった。

 地面から生えてくる植物が寄り集まり大きな樹木となり隆輝の体を巻き込んでいく。


「落ち着きなさい尚斗。対価が必要なのではなく私そのものが術の核であり起点なのだ。それは誰にも代わることはできない」

「でも!なんだって父さんが!他に何か方法があるかもしれないじゃないか!」

「分かっているだろ?ゲートを破壊できる者は今どこにも存在しない。だれかが封印するしかないんだ。自慢じゃないが今それをできるのはこの複合秘術を行使できる私ぐらいしかいない……そのために私が尚斗を迎えにきたんだよ」


 既に隆輝の体は大半が樹木に埋もれ術の核となる準備が始まっている。

 手を伸ばす尚斗であるがそれが意味のないことであることは自分自身がよくわかっている。

 隆輝の言う通りここまで複雑な複合術を行使できるのも合成が可能な神耶家の者ぐらいだろうこともわかってしまう。

 それでも諦めたくないのだ、誰が自分の家族を死地に置いて行くことを望む?


「だめだ……父さん、頼む、行かないでくれ……」


「なら尚斗、君がいずれ私を救い出してくれないか。君に渡した霊刀、それは私と繋がっている。その刀身がすべて黒く染まるころ私の生命力は尽きるだろう。それまでにこのゲートを破壊する方法を探し出してほしい。大丈夫、最低でも10年はもたせてみせるよ。きっと君ならできる……辛い役目を押し付ける形となるが……やってくれるかい?」


 隆輝の願いに、涙を流しながらも絞り出そうとする声が声にならずコクコクと頷き応える尚斗。

 その返事に隆輝が柔らかい表情で微笑みだした。


「尚斗……母さんと彩音のこと、頼んだよ?……あぁ……君達の成長を見れないのが心残りだ……次に会った時には立派になった君の姿を見せておくれ……おっと、もう尚斗は十分立派に育ったか」


 もう最後の別れが近いのだろう、顔をくしゃくしゃにしながら首を横に振り父の言葉に答えようとする。

 既に顔以外は結界による樹木に埋もれてしまった隆輝に手を伸ばす尚斗が最後に届いたのは隆輝がかけていた眼鏡のみ、「……強く生きなさい……」という言葉を残しその顔すら結界の奥底へ埋もれてしまった。


「あ……あぁ……父……さん」


 手の中に残った隆起の眼鏡だけが確かにそこに父がいた証と言えるもの。

 結界に囲まれ一人きりとなった尚斗であったが、父との別れの余韻に浸る隙も与えることなく樹木達が蠢き尚斗の身をゲートの外側へとはじき出してしまった。


 ドッと地面に倒れこみ身を起こしたそこは既にゲートの外、人間界である。

 尚斗は起き上がりゲートの方へ駆け寄ろうとするが突如魔界門が閉じ始めた。

 尚斗がゲートに近寄ったころにはバタンと閉じきってしまい必死に門を叩き始める。


「父さん!!父さん!あああぁぁぁっーーああああああ!!」


 そして変化はそれだけではなかった、退魔師達と戦っていた悪魔達が次々に灰に変わっていくのだ。

 魔界から力の供給が止まったからかはわからないが、その場にいた悪魔達が一匹残らず一斉に消滅したのだ。

 門が閉じたことに気づいた退魔師が大きな声を上げ知らせると、それを確認した者達から続々と歓声と勝鬨が上がってゆく。

 悪魔を退けた喜びの声は、父を失った子の嘆きの声を飲み込むように広がっていった。

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